5-7
ドラゴン・マンティスが、口に黄緑の炎を溜める。
「フィリップ!」
ローズが瞬時にフィリップを突き飛ばした。
「うわぁ!!」
フィリップは情けない叫びを上げ、木箱の裏に転がった。
ローズは逆方向に跳ぶ。
その直後、火球が放たれた。
ケミカルな色の炎が、地面に当たって爆発を起こす。
閉ざされた空間に、白煙と砂埃が巻き上がる。
石がいくつか崩れ、地面に落下してきた。
「………!」
ローズの視界の先が、煙で閉ざされる。
目の前に居る筈のドラゴン・マンティスの姿が見えない。
フィリップの姿も隠れ、ネーロもいつの間にか肩から降りていた。
ただ1人、白い煙に囲まれる。
ローズはいつもより一層、警戒を上げた。
“ビュオッ_____!!”
近くから、風を切る音が聞こえた。
ローズは音がした方に目を向ける。
大きな鎌が、振り下ろされてきていた。
ローズはそれを後ろに跳んで躱した。
すると煙の中から2つ目の鎌が現れ、同じように振り下ろされる。
ローズはそれもバックステップで外す。
“ドン”
外した瞬間、固い何かがローズの背中に当たる。
それは石造りの壁だった。
跳んでいる間に、壁際まで下がってきてしまったようだ。
それでもローズは、目の前に集中する。
煙が薄まり、ドラゴン・マンティスの姿が徐々に見えてきた。
先程の2つの鎌は、この竜の前肢だった。
今度は両鎌を同時に振り上げ、ローズに襲い掛かる。
「ッ!!」
意を決したローズは、前に跳んだ。
鎌が振り下ろされるよりも前に、首の横をすり抜ける。
そしてすれ違いざま、ドラゴン・マンティスの背中を斬りつけた。
“キィィィィィィィィィィィィィアァァァァァァァァァァァァ____!!!!!”
空気を劈く程の、甲高い悲鳴を上げる。
背中で畳まれていた翅が裂かれ、緑色の体液が流れ出ていた。
ドラゴン・マンティスが振り返り、狂ったように鎌を降りまくる。
ローズはまたバックステップをして、その旋風のような斬撃を躱した。
少し空いたところに、ローズは着地する。
冷静にあしらっているように見えるが、実は心臓の鼓動が激しい。
オウルベア。
ゴブリン・メイジ。
ヘルハウンド。
オルトロス。
ローズは旅に出てから、様々なモンスターと戦ってきた。
しかし、ここまで緊張することはなかった。
ふとローズは、横目で出入り口の方を見る。
扉の前が、瓦礫で埋まっていた。
他に外へ出られるとしたら、穴が空いた天井くらいだ。
ネーロとフィリップを抱えて出られはするが、ドラゴン・マンティスの攻撃を掻い潜る余裕は無い。
出口は無いに等しい。
そしてこのドラゴン・マンティスは、必然的に倒さなければならない。
「大丈夫。翅は斬れた。大丈夫。私ならやれる。大丈夫。大丈夫……」
ローズは小さな声で、自分にそう言い聞かせる。
その瞬間をチャンスと捉えたのか、ドラゴン・マンティスが凄まじい速さで飛び出してきた。
そのまま食らいつきに掛かる。
ローズは跳ね上がり、ドラゴン・マンティスの頭に着地する。
そして双剣で、首を斬った。
“ガシン!!”
だが、金属を叩いたような音が鳴る。
ドラゴン・マンティスの首は、想像より硬かった。
鱗が削れ飛んだものの、致命には遠い。
“ギャィァァァァァァァァァァァァ!!!!”
ドラゴン・マンティスは咆哮を上げて、強く首を振る。
ローズは投げ飛ばされたが、どうにか地面に着地した。
すると、ドラゴン・マンティスが壁を登り始めた。
ぐるぐると撹乱するように壁を這うと、首をローズの方へ傾ける。
そして火球を吐いた。
しかも3連続で。
「くっ…!」
走り出すローズに向かって、黄緑の炎が容赦なく降り注いだ。
「……ローズちゃん?」
フィリップは木箱の裏から、恐る恐る戦況を窺う。
ドラゴン・マンティスが高所から、一方的に火球を飛ばしていた。
それから逃げるローズ。
その先には、階段があった。
火球をギリギリで躱しながらも、どんどん上がっていく。
そしてドラゴン・マンティスが居座る高さまで来ると、階段から跳んだ。
剣を構えたまま、砲弾のような勢いで、迫る。
だが剣が届くよりも先に、ドラゴン・マンティスは壁を下った。
双剣は虚空を切るだけに終わる。
ローズは向かい側の壁に両足を当て、元の階段へと跳んだ。
だがそこを狙って、ドラゴン・マンティスが火球を吐いた。
空中では躱せない。
ローズは身を回転させる。
回転鋸と化したローズに、黄緑の炎が直撃する。
ローズは吹き飛ばされ、階段の上へ転がった。
体から煙が上がり、服が焦げていた。
右手の袖に燃え移った火を階段に叩きつけて消すと、ローズは起きる。
回転したことで焼死せずに済んだが、右腕から肩にかけて火傷を負っていた。
深くはないが、浅くもない。
動かす度にジリッと痛むが、ローズはいつもみたいに剣を握った。
「大丈夫…大丈夫…」
ローズは屈んだまま、自分にそう言い聞かせる。
その時、下から鎌が伸びてきて、階段に引っ掛かった。
「くっ…!」
ローズは立ち上がり、階段を駆け上がる。
その直後、ドラゴン・マンティスが顔を出した。
逃げるローズ目掛けて火球を放つ。
ローズはそれをジャンプで躱す。
一気に何段も飛ばした。
「…」
着地と同時に、ローズは振り返る。
ドラゴン・マンティスが6本の足を器用に使い、その身に対して狭い階段を這い上がってきていた。
老朽化した階段は重さに耐えきれず、ひびが入り、パラパラと石材が落下していく。
それを見たローズは、隣の壁を蹴り、より高く跳躍した。
そしてドラゴン・マンティスの背中目掛けて、全体重を乗せた剣を叩きつける。
“ギィイイイイイイイイイ________!!!”
再び翅を斬られたドラゴン・マンティスが泣き喚く。
だが外骨格が硬く、深くまでは入らなかった。
その時、階段が衝撃に耐えきれず、崩れ落ちた。
ローズはドラゴン・マンティスの背中に乗ったまま、一緒に落ちる。
8メートル程の高さから、ドラゴン・マンティスの体が地面に叩きつけられた。
ローズは転がって距離を取る。
これで終わることを期待したが、そう上手くはいかない。
ドラゴン・マンティスが、むくりと地面から起き上がった。
「そんな…」
今ので終わらないことに、フィリップはショックを受けた。
それでもローズは、双剣を構える。
負った火傷の痛みに耐えながら。
「やっぱ硬ェなぁ」
「うおわっ!?」
いつの間にか、隣にネーロが佇んでいた。
今まで気付かなかったフィリップが、素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「ドラゴン・マンティスの鱗は頑丈だ。刃を通しにくい。ローズの剣でも多少削れる程度か……」
「そっ…そうなんだ」
「…ていうより、ローズの奴……焦ってんのか?」
「えっ?そうなの?」
「あいつ、表情変わらねェように見えるだろ?けどなぁ、感情は豊かなんだわ。意外と顔に出てるぜ」
フィリップはローズの様子を窺う。
位置的な関係で、横顔しか見えない。
表情は出会った時と変わらないように見えるが、汗ばんでいて、目元にほんの少し涙が滲んでいた。
それに、速いテンポで口呼吸を繰り返していた。
「もしかしてローズちゃん、怖がってる?」
「……そうか。なるほどな。怖ェのか、ローズ」
「そうだよね。あんな化け物を前にしてるんだから」
「いやお前と一緒にすんな」
「えぇ!?」
ローズに寄り添おうとしたフィリップだったが、ばっさりと跳ね除けられる。
「あいつは死ぬのが怖いんじゃねェ。守れねェのが怖いんだ」
「えっ?どういうこと?」
「トラウマがあンだよ」
ネーロはここに来るまでにローズと交わした会話を、思い返していた。




