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5-5

 依頼の対象となる薬草の名は、ドクアガリ。

 中心部分が赤紫色で、白い花弁を付けた花が特徴的だ。

 もっとも、花自体は使われず、処分されることが多いのだが。

 この薬草には、様々な効能がある。

 薬にして飲めば、多くのモンスターの毒を打ち消すだけでなく、腸内環境の改善、冷え性、高血圧の予防等の恩恵が得られる。

 さらに塗り薬にすれば、肌荒れの改善や痒み止めにもなるという優れものだ。

 もっとも使い過ぎれば、逆に毒になることもあるのだが、需要があるのは確かだ。

 そんなドクアガリが生育するのは、湿地。

 とある湖に到着したローズとフィリップは、畔でドクアガリの採集に勤しんでいた。

「フィリップ、これで足りる?」

 ローズが袋を持ってフィリップに近寄る。

 袋の口から、白い花がいくつか出ていた。

「うん、それくらいでいいよ。ありがとう」

 しゃがんでいたフィリップが、立ち上がる。

 彼が持つ袋にも、花が入っていた。

 ドクアガリは、ローズが思っていたよりもあっさり集まった。

「これで後は帰るだけか?案外呆気ねェな」

 ネーロがつまらなさそうに呟く。

「新人冒険者に回される依頼だからね。こんなものだよ」

「ほ〜ん?3年冒険者やってる奴が、新人の依頼をねぇ……」

「うっ……!」

 ネーロは相変わらず容赦がない。

 また落ち込むと思われたフィリップだが、今度は目を尖らせた、頬を膨らませる。

「フッ…フンだ。いいし。これから地道に依頼こなしていって一人前になるし。ていうか僕が元居た“ドラゴンソード”はギルドの中じゃ最強クラスだったし。だから僕だってやれるし」

「ガキかお前……」

 いじけた子供のような反応を見せるフィリップ。

 ネーロは少し、引き気味になっていた。

(コイツ…ホントに大丈夫かよ。いや大丈夫じゃねェな。絶対。今すぐ置いて帰りてェけど、ローズは許してくれなさそうだしなぁ。つーかローズ、お前いつまでコイツの面倒見る気だ?)

 フィリップの依頼に付き合うことになったのも、ローズがその選択をしたからだ。

 だが、フィリップが一人前の冒険者になる未来を、ネーロは見い出せない。

 かと言って、いつまでもフィリップのお守りをする訳にもいかない。

 ローズは目的を持って旅をしているのだから。

 ネーロの時間は無限と言っていいが、ローズの時間は有限なのだ。

「なぁローズ」

 ネーロはローズに視線を向ける。

 当のローズは、湖の方を眺めていた。

「……どうした?ローズ」

「………何か…居る」

 ローズは静かにそう呟いた。

 その手は、腰元の剣に置かれている。

 ネーロとフィリップも、その方向に目をやった。

 空の色をそのまま映す、広大な湖。

 奥の方では霧が出ていて、神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 そして湖の中心から、波紋が生まれている。

 しかも少しずつ、頻度が多くなっているのだ。

「ホントだな。何か来そうだ」

「えぇ!?まさか、凶暴なモンスターじゃ!?」

 怖気づいたフィリップが、杖を取り出す。

 波紋はだんだん大きくなっていった。

 もはや波となって、畔にぶつかる。

 そして湖の中心が、盛り上がった。

 大量の水を被った何かが、姿を現す。

「ぎゃぁああああああ!!出たぁああああああ!!!」

 フィリップは悲鳴を上げ、その場に尻もちを着いた。

 だが、ローズとネーロは動じない。

 ただ黙ってそれを見つめていた。

 湖から現れたのは、淡藤色の、巨大な首長竜だった。

 長さがある口元からは、細かい歯が見え隠れしている。

 頭部には刃物のような、1本の角。

 さらに首の後ろから、島のように浮かんでいる背中にかけて、棘が等間隔に並んでいた。

「………」

 首長竜は、ローズ達に視線を送る。

 物々しい空気を纏っているように見えるが、その目は小さく、それでいて、どこか穏やかそうだった。

「………」

「……」

 ローズとネーロも、ただ無言で見つめ返す。

 少しだけ、両者の間に沈黙が流れた。

「……」

 ローズ達に危険性が無いと判断したのか、首長竜が後ろを向く。

 ゆったりとした速度で方向転換すると、湖の奥の方へ泳ぎ出した。

 それと同時、首長竜の体は徐々に沈んでいく。

 そして、あっという間にその巨体を消した。

 湖の水面が静かになるまで、ローズとネーロは静かに見つめていた。

 2人のその目は、キラキラと輝いていた。

「また……出てくるかな?」

「こんな湖にあんなのが居るとはな!試しに1周回って見ようぜ」

 冒険心が刺激されたのか、2人のテンションが劇的に上がっている。

 巨大生物との突然の遭遇に、興奮が鳴り止まないのだろう。

 ずっと待っていたら、もう一度出てくるのか。

 釣りをしたら食いついてくるのか。

 それとも直接湖に潜ってみるか。

 もしまた出遭えたとして、仲良くなることはできるのか。

 背中に乗せてもらえたりしないだろうか。

 ローズとネーロは、すっかり首長竜の話題で盛り上がっていた。

 そんな2人を、フィリップはまじまじと見つめていた。

「2人とも…さっきの怖くないのか?ていうか、また会おうとしてない…?……って、あれ?」

 独り言を呟く中で、フィリップはあることに気が付いた。

「杖は?あれ!?…杖が無い!」

 そう。ずっと持っていた筈の杖が無いのだ。

 自分の服を触りまくり、無いと解れば、周囲を見渡す。

 杖は、意外とすぐに見つかった。

 真後ろの、少し離れたところに落ちていた。

 どうやら首長竜の登場に驚き、その拍子に投げてしまっていたようだ。

 フィリップは胸を撫で下ろす。

 父からもらった大切な杖だ。

 無くさないで良かったと、安堵する。

 フィリップは、ゆっくりと杖に歩み寄ろうとした。

 だが、その直後…。

“バサバサ!!”

 どこからともなく、1羽の鴉が飛んできた。

 その鴉は滑るように降り立ち、太い嘴でフィリップの杖を咥える。

 そして真っ黒の翼を広げ、飛び上がった。

「はっ?えっ…?」

 あまりに自然過ぎる出来後に、フィリップの脳が、一瞬フリーズする。

 鴉はフィリップに構うことなく飛んでいく。

 ただ確かなことは、このままだと父の形見である杖が、どこかへ行ってしまうということだ。

「わぁああああああああ!!待ってぇえええええ!!!」

 フィリップは必死な形相で、鴉を追いかけ始めた。

「…?」

「何だよ?浪漫感じてる時に……」

 叫び声を聞いたローズとネーロが振り返る。

 2人が見たのは、走るフィリップの後ろ姿。

 そしてさらに遠くに、飛び去っていく鴉が見える。

 視力が良いローズには、見えていた。

 鴉がフィリップの大事な杖を咥えているのを。

「フィリップの杖が…!」

「あ?…あぁ。あれ木の枝じゃなかったのか。何してんだあいつ」

 ネーロは目を細めて、今一度鴉が咥えている物を確認した。

 遠くでも、オレンジの宝石の輝きが解る。

 しかし、必死に追いかけるフィリップに反して、ネーロは呑気に欠伸をする。

「ほっこうぜ。ちゃんと管理してねェのが悪ィんだ。あいつよりさっきの首長竜の方が……」

「ダメ」

 ローズは一言でネーロを制し、迷いなく抱き上げた。

「ちょっ、おい…!」

「このままじゃフィリップが死んじゃう…気がする」

「お前過保護すぎるだろ!」

「行くよ」

「浪漫よりあいつを取るわけね。しゃあねェなぁ!」

 ローズはフィリップを抱きかかえたまま、フィリップの後を追いかけた。

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