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第五話 壊されたいと願った夜
闇は静かに降りていた。
逃げ場など、最初からなかったのだと知るように。
「怖いのか」
低く落ちる声が、耳の奥に触れる。
振り払おうとしても、その響きは身体の内側に残った。
違う、と言いたかった。
けれど、言葉は喉で溶けていく。
そっと、腕が回される。
拒めばほどけるはずの力なのに——
なぜか、ほどけない。
「ならば、なぜ震えている」
気づかれている。
心の奥まで、すべて。
指先が触れた瞬間、息が乱れる。
触れられたのは肌のはずなのに、
崩れていくのは、もっと深いところだった。
優しい。
あまりにも優しすぎる。
だからこそ、逃げられない。
強く抱き寄せられる。
壊れてしまうほどではない。
けれど——
壊れてしまいたいと、
願ってしまうほどに。
「離れたいか」
問いかけは、残酷なほど静かだった。
首を振ることも、頷くこともできない。
ただ、縋るように、しがみつく。
逃げたい。
なのに——
離れたくない。
その矛盾ごと、抱きしめられている。
「ならば、離さぬ」
囁きが落ちた、その瞬間——
息が、止まった。
拒むはずの指が、
逆に、彼の衣を掴んでいた。
離れなければならないのに、
力は、抜けない。
視界が滲む。
何かが、ほどけていく。
戻れないと、分かっているのに——
それでも、
腕の中に沈んでいった。
……何も、残っていなかった。




