4-5
時間が進み、朝となった。
横になっていたローズは、自然と目を覚ます。
「……?」
ローズはお腹の部分に違和感を覚えた。
毛布をゆっくりめくってみる。
そこに居たのは、カーバンクルだった。
丸くなって、寝息を立てている。
「気づかなかった……」
下手すれば、寝返りで潰してしまっていたかもしれない。
ローズは内心ヒヤヒヤしていた。
そんなことを気にする様子もなく、カーバンクルは呑気に眠っている。
「……」
ローズは恐る恐るカーバンクルに触れてみる。
心無しか、昨日より毛並みが良い気がした。
「……キュルッ」
頭を撫でていると、カーバンクルが目を開けた。
「ッ!?」
ローズは反射的に手を引っ込める。
カーバンクルは体を伸ばし、欠伸をした。
そして少しだけ毛繕いをすると、ローズを見上げた。
「……何?」
つぶらな瞳で見つめられ、ローズは少し狼狽える。
しばらくすると、カーバンクルがゆっくりと近寄ってきた。
そしてローズの手に、両前足を乗せた。
「キュ〜」
可愛らしく、一声鳴く。
「えっ…と……?」
このままにしておくべきか…。
手を離してもいいのか。
ローズには、どうすればいいのか解らなかった。
「フワァ〜〜。……もう起きてんのかローズ。おはよーさん」
ここにきて、ネーロが目を覚ました。
欠伸をしながら、呑気に朝の挨拶をする。
彼のショボショボした目に最初に飛び込んできたのは、ローズの手に自分の両前足を重ねるカーバンクルだった。
「おぉ〜?どうやら心開いたみてェだな」
ネーロはそう言って、朗らかに笑った。
動きやすい格好に着替えると、ローズはテントから出た。
トロールはまだ、すぐそこに座っていた。
何食わぬ顔で、木の枝を齧っている。
ローズはトロールに会釈すると、朝食の準備を始めた。
と言っても、パンにジャムを塗るだけの、簡単な調理方法だ。
ローズはトロールにもジャムパンを勧めてみたが、そっぽを向かれてしまった。
どうやら好みではないらしい。
自分の分だけではない。
ネーロとカーバンクルのために、動物用クッキーを取り出す。
「おいローズ〜、それ俺のクッキーじゃ……」
「貰った物をどうしようと私の勝手なんでしょ?」
「そりゃそうだけどよぉ……」
「干し肉も付けるから」
クッキーを分けることについて、ネーロはあまり納得いっていないようだった。
だとしても、カーバンクルにあげられるものはそれしかない。
当の本人は、ローズの行く先々をずっと付いてきていた。
完全に警戒が解かれ、もはや懐かれてもいる。
咳と鼻水は止まっていた。
風邪は治ったようだ。
「とりあえず、朝ごはんだよ」
ローズはネーロとカーバンクルの前に、ごはんが載った皿を置いた。
「ほんじゃ、いただくわ」
ネーロは干し肉に齧り付く。
一方カーバンクルは慎重だった。
クッキーをまじまじと見つめ、ローズの顔を見ては匂いを嗅ぐ。
この行動を繰り返している。
「クッキー初めて見るよな?旨いぜ。とりあえず食ってみろよ」
干し肉を食べ終えたネーロが、手本を見せるかのようにクッキーを噛み砕く。
カーバンクルはその様をジッと見ていた。
そして、クッキーを見つめる。
それから少しして…。
“ザクッ”
カーバンクルがクッキーを咥えた。
呑み込みやすいように、欠片を噛み折る。
ガリガリと、よく咀嚼してから呑み込んだ。
「キュッ」
カーバンクルは一声鳴くと、再びクッキーに齧りついた。
どうやら気に入ったようだ。
「よかった……」
ローズは一息吐くと、ジャムパンを口にした。
ベリー特有の甘酸っぱさが広がる。
口の中がさっぱりした。
「…で、ローズ。今日これからどうするよ」
クッキーを食べ終えたネーロが、そんなことを訊いてきた。
ローズは洞窟の外を見る。
昨日の大雨が嘘のように、空が晴れ渡っていた。
本来だったらテントを畳み、山頂目指して出発するところだ。
だがカーバンクルと出会って、そうもいかなくなった。
「一旦ここを拠点にして、この子の親を捜す。ついでに食糧も調達する」
「確かに食い物もそろそろ無くなりそうだもんな。了解。早速動くとするか」
「うん」
「だがその前に……」
ネーロはカーバンクルの方を見て言った。
「コイツに名前付けねェか?」
「名前?」
「“カーバンクル”のままはどうかと思うぜ。そこそこ長ェし」
「そうか…。そうかも……」
ローズはチラッとカーバンクルを見た。
こういう時は、直前の事柄から考える。
このカーバンクルが食べた物は、山葡萄とクッキー。
たまたまクッキーが手元にあっただけ。
おそらく山葡萄の方が好きだと思われる。
よく見れば、このカーバンクルの額の宝石も、同じ紫色だ。
「紫…山葡萄…ブドウ……。うん……」
ローズはクッキーを食べ終えたカーバンクルを、優しく抱え上げた。
「ブドウ。あなたのことは、ブドウって呼ぶね」
「……キュッ」
理解してくれたのか解らないが、ブドウと命名されたカーバンクルは、返事替わりに短く返事をした。
軽く支度を整えた後、ローズは洞窟から出る。
トロールは洞窟の中に残り、昼寝を始めた。
遠目から見ると、ただの大岩にしか見えない。
とはいえ、寝ているだけで不思議と安心感があった。
「それじゃあ、行こうか」
「ちょっと待てローズ。山は広くて複雑だ。またここに戻って来れるか解らねェぞ」
「確かに…。どうしたらいい?」
「そこの草を燃やすんだよ」
ネーロが前足で、足下の草を指す。
灰緑色の細長い葉が、皮を剥いたバナナのように広がった形で生えている。
「そいつは“煙草”だ」
「煙草?」
「名前の通り、燃やすとメチャクチャ煙が出る。そのうえ1株で1時間以上燃え続けるから、目印にはもってこいなんだよ」
「なるほど…。じゃあ、燃やしてから行こう」
ローズは周辺に生えている煙草を、洞窟前に集めた。
そして、マッチで火を着ける。
ネーロが言った通り、白い煙が空に向かって昇り始めた。
「これなら夕方まで持つ。そんじゃ、今度こそ行くとするか」
ネーロがそう言って、ローズの右肩に乗った。
ブドウはローズの足下に付いている。
「うん。行こう」
そうして、ローズは山道を歩き始めた。
ブドウの親と、食糧を求めて。




