5-4
バダスタウンを出て数分。
桃色の小さな花に囲まれた道を、フィリップとローズ、ネーロは歩いていた。
青い空に、暖かい気候。
遠くから聞こえる、小鳥達の囀り。
命懸けになるであろう依頼に挑むには、あまりに平和な環境だ。
「いや〜手伝いに来てくれてありがとう。助かるよ」
「気にしないで」
あの後、冒険者ギルドの入り口を張っていたローズは、簡単にフィリップを捕まえられた。
「付いて行きたい」と言ってみると、フィリップは快く受け入れてくれた。
「フィリップ、大丈夫かなって……」
「きみはどこまでも優しいなぁ。でも大丈夫だよ。薬草を採集する簡単な依頼だから」
「へぇ。意外と弁えてんだな。てっきり激ムズミッション選ぶと思ったんだが」
思ったよりも謙虚だったフィリップに、ネーロは目を丸くする。
「いやまぁ…弁えてるっていうか……簡単な依頼しか受けられなかったんだけどね」
人差し指で頬を掻きながら、フィリップはそう言った。
どうやらフィリップ自身、この依頼を受けるつもりはなかったようだ。
「ギルドで依頼を受けるには冒険者登録が要るんだよ。最初はソロでの登録になるんだけど、あとからパーティでの登録ができるようになるんだ」
「ほ〜ん?で、それとお前が簡単な依頼しか受けられないのとどう関係するんだ?」
「冒険者にはランクが付けられるんだ。ある程度依頼を達成することでより高いランクが付けられて、高ランクになれば難しいけど報酬が良い依頼を受けられるようになる。でもパーティから脱退させられた場合、パーティ加入前のランクに戻されるんだ。僕の場合ソロで登録してすぐ“ドラゴンソード”に入ったから、最低ランクに戻されちゃって……」
そこまで説明したフィリップは、自嘲気味に笑った。
冒険者ギルドのランクシステムは、ネーロが思ったよりシビアなようだ。
「ギルドの運営の人も、少しは考慮してくれたりするけどね。まぁ僕は、考慮された結果この様なんだけど……」
「なるほど。お前みてェな勘違い野郎を救済するシステムってわけね」
「強くない人のことも考えられてるんだ…」
「ひっ、酷い……」
内心慰めてくれると思ったフィリップだったが、ネーロとローズから返ってきたのは、容赦無い言葉だった。
フィリップはガクリと肩を落とす。
ネーロの言う通り、これはパーティで特に目立った活躍もせず独立した冒険者に、身の丈に合った依頼を受けさせるシステムのようだ。
よくできていると、ローズは感心する。
「そう言ってるけどよぉ、お前ちゃんと戦えるのかよ?弱ェから追放されたんだろ?」
「ヒィン…!これ以上言わないで…」
「馬みてェな鳴き声出してねェで、ちょっと見せてみろ。お前の魔法」
「うっ…うぅん。じゃあ……やってみます…」
フィリップは渋々応えると、ローズとネーロから少し離れた。
ローズはフィリップをじっと見つめる。
実は話を聞いた後から、彼の魔法が気になっていたのだ。
「よし……行きます!」
フィリップはあの指揮棒のような杖を取り出し、構えた。
すると、杖がオレンジの光を纏う。
魔力が杖に流れ込んでいるのだ。
「隆起!!」
フィリップが杖を振りあげる。
すると突然、目の前の土が盛り上がった。
その高さは、およそ3メートル程。
土の壁が、フィリップの姿を隠した。
「おぉ…」
盛り上がった土を見て、ローズは思わず感嘆の声を漏らす。
「へぇ、隆起の魔法かぁ」
予想を上回る魔法の登場に、ネーロの口角も上がる。
すると、土壁の裏からフィリップが顔を出した。
「どう!?僕の魔法!?凄くない!?」
「いいんじゃねェの?防御や撤退の時に使えそうだな」
「だよね!?そうだよね!?」
自らの魔法を褒められて嬉しいのか、フィリップのテンションも上がる。
これまでそんなに褒められたことが無かったのか、その喜びようは子供のようだった。
だが、次のネーロの一言で舞い上がる空気は終わる。
「で、他にどんな魔法が使えるんだ?」
「えっ…?」
その質問をされた瞬間、フィリップの体が固まる。
何と言えばいいのか解らないのか、それとも答えにくいのか。
口を魚のようにパクパクさせている。
「いや、『えっ…?』じゃねェだろ。他に使えるんだろ?魔法」
「……ない」
「は?」
フィリップは小声で答えた。
あまりに小さ過ぎて、ネーロは思わず聞き返してしまった。
「何だって?」
「えっと……使え…ないんだ……」
「使えないって?」
「うん…」
「どういう意味だよ」
「その…僕、隆起しか使えないんだ」
「…は?」
フィリップが使えるのは、隆起の魔法のみ。
その事実を知ったネーロは、自分の耳を疑った。
「隆起だけ?」
「うん。隆起だけ」
「他の魔法は?」
「つ、使えない…」
「マジで?」
「はい…。マジです」
「……お前、何年冒険者やってんだ?」
「3年…かな」
「お前3年間隆起だけでやってきたのか?」
「そういうことに…なるね…」
「その間新しい魔法を覚えようとか思わなかったのかよ?」
「いや…。僕なりに頑張ってみたんだけど、才能無かったみたいで…」
「才能が無ェとかじゃなくて、もっと頑張れよ。ここにどう頑張ったって魔法が使えない奴も居るんだぞ」
「ネーロ、それ悪口?」
ローズが横からツッコんだことで、このやりとりは一旦終わった。
フィリップがふらっと、隆起した土にもたれ掛かる。
「はぁ…。初めはこれで皆を守れたのに、今じゃ邪魔もの扱いだもんなぁ。土を盛り上げることしかできないなんて…。僕って才能無いのかなぁ」
わかりやすく落ちこむフィリップ。
心無しか、彼の周りの空気だけどんよりしているように見えた。
歳上の男のそんな姿に、ローズはもはや憐れみを覚える。
「フィリップ」
ローズはフィリップの手の甲に、自分の手を重ねた。
「気を落とさないで。私、魔法が使えないから、これでも凄いと思ってるよ」
「ローズちゃん……」
未だに慰めてくれる少女。
フィリップの目頭が熱くなる。
しかし、フィリップには1つ気になる点があった。
「えっと…。ネーロ君も言ってたけど…きみ、魔法が使えないの?」
「うん。魔力が無いから」
「じゃああの時僕の仲間…いや、もう仲間じゃないか。あいつを投げ飛ばしたのは?」
「技術」
「そっ、そうなんだ…」
魔力を持たない人間を、フィリップは初めて見た。
目の前の少女は、自分が唯一使える隆起すら使えない。
それは憐れむべきなのか。
しかし、ローズは魔法に頼らなくても平気なくらいの力を持っている。
どう声を掛けるべきか迷っていると、ローズが言葉を紡ぐ。
「フィリップにも、きっと良いところがあるよ。だから頑張ろう?」
「ヒィン…!ありがとうローズちゃん!きみはネーロ君と違って優しいなぁ!」
「悪口かコラァ」
ネーロが眉を潜めながらツッコむ。
だが、歳下の少女に慰められるフィリップを見て、苛立ちは呆れに変わるのだった。




