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依頼の対象となる薬草の名は、ドクアガリ。
中心部分が赤紫色で、白い花弁を付けた花が特徴的だ。
もっとも、花自体は使われず、処分されることが多いのだが。
この薬草には、様々な効能がある。
薬にして飲めば、多くのモンスターの毒を打ち消すだけでなく、腸内環境の改善、冷え性、高血圧の予防等の恩恵が得られる。
さらに塗り薬にすれば、肌荒れの改善や痒み止めにもなるという優れものだ。
もっとも使い過ぎれば、逆に毒になることもあるのだが、需要があるのは確かだ。
そんなドクアガリが生育するのは、湿地。
とある湖に到着したローズとフィリップは、畔でドクアガリの採集に勤しんでいた。
「フィリップ、これで足りる?」
ローズが袋を持ってフィリップに近寄る。
袋の口から、白い花がいくつか出ていた。
「うん、それくらいでいいよ。ありがとう」
しゃがんでいたフィリップが、立ち上がる。
彼が持つ袋にも、花が入っていた。
ドクアガリは、ローズが思っていたよりもあっさり集まった。
「これで後は帰るだけか?案外呆気ねェな」
ネーロがつまらなさそうに呟く。
「新人冒険者に回される依頼だからね。こんなものだよ」
「ほ〜ん?3年冒険者やってる奴が、新人の依頼をねぇ……」
「うっ……!」
ネーロは相変わらず容赦がない。
また落ち込むと思われたフィリップだが、今度は目を尖らせた、頬を膨らませる。
「フッ…フンだ。いいし。これから地道に依頼こなしていって一人前になるし。ていうか僕が元居た“ドラゴンソード”はギルドの中じゃ最強クラスだったし。だから僕だってやれるし」
「ガキかお前……」
いじけた子供のような反応を見せるフィリップ。
ネーロは少し、引き気味になっていた。
(コイツ…ホントに大丈夫かよ。いや大丈夫じゃねェな。絶対。今すぐ置いて帰りてェけど、ローズは許してくれなさそうだしなぁ。つーかローズ、お前いつまでコイツの面倒見る気だ?)
フィリップの依頼に付き合うことになったのも、ローズがその選択をしたからだ。
だが、フィリップが一人前の冒険者になる未来を、ネーロは見い出せない。
かと言って、いつまでもフィリップのお守りをする訳にもいかない。
ローズは目的を持って旅をしているのだから。
ネーロの時間は無限と言っていいが、ローズの時間は有限なのだ。
「なぁローズ」
ネーロはローズに視線を向ける。
当のローズは、湖の方を眺めていた。
「……どうした?ローズ」
「………何か…居る」
ローズは静かにそう呟いた。
その手は、腰元の剣に置かれている。
ネーロとフィリップも、その方向に目をやった。
空の色をそのまま映す、広大な湖。
奥の方では霧が出ていて、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
そして湖の中心から、波紋が生まれている。
しかも少しずつ、頻度が多くなっているのだ。
「ホントだな。何か来そうだ」
「えぇ!?まさか、凶暴なモンスターじゃ!?」
怖気づいたフィリップが、杖を取り出す。
波紋はだんだん大きくなっていった。
もはや波となって、畔にぶつかる。
そして湖の中心が、盛り上がった。
大量の水を被った何かが、姿を現す。
「ぎゃぁああああああ!!出たぁああああああ!!!」
フィリップは悲鳴を上げ、その場に尻もちを着いた。
だが、ローズとネーロは動じない。
ただ黙ってそれを見つめていた。
湖から現れたのは、淡藤色の、巨大な首長竜だった。
長さがある口元からは、細かい歯が見え隠れしている。
頭部には刃物のような、1本の角。
さらに首の後ろから、島のように浮かんでいる背中にかけて、棘が等間隔に並んでいた。
「………」
首長竜は、ローズ達に視線を送る。
物々しい空気を纏っているように見えるが、その目は小さく、それでいて、どこか穏やかそうだった。
「………」
「……」
ローズとネーロも、ただ無言で見つめ返す。
少しだけ、両者の間に沈黙が流れた。
「……」
ローズ達に危険性が無いと判断したのか、首長竜が後ろを向く。
ゆったりとした速度で方向転換すると、湖の奥の方へ泳ぎ出した。
それと同時、首長竜の体は徐々に沈んでいく。
そして、あっという間にその巨体を消した。
湖の水面が静かになるまで、ローズとネーロは静かに見つめていた。
2人のその目は、キラキラと輝いていた。
「また……出てくるかな?」
「こんな湖にあんなのが居るとはな!試しに1周回って見ようぜ」
冒険心が刺激されたのか、2人のテンションが劇的に上がっている。
巨大生物との突然の遭遇に、興奮が鳴り止まないのだろう。
ずっと待っていたら、もう一度出てくるのか。
釣りをしたら食いついてくるのか。
それとも直接湖に潜ってみるか。
もしまた出遭えたとして、仲良くなることはできるのか。
背中に乗せてもらえたりしないだろうか。
ローズとネーロは、すっかり首長竜の話題で盛り上がっていた。
そんな2人を、フィリップはまじまじと見つめていた。
「2人とも…さっきの怖くないのか?ていうか、また会おうとしてない…?……って、あれ?」
独り言を呟く中で、フィリップはあることに気が付いた。
「杖は?あれ!?…杖が無い!」
そう。ずっと持っていた筈の杖が無いのだ。
自分の服を触りまくり、無いと解れば、周囲を見渡す。
杖は、意外とすぐに見つかった。
真後ろの、少し離れたところに落ちていた。
どうやら首長竜の登場に驚き、その拍子に投げてしまっていたようだ。
フィリップは胸を撫で下ろす。
父からもらった大切な杖だ。
無くさないで良かったと、安堵する。
フィリップは、ゆっくりと杖に歩み寄ろうとした。
だが、その直後…。
“バサバサ!!”
どこからともなく、1羽の鴉が飛んできた。
その鴉は滑るように降り立ち、太い嘴でフィリップの杖を咥える。
そして真っ黒の翼を広げ、飛び上がった。
「はっ?えっ…?」
あまりに自然過ぎる出来後に、フィリップの脳が、一瞬フリーズする。
鴉はフィリップに構うことなく飛んでいく。
ただ確かなことは、このままだと父の形見である杖が、どこかへ行ってしまうということだ。
「わぁああああああああ!!待ってぇえええええ!!!」
フィリップは必死な形相で、鴉を追いかけ始めた。
「…?」
「何だよ?浪漫感じてる時に……」
叫び声を聞いたローズとネーロが振り返る。
2人が見たのは、走るフィリップの後ろ姿。
そしてさらに遠くに、飛び去っていく鴉が見える。
視力が良いローズには、見えていた。
鴉がフィリップの大事な杖を咥えているのを。
「フィリップの杖が…!」
「あ?…あぁ。あれ木の枝じゃなかったのか。何してんだあいつ」
ネーロは目を細めて、今一度鴉が咥えている物を確認した。
遠くでも、オレンジの宝石の輝きが解る。
しかし、必死に追いかけるフィリップに反して、ネーロは呑気に欠伸をする。
「ほっこうぜ。ちゃんと管理してねェのが悪ィんだ。あいつよりさっきの首長竜の方が……」
「ダメ」
ローズは一言でネーロを制し、迷いなく抱き上げた。
「ちょっ、おい…!」
「このままじゃフィリップが死んじゃう…気がする」
「お前過保護すぎるだろ!」
「行くよ」
「浪漫よりあいつを取るわけね。しゃあねェなぁ!」
ローズはフィリップを抱きかかえたまま、フィリップの後を追いかけた。




