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5-2

「また厄介事かぁ?」

 面倒くさそうに、ネーロが呟く。

 ローズもまた、自分の身に起こっていることが理解できていなかった。

 左脚にしがみつく優男。

 そしてこちらに走ってくる悪そうな男が3人。

 右の男は短髪で、重そうな鎧を身に纏い、斧と大盾を背負っている。

 相当怪力なのだろう。

 左の男は坊主頭で、口元をスカーフで隠している。

 軽装で、腰に2本のククリナイフを携えている。

 鎧の男とは対照的に、スピード重視の戦いを好むようだ。

 そして真ん中の金髪男は、1本の剣を背負っていた。

 軽めの鎧に、ブラウンのマント。

 まるで物語に出てくる勇者のような格好をしていた。

 最もその表情は、善人とは思えないのだが。

 ローズは目をパチクリとさせながら、男達を見つめていた。

 優男は彼らに追われているのだろう。

「ヒィイイイ!!!」

 その優男は情けない悲鳴を上げると、ローズの身体を這うようにして、後ろに回った。

 まるでローズを盾にするように。

「?????」

 ローズは呆気に取られた。

 兵士時代、ボディガードとして要人を狙う襲撃者と交戦することはあった。

 だが、ここまで直接的に盾にされることはなかった。

「おいおいそりゃねェだろ」

 ネーロが呆れたようにそう言った。

 気づけば、男達は目の前に立っていた。

「オラ追いついたぞフィリップ!」

「ガキ盾にしてんじゃねェぞ!」

「杖渡せコラァ!!」

 男達は次々と罵声を浴びせる。

 見た目通りの言葉遣いだった。

 フィリップと呼ばれた男は、ローズの腰に額を押し付け、しがみつく。

「すみません!ごめんなさい!この杖だけは勘弁してください!」

 そうして泣きながら懇願した。

 だが、それで男達が赦してくれる気配は無い。

「役立たずがいっちょ前に意見してんじゃねェぞ!」

「ヒエェ!すみません!」

「今までタダ働きした分渡せってんだよ!」

「お金も装備も渡したじゃないですかぁ!」

「その杖がまだだろうが盗っ人がァ!」

「これ元々私のですよぉ!他は何でも持って行っていいのでぇ!これだけは勘弁してくださぁい!」

 お互いローズを挟んで、言い合いのような形になっている。

 泣きながら許しを請うフィリップの手に握られた、指揮棒のような杖。

 きっとこれは彼にとって、掛け替えのないものなのだろう。

 何故このような事態になってしまったのかは定かではないが、ローズは少し、フィリップのことが不憫に思えた。

「クソが!これじゃ埒が明かねェ!力尽くだ!」

「おぅ!」

「最初からこうしてりゃ良かったぜ」

 男達がしびれを切らし、こっちにズカズカと歩み寄ってきた。

 それを見たフィリップは再び悲鳴を上げ、ローズの背中に顔を埋めた。

 腹に回された腕に力が入り、ローズは少しだけ息苦しさを覚える。

 服に涙や鼻水が染み込んでくるのが解る。

 背中に生温かさを感じたローズは、何とも言えない気分になった。

 歳はおそらく、ヨハン王と変わらないだろう。

 だがフィリップには、ヨハン王のような大人の余裕は感じられなかった。

「おい嬢ちゃん。怪我したくなかったらどけ」

 金髪男にそう言われたが、動こうにもフィリップにしがみつかれて動けない。

 ローズは少し考える。

 男達の目的は、フィリップの杖。

 杖自体はフィリップのもので間違いないだろう。

 泣き叫ぶ彼が、嘘を吐いているようには見えなかった。

「あの…」

 ローズは遠慮がちに声を出した。

「何だよ?」

「事情は解りませんが、この人はあなた達に持ってる物を渡したんですよね?杖だけは見逃してもらえませんか?杖以外なら、何でも持って行っていいそうなので」

「あァ!?なんでテメェにそんなモン決められなきゃならねんだよ!」

 部外者にどうこう言われるのが気に入らないのか。

 それとも少女に諭されて、プライドを傷つけられたのか。

 いずれにせよ、金髪男の怒りの矛先がローズへ向いた。

「この杖、この人にとって大事なものみたいです。見逃してもらえませんか?」

 ローズは同じ頼みを繰り返す。

 しかし、男達は引く気はない。

「ハッ!知ったことか!コイツは今まで俺達に迷惑しかかけてねェんだよ!当然の対価だろうが!」

「えっと……。こんなに泣いてますし…可哀想です。見逃してもらえませんか?」

「それしか言えねェのかクソガキィ!!」

 ローズの態度が気に入らなかったのか、金髪男が拳を振り被った。

(ッ…!!)

 その光景を見たフィリップは、体をビクリと震わせた。

 今まで一緒に居たことで、眼前の男達の素行は悪さは知っていた。

 だが、流石に子供への暴行は予想外だった。

 金髪男の固く大きな拳が、少女の綺麗な顔に傷を付けてしまう。

 そう思われた。

 しかし、そうはならなかった。

 ローズが顔をズラし、拳を躱したからだ。

 太い腕が、ローズの顔のすぐ横を通過する。

 純白の髪が、風圧で靡いた。

「は?」

 金髪男の口から、間抜けな声が漏れる。

 まさか避けられるとは思わなかったのだろう。

 残りの2人も、フィリップも、言葉を失った。

 その反面、ネーロはローズの肩の上で、ニッと笑っていた。

 金髪男は、すぐに拳を引き戻そうとした。

 だがそれよりも先に、ローズは両手を交差させるような形で、その腕を掴んだ。

 その瞬間、金髪男の視界がブレる。

 景色が回転したかと思うと、背中に衝撃が走った。

 肺に溜まっていた酸素が一気に出ていく。

 訳の解らないまま息を吸っていると、こちらを見下ろすローズの顔が見えた。

 金髪男は、ここで始めて自分が投げられ、地面に叩きつけられたことに気づいた。

 それも明らかに非力そうな、華奢な少女の手によって。

「クソが!」

 金髪男はすぐに起き上がろうとした。

「ッ…!!」

 しかし、できなかった。

 いや、全くできない訳ではない。

 骨も折れていないし、拘束されている訳でもない。

 それでも奴を押さえつけていたのは、ローズが掛ける“圧”だった。

「………」

 能面のような顔をして、無言で金髪男を見下ろすローズ。

 その瞳に宿るのは、明らかな殺気。

 見た目とは不釣り合いな死のオーラを放っている。

(なんだよこれ…。何なんだよこのガキ!!)

 目の前の少女に気圧され、金髪男は自身が震えていることに気づく。

 奴の仲間2人も、ローズから得体の知れない恐怖を抱いていた。

 背中越しからも伝わってくる冷たく息苦しい空気に、フィリップも怖気づく。

 ローズが今、どんな顔をしているのか。

 フィリップは恐ろしくて、見ることができなかった。

「やめてください」

 ローズは1トーン低い声でそう言った。

 この期に及んでも、敬語を崩さない。

「それと……」

 この調子のまま続ける。

「見逃してください」

 同じことを、敢えてもう一度繰り返した。

 先程までは「見逃してもらえませんか?」と、丁寧にお願いをしていた。

 だが今は、頼んでいるように見えて、有無を言わせない強制力がある。

 男達は、完全に言葉を失っていた。

「おっ…?」

 その時ネーロの目に、周囲の様子が入ってきた。

 いつの間にか、野次馬が集まってきていた。

 ローズの投げ技を見たからか、全員驚きの表情を浮かべていた。

「お前らもうやめとけ。これ以上は恥の上塗りになるぜ」

 ネーロが男達にそう諭す。

 何故猫が喋っているのか解らないが、彼らはそれに従うしかなかった。

「チッ…。おい!行くぞ!」

 金髪男が起き上がり、仲間にそう告げる。

 そして野次馬に「見せモンじゃねェぞ!」と乱暴に吐き捨てると、彼らはその場から立ち去った。

「……たっ…助かった」

 フィリップは足早に去っていくかつての仲間の姿を見て、ひとまず安堵した。

「もう大丈夫」

 不意にローズにそう声を掛けられ、フィリップは肩を震わせた。

 恐る恐る目線を上げる。

 ローズはただ、フィリップの顔を見ていた。

 先程までの死のオーラは、どこかへ消え去っていた。

「お前いつまでそうしてるつもりだよ。いろいろヤバいだろ」

 ネーロの指摘通り、フィリップは未だ、後ろからローズに抱きついている状態だ。

「うわっ!ごごごごめんね!?ていうか、えっ!?猫が喋った!?」

 フィリップは慌ててローズから離れた。

 それとは別に、喋る猫に対しても驚愕する。

 腕が立つ少女。

 言葉を話す黒猫。

 謎過ぎる2人に、フィリップは理解が追いつかない。

「お前子供を盾にしてんじゃねェよ。ローズじゃなかったら大怪我してたぞ」

「いっ、いや…。咄嗟だったもので……」

「とりあえず何があったか聞かせろよ。俺らにも知る権利はあるだろ」

「はっ…はい。話します……。えぇと…どこから話そうかな……」

 こうなるまでの経緯を、フィリップが話そうとした。

 その時…。

“ぐ〜〜〜〜〜”

 緊張感の無い音が、その場に鳴り響いた。

 その音源に、ネーロとフィリップは目を向ける。

 音の主は、ローズだった。

 正確には、ローズの腹の中から。

「……お腹空いた」

 ローズは少し恥ずかしそうにしながら、そう言った。

 その頬は、少し紅くなっていた。

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