表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第七話 鏡の中のあなた

膝を揃え、静かに座る。


もう何日、こうしているのだろう。

昼も夜も曖昧になり、時の流れは、とうに意味を失っていた。


それでも少女は、鏡の前から離れない。


そこに――

光源氏がいるから。


淡い光の中で、彼は今日も変わらぬ微笑みを浮かべている。

優しく、静かに、まるで最初からそこにいたかのように。


少女は、そっと息を吐いた。


「……ねぇ」


かすれた声が、部屋に落ちる。

返事はない。けれど、視線は確かにこちらへ向けられている。


――そのときだった。


わずかに。ほんのわずかに。

彼の表情が、揺れた気がした。


少女の呼吸が止まる。


「……今……」


指先が震える。

ゆっくりと手を伸ばし、鏡へと触れる。


ひやりとした感触。

変わらない、ただの鏡の冷たさ。


それでも――


「今、動いた……よね……?」


確かめるように、もう一度呟く。


鏡の中の彼は、何も言わない。

けれどその唇は、ほんのわずかに、柔らいだように見えた。


少女の瞳が、大きく見開かれる。


「……やっぱり……」


胸の奥で、何かが弾ける。


「いるのね……ここに……」


その声は震えていたが、恐れではなかった。

むしろ、確信に近い安堵。


少女は鏡の前に膝をつき、両手をそっと重ねる。


「ねぇ……聞こえてるんでしょう……?」


静かな問いかけ。

返事はない。


けれど――視線だけは、逸らされない。


それだけで、十分だった。


「会いたいの……」


言葉が、零れ落ちる。


「触れたいの……あなたに……」


額を、鏡に押し当てる。

冷たいはずの表面が、なぜか少しだけ温かく感じられた。


錯覚でもよかった。


「どうして……来てくれないの……?」


かすれた声が、震える。


「ずっと……見てくれているのに……」


涙が頬を伝い、鏡へと落ちる。


その向こうで、彼は変わらず微笑んでいる。

優しく、静かに――あまりにも優しく。


だからこそ、届かない。


だからこそ、苦しい。


少女はゆっくりと目を閉じ、囁く。


「……ねぇ」


そして、まるで何かに導かれるように――


「……私が、そっちに行けばいいの?」


その言葉は、あまりにも自然に零れた。


拒絶も、ためらいもない。

ただ、当然の答えのように。


沈黙が、部屋を満たす。


やがて少女は顔を上げ、鏡の奥を見つめた。


そこには変わらず、光源氏がいる。


けれど――


その微笑みが、ほんの少しだけ。


深くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ