4-6
歩き出したはいいものの、ノームハットという広い山の中から、小さなモンスターを捜し出すのは容易ではない。
どこを見ても、カーバンクルらしきモンスターの姿は無かった。
ブドウはというと、ローズの傍に居ながら、常に鼻をひくつかせている。
「ブドウの奴、匂いで捜してるっぽいな」
ブドウの様子を、ネーロが解説する。
だが昨日の雨で、地面に付いた匂いは流れてしまっているだろう。
案の定手掛かりを掴みきれなかったようで、ブドウはシュンと小首を垂れた。
「ブドウ……」
ローズはしゃがんで、ブドウの背中を優しく撫でた。
「大丈夫」
「キュッ?」
「きっと見つかるよ」
そう言って、元気付ける。
ブドウは方向転換すると、ローズの手の甲を舐めた。
どういう感情表現なのかは解らないが、その後ブドウは元気に山の中を駆け回った。
「あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
ローズはひとまず、そう声を掛ける。
「お前、ちっちゃい奴の扱いに慣れてるよな」
ネーロが誂うように、声を掛けてきた。
「母ちゃんか姉ちゃんみてェだぜ」
「そう…?」
「それよりよぉ、今日見つからなかったらどうすんだ?」
「明日も捜す」
「明日見つからなかったら?」
「明後日も捜す」
「お前、この山に住むつもりかよ」
「ううん。ずっと居るつもりはない。だから速攻で見つける」
「俺が言うのもなんだけどよぉ、昨日出会ったばかりの奴に…それもモンスターに、よくそこまで献身的になれるよな」
「……絶対、見つけてあげたい。私も先生を捜してるから」
誰かを捜しているという点で、ローズはシンパシーを感じているようだ。
2人で話していると、ブドウが戻ってきた。
「キュルッ」
ブドウは一声鳴くと、先程行った方向へ駆けていった。
「付いてきてって?」
「言ってるな」
「ブドウの親、見つかったのかな?」
「そんな感じじゃなかったぞ。とりあえず追いかけようや」
ネーロがローズの肩に乗り、ローズはブドウの後を追う。
緩やかな斜面を下っていると、川辺に辿り着いた。
ブドウはそこの草原で待っていた。
「ブドウ?」
「キュルッ」
ブドウはローズと草原の間を行ったり来たり。
「そっちに何かあるの?」
ローズは草原に近づいた。
「……!」
その草原には、小さくて赤い実が生っていた。
しかもそれが何粒も。
ブドウはその実に齧り付いた。
咀嚼しながら、ローズを見つめている。
ネーロがローズの肩から降りて、赤い実を見つめた。
「これ、野苺だな」
「野苺?」
「名前のまんま、野外に生える苺だ。勿論食えるぞ」
「不味くない?」
「山葡萄よりはマシだと思うぜ」
いつの間にかブドウが、野苺を咥えてローズの足にしがみついていた。
ローズは恐る恐る、ブドウから野苺を受け取る。
よく見ると、小さなブツブツの塊のようになっていて、1つ1つが赤くテカっている。
まるで一種の装飾品のようだ。
「……」
山葡萄の件もあり、どうしても躊躇してしまう。
それでも、ブドウからのプレゼントを無碍にはできない。
意を決して、口に入れた。
「んっ…。………んぅ?」
ローズは意外そうに目を見開いた。
みずみずしく、噛む度に甘酸っぱさが広がっていく。
「どうだ?ローズ」
「美味しい……」
ローズは驚愕していた。
この手の果実を、初めて美味しいと思えたのだから。
「キュルルッ」
ブドウが草原に入り、野苺をもぎ取る。
それからまた、ローズの元へと運んできた。
「ブドウ……」
ブドウは再びローズの足にしがみつき、野苺を差し出す。
ローズはそれを受け取った。
ブドウが離れると、ローズはしゃがんで、目線を合わせた。
「ブドウ、ありがとう。私のために、食べ物を見つけてくれたんだね」
「キュルッ」
「……ここ、いいね。ちょっと休憩しようか」
そう言って、ローズはその場に座り込む。
ブドウはローズの傍に寄って、丸くなった。
「ふぁあ……。甘えん坊だな、お前は」
ネーロは欠伸をしながらそう言うと、近くで寝転がった。
少し座って体を休めた後、ローズは立ち上がった。
草原に入り、野苺をいくつか収穫する。
それを持参した袋に詰めると、今度は川に目をやった。
川の水は透き通っていて、底まで見える程だった。
ローズは川に近づく。
持ってきた瓶で水を掬い、蓋をした。
「……?」
その時ローズの目が、川の中で動く何かを捉える。
それは、鱒だった。
丸々と太った鱒が何匹も、群れとなって泳いでいる。
「おぉ〜。旨そうな鱒だな〜」
気づけばネーロが横に付いていた。
鱒を見て、舌舐めずりをする。
「ローズ、あれ獲って食おうぜ」
「うん」
「獲り方だけどな____」
「知ってる。鱒は先生と獲ったことあるから」
ローズはそう言うと、近くに落ちている木の枝を拾った。
剣を使って余分な部分を切り落とし、皮を削って尖らせる。
あっという間に、木の枝は小ぶりの槍となった。
「おいおい。そんなんで獲る気か?」
「獲れる。見てて」
ローズは川の方に出っ張っている岩の上に移動した。
先程のポイントよりも、鱒がよく見えた。
ローズは屈み、ただ大人しく木槍を構える。
「キュルッ」
「おぉブドウ、起きたか」
いつの間にかブドウも起きたようで、ネーロの隣に付いていた。
その視線の先に居るのは、やはりローズ。
物凄い集中力で、川を見ていた。
1匹の鱒が水面に上がってきた。
そのタイミングを見計らって、ローズは木槍を投げた。
“ドスッ________!!”
その鱒どてっ腹に、木槍が突き刺さった。
鱒は力を失い、水面に浮かび上がってくる。
ローズは長い木の枝を利用して、手繰り寄せた。
そして鱒の尾を掴み、川から引き出した。
「獲れたよ」
「マジか……」
無表情だが誇らしげに鱒を掲げるローズに、ネーロは引き気味になっていた。
ブドウはただ、目をパチクリさせて見ていた。
「やっぱお前、ぶっ飛んでんな」
「今夜は焼き魚……」
「ていうかお前それ1人で食うつもりか!?俺のも獲ってくれよ!」
「これ、全部食べられるの?」
「食うつもりだけどな。無理だったら干物にしちまえばいい」
「それもそうか…」
ローズは鱒を川辺に置くと、もう一度木槍を作った。
そしてまた岩の上から、別の鱒を狙う。
先程より長い時間、ローズは待った。
最初の投擲で警戒しているのか、なかなか上がってこない。
ネーロもブドウも、黙って見守っている。
静寂の中、木が風に揺られる音だけが鳴っていた。
しかし、その静寂を破るものが居た。
「ッ_______!?」
茂みを掻き分けこちらに向かってくる音に、ローズは反応する。
「キュルッ!」
「あぁ。何か来るな」
ネーロとブドウにも、その音は聞こえていた。
それも、2方向から。
ローズは岩から下り、2匹の傍に付く。
足音はだんだん大きくなっていった。
速い。
足音のテンポから察するに、4足歩行の何かだろう。
ブドウは足下で縮こまって震えている。
ローズはしゃがんで、ブドウの体を優しく撫でた。
そうしていると、ついに足音の主が姿を現した。
「グルルルル………」
茂みを突き破って現れたのは、黒い猟犬だった。
奴はローズを見るなり、唸り声を上げる。
猟犬の呼吸に合わせて、真っ黒な体毛にオレンジ色が灯ったり消えたりを繰り返していた。
赤い目に、鋭い牙。
猟犬の顔は、まるで悪魔のようだった。
それが背後に、もう1体現れる。
猟犬達は、ローズ達を取り囲むようにゆっくりと歩き出す。
襲い掛かるタイミングを計っているようだ。
「犬…なの?」
「おいおい。なんでヘルハウンドがこんなとこに居んだよ」
「ヘルハウンド…?」
「気をつけろ。コイツらただの犬じゃねェ。火を使う」
ネーロがそう言った途端、2匹が一斉に飛び掛ってきた。
「くっ…!」
ローズはネーロとブドウを抱え、横に跳んだ。
ヘルハウンドが思ったより速く、着地の余裕が無い。
ローズは地面を転がった。
だが、素早く立ち上がった。
2匹のヘルハウンドが、こちらを睨んでいる。
「ネーロ!ブドウ!逃げて!」
「おうよ!ブドウ、こっちだ!」
「キュルッ!」
ネーロとブドウは、茂みの方へと駆け出す。
しかし、体が強張ってしまったのだろう。
途中でブドウが転んでしまった。
「ガルァ!!!!」
1匹のヘルハウンドが、ブドウに向かって走り出した。
「ダメ!」
ローズは持っていた木槍を投げた。
それはヘルハウンドの肩肉に突き刺さった。
「ギャォオオオオオオオオオオ!!!」
不意に走った激痛で、そのヘルハウンドは鳴き喚き、地面を転がる。
その隙に、ローズがブドウの前に立ち塞がった。
既に双剣を抜いている。
「何やってんだ!早くしろ!」
ネーロが無理矢理ブドウを立たせ、後ろから押す。
そうして2匹は、その場から姿を眩ませた。
「ガァアアアアアアアアアア!!!!」
木槍が刺さってない方のヘルハウンドが、咆哮と共に火の玉を吐いた。
ローズは身を低くし、前に出る。
あの日ソルブレア帝国を襲ったドラゴンの炎に比べれば、ヘルハウンドの小さな火球等、恐れる程ではなかった。
結果、火球はローズの頭上を通り過ぎていった。
ローズはスピードを落とすことなく前進する。
ヘルハウンドもまた、ローズの肉を焼き千切ろうと、火を纏った牙を剥き出しにして飛び出した。
だが、遅かった。
“スパッ_________!!”
牙が届くより先に、ローズの双剣がヘルハウンドの身体を通り抜ける。
そのヘルハウンドは横に両断され、息絶えた。
「グ…ルルルル……!」
木槍のヘルハウンドが、低く唸る。
片割れを殺されたとはいえ、闘志は消えていないようだ。
そのヘルハウンドが、口を膨らませる。
そしてありったけの炎を、ローズに向けて吹きかけた。
“ダッ_____!!”
ローズは力強く地面を蹴る。
不規則な動きで、炎を躱しながら接近する。
ヘルハウンドが気づいた頃には、ローズは空中に居た。
「ッ!!」
ローズは剣を振りかぶり、体を回転させる。
そして、ヘルハウンドが迎撃する隙を与えぬまま、胴体を両断した。
「ガギャッ________!!!!」
蛙のような低い呻き声を上げ、ヘルハウンドは横に倒れた。
「ふぅ……」
ローズは双剣に付いた血を払い、鞘に納めて一息吐く。
改めて、2匹のヘルハウンドの亡骸を見つめた。
「……!」
ローズの目が、信じ難い光景を捉える。
なんとヘルハウンドの死体から、火が上がっていたのだ。
火はどんどん強くなり、ただでさえ黒い体を焦がしていく。
そして最後は、赤褐色の骨だけが残った。




