4-8
翌朝。
朝食を終えたローズは、ネーロとブドウを連れて外に出た。
ロックはまた、洞窟の中で留守番だ。
今は岩のようになって眠っている。
ローズは昨日とは違う方向に歩き始めた。
肩にネーロが乗って、足元をブドウが歩く。
「今日こそ見つける」
「ローズ、お前焦ってんのか?」
「焦ってない。急いでる」
「急いでる…か」
ローズが急ぐ理由。
それは昨夜、ネーロが話した内容。
カーバンクルを狙う誰か。
ヘルハウンドという凶暴なモンスターを従える誰かが、ブドウを捕らえようと動いている。
あくまで可能性の話。
だけど妙な説得力がある。
向こうがもし、ブドウの親を捕まえていたら。
そしてもし、ブドウを諦めて帰ってしまったら…。
ブドウの親を見つけることが、より困難となってしまう。
そうなる前に、このノームハットで決着させるべき。
ローズはそう考えていた。
目を鋭くさせていると、急に柔らかいものが頬に触れた。
それはネーロの肉球だった。
「なに怖ぇ顔してんだよ?」
「ネーロ…?」
「熱くなるのは解るが、冷静さを欠くんじゃねェぞ」
「うん……」
ポーカーフェイスに反して、情に呑まれやすい。
ローズにとってはそれが課題だった。
ソルブレアでは悲しみに囚われ、強大な敵に無茶な特攻を仕掛けようとした。
バードピアでは隙を見せ、ネーロを殺されてしまった。
ネーロが不死身でなければ、ローズは今頃1人だった。
だが、ローズも成長してない訳ではない。
「大丈夫。もう見失わないから」
徐々にだが、ローズの精神は日々成長していた。
強者は常に冷静で、周りをよく見る。
師匠のヒタキもそう言っていた。
全部を見て、常に仲間を守りながら戦えるくらい強くなりたい。
それがローズの、理想の戦士像だ。
「キュルッキュルッ!」
真剣な顔をしていると、ブドウが鳴きながら寄ってきた。
ローズが腰を落として、ブドウの頬に触れる。
ブドウは手に頬を擦り付けると、再び駆け出す。
すぐ近くの木の下で、クルクル回っていた。
ローズは近づき、木の下を見る。
そこに、傘が丸い白色のキノコが5つ、群生していた。
「キノコだ」
「おぉ、マッシュルームじゃねェか。また食材ゲットだな。いろんな料理に使えて便利だぜ」
ローズは持参した袋にマッシュルームを入れる。
そうしていると、またブドウが近寄ってきた。
尻尾を振りながら、ローズを見上げている。
ローズはブドウの頭を撫でた。
「また食べ物を見つけてくれたんだね。ありがとう」
「キュルッ」
ブドウは嬉しそうに一声鳴いた。
ローズも自然と頬が緩む。
だが、その緩やかな時間は唐突に終わりを遂げた。
「ッ_____!!」
ローズは何かが迫ってくる気配を感じ取った。
「ネーロ!」
「この感じ、昨日と似てやがる!あっちから来やがったか!?」
ローズはブドウを抱き上げ、木に背中を押しつけて待った。
徐々に足音が聞こえてくる。
4足歩行で、速いリズム。
しばらくして、目の前の茂みが揺れた。
そこから1体の、黒色の猟犬が姿を現した。
ヘルハウンドだ。
火の粉が散る口を開け、正面からローズに飛び掛かる。
「ンッ!」
ローズは身を低くし、木を蹴って前に跳んだ。
肩にネーロを乗せ、ブドウを抱えながらも、一瞬でヘルハウンドの下をくぐり抜ける。
ヘルハウンドは勢い余って、顔から木に激突した。
ローズは両足で着地。
だが、急襲は終わらない。
背後から別のヘルハウンドが現れ、飛び掛ってきた。
それでもローズは身を捻って躱す。
しかも躱し際に、顔に蹴りを入れた。
強烈だったようで、そのヘルハウンドは地面に転がり、のた打ち回った。
「………」
ローズは2匹を警戒しつつ、耳を澄ませた。
まだ何かが来ている。
ヘルハウンドがもう2匹…。
それから、蹄の音。
音の主は、すぐに姿を現した。
予想通り、2匹のヘルハウンド。
それから黒い馬に跨った、色黒の男だ。
黒いローブを纏ったスキンヘッドのその男は、左の側頭部に狼のようなタトゥーを入れていた。
この男、まともじゃない。
ローズはそう感じ取り、ブドウを抱いたまま臨戦態勢に入る。
「カーバンクル、ここに居やがったか〜。それに…ククッ」
男はローズを見るなり、ニヤリと厭らしく笑った。
その目は腰に差した双剣に向く。
「うちの犬、どんな奴に殺れたのか気になってはいたが…。まさか、嬢ちゃんの仕業か?」
「……ヘルハウンドなら、昨日2匹殺した」
「ヒャハハ!面白ェ!その細ェ体でどうやったんだァ?えェ?」
「やめときな。兄ちゃん」
男がローズを誂うと、ネーロが割って入ってきた。
「コイツに勝てる奴はいねェ。これ以上手ェ出すなら、死ぬことになるぜ」
「クッ…ハハ!おいおい、その猫喋るのかよ!」
ネーロが忠告するも、男には逆効果だったようだ。
「カーバンクルに喋る猫、おまけに美形の嬢ちゃん。何なんだァお前ら。金にしかならねェじゃねェか!おいお前ら!逃がすんじゃねェぞ!」
男が前方に左手を翳す。
それに応えるように、4体のヘルハウンドがローズ達を取り囲んだ。
前後左右。
四方からローズを狙っている。
口元から火の粉を零しながら、唸っている。
「キュルル……」
「大丈夫」
怯えるブドウを、ローズはギュッと抱きしめた。
そして、改めて向き直る。
ローズの視線はヘルハウンド達ではなく、男に向いている。
「安心しろ。大人しく付いてくるなら乱暴しねェよ。まっ、抵抗するってんなら、アツアツの牙で少〜し齧られることになるがなァ」
「……あなた、ブドウの親を捕まえてるの?」
「あァ?ブドウ?そいつのことか?あぁ〜、そいつの親なら拠点に大事に保管してるぜ」
「返して」
「ハッ!やなこった!カーバンクルの親子だぜ?どれだけの金になると思ってんだ!?逃がす訳ねェだろ!そもそもなんでお前に命令されなきゃなんねェんだ?」
「ブドウは、家族で一緒に暮らしたいから」
「ヒャハハ!やっぱガキの考えることは違うなァ!俺も純粋なまま大人になりたかったぜ!…まぁいい。力尽くしか無さそうだなぁ。おい、捕らえろ!」
男が命じると、前方のヘルハウンドが飛び掛ってきた。
「ッ!」
ローズは軽々と、左に跳んで躱した。
だがそこへ、左側に居たヘルハウンドが襲い掛かる。
しかし、牙が届く直前…。
“バキッ!”
ローズが頬を蹴り払った。
蹴られたヘルハウンドが地面に倒れる。
すると今度は右側のヘルハウンドが向かってきた。
ローズは再びジャンプする。
そしてそのヘルハウンドの頭を踏み台にして、さらに高く跳んだ。
ラスト…背後に待機していたヘルハウンドが、跳び上がる。
ローズの服に噛みつき、振り落とすために。
だが、ローズはそこまで読んでいた。
“ゴッ!”
なんと頭部に向かって、踵を落とす。
そのまま空中から、ヘルハウンドの頭を地面に叩きつける。
“ゴキッ______!!”
鈍い音が響いた。
そのヘルハウンドは頭蓋を砕かれ、絶命していた。
ローズが足をどけた途端、死体から火が上がる。
「なっ…んだと!?」
男が驚きの声を上げる。
今のは完璧のフォーメーションだった。
隙の無いヘルハウンドの攻め。
逃れられた人間は、これまで存在しない。
それが今日、初めて突破されたのだ。
目の前の、10代前半くらいの少女によって。
「クッ…ハハッ…。マジで強かったんだなァ。嬢ちゃん」
「もう解ったろ?これ以上犬を殺されたくなかったら、ブドウの親を解放して大人しく帰れ」
苦笑する男に、ネーロが最後の忠告をした。
だが、それも無駄だった…。
「クハハ!目の前に金があんのに、諦められるかよ!犬が足りねェなら増やすだけだァ!」
ローズ達が金に見えている男が、左手を前に出す。
すると、そこから放たれるように、魔法陣が現れた。
魔法陣から現れたのは、ヘルハウンド。
新たに5体が加わって、合計8体となった。
しかし、男の召喚はそれで終わらなかった。
“ズンっ!”
灰色の大きな前足が、魔法陣から出てくる。
ローズは息を呑んだ。
大きさは、ヘルハウンドの10倍以上か…。
やがて、縦耳の犬の顔が現れる。
しかも1つではない。2つだ。それでも胴体は1匹分。
2つの頭を持った巨大な犬が、姿を現した。
「おいおい。オルトロスまで居るのかよ」
ネーロが眉を潜める。
双頭の犬オルトロスは、ローズ達に向かって咆哮を上げた。
あまりの風圧。
ローズは吹き飛ばされそうなのを、なんとか堪えた。
男が馬からオルトロスの背中に乗り移る。
「まさかコイツを出すことになるとは思わなかったぜ。なぁ嬢ちゃん。腕が立つようだが、お前にコイツを殺れるかァ?」
相手は男とオルトロス、それからヘルハウンドが8体。
ローズは彼らに1人で対抗しなければならない。
さらに、ネーロとブドウを庇いながらだ。
こうなれば、ローズが考えることは1つ。
「ネーロ、ブドウ、しっかり掴まってて」
「おぅよ」
ネーロも次の行動を理解していた。
ローズはゆっくりと後ろに下がる。
それに合わせて、ヘルハウンド達がジリジリとにじり寄ってきた。
(ここ…)
ローズはタイミングを見計らい、地面を蹴り上げた。
土や小石が細かな礫となって飛んでいく。
それらが前方のヘルハウンド達に襲い掛かる。
6体は顔を背けたが、2体の目に入ったようだ。
一時的に視界を失った2体は、取り乱している。
「おいおい何やってんだ!?……は?」
男が目を離した隙に、ローズは木の上に上っていた。
ローズは踵を返し、木から木へ、次々と跳び移っていく。
それは常人ではありえないくらいの速さだった。
「逃走かよ…!面倒くせェ!追え!」
男が背中を叩くと、オルトロスが走り出す。
ヘルハウンド達も、それに続いた。




