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4-4

「おぉ〜!起きたか!ちっとは元気が戻ったみたいだな!」

 カーバンクルの目覚めを、ネーロが讃える。

 ローズは目をパチクリさせていた。

 膝の上のカーバンクルは、周囲をキョロキョロ見回している。

 その動きはゆっくりで、まだ弱々しい。

 恐怖や不安からか、それともまだ寒気がするのか…。

 小さな体が小刻みに震えている。

 まだ完全回復とまではいっていないようだ。

「ケフッ…ケフッ……!」

 少し様子を見ていると、カーバンクルが咳をした。

 風邪は治っていないようだ。

「……そうだ」

 ローズが思い出したかのように、小さく呟く。

 カーバンクルを座っていた岩に乗せると、リュックを開けて中を探る。

「あった……」

 ローズが取り出したのは、小瓶。

 中には翠色の液体が入っている。

 これはバードピア王国の王女ルチアから、餞別に貰った風邪薬だった。

「これ、カーバンクルにも効く…よね?」

「ルチア特製の風邪薬か。使えねェことはねェが、いいのか?お前のために作ってくれたモンだぞ?」

「……ルチア様には申し訳ないけど、これは今すぐ使った方がいいと思う……。それに、これを使ってもあと2本ある」

 これでカーバンクルを救えるなら…と、ローズはそう判断した。

 それを聞いたネーロは、ニッと笑う。 

「まっ、貰ったモンをどう使おうが、お前の勝手だよな。飲ませてやるか」

「うん」

「だが、薬草から作られてるらしいからな。そういうのは大抵苦い。直接飲ませると吐き出すだろう。飯と混ぜた方がいいかもな」

「カーバンクルって、何を食べるの?」

「木の実とかだな」

「ッ!……じゃあ」

 ローズは再びリュックを漁る。

 そうして掴み上げたのは、山葡萄だった。

「これ、どうかな?」

「あぁ。それも食う。持ってきておいてよかったな。そんじゃあ、食べやすくして与えてやるか」

「うん」

 ローズはネーロの言う通り、動き出した。

 とはいえ、過程は単純。

 まず、山葡萄の房から3粒もぎ取り、皿に乗せる。

 それらをスプーンを使ってすり潰す。

 その上から風邪薬を注ぎ、よく混ぜて完成だ。

「食べれるかな…?」

「警戒して食わねェこともある。その時はその時だな」

 ローズはカーバンクルを地面に下ろすと、その前にすり潰した山葡萄を置いてやった。

「キュルッ…」

 カーバンクルが小さな声で鳴く。

「……食べて、いいよ」

 ローズはできるだけ優しい声で促す。

 カーバンクルは、皿に顔を近づけた。

 探るように山葡萄の匂いを嗅いでいる。

 そして時折、ローズの顔を見上げる。

 ローズはその度に頷く。

 少しの間、そのようなやり取りが続いた。

 そうした後…。

“ピチャッ……”

 カーバンクルが、山葡萄に口を付けた。

 それから小さな舌で、ペチャペチャと舐め始める。

「よかった…。食べてくれた……」

「おぅ。よかったじゃねェか」

 ローズは胸を撫で下ろした。

 自分で食べられるようになったのなら、もう大丈夫だろう。

“グ〜〜〜”

 安心した途端、ローズの腹の虫が鳴った。

「腹減ったか?山は疲れるからな。食えるだけ食っとけよ」

「うん、そうする」

 ローズは三度リュックを漁り、現在の食料を確認する。

 オウルベアの干し肉。

 パン。

 ベリーのジャム。

 動物用クッキー。

 それから、残りの山葡萄。

 改めて見ると、そんなに多くない。

 大事に食べようと思ったところで、ローズは視線を感じた。

 その主は、トロールだった。

 ローズが持っている物が珍しいのか、まじまじと見つめている。

 ローズは食料と布を持ち、トロールの前に移動する。

 それから布を地面に置くと、その上に食料を並べた。

「気になる物、ある?よかったら、食べてみない?」

 ローズが少ない食料で始めたこと…。

 それは、お裾分けだった。

「お前…。いいのか?」

「うん。食事は大勢の方が楽しいって、先生も言ってた。ネーロも食べよう」

 ローズは動物用クッキーを皿に乗せ、ネーロに差し出した。

「おぉ〜、いいじゃねェか。そんじゃあ頂くぜ」

 ネーロは喜び、速攻でクッキーに食いついた。

 その間に、トロールが布に手を伸ばす。

 掴んだのは、山葡萄だった。

「それがいいの?」

「ブモッ」

「そうか。山葡萄、人気だね」

 トロールは山葡萄を、そのまま口に放り込んだ。

 ローズもまた、干し肉に食らいつく。

 ネーロはクッキーを齧りながら、その様子を見ていた。

(面白ェな。猫、人間、カーバンクル、トロール…。異種族同士の食事会なんて滅多にねェ。クッキーもうめェし、最高だな)

 ネーロは愉快そうに笑いながら、噛み砕いたクッキーを呑み込んだ。




 食事休憩が終わり、体力が戻ったローズは、速攻でテントを組み立てた。

 中に布団と毛布を敷いたところで、焚き火の方に視線を移す。

 木炭はまだオレンジ色に染まっていて、熱を帯びている。

 風も通っているし、そう簡単に消えることはないだろう。

 トロールは寝転がり、いびきをかいていた。

 焚き火で暖まったおかげか、それとも山葡萄と木の枝で満腹なのか…。

 何にせよ、眠っている姿は、まさに岩そのものだった。

 カーバンクルはというと、先程までローズが座っていた岩の傍で縮こまり、こちらの様子を伺っている。

 まだ少し、警戒を解けずにいるようだ。

「……そっとしておいた方がいい?」

「テントの中のがいいだろ。近くでトロールで寝てるとはいえ、外は安全じゃねェ。何より風邪はまだ治ってねェだろ」

「それもそうか…」

 ネーロにそう言われたローズは、カーバンクルに視線を送る。

 カーバンクルもまた、少し震えながら見つめ返してきた。

「……」

 ローズはゆっくりと歩を進める。

 まだ逃げるだけの元気が無いのか、それとも怖くて固まっているのか。

 カーバンクルは、その場から動かない。

 とはいえ、何かのきっかけで走り出す可能性はあるだろう。

 それでもローズは、ペースを速めることはなかった。

 やがて、ローズはカーバンクルの目の前に辿り着く。

 そしてゆっくりとしゃがんだ。

「おいで。こっちで、寝よう?」

 ローズはそ〜っと手を伸ばす。

 指がカーバンクルのフワフワな毛に触れた。

 それから、背中を優しく撫で回してみる。

 カーバンクルが抵抗することはなかった。

「………!」

 いける。

 そう確信したローズは、カーバンクルをゆっくり抱き上げた。

(モフモフで、温かい…)

 ローズの手から、ネーロを抱いている時とはまた違った感触が伝わってきた。

 被毛もすっかり乾いている。

 凍え死ぬことは、まずないだろう。

 ローズはテントの中に戻る。

 その間、カーバンクルは手の中でじっとしていた。

「暴れねェのか。偉いじゃねェか」

 大人しくしているカーバンクルを、ネーロが褒める。

 ローズはカーバンクルをネーロに差し出した。

「一緒に寝てあげて。私より、ネーロの方が安心だと思うから」

「勿論だ。ほら、こっち来いよ」

 ローズがネーロの毛布をめくる。

 カーバンクルは少しだけローズの顔を見たあと、毛布の中へと進んだ。

 ローズは毛布を優しく下ろす。

 それから自分の布団に戻ると、毛布を被った。

 ローズとネーロは、いつも並んで寝ている。

「ローズ、明日はどうするよ?」

 ネーロが毛布から顔を出し、そう問いかけてきた。

「頂上からの景色を堪能する……。それが目標だった。けど……」

「けど?」

「できれば…その子の親を見つけてあげたいな」

 ローズはネーロが被っている毛布の、膨らんだ部分を見つめてそう言った。

「手掛かりなんてねェぞ」

「どうにかして、探し出す」

「死んでたらどうする?」

「その時考える。親代わりになってくれるカーバンクルを捜すとか、最悪私が親になるとか…。やりようはいろいろあると思う」

「親になる…な。カーバンクルは希少だ。連れてりゃロクでもねェ奴に狙われるかもしれねェぞ」

「大丈夫。私が守るから」

「そりゃ心強ェな」

 ネーロはケラケラ笑いながら、寝返りをうった。

「山は体力使うからな。たっぷり休めよ」

「うん。……おやすみ」

 ローズはランタンの火を消す。

 そして暗いテントの中で、ゆっくり目を閉じた。

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