5-6
木々が立ち並ぶ道。
フィリップは息を切らしながら、ひたすら鴉を追いかけていた。
視線の先にあるのは、鴉が咥える指揮棒型の杖。
底に埋め込まれたオレンジの宝石が、太陽の光を反射して、輝いていた。
飛んでる鳥を走って追い掛けるなど至難の技だが、宝石の輝きと、フィリップ自身の根性により、辛うじて見失わずに済んでいる。
「ハァ…待って……ゼェ……ぼ、僕の杖…、返して!」
息切れしながらも、フィリップは杖の返却を乞う。
だがそんなもの、鴉に届く筈もない。
疲労困憊のフィリップを気にすることなく、鴉は軽々と飛行を続けていた。
フィリップにとってその杖は、相棒であると共に、父からの形見でもある。
簡単に諦めきれなかった。
足をふらつかせながも走るフィリップ。
その後ろから、ネーロを抱えたローズが追いついてきていた。
「フィリップ、疲れてる」
「ホントだな。ヘロヘロじゃねぇか」
ネーロを抱え、腰に剣を2本下げたまま、フィリップと同じ距離を走ってきたローズ。
だが全く息切れしておらず、その顔色は変わっていない。
何ならもうすぐ抜き去ってしまいそうだ。
自分が代わりに杖を取り返そうかと、ローズが思った時だった。
「……あれは」
ローズの視線の先に、塔が見えてきた。
石造りの塔。
全く管理されていないのか、所々老朽化している。
一部の隙間からは、植物が生えていた。
鴉はその塔のてっぺんで減速する。
穴が空いているようで、そこから中へ入っていった。
フィリップにもそれが見えたようで、足を止めた。
両膝に手をつき、必死に呼吸を繰り返している。
ローズはフィリップの隣に着いた。
「大丈夫?」
「ゼェ……ゼェ……、だ、…だい……ゼェ…だいじょ……ハァ、………ぶ…」
「大丈夫じゃねぇな」
ローズはフィリップの背中を優しく擦る。
あまりの体力の無さに、ネーロは呆れ返っていた。
その間フィリップは、ゆっくりと息を整える。
ふと顔を上げて、塔のてっぺんを凝視した。
そこから鴉が飛び上がり、どこかへ羽ばたいていく。
フィリップの杖は持っていない。
つまり、杖は現在塔の中にある。
「よし、行こう」
フィリップが塔に向かって歩き出す。
ローズは心配しながらも、後に続いた。
「あそこにあるのは確定だろ。急ぐ必要ないんじゃねぇか?」
ローズの腕の中で、ネーロが声をかける。
フィリップはここまで休むことなく走ってきた。
そのため、未だに息が上がった状態なのだ。
「はぁ…。ダメだ…。ゼェ……。何があるか、解らないから。早く、ウッ……取り戻さないと」
「フィリップ……」
ローズが小さく呟く。
彼女からすると、今のフィリップは何かに取り憑かれているように見えていた。
その目の先にあるのは、塔の中にあるであろう杖。
一点だけに集中すれば、視野が狭まり、周りが見えづらくなる。
それを知っているからこそ、ローズはフィリップに危うさを感じていた。
ローズは後ろからフィリップに近寄り、もう一度背中を撫でる。
「ローズちゃん?」
「落ち着いて。深呼吸しよう。ゆっくり空気を吸って、吐き出すの」
「そ、そうだね……」
ローズに言われた通り、フィリップは深呼吸をする。
そうしていると、徐々に頭の中が冴えてきた。
(ローズちゃん…。また僕のことを……)
フィリップは気がついた。
隣を歩く少女に、再び心配されているということに。
「大丈夫。杖は戻ってくるよ。絶対に」
塔を見据え、いつも通りのポーカーフェイスで語るローズ。
フィリップはその声と言葉に、少しだけ勇気づけられていた。
細い穴だらけになった木の扉を、ローズが押す。
すると扉は不気味な音を立て、あっさりと開いた。
「行こう」
「うっ、うん」
ローズ達は、古びた塔の中へ踏み込んだ。
削れた石で囲まれた、円柱型の空間。
大きな木箱や樽、馬車の車輪等が置きっぱなしになっていて、すっかり埃を被っている。
天井にはいくつか穴が空いていて、そこから複数の光が差し込んでいた。
壁面を沿うようにして、螺旋状に階段が造られている。
その最上段にあるのは、木の枝をいくつも連ねて作られた鳥の巣。
そこからオレンジ色に輝く何かが見えた。
「あった」
「うぉおおお!僕の杖!」
杖を見つけたフィリップは、階段の方へ走っていく。
「おい!落ち着けって!」
ローズの肩に掴まったネーロが呼び止める。
しかし、フィリップの耳に届いていない。
ドタドタと音を立て、階段を駆け上っていく。
「もう…!」
ローズは急いで後を追った。
階段には手摺りも何も無い。
もし足を踏み外したらなら、そのまま真っ逆さまだ。
ローズは平気だが、隆起の魔法しか使えないフィリップは一溜りもない。
とはいえ、このまま上っていけば杖は取り戻せる。
フィリップが落ちないように見ておけばいい。
ローズがそう考えていた矢先、下の木箱から物音がした。
途端、大砲のような勢いで、何かが飛び上がってくる。
それは狼くらいの大きさの、3匹のコウモリ。
茶褐色の体毛に、尖った耳。
三日月のような黄色い目をギラつかせ、ハート型の鼻から息を吹き出している。
体の半分を占める程大きな口。
歯の隙間から、涎が漏れ出していた。
3匹の化けコウモリは、フィリップ目掛けて一直線に飛んでいく。
鋭い牙が、ぐんと迫る。
「うわぁあああ!!!」
直前で気がついたフィリップは、腰を抜かす。
目の前を、化けコウモリ達が通り過ぎていく。
間一髪で餌食にならずに済んだ。
だがそれは、その瞬間だけ。
化けコウモリ達は切り返して、再びフィリップに迫る。
「わっ…うわぁ!!」
腰を抜かしたフィリップは、悲鳴を上げることしかできない。
今度こそ、ギザギザの歯がフィリップの頭を食い千切る…。
そうなる前に、ローズはもう動いていた。
ネーロは肩から降りている。
剣を1本だけ抜いて壁を蹴り、フィリップが居るところまで跳んでいく。
そして空中で、思いっ切り剣を横に振った。
“ビシュッ____!!”
その一刀は、化けコウモリ2匹の胴体を通り抜ける。
生命活動を維持できなくなった2匹は、真っ逆さまに落ちていく。
「ローズちゃ…あっ!」
フィリップの目が見開かれる。
化けコウモリを斬ったのは、空中。
重力に従って、ローズも落下し始める。
だが、ローズはそこまで予測できていた。
「んっ…」
ローズは空いた手で、階段に手を掛ける。
石造りの階段にぶら下がることで、落下を免れた。
「ローズちゃん!」
フィリップが起き上がり、ローズの元へ駆け寄る。
「大丈夫…」
ローズは片腕を軸に、体を揺らす。
その勢いを利用して、宙返り。
上手く着地してみせた。
フィリップは驚き、目を丸くしている。
「身軽なのは良いこったな」
下からネーロが追いついてきた。
軽々と段差を飛び越えて、ローズの足元に付く。
「まだ終わってねぇぞ」
「うん」
ローズは上を見上げる。
残った1匹の化けコウモリが、天井付近を飛び回っていた。
ローズ達を警戒しているように見える。
隙を見せれば、すぐさま襲い掛かってくるだろう。
ローズもまた、警戒を上げた。
だがその化けコウモリが、再び襲ってくることはなかった。
“ドゴン!!”
天井の石が崩れ、そこから刃物のようなものが飛び出す。
それが化けコウモリの体を貫いた。
化けコウモリは奇声を上げながら、天井の向こうへ引き上げられる。
次の瞬間、何かを噛み千切り、砕くような音が降りてくる。
3人は天井を見上げ、息を呑んだ。
巨大なコウモリを仕留め、食す何か。
得体の知れない化け物が、真上に居る。
天井から化け物コウモリの翼片が、ヒラヒラと舞い落ちてきた。
それと同時に、天井を構成していた石がさらに崩れる。
大きく空いた穴から顔を出したのは、4つの赤い目を持った白緑色の竜だった。
頭の後ろに2本の角が生えていて、顔の周りも、棘状の突起で覆われている。
竜は壁に足を突き刺し、塔の内部に侵入してくる。
その体を見たローズは、驚愕した。
首から上は竜そのものなのだが、それより下はもはや昆虫。
まず、6本の細長い足。
特に前の2本は鎌状になっていて、金属を思わせるような光沢があった。
背中には筋入りの薄い羽根が折り畳まれている。
尻尾は無い。
まるで、竜とカマキリが合体したような見た目をしていた。
「あっ…あぁあああああぁあ!!」
その怪物を目の当たりにして、フィリップが悲鳴を上げながら後ずさった。
そのまま壁に背中を押し付けて、震えている。
「ドラゴン・マンティスか。厄介なのが来やがったな」
「……ドラゴン」
ネーロから怪物の名を聞いたローズの体が、僅かに震えた。
ドラゴンというモンスターには、トラウマがある。
何もできず、歯が立たず、仲間が次々とやられていく光景が、ローズの脳内にフラッシュバックする。
「おい!来るぞ!」
ネーロが声を上げる。
ドラゴン・マンティスが、口の中に黄緑色の炎を蓄えていた。
それを球状にして、ローズ達に向けて吐く。
ローズはもう動き出していた。
剣を鞘に戻すと、壁に寄りかかるフィリップに駆け寄り、抱き上げる。
「跳べ!」
肩に掴まったネーロが叫ぶ。
ローズは1人と1匹を抱えたまま、思いっ切り階段を蹴る。
空中へと飛び出した。
その直後、火球が階段にぶつかり、爆発を起こす。
爆風がローズの背中を押した。
そのまま反対側の壁へと飛ばされる。
ローズは両足を上げ、壁に着地した。
間髪入れず、足を動かす。
ローズは壁を走り、塔の下まで駆ける。
地面に着地すると、フィリップを地面に降ろした。
「立てる?」
「あっ…ありがとう……」
ローズに手を引かれ、フィリップは立ち上がる。
すると、一拍遅れて地面が揺れた。
ドラゴン・マンティスが、地面に降りていたのだ。
長い首を上げ、こちらを見下ろしている。
口の形のせいか、笑っているようにも見えた。
「………」
ローズは無言で双剣を抜く。
真っ赤な双眸は、ドラゴン・マンティスを捉えていた。




