4-7
夕刻前。
煙草が燃え尽きる前に、ローズ、ネーロ、ブドウは、洞窟に戻ってきていた。
テントの傍で、トロールが胡座をかいている。
「ただいま」
ローズがそう声をかけてみる。
「ブモッ」
トロールは一言そう発するだけ。
相変わらず本心が読めない。
「『おかえり』とは言ってるな。それよりよぉ、戻ってきて早々だが飯にしようぜ。鱒が傷んじまう」
「そうだった」
ネーロに急かされると、ローズはすぐに動き出した。
まずは石の上に鱒を置くと、リュックからナイフを取り出す。
ローズは魚の下処理には心得があった。
慣れた手つきで鱗を落とし、腹を切って内臓を引き出す。
次に、未だ火が灯っている炭に薪を追加し、大きめの葉っぱで風を送る。
しばらく扇ぐと、大きく火が上がった。
ローズは木の枝を鱒の口に突き通す。
そしてそれの持ち手の部分を、燃える薪の傍に刺した。
さらに川の水が入った瓶を取り出すと、鱒の隣に置いた。
鱒が焼け、川の水が煮沸されるまで、しばらく掛かる。
その間に、ローズは皿を3枚取り出した。
1枚に摘んできた野苺を5粒乗せ、ブドウの前に差し出す。
ブドウは尻尾を振って、野苺に食いついた。
「ネーロは食べる?野苺」
「腹壊すからやめとくわ。鱒の方がいい」
「そうか」
ローズは野苺が入った袋を持つと、今度はトロールの方に向かった。
「あなたは、どう?」
トロールの目の前で、袋の口を広げて野苺を見せる。
「……ブモ」
しかし、トロールが野苺を手に取ることはなかった。
一声鳴いて、地面に寝転がる。
どうやら要らないようだ。
「野苺は嫌い…なのかな……」
ローズはそう呟き、袋を下げた。
山葡萄を食べるなら野苺も、と思っていたが、そんな単純な話ではないらしい。
「ローズ、そいつにも名前付けたらどうだ?」
「えっ…?」
「ブドウにも付けたし、そいつだけ付けてないと仲間外れ感あるだろ」
「それもそうか……」
ローズは改めて、トロールを見つめる。
名付けられるのが楽しみなのか、トロールが見つめ返してきた。
彼は全身岩のようにゴツゴツしている。
ローズはそこに目を付けた。
「岩…ゴツゴツ……硬い……頑丈……」
ローズはブツブツと呟きながら熟考する。
質感や手触りからは難しい。
名前として使えそうなのは、やはり岩、もしくは岩に関連する言葉だろう。
「…それじゃあ……」
考えた末に、名前が決まった。
ローズがトロールと目を合わせる。
「ロック。あなたのことは、ロックって呼ぶね」
「……ブモ」
気に入ってくれたのかは解らない。
ロックと名付けられたトロールは、これまでのように短く鳴いた。
彼は優しくもあり、気難しくもあるようだ。
「これで全員名前が決まったなぁ…って、おっと!ローズ!鱒が焦げそうだぜ!」
「えぇ!?もう!?」
ローズは急いで鱒を回収に向かう。
体の表面はパリパリになっていて、茶色い焦げ目が付いていた。
少し焼き過ぎたせいか、黒ずんだところも見える。
ローズは皿に焼き鱒を乗せ、身を少し切り分ける。
それをもう1枚の皿にいれると、ネーロに差し出した。
「おっ、サンキュー!…って熱っ!」
早速食いついたネーロだったが、まだ身が熱く、一瞬で顔を引っ込めた。
「焼きたてだしそりゃそうか。しゃあねェ。ちょっと冷ますか」
ネーロは焼き鱒の切り身を見つめつつ、その場に寝そべった。
失態を見ていたローズは、焼き鱒に息を吹きかける。
それから腹側に齧り付いた。
「んぐ……んっ…美味しい……」
思ったより熱くはあったが、ローズは焼き鱒を味わった。
身は柔らかく、口の中でボロボロと、いい具合に崩れる。
噛めば噛むほど脂が染み出てきて、身を甘くしていく。
皮のパリパリした食感も堪らない。
(…なんか、懐かしいな………)
ローズは身を頬張りながら、昔のことを思い出していた。
それはまだ、ローズが今より小さかった頃…。
当時地獄に思えた、山での修行。
傾斜ばかりの環境で、走って跳んで戦って…。
山修行の日のローズは、必ずと言って良いほど疲れ果てていた。
そうなったら師匠であるヒタキも、流石に休憩を入れる。
そしてある時の休憩場所として選んだのが、渓流だった。
川辺でへたり込むローズ。
それに対し、流石は指導者と言うべきか。ヒタキはピンピンしている。
彼女は川の中を覗き込んだ。
『おぉ…、鱒が居るな。丁度いい。ローズ、今から鱒の獲り方を教えてやろう。見ているといい』
ローズは見ている余裕が無いのだが、ヒタキは近くに落ちていた木の枝で小ぶりの槍を作る。
そしてそれを、川の中に向かって投げた。
少ししてから、木槍が刺さった鱒が水面に浮かんでくる。
ヒタキはそれを長い枝で手繰り寄せ、尾を掴み上げる。
『どうだ?デカいだろう。昼食は焼き鱒にしよう』
ヒタキは満面の笑みで、ローズに鱒を見せつける。
その後の彼女の行動は早かった。
修行で疲れてぐったりしているローズの横で、もう1匹の鱒を獲り、下処理を行い、火を起こし…。
そして、鱒の口に木の枝を突き通して焼く。
香ばしい匂いが、ローズの鼻を刺激した。
起き上がった頃には、丁度いい具合に鱒が焼けていた。
“グ〜〜〜〜〜”
ローズの腹の虫が鳴る。
ヒタキは微笑みながら、焼き鱒を差し出した。
『食べてみな。焼き立ては旨いぞ』
ローズは恐る恐る焼き鱒を受け取る。
香ばしい匂いで、口の中に涎が溢れた。
我慢できなくなって、ローズは焼き鱒に食いついた。
『あちっ!』
口の中を予想外の熱さが襲う。
ローズは焼き鱒から、反射的に口を離した。
『あぁ、慌てて食べるから…。冷まさなきゃダメだろ。フーフーしてみな』
ヒタキは自分の焼き鱒に、息を吹きかけてみせる。
もう火傷したくない。
そう思ったローズは、入念にフーフーした。
そしてようやく、焼き鱒に齧り付く。
『……んっ!』
鱒の美味しさが口内に広がる。
その後ローズは、夢中で焼き鱒を食べた。
『ゆっくり食べな。逃げたりしないから』
ヒタキは焼き鱒にがっつくローズを眺めながら、静かに微笑んでいた。
「先生……」
今手にしている焼き鱒が、あの時食べたものと重なる。
焼き加減はまだ、ヒタキの方が上手いが…。
それでも、自力で鱒を獲れるまで成長した。
先生を見つけたら、自分で獲って焼いた鱒を食べさせてあげたい。
そんなことを考えながら、ローズは焼き鱒を堪能した。
「ふぃ〜。一旦腹は膨れたな」
「だね」
ネーロも焼き鱒の切り身を完食していた。
ローズも煮沸した水を回収する。
片付けを終えた頃には、洞窟の外は薄暗くなっていた。
唯一の明かりは、目の前の焚き火のみ。
ブドウとロックは、寝息を立てていた。
「すっかり落ち着いたしよぉ、ちょっと真面目な話をしようじゃねェか」
「うん」
焚き火の前で、ネーロとローズは向かい合う。
話題は今日の昼間、川辺に現れたあのモンスターについてだ。
「ヘルハウンド…。あんな犬初めて見た」
「あぁ。奴らの主な生息地は地底。それもマグマが流れるような奥深い場所だ。ノームハットみてェな山には本来居ねェ」
「地底から出てきたってこと?」
「いや。奴らは雨を嫌う。だから外に出てくることは滅多にねェ。ましてや昨日降ったばかりだ。尚更出てこねェ筈だ」
「それでも、居るってことは…」
「あぁ。人為的な力が働いてるとしか思えねェ」
ネーロの目が、鋭く光る。
「ヘルハウンドは凶暴だが、犬だ。手懐けられねェことはねェ。奴らを操る誰かがどこかに居る可能性がある」
「うん…」
「それとおそらくだが、そいつはブドウの親と何か関係がある」
「どういうこと?」
「あの時1匹がお前を無視してブドウを狙った。あいつら、既にブドウの匂いを知ってたんだろ。ブドウの親は既に捕まってて、その匂いを辿ってきたって考えることもできる」
「ブドウの親は、誰かの手元に居る?」
「あくまで推測の域だが可能性は高いと思うぜ。カーバンクルは裏の世界で高値で取り引きされる。1匹捕まえてもう1匹も行けるなら…そりゃ狙うだろ」
「………」
ローズの目が、鋭く光る。
もう一波乱ありそうな空気を、肌で感じ取っていた。
同じ頃、昼間ローズが戦った川辺に、1人の男が訪れた。
黒いローブを羽織った、スキンヘッドの色黒男。
左の側頭部に、狼のようなタトゥーが入っていた。
男の傍には、4頭のヘルハウンド。
体に纏う火が、暗闇を照らしていた。
その男の足下にあったのは、2体分の動物の骨。
それはローズが殺した、ヘルハウンドの亡骸だった。
「ほ〜ん?こりゃいったいどういうことだ?」
自らが使役する獣の亡骸を前に、男は薄ら笑いを浮かべている。
ヘルハウンドは死ぬと肉体が燃え尽き、骨だけとなる。
だが、目の前の骨には異常があった。
1頭の死骨は横に、もう1頭は縦に、綺麗に両断されていた。
強力なモンスターによるものではない。
明らかに人の手によるもの。
それも達人レベルの腕前だ。
「ただの冒険者か?それとも……」
男は連れてきたヘルハウンド達に目を向ける。
彼らはしきりに地面の匂いを嗅いでいた。
同胞を殺した者の残り香を嗅ぎ取っているのだろう。
やがて4頭が、同じ方向を見上げた。
男もまた傍に寄り、ヘルハウンド達が見上げる先を見る。
「ククッ。この際だ。お前らの兄弟を殺した奴の顔を拝みに行くか」
ヘルハウンドは凶暴なモンスター。
それを殺した者との激突を想像し、男は厭らしく笑った。




