5-3
場所は変わって食堂。
ローズ達は、木製のテーブル席に座っていた。
動物の連れ込みもOKだったため、ネーロも入れた。
もう1つの椅子にリュックが置かれ、その上に座っている。
「お待たせしました〜」
明るい女性店員が、料理を運んできた。
ローズの前に、ハンバーガーとフライドチキン、ハッシュドポテトと林檎ジュース。
そしてフィリップの目の前に、サラダボウルと水が置かれた。
「わぁ……」
運ばれてきた料理を見て、ローズは目を輝かせた。
肉と芋の香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
口の端から、僅かに涎が垂れる。
テンションが上がっているからなのか、頬が紅潮していた。
「いただきます」
ローズはそう言うと、両手でハンバーガーを掴み、食いついた。
バンズの柔らかさから始まり、ベーコンのカリッとした硬さ、トマトとキャベツの水々しさ、それからハンバーグのジューシーな食感を同時に味わう。
バンズには塩が振られているのか、裏側がしょっぱい。
しかし、ハンバーグに使われているソースは甘い。
その2つの味が、ローズを夢中にさせていた。
何かを話すでもなく、ハンバーガーを齧り続ける。
食べ終わるまで、あっという間だった。
口元に付いたソースを、ペロッと舐め取る。
そうした時に、ローズの目に入ったのは、フィリップの目の前に置かれたサラダボウルだった。
ボウルの上の色とりどりの野菜達は、店員が運んできた時のまま。
全く手が付けられていない。
「食べないの?」
首を傾げながら訊くローズに対し、フィリップはビクリと体を震わせる。
「えっ…あっ、そっ、そうだね…。いっ、いただきまぁす!」
ローズの食べっぷりに見惚れていたとは言えず、フィリップは急ぐようにフォークを取り、野菜に突き刺す。
それらをまとめて口に入れた。
ドレッシングや胡椒で味付けはされている筈だが、何の味も感じられなかった。
目の前の少女を盾にしてしまったことへの罪悪感とか、その少女に飯を奢ってもらってることへの申し訳なさとかいろいろあるが、とにかく緊張が抜けない。
ローズ自身、今はもう気にしていないようだが、ネーロはそうではないらしい。
今でもジトーッと、睨みつけてくる。
それにより、フィリップは重苦しい空気を味わっていた。
そんなフィリップの心境も露知らず、ハッシュドポテトに手を出していたローズが、声をかけた。
「野菜、好きなの?」
「うぇっ!?…あっ、いやぁ…そんなに好きって訳じゃ、ないかな……」
「好きじゃないのに頼んだの?」
「いやぁ…。だって、きみの奢りだし…。あんなこともしちゃったし…。お肉とか頼むのもどうかと思って……」
「……そうか」
フィリップの言葉を、ローズは少し違った形で受け取る。
本当は肉が好きなのかもしれない。
ローズはフライドチキンが乗った皿を、フィリップの前に寄せた。
それを見たフィリップが、ギョッとする。
「えっ?えぇっ!?」
「食べていいよ」
困惑するフィリップに、ローズはそう言う。
相変わらずのポーカーフェイスだが、その目は優しかった。
「野菜だけじゃ足りないよ。お肉も食べなきゃしっかりした筋肉が付かないって、先生が言ってた」
「いやぁ…でも……」
「貰っとけよ」
横からネーロがジト目のまま、そう言ってきた。
「いっ…いいの…?」
「ローズがやるっつってんだからいいんだよ」
「うん。食べて」
ネーロはぶっきらぼうに、ローズは柔らかい口調で勧めてくる。
ここまで言われたら、食べない方が失礼だろう。
フィリップはフォークでチキンを刺し、口に入れた。
「美味しい?」
「うっ…うん。美味しいよ」
「よかった」
ローズは頬を緩ませながら、ハッシュドポテトに齧り付く。
「お前ってそういうとこあるよなぁ」
ネーロは不満そうにそう言うと、リュックの上でふて寝した。
「ごちそうさま」
「ご…ごちそうさま…でした」
2人は出された料理を全て食べ終えた。
ローズは自分の腹を撫でる。
空いていたものが埋まったような、そういう満足感がある。
このまま昼寝でもしたくなった。
だが、そんなことをネーロは許してくれない。
「そんじゃあそろそろ聞かせてもらおうか。何がどうなってあぁなったのかをな」
ネーロの視線はフィリップに向けられている。
ローズはもう気にしていなかったのだが、そういう訳にもいかない。
「そっ…そうだね。えぇと、どこから話そうかな」
フィリップは顎に手を当てて悩むような仕草を見せる。
そして、腹を決めたように口を開いた。
「僕は元々、“ドラゴンソード”っていうパーティに所属していたんだ」
「パーティ…?」
「一緒に依頼に挑む一団のことだ。4人で組んでるところが多いな」
ローズが聞き慣れない言葉を、ネーロが補足する。
「……じゃあ、さっきの3人は、あなたの仲間?」
「うん。…いや、もう仲間とは言えないか。あの3人と僕で、“ドラゴンソード”だったんだけど、僕は追放されちゃったから」
「どうして追放されたの?」
「僕が、弱いからだよ。他の皆が強くなっていく一方で、僕だけ弱いままだから…」
フィリップは自嘲気味にそう言った。
俯いた顔は笑っているが、どこか寂しげだった。
「さっ、最初は役に立ってたんだよ?モンスターの攻撃から、魔法を使って皆を守ったりしてさ。……でも、皆強くなったから、いちいちそんなことする必要無くなった。寧ろ邪魔になっちゃったんだ…」
少しでも自分を持ち上げようとしたが、結局落ちてしまった。
ローズはまた、フィリップのことが可哀想に思えてきた。
追加で何か注文しようかと提案する前に、フィリップが話を続ける。
「それで今までの迷惑料として、有り金と装備を全部取り上げられちゃったんだ。だけど、この杖だけは渡せなくて……」
そう言ってフィリップが懐から取り出したのは、彼が必死に守っていた指揮棒型の杖。
持ち手側の底の方に、オレンジに輝く宝石が埋め込まれていた。
「これ、父さんの形見なんだ。僕の父さんは昔、凄い冒険者だったんだけど、不治の病いで倒れちゃって。それで亡くなる直前、これを僕に託してくれたんだ」
「なるほどな。で、お前はそいつを渡したくないから逃げ出して、その末にローズを盾にしたと」
「本当にごめんなさい!」
「いいよ。気にしてないから」
再度謝罪するフィリップを、ローズは宥める。
大事な人から貰った、大事なもの。
ローズはその大切さを理解していた。
ヒタキから貰った手帳は、今も大事に、リュックの中に入っている。
「……で、お前はこれからどうすんだ?」
「えぇと……」
ネーロがフィリップに、今後のことを訊く。
“ドラゴンソード”から追放された今、フィリップは1人だ。
受注できる依頼も限られるだろう。
返答に困っていたフィリップだが、次の瞬間、控えめに笑いながらこう言った。
「僕、冒険者続けるよ。父さんみたいな、凄い冒険者になるのが夢なんだ。よし、そうと決まれば……」
何かの拍子で、変なスイッチが入ったのだろう。
フィリップが勢いよく、椅子から立ち上がった。
「僕、早速新しい依頼を受けてくるよ!ローズちゃん、奢ってくれてありがとう!またね!」
そう言って、フィリップは軽やかに走っていった。
ローズは口をポカンと開けたまま、見送ることしかできなかった。
「………」
「__おい。おいローズ」
「あっ…」
ネーロに呼ばれ、ローズは我に返る。
「ごめん、何?」
「フィリップ。あいつのことだ」
「あぁ…。お腹いっぱいになって元気になった…のかなぁ?」
「いや。空元気ってやつだろ。いろいろあってテンションがおかしくなってやがる。人ってのはそういう時、冷静になれないモンだ」
「………」
ネーロが何を言いたいか、ローズは何となく解った。
内容にもよるだろうが、冒険者ギルドに集まる依頼は、命懸けのものが多い。
そのため冒険者には、高い戦闘力が求められる。
しかしフィリップは、弱さが理由で追放された身だ。
簡単な依頼なら心配いらないが、今のフィリップはどこかおかしい。
無茶な依頼を1人で受注して、命の危機に陥ってもおかしくない。
かと言って、他のパーティに入れてもらえるとは思えない。
「……」
ローズも椅子から立ち上がる。
そして、リュックを背負った。
上に乗っていたネーロが、ローズの肩に下りる。
「もう行くのか?」
「うん」
「これからどうする?まず宿か?」
「……。フィリップは、冒険者ギルドかな?」
「だろうな。依頼を受けるっつってたし」
「私も行く」
「お前ってホントお人好しだよなぁ」
ローズのこれからの行動を理解したネーロは、大袈裟にため息を吐いた。




