5-8
「ローズ。お前、どうしてそこまで誰かを助けようとするんだ?」
バダスタウンを訪れる前…。
ノームハットの洞窟の中で、ネーロはローズに問うた。
石の上に座ったローズは、目をパチクリとさせる。
膝の上で、カーバンクルのブドウが丸くなって寝息を立てている。
「どうして…って?」
「そこに居るブドウもそうだ。バードピアのルチアもそう。お前、会って間もねぇ奴でもすぐに助けようとするよな」
ネーロの指摘通り、ローズは深い関係でもない相手にも、手を差し伸べる。
バードピア王国がゴブリンの群れに襲撃された時には、国の人間による避難勧告を押しのけ、親玉であるゴブリン・メイジを討ち取った。
そしてこの時もブドウの親を見つけるため、広い山を歩き回ることとなった。
最もこの会話があった次の日、ブドウを狙う密猟者が召喚した2種の犬型モンスターを相手取ることになるのだが…。
いずれにしても、命懸けであることには変わりない。
「別にお前が出しゃばる必要はねェと思うんだよなぁ。バードピアの時は兵士達に任せりゃ良かったし。ブドウだって、親を捜してやる義理は無いんじゃねェか?野生じゃよぉ、子が親を失うとか、珍しいことじゃねェぞ」
「……確かに。ネーロの言う通り…かもね」
ローズは視線を落とし、ブドウの背中を優しく撫でる。
「……でも。それでも、助けたいんだ」
「だからなんでだよ」
「“王の槍”の皆を、助けられなかったから」
「………」
ローズの一言で、ネーロは押し黙る。
旅に出る前…。
故郷であるソルブレア帝国が、1匹の巨大なドラゴンに襲われた。
帝国最強の部隊の一員として応戦したローズだったが、全く歯が立たなかったのだ。
その合間に、次々と死んでいく子供達。
毎日のように因縁を着けに来ていたダインは行方不明となり、妹のような存在だったシンシアは、目の前で焼け死んだ。
ネーロの機転と、当時第二王子だったヨハン、それからソルブレアの兵士達の力が加わり、どうにかドラゴンを追い返すことには成功した。
だが、最終的に生きて戻った“王の槍”のメンバーは、ローズだけだった。
「私と仲良くしてくれたの、シンシアぐらいだったかな…。ダインとは喧嘩ばっかりだっし、他の子からもよく思われてなかったと思う。小さい頃、よくいじめられてたから」
「……」
「だけど…。それでも、皆一緒に戦ってきた仲間で…。だから……助けられなかったのが悔しくて…」
この時、ローズの声は微かに震えていた。
ネーロは下から顔を覗き込む。
いつもの仏頂面が、少しだけ悲しみに寄っていた。
「……だから。せめて私の手が届くところに居る人は助けたいの。もう、後悔したくないから」
そう言ってローズは、ブドウから手を離す。
そしてその手を、強く握りしめた。
「あいつはなぁ、ドラゴンがトラウマなんだよ」
ドラゴン・マンティスと斬り合うローズを見つめ、ネーロがそう零した。
「あのドラゴン・マンティスよりも遥かにデカい奴に、ローズは同胞を殺された。故郷の国もメチャクチャにされたんだ」
「ッ……!!」
それを聞いたフィリップは、絶句する。
旅する少女ローズ。
歳不相応の落ち着いた振る舞いを見せ、その華奢な体からは想像もできないような強さを秘めている。
少なくとも、フィリップから見たローズはそういう印象だった。
だが、そんな彼女の背景にあったのは、あまりにも壮絶な過去だった。
「まぁ最終的にドラゴンには帰ってもらったし、国の復旧も進んでるんだけどな。だが、自分の力が通用しない上に同胞の命を奪われるってのは、絶望どころじゃないだろうぜ」
「………」
「ローズは誰も救えなかったことを後悔してんだよ。だから手の届くところに居る奴くらいは助けるようにしてんだ」
「……」
「だが、相手はあの時より小せぇとはいえドラゴンだ。ドラゴンってやつは生物的に強ぇ。現に奴には剣がほぼ通ってねぇ。だから恐怖と焦りが同時に来てんだろう。『ネーロとフィリップを守れないかもしれない…』って感じでな」
その時、ドラゴン・マンティスの鎌が、ローズを弾き飛ばした。
ローズは地面を転がるも、すぐに体勢を整えた。
身を低くして、双剣を構える。
その獣のような眼光に、フィリップは身震いした。
ローズの表情はほとんど変わっていない…筈だ。
だが、食堂で飯を食べている時は、どこか穏やかに見えた。
そして今はまるで、鬼か悪魔のように見える。
「ローズ、落ち着け」
ネーロが木箱の上に跳び乗り、呼び掛ける。
「ッ…!」
ローズはハッとして、ネーロに目を合わせた。
額に汗を滲ませ、やけに驚いた顔をしている。
「いいかよく聞け。面倒くせぇが、あの時のドラゴンよりは楽な相手だ。お前なら勝てる」
「……うん」
「いきなり急所を狙うな。まずは足を狙え。奴の機動力を奪うんだ」
「解った」
ネーロの言葉で、気持ちが楽になったのだろう。
ローズの顔から、先程までの必死さが薄れていた。
その変わりように、フィリップは呆然とする。
出会った当初、ネーロはローズのペットのような存在だと思っていた。
しかし今は、ネーロがローズを従えているような構図になっている。
ローズは嫌な顔をすることなく、ネーロの意見を素直に呑み込んだ。
ここでフィリップは理解した。
2人の間に、主従なんて無いことを。
「……」
ローズが深く地面に沈み込む。
その様子を、ドラゴン・マンティスは遠くから窺う。
次の瞬間、ローズが爆発的な速さで飛び出した。
1テンポ遅れて、ドラゴン・マンティスが迎撃に出る。
しかしローズは地面をジグザグに跳ねて翻弄。
ドラゴン・マンティスが鎌を振り下ろすが、もうそこからローズは消えている。
そのまま横に回って、双剣を振りかぶった。
狙いは真ん中右の足。
“スパッ!!!”
2本の剣を器用に使い、足を斬り飛ばした。
“ギエッ!!”
ドラゴン・マンティスが右に傾くも、なんとか堪える。
1本刎ねたくらいでは、そこまで影響は無いようだ。
だが危険を感じたドラゴン・マンティスが、壁に張り付く。
そのまま猛スピードで駆け上っていた。
口には既に緑炎を溜め込んでいる。
「また…」
再び火球が降り注がれた。
ローズは紙一重で躱していく。
炎の雨は、なかなか収まらない。
ドラゴン・マンティスは壁に張り付いたまま、火球を吐き続ける。
「あの野郎…。あそこから下りねぇつもりか?」
ネーロが苛立ちながら呟く。
フィリップは木箱の裏から、逃げ回るローズを見守っていた。
そんなフィリップの視界の端に、あるものが映る。
「……ッ!あれは!」
向かい側の壁付近で、微かにオレンジが光った。
それは、フィリップが最も大事にしていた杖。
瓦礫の崩落や爆発の振動で、いつの間にか鴉の巣から落ちてきていたようだ。
だがそれに気づいた時…。
「やっべ!!」
火球が木箱の方へ飛んできた。
ネーロが慌てて木箱の上から下りる。
「伏せろ!!」
「うわぁあああ!!!」
フィリップがその場でうつ伏せになる。
直後、火球が木箱へ直撃。
その衝撃で、フィリップとネーロは地面を転がった。
「ぐっ…ううう!!」
「やべぇなこりゃ……」
2人は土を被る程度で済んでいた。
木箱が盾になったことで、衝撃を抑えられたのだ。
フィリップは先程まで隠れていた場所に目をやる。
木箱は燃える薪へと姿を変えていた。
「……!」
その先に、まだ杖は落ちている。
オレンジの輝きを見た瞬間、フィリップは迷わず駆け出していた。
「あっ、おい!」
ネーロが呼び止めるも、フィリップは止まらない。
激戦区に向かって走っていく。
「フィリップ!?」
突然飛び出したフィリップに、ローズも困惑する。
止めようとしたが、行く手を緑炎に阻まれた。
ドラゴン・マンティスは容赦なく火球を浴びせてくる。
死と隣り合わせの環境。
たが、フィリップはそれでも足を止めない。
彼には彼なりに、思うことがあった。
(僕は…自分のことだけで精一杯だ。だけどあの娘は…僕達のことまで見てる。僕より若いのに、なんて…なんて凄い娘なんだよ!)
頭の中にあったのは、ずっと自分を気にかけ、守ってくれたローズのこと。
自らの命を顧みず、前線に立ち続けるその姿に、フィリップは感銘を受けたのだ。
(ローズちゃん!…いや、もはやローズ様って呼びたい!僕も、あんな風になりたい!)
フィリップは若干おかしくなっていたが、なんとか火球を掻い潜っていく。
そしてついに自分の手で、杖を掴み取った。
「やった!」
大切な杖を取り戻せて、喜ぶフィリップ。
だがそれを見計らったかのように、火球が降ってきた。
「フィリップ!!」
そこへローズが飛び込んできた。
フィリップに抱きつくような形で、無理矢理その場から動かす。
その瞬間、火球が地面に当たって爆発。
爆風がローズの背中を押す。
ローズに抱きつかれたまま、フィリップは仰向けに倒れた。
その時見えたのは、こちらに顔を向けるドラゴン・マンティス。
また口に緑炎を溜めている。
「このっ!」
フィリップはドラゴン・マンティスが張り付く壁に、杖を向けた。
魔力が杖に流れ込む。
杖先が、オレンジのオーラを纏った。
「そこから、落ちろ!」
フィリップが杖を振り上げる。
その途端、ドラゴン・マンティスが張り付く石壁が、盛り上がった。
先端が腹に直撃する。
それによりバランスを崩したドラゴン・マンティスは、真っ逆さまに落ちていった。




