4-11
夕暮れ前に、ローズとネーロは洞窟に戻ってきていた。
2人の気配を感じ取ったのか、トロールのロックがムクリと起き上がる。
「ただいま」
「戻ったぜ。ロック」
2人はそれぞれの言葉で帰還を報せる。
それに対しロックは、不思議そうにローズ達を見つめていた。
ブドウが居ないことが気になるのだろう。
ローズはそれを察したのか、ロックの前に立った。
「ブドウとね、お別れしたの。親が見つかったから」
「……ブモ」
ロックは無表情のまま、一声出す。
親子の再会を喜んでいるのか。
それとも、突然の別れに寂しがっているのか。
はたまたどうでもいいと思っているのか。
ここ数日一緒に過ごしてきたが、やはり何を考えているのか解らない。
それでもローズは、さらに切り出す。
「私達も、もう行くね。明日の朝、ここを出発するつもり。……ロック、私達を助けてくれてありがとう」
ローズは真っ直ぐな目で、感謝を伝えた。
それでもロックの表情は変わらない。
だが、ずっとローズと目を合わせていた。
「そうだ。今日の夕食なんだけど……」
ローズは袋を取り出して、中身を開けた。
そこに入っているのは、マッシュルーム。
ブドウが見つけてくれたものだ。
「……食べれる?キノコ好き?」
ローズはマッシュルームを見せながら訊いてみる。
しかし、ロックは首を横に振った。
それから再び横になり、岩のようになってしまった。
その様子を見たローズは、ネーロの元へ戻る。
「食ってくれなかったか」
「うん。……キノコも嫌いみたい」
ローズはそう言って、岩に腰掛ける。
結局マッシュルームは、ローズの夕食となった。
翌日。
早朝に、ローズの目は覚めた。
うとうとしながらも、ネーロを起こし、服を着替える。
それから野苺とジャムパンを食すと、ネーロを抱えてテントから出た。
慣れた手つきでテントをあっという間に畳み、リュックに括り付ける。
これでいつでも出発できるようになった。
軽くストレッチをしていると、岩のようになっていたロックが起き上がる。
そして無表情のまま、ローズを見つめた。
「……おはよう。ロック」
「ブモ……」
ロックもまだ眠いのか、気の抜けた返事をする。
「コイツとも、もうお別れか。早ぇモンだな」
短い時間だったが、ネーロがこれまでのことを懐かしむ。
火を起こさなければいけないという時に、助けてくれたのがロックだった。
本来食料である筈の枝を差し出してくれただけでなく、ずっとローズ達の傍に居てくれた。
何にも関心が無いような顔をしているが、本当はローズ達が心配で、見守っていてくれたのかもしれない。
実際どう思っているのかは、本人のみぞ知ることなのだが。
「……」
ローズは思った。
このままでサヨナラでいいものかと。
そんな訳は無いと、すぐに切り返す。
お世話になった相手には、必ずお礼をすること。
ヒタキからもそう教わっていた。
ローズの体は、自然と動いていた。
「ネーロ、ロック。ちょっと待ってて」
「おいおい。どこ行くんだぁ?」
「すぐ戻るから」
ネーロの質問を軽く流し、風のような速さで洞窟の外へと駆けていく。
とはいえ、戻ってくるまでそんなに時間は掛からなかった。
ローズは何かでパンパンに膨らんだ袋を、両手で抱えて帰ってきた。
「ただいま」
「おぅ…。その袋何なんだ?」
「ロックにあげるの」
ローズはその足でロックに近づく。
そして昨日と同じように、袋の中身を見せた。
心無しか、ロックの目が見開かれる。
「山葡萄は、好きだったよね?」
ローズがロックの顔色を窺うようにして訊く。
そう。袋の中には、たくさんの山葡萄が詰まっていたのだ。
「ここまで見守ってくれてありがとう。この場所を使わせてくれたことも、いっぱい感謝してる。だから、これはお礼。よかったら、受け取ってほしい」
ローズはロックに、山葡萄入りの袋を差し出す。
ロックは無言で、ローズと袋を見比べる。
その間、ローズは何故か緊張していた。
少しだけ心臓の鼓動が速くなっている気もする。
「……ブモ」
ロックは一声鳴くと、袋を受け取った。
中の山葡萄を手掴みで取り出し、口に放り込む。
ローズはホッと胸を撫で下ろした。
これまで野苺もマッシュルームも、受け取り拒否だったからだ。
ロックにお礼ができたのなら、ローズにはもう悔いはない。
ローズは置いていたリュックを背負った。
ネーロが肩に跳び乗ってくる。
「やり残したことはねェか?」
「うん」
「そうか。…んじゃ、出発だな」
「うん」
ローズはネーロと一緒に、洞窟の外に出た。
木々の間から見えるのは、青い空。
ローズは深呼吸をした。
空気も澄みきっている。
絶好の冒険日和だ。
後ろから、ズシリズシリと足音が聞こえた。
振り返ると、袋を抱えたロックが立っていた。
「ロック…」
「おっ?見送ってくれるのか?」
「ブモ」
ネーロの問いに、ロックが即答する。
どうやら見送りで間違いないらしい。
ローズは再びロックに向き直った。
表情は変わらない筈なのに、その目はどこか優しさを含んでいた。
「ロック……」
「……」
「また、ここに来てもいいかな?」
「……ブモ」
ロックはゆるりと首を縦に振る。
それを見たローズの頬が、僅かに緩む。
「ロック、またね。元気でね」
「ブモッ」
最後の挨拶を交わすと、ローズは歩き出す。
山葡萄の袋を大事そうに持ったまま、ロックはいつまでもローズの背中を見つめていた。
ローズは下山することはなく、寧ろ登っていた。
斜面がきつい道も、持ち前の脚力でどんどん進んでいく。
とにかく上を目指していた。
「ようやく山頂を目指せるな」
「うん」
ローズは元々、山のてっぺんを目指していた。
途中でバードピア王国を救ったり、ブドウの親探しをしたりして、中断しなければならなかった。
だが、問題は全て解決した。
これで心置きなく登山に集中できる。
とにかく山頂を目指すのだ。
それくらい高い所からなら、ヒタキを見つけられる気がしたから。
道が悪いせいなのか、それとも標高が高くなっているからなのか…。
道中モンスターが襲ってくるようなことはなかった。
こまめに休憩を挟みつつ、ローズはハイペースで進んでいく。
そうして最後に立ち塞がったのは、絶壁。
その高さは、およそ10メートル。
回り道も存在しない。
「ここを登れば一気に頂上だが……」
ネーロは後ろを振り返った。
ローズが1、2歩下がれば、崖の下へと真っ逆さまだ。
木々で隠れて正確な高さは解らないが、落ちたらタダでは済まないだろう。
「どうするローズ?引き返すか?」
「……」
「ローズ?」
ローズは無言で壁を見ていた。
その目が捉えているのは、出っ張りや苗木。
下から上まで、穴が空くように見つめる。
そしてある程度眺めたところで…。
「行ける」
ボソリとそう言った。
「は?おいまさか……」
ネーロの言葉を聞くことなく、ローズは目の前の出っ張りに手をかける。
なんとそこから、凄まじい速さで壁を登り始めた。
出っ張りから次の出っ張りへ。
ローズは無駄な時間を作らない。
頭に思い描いたルートで駆け登っていく。
そしてついに、頂上まで上りきったのだ。
「はぁ…。……着いた」
「お前…ミスったら死んでたぞ」
「大丈夫。失敗しないから」
ローズは周囲を見回す。
もう上りの道は無い。
ネーロの言う通り、ここが山頂のようだ。
ローズは景色が見やすいところへ移動した。
「わぁ………」
ローズは感嘆の声を上げる。
山頂から麓の方にかけて、緑が広がっていた。
その色を構成しているのは、木々。
何万本もの木が、ノームハットを覆っているのだ。
風が吹くたびに、木の葉が揺れ、ざわめく。
まるで何かの生き物のように、蠢いて見えた。
いくつにも連なった峰が、まるで1本道のようにも見える。
あそこを通ってきても良かったのではないかと、ローズは思った。
一部霧が上がっているところもあり、それがより山の美しさを引き立てていた。
「綺麗だね」
「あぁ。やっぱ山って最高だなぁ。どこまでも見えそうだぜ」
ネーロの言う通り、山頂からの景色はどこまでも続いていた。
奥が霞んで見える程に。
それ故に、木や岩、動物、建造物までもが、ちっぽけに見えた。
「これじゃ、先生を見つけられないかも」
「無理に決まってんだろ。本気で見つけられると思ってたのか?」
「高い所からなら、見つけられるんじゃないかと思ってた」
「ここから見れば、全部豆粒同然だ。例えお前でも難しいと思うぜ。そもそもノームハット周辺に居るとは限らないだろうしな」
「…そうだね」
ローズは、どこか寂しそうに呟いた。
「で、どうする?もう下山するか?」
「……いや」
ローズはリュックを置くと、自分も地面に腰を降ろした。
「もう少しだけ、ここに居たい」
「そうか。滅多に見れねェ景色だからな。好きなだけ目に焼き付けとけよ」
「うん……」
ネーロがローズの肩から降りる。
隣り合って座る2人は、山頂からの景色を好きなだけ楽しむのだった。




