5-9
ドラゴン・マンティスの巨体が、地面に叩きつけられる。
これで終わってくれと、フィリップは祈った。
しかし、現実はそう甘くない。
ドラゴン・マンティスは、当然のように起き上がってきた。
「ッ…!!ダメか……!!」
フィリップの顔色が悪くなる。
ここまで落とされた恨みを晴らすかのように、ドラゴン・マンティスが襲い掛かってきた。
命を刈り取る死神のような鎌が、振り下ろされてくる。
だが、フィリップに抱き着いていたローズが、もう立ち上がっていた。
鎌に対して、双剣を合わせる。
“ガキン!!”
激しい衝突音が鳴り響く。
ローズが両手の剣で止めたことにより、鎌の先端はフィリップの鼻先で止まっていた。
「うぁあああ!!」
フィリップは尻餅を着いたまま、全力で後退った。
鎌は重く、ローズは苦悶の表情を浮かべる。
それでも体全体の力を使い、なんとか鎌を押し戻した。
しかし、休む暇は無い。
もう片方の鎌が、ローズに振るわれた。
「ぐっ…!」
ローズはそれも受け止める。
だが、自身の倍の体格を誇るドラゴン・マンティスに、力で敵う筈もなく…。
「う”あ”っ!!」
ローズは簡単に弾き飛ばされた。
バランスを崩して、地面を転がる。
相手は10代そこそこの少女だが、怪物からすれば、そんなものは関係ない。
子であれ親であれば、獲物なら狩り殺す。
ドラゴン・マンティスがトドメを刺そうと飛び掛かってきた。
そこへフィリップが、オレンジのオーラで輝く杖先を向けた。
「さっ、させるか!隆起!」
杖を上げると、地面が盛り上がった。
両者の間に壁が生まれる。
ドラゴン・マンティスはその壁に、思い切りぶつかった。
ローズはその隙に立ち上がる。
それと同時、壁裏から飛び出した。
地面を蹴り、回転斬りの体勢に入る。
狙ったのは、ドラゴン・マンティスの左前脚の基節。
つまり、片方の鎌の根元だ。
“ズバッ______!!”
剣が一瞬にして、前脚を通り抜ける。
あまりにあっさりと、左の鎌が落ちた。
“ギッ…エェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ_________!!!”
脚を斬り落とされるのは、やはり相当な痛みなのだろう。
ドラゴン・マンティスが叫びを上げる。
返礼と言わんばかりに、火球を吐いた。
至近距離だったにも関わらず、ローズは前に転がって躱す。
そしてなんと、ドラゴン・マンティスの体の下に入り込んだ。
そのまま流れるように腹を斬り上げる。
緑の血が噴き出るも、致命には至らない。
“ギェエエエエェエエエエエエ________!!!”
それでも腹を裂かれる痛みは、どの生物にも共通している。
4本足になったドラゴン・マンティスが、暴れ回る。
蹴飛ばされる前に、ローズは腹の下から脱出。
ドラゴン・マンティスは塔の中を走り回った後、また壁を這い登っていく。
それこそ、ローズの手が届かない所まで。
「また登られた!」
「ローズちゃ…様!大丈夫!…大丈夫です!」
ローズの横に、フィリップが駆けてくる。
言葉遣いがおかしいが、壁に這い回るドラゴン・マンティスに杖を向ける。
「逃さないぞ!隆起!」
声を振り上げ、杖を振った。
すると、ドラゴン・マンティスが進む先が盛り上がる。
なんと、壁から壁が生えた。
ドラゴン・マンティスは進路変更。
明後日の方向へ逃げ出す。
その先へ向けて、フィリップが再び杖を振るう。
そしてまた、壁が盛り上がった。
ドラゴン・マンティスはさらに違う方へ這う。
だが、行く先々を盛り上がった壁で塞がれる。
フィリップは次々と逃げ道を無くしていった。
そうして塔内の壁は、あっという間に出っ張りだらけとなった。
「………!」
フィリップが作り上げた光景を見て、ローズは気がついた。
元の壁は、ほぼ平面。
跳ね返ったり、滑り降りたりはできるが、留まることはできない。
だが今は出っ張りだらけ。
つまり足場がある。
塔はローズが得意とする環境へと、変化していた。
「フィリップ、私が行く先、盛り上げて」
ローズはそう言葉を残すと、走り出す。
「えっ?…あっ、はい」
フィリップは困惑しつつも、ローズが向かう先へ杖を振った。
例によって、地面が隆起する。
ローズはその盛り上がった地面を踏み台にした。
そこから壁の出っ張りへ跳び乗る。
出っ張りからまた別の出っ張りへ。
上へ、上へ…。
ローズは凄まじい速さで、塔の上層へと上がっていった。
そうしてドラゴン・マンティスに追いつく。
脚を狙って、剣を振った。
“ザシュッ!”
刃は右後ろ脚を刎ね飛ばした。
残った脚では、巨体を支えきれなかったのだろう。
ドラゴン・マンティスの体が、壁から剥がれ落ちる。
ローズは上方の出っ張りに足を付けて、蹴る。
まさに鳥のような速さで、落下するドラゴン・マンティスへ迫った。
空中でローズは、体を回転させる。
重力が乗った回転斬りが、ドラゴン・マンティスの腹へ突き刺さった。
“キギャアアアアアアアアアアアア_______!!!”
ドラゴン・マンティスが、苦痛に満ちた悲鳴を上げる。
背中と比べて、腹側は柔らかかった。
回転する刃が、腹を抉る。
緑色の血液が塔中に噴き出し、壁に飛び散った。
ローズは止まらない。
深く、体の奥深くまで、刃を入れていく。
怪物の中から、血を搾り出していく。
やがて剣は、臓腑を斬り裂いた。
“ドシャッ!!!”
まるでドラゴン・マンティスを踏みつけるように、ローズは地面へ着地した。
巨体を中心に、血が弾ける。
上から見ると、まるで緑色の花が咲いたようだった。
「……死んだ?」
フィリップが、恐る恐る歩み寄る。
ドラゴン・マンティスは、もう息絶えていた。
仰向けになり、口から舌を出している。
まだ自身の死を受け入れられないのか、残った足が脚がピクピクと震えていた。
「ふぅ……」
ローズはゆっくり息を吐く
口元や頬を拭いながら、腰を上げる。
ドラゴン・マンティスの返り血により、全身が緑に染まっていた。
「お前、毎回返り血浴びないと気が済まないのかよ」
ネーロが呆れた様子で歩み寄ってきた。
相棒の生還が嬉しいのか、優しい笑みを浮かべている。
「緑は緑で不気味だなぁ」
「うん…。でも、勝ったよ」
剣を鞘に納めながら、ローズはフィリップの方を向く。
「フィリップ。もう、大丈夫」
頬を少し緩めながら、ローズはそう言った。
「………」
フィリップは何も返さず、ローズを見つめ返す。
緑の血で塗れた少女…。
透き通るような肌も、純白の髪も、綺麗だった服も、焼けた右腕さえも、全て汚れていた。
けれどフィリップには、その姿がどこか美しく見えていた。




