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「おぉ〜!起きたか!ちっとは元気が戻ったみたいだな!」
カーバンクルの目覚めを、ネーロが讃える。
ローズは目をパチクリさせていた。
膝の上のカーバンクルは、周囲をキョロキョロ見回している。
その動きはゆっくりで、まだ弱々しい。
恐怖や不安からか、それともまだ寒気がするのか…。
小さな体が小刻みに震えている。
まだ完全回復とまではいっていないようだ。
「ケフッ…ケフッ……!」
少し様子を見ていると、カーバンクルが咳をした。
風邪は治っていないようだ。
「……そうだ」
ローズが思い出したかのように、小さく呟く。
カーバンクルを座っていた岩に乗せると、リュックを開けて中を探る。
「あった……」
ローズが取り出したのは、小瓶。
中には翠色の液体が入っている。
これはバードピア王国の王女ルチアから、餞別に貰った風邪薬だった。
「これ、カーバンクルにも効く…よね?」
「ルチア特製の風邪薬か。使えねェことはねェが、いいのか?お前のために作ってくれたモンだぞ?」
「……ルチア様には申し訳ないけど、これは今すぐ使った方がいいと思う……。それに、これを使ってもあと2本ある」
これでカーバンクルを救えるなら…と、ローズはそう判断した。
それを聞いたネーロは、ニッと笑う。
「まっ、貰ったモンをどう使おうが、お前の勝手だよな。飲ませてやるか」
「うん」
「だが、薬草から作られてるらしいからな。そういうのは大抵苦い。直接飲ませると吐き出すだろう。飯と混ぜた方がいいかもな」
「カーバンクルって、何を食べるの?」
「木の実とかだな」
「ッ!……じゃあ」
ローズは再びリュックを漁る。
そうして掴み上げたのは、山葡萄だった。
「これ、どうかな?」
「あぁ。それも食う。持ってきておいてよかったな。そんじゃあ、食べやすくして与えてやるか」
「うん」
ローズはネーロの言う通り、動き出した。
とはいえ、過程は単純。
まず、山葡萄の房から3粒もぎ取り、皿に乗せる。
それらをスプーンを使ってすり潰す。
その上から風邪薬を注ぎ、よく混ぜて完成だ。
「食べれるかな…?」
「警戒して食わねェこともある。その時はその時だな」
ローズはカーバンクルを地面に下ろすと、その前にすり潰した山葡萄を置いてやった。
「キュルッ…」
カーバンクルが小さな声で鳴く。
「……食べて、いいよ」
ローズはできるだけ優しい声で促す。
カーバンクルは、皿に顔を近づけた。
探るように山葡萄の匂いを嗅いでいる。
そして時折、ローズの顔を見上げる。
ローズはその度に頷く。
少しの間、そのようなやり取りが続いた。
そうした後…。
“ピチャッ……”
カーバンクルが、山葡萄に口を付けた。
それから小さな舌で、ペチャペチャと舐め始める。
「よかった…。食べてくれた……」
「おぅ。よかったじゃねェか」
ローズは胸を撫で下ろした。
自分で食べられるようになったのなら、もう大丈夫だろう。
“グ〜〜〜”
安心した途端、ローズの腹の虫が鳴った。
「腹減ったか?山は疲れるからな。食えるだけ食っとけよ」
「うん、そうする」
ローズは三度リュックを漁り、現在の食料を確認する。
オウルベアの干し肉。
パン。
ベリーのジャム。
動物用クッキー。
それから、残りの山葡萄。
改めて見ると、そんなに多くない。
大事に食べようと思ったところで、ローズは視線を感じた。
その主は、トロールだった。
ローズが持っている物が珍しいのか、まじまじと見つめている。
ローズは食料と布を持ち、トロールの前に移動する。
それから布を地面に置くと、その上に食料を並べた。
「気になる物、ある?よかったら、食べてみない?」
ローズが少ない食料で始めたこと…。
それは、お裾分けだった。
「お前…。いいのか?」
「うん。食事は大勢の方が楽しいって、先生も言ってた。ネーロも食べよう」
ローズは動物用クッキーを皿に乗せ、ネーロに差し出した。
「おぉ〜、いいじゃねェか。そんじゃあ頂くぜ」
ネーロは喜び、速攻でクッキーに食いついた。
その間に、トロールが布に手を伸ばす。
掴んだのは、山葡萄だった。
「それがいいの?」
「ブモッ」
「そうか。山葡萄、人気だね」
トロールは山葡萄を、そのまま口に放り込んだ。
ローズもまた、干し肉に食らいつく。
ネーロはクッキーを齧りながら、その様子を見ていた。
(面白ェな。猫、人間、カーバンクル、トロール…。異種族同士の食事会なんて滅多にねェ。クッキーもうめェし、最高だな)
ネーロは愉快そうに笑いながら、噛み砕いたクッキーを呑み込んだ。
食事休憩が終わり、体力が戻ったローズは、速攻でテントを組み立てた。
中に布団と毛布を敷いたところで、焚き火の方に視線を移す。
木炭はまだオレンジ色に染まっていて、熱を帯びている。
風も通っているし、そう簡単に消えることはないだろう。
トロールは寝転がり、いびきをかいていた。
焚き火で暖まったおかげか、それとも山葡萄と木の枝で満腹なのか…。
何にせよ、眠っている姿は、まさに岩そのものだった。
カーバンクルはというと、先程までローズが座っていた岩の傍で縮こまり、こちらの様子を伺っている。
まだ少し、警戒を解けずにいるようだ。
「……そっとしておいた方がいい?」
「テントの中のがいいだろ。近くでトロールで寝てるとはいえ、外は安全じゃねェ。何より風邪はまだ治ってねェだろ」
「それもそうか…」
ネーロにそう言われたローズは、カーバンクルに視線を送る。
カーバンクルもまた、少し震えながら見つめ返してきた。
「……」
ローズはゆっくりと歩を進める。
まだ逃げるだけの元気が無いのか、それとも怖くて固まっているのか。
カーバンクルは、その場から動かない。
とはいえ、何かのきっかけで走り出す可能性はあるだろう。
それでもローズは、ペースを速めることはなかった。
やがて、ローズはカーバンクルの目の前に辿り着く。
そしてゆっくりとしゃがんだ。
「おいで。こっちで、寝よう?」
ローズはそ〜っと手を伸ばす。
指がカーバンクルのフワフワな毛に触れた。
それから、背中を優しく撫で回してみる。
カーバンクルが抵抗することはなかった。
「………!」
いける。
そう確信したローズは、カーバンクルをゆっくり抱き上げた。
(モフモフで、温かい…)
ローズの手から、ネーロを抱いている時とはまた違った感触が伝わってきた。
被毛もすっかり乾いている。
凍え死ぬことは、まずないだろう。
ローズはテントの中に戻る。
その間、カーバンクルは手の中でじっとしていた。
「暴れねェのか。偉いじゃねェか」
大人しくしているカーバンクルを、ネーロが褒める。
ローズはカーバンクルをネーロに差し出した。
「一緒に寝てあげて。私より、ネーロの方が安心だと思うから」
「勿論だ。ほら、こっち来いよ」
ローズがネーロの毛布をめくる。
カーバンクルは少しだけローズの顔を見たあと、毛布の中へと進んだ。
ローズは毛布を優しく下ろす。
それから自分の布団に戻ると、毛布を被った。
ローズとネーロは、いつも並んで寝ている。
「ローズ、明日はどうするよ?」
ネーロが毛布から顔を出し、そう問いかけてきた。
「頂上からの景色を堪能する……。それが目標だった。けど……」
「けど?」
「できれば…その子の親を見つけてあげたいな」
ローズはネーロが被っている毛布の、膨らんだ部分を見つめてそう言った。
「手掛かりなんてねェぞ」
「どうにかして、探し出す」
「死んでたらどうする?」
「その時考える。親代わりになってくれるカーバンクルを捜すとか、最悪私が親になるとか…。やりようはいろいろあると思う」
「親になる…な。カーバンクルは希少だ。連れてりゃロクでもねェ奴に狙われるかもしれねェぞ」
「大丈夫。私が守るから」
「そりゃ心強ェな」
ネーロはケラケラ笑いながら、寝返りをうった。
「山は体力使うからな。たっぷり休めよ」
「うん。……おやすみ」
ローズはランタンの火を消す。
そして暗いテントの中で、ゆっくり目を閉じた。




