5-1
防壁も無く、ただ入り口の看板に『BADASS TOWN』と書かれたその町は、これまで訪れた国に負けないくらい活気づいていた。
ローズが立っているのは、一本路の真ん中。
その路を囲むように、木造や石造りの建物が立ち並ぶ。
売店や食堂、武器屋に防具屋、酒場や薬屋…。
見たところ、ほとんどが商業施設で構成されていた。
そんな町を行き交うのは、剣や杖、鎧や盾で武装した者ばかり。
中には聖職者のような装束を身に纏った男も居れば、軽装の武闘家のような女も居る。
ほとんどは若者だが、歴戦の猛者を彷彿させるような男の姿まである。
何にしても、皆戦う格好をしていた。
「賑やかだね」
「あぁ。この町、冒険者ギルドで栄えてるらしいな」
「何それ?」
「あれ見てみろよ」
ネーロは肩の上で、路の先にあるものを前足で差した。
それは横に広い、大きな建物だった。
『GUILD』と書かれた看板の真下の入り口から、武装した者達が行き来しているのが見える。
「あれが冒険者ギルド?」
「あぁ。この素材を回収してほしいとか、このモンスターを討伐してほしいとか、そういう依頼を集めるのがギルド。そしてその依頼を請け負うのが冒険者だ」
「冒険者って、ここの人達皆?」
ローズは周りの武装した人全てを見て訊いた。
「そうだろうな。依頼の難易度にもよるが、冒険者ってのは命懸けの日雇い労働者だ。必要なのは、圧倒的な戦闘力と上質な装備だ」
ネーロもまた、冒険者達を見回してそう言った。
元兵士のローズにも解る。
ここに居る者達は、ほとんど手練れだ。
「何にせよ、まずは宿だな」
「うん」
ローズとネーロは、ギルドで依頼を受けるつもりはなかった。
あと1時間程度で夕刻。
あくまで宿を取り、夜を明かすためだった。
「……?」
宿を探している最中に、ローズはとある店の前で足を止めた。
その店の暖簾には、『PAWN SHOP』。
質屋だ。
他の店とは違い、不要な物を買い取ってくれる。
「質屋ね。利用する冒険者も多そうだな」
「……丁度良かった」
「おっ?入るのか。そういや売れそうな物持ってたよな。お前」
ローズは迷うことなく、店の暖簾に体を通した。
「いらっしゃい」
入ってすぐ、店主と思われる中年男が出迎えた。
ハゲ頭で、鼻の下には飛び去るカモメのような形の黒い髭。
身に纏っているのは、小綺麗な服。
買い取った商品をどこかへ流して、それなりに儲けているのだろう。
店主とローズを隔てるのは、木製の台。
この上に商品を置くのだろう。
「おや。随分とまぁ、若いお客さんだなぁ。お嬢ちゃん、何を買い取ってほしいんだい?」
「ちょっと待ってください」
ローズはデカいリュックを下ろすと、ゴソゴソと中身を漁る。
そして取り出したのは、肉食獣のものと思われる、爪や骨、毛皮。
ローズはそれらを台の上に並べていく。
店主は目を丸くした。
目の前の華奢な少女の荷物から、次々と獣の一部だったものが出されていくのだから。
それにしても、果たして何の獣なのか。
爪や毛皮の質から見るに、熊か。
そう予想した店主だが、最後にローズが置いたものによって覆された。
それは、何かの猛禽類の頭蓋骨。
ただ、普通の猛禽類のそれと比べて、遥かに大きかった。
「以上です」
「お嬢ちゃん、こいつぁまさか…オウルベアか?」
「はい」
オウルベアとは、フクロウの頭に熊の体を持ったモンスター。
旅に出てすぐ。
メアープラトーという高原を訪れた際に、それはローズ達に向かって襲い掛かってきた。
しかしローズは、討伐に成功。
肉をその日の晩飯とした。
骨や爪、毛皮もその時刈り取ったものだが、特に利用することもなく、今日までリュックの奥に眠っていたのだった。
「あの、買い取っていただけますか?」
ローズは上目遣いで店主を見上げる。
オウルベアの頭蓋骨等は、はっきり言って重荷だ。
リュックの中を圧迫している。
とはいえ、ただその辺に捨てるのも違うと思っていた。
だからこの期に売却してしまいたかった。
「そりゃあ勿論。ちょいと見させてもらうよ」
店主は手袋を嵌め、虫眼鏡を持つと、まず爪から手に取った。
それから骨、毛皮と、目を細くしながら見ていく。
ローズとネーロは、無言でその様子を眺めていた。
これが彼なりの、査定の仕方なのだろう。
そして頭蓋骨の査定に移ったところで、店主はローズに話しかけてきた。
「コイツを狩ったのは、きみのお父さんかい?」
「いいえ。私です」
「は?」
店主は驚き、顔を上げた。
ローズはそんな彼の反応を見て、目をパチクリさせる。
「お嬢ちゃんが?冗談だろう?」
「いいえ。私が倒しました」
顔色を変えることなく、答えるローズ。
店主は訳が解らないといった風に首を傾げる。
ふと、その目がローズの腰に差されている2振りの剣に向かった。
それにより、ローズが戦えるものだと判断した。
「もしかして、パーティを組んでいたのかな?」
「パーティ…。チームということですか?」
「まぁそうとも言うかな。それできみが代表してこれを売りに来たってことだろう?」
「いいえ。私1人です」
「なんだって??」
「私1人で倒しました」
この少女は何を言っているんだ。
頭の中で、店主はそう呟く。
オウルベアは獰猛かつ、高い戦闘力を誇る。
1人でどうこうできるようなモンスターではない。
冒険者4人で挑み、ようやく釣り合うのだ。
目の前の華奢な少女では、絶対に無理だ。
その筈なのだが…。
「……」
店主はローズの顔を、まじまじと見つめる。
ローズは不思議そうに見つめ返してきた。
この様子だと、下手すれば店主が何故戸惑っているのか解っていないまである。
やはり、嘘を吐いているようには思えない。
本当にこの少女が、1人でオウルベアを倒したということだろう。
となれば、この少女は強力な魔力の持ち主ということか。
「そうかそうか。きみは天才魔術師だったんだな?強大な魔法でコイツを葬ったんだろう?その歳で凄いなぁ」
「あの…」
「うん?何だい?」
「私、魔法は使えません。魔力が無いので」
「………」
店主はこれ以上追及することはなかった。
そして何事もなかったかのように、査定を続けた。
オウルベアから取った素材は、思いのほか高く売れた。
3ヶ月程は飯に困らないだろう。
ローズは金が入った袋を両手で見つめている。
表情は変わっていない筈だが、どこか誇らしげに見えた。
肩の上で、ネーロが意外そうな顔をする。
「思ったより良い値段で売れたなぁ。普通いろいろ理由付けて、安く買い叩いてきそうなモンだが」
「そうなんだ?あの人、いい人だね」
「お前に調子崩されたんじゃね?お前の話、普通信じられねェぞ」
「嘘じゃないのに…」
ローズは口を尖らせつつも、袋を揉んで金銭の感触を確かめた。
「これだけあれば、好きなもの買えるよね」
「“何でも”って訳じゃねェが、贅沢はできるだろうな」
「新しいお洋服、美味しいお肉、強そうな武器、広いお部屋の宿……」
「おいおい、無駄遣いすんなよ?一文無しになって泣くのはお前だぜ?」
「ネーロのおやつも買えそう」
「金なんて貯めてても仕方がねェ!使ってなんぼだ!そうだろ相棒!?」
そんなこんなで、2人で金の使い道について盛り上がっていると…。
「ハァ…ハァ……」
遠くから、荒い息遣いが聞こえてきた。
常人なら気にも留めないが、ローズとネーロの地獄耳には、それが入ってくる。
息切れがする方に目を向けると、こちらに向かって1人の男が走ってきていた。
茶色の長髪を一本結びにした、細身の優男。
どこかで転んだのか、ベスト付きの白いワイシャツと紺の長ズボンには、土埃が付着していた。
そんな彼の手に握られているのは、1本の指揮棒のような杖。
先端は尖っていて、逆側にはオレンジに輝く宝石が埋め込まれていた。
「ゼェ…ゼェ……、助けて!あっ……!」
いったいどれだけ遠くから走ってきたのだろうか。
途中で優男の足が縺れる。
そして滑るように、ローズの目の前で転んだ。
「たっ助けて!助けてください!」
男は這うようにして、ローズの左脚にしがみついた。
「え…?」
これには流石のローズも困惑する。
優男の方も錯乱していて、縋った相手が何者か解っていなかったのだろう。
「えっ?……女の子!?」
ローズの顔を見上げた彼は、ギョッとしていた。
「待てやコラァ!!」
「逃げてんじゃねェぞフィリップ!!」
少し遅れて、ドスの効いた男達の怒鳴り声が聞こえてきた。
筋骨隆々かつ、柄の悪い男達が、こちらに向かって走ってきていた。




