01
落葉樹の並木が途切れ、煉瓦道は常緑高木の森林に吸い込まれた。
集落の外周に植樹される防風林と思われた。
やがて道の北面に、入口らしい空所が見えてきて、道脇にも人の姿が増えてくる。
不意に二人の魔法使いが、顔を同時に進行方向へ振り向けたので、おれも釣られて顔を向けたが、前を走る荷車の尻を間近に見ただけだった。
「隠したね」
バレストランド魔法使いが呟くと。
「ええ」
セナ魔法使いが小声で応えた。
「……隠した?」
交互に顔を見やりながら訊ねたら、少年が頷いた。
「サリアタ様が今、ちからを隠したんだ。ぼくらでも感じられなくなった。町に入るからかな?」
「たぶんね」
丁字路に差しかかる手前で速度がゆるみ、チャルが注意喚起の大声を通行人に発すると、象擬たちは首を左へ巡らせた。
公道と敷地とを隔てる関門はなく、立ち入りの気構えをすることもなく、われわれは坦々と、ネルテサス地方最大の宿場町メイバドルに入った。
獣車二輛が優に並走できる幅の広々とした通りだった。
店舗らしい掘っ立て小屋が道路沿いに雑然と建ち並んでいて、路地があちらこちらに不規則に走っており、重たげな荷を背負った行商人然とした方々や、足取りの軽そうな回遊者らしき方々の姿が散見された。
日時計の機能を有する町割りの理路整然とした印象とはだいぶ異なる様子の大通りだったが、それはここが東西線の南側だからだろう。
この町の眼目は、北側。
太陽が、影を落とす方角である。
後尾の荷車からは行く手の様子が見えなかった。
通りの先方に聳えている町の象徴を観察しようと、並足となった車から降りた場所がちょうど食物屋の真ん前で、煙りの香ばしい店先に立っていた呼び込みの女性につかまってしまった。
おれは焼き鳥を二つ買って二人の魔法使いに渡し、車に随行しながらようやく彼方へ目をやった。
目前に望んだ時計塔は、寸法どおりの巨体であった。
全長五十メートルというその外観は板張りで、陽当たりの具合から外形はどうやら正八角柱。
最下部の横幅は目測でおよそ十五メートル。
それが上に向かって段々と細まって、最上部の幅は十メートルくらいだった。
各層を固定せず積み重ねていくだけの積木方式で建立されており、構造的に砂上の楼閣のように感じるが、六世紀を経る現在に至るまで一度も倒壊はないと聞く。
外壁の角の辺に縦列に並んでいる小さな突起は角灯のようで、頂部には木組みの柱に支えられた傘形の屋根があり、鐘が一つ、吊るされてあるのが見て取れた。
そのまま視線を空に転じて太陽を探すと、南西の高い位置にあった。
あと二時間足らずで南中に差しかかる。
たぶんその刻、あの鐘が鳴るだろう。
「どうだ? 思ったのと違ったか?」
御者台からサリアタ氏が、こちらへ笑顔を覗かせた。
おれは小走りに少し進んで氏の横にきた。
「先人の技術力に圧倒されます。素晴らしい。夜になったら、さぞかし綺麗でしょうね」
チャルの話しによると、時計塔が夜間照明で美しく演出されるのは、春と秋なのだと言う。
理由はその二季に見られる塔の影の角度が、町の北側に延びる時刻を示す五本の道と一致する時期で、夏場と冬場は正午を示す一本の短い影しか見られず、人出が少ないからだそうだ。
確かに、夏と冬に合わせて毎年、家並みをいちいち動かすわけにはいくまい。
もっともだと思った。
地上に落ちる影の挙動は、太陽を公転する惑星の位置によって変わる。
この星の自転軸が少し傾いているためで、それにより太陽のまわりを周る位置から太陽との距離に違いが生じ、その日照量の差で生じるのが、四季だ。
太陽にもっとも近づくのが夏至であり、もっとも離れるのが冬至だが、春分と秋分は、太陽に対して自転軸の傾きがどちらも平行となるので、地上に落ちる影の様子もほとんど同じである。
「なので、町の書き入れ時は、この通りには車は入れません。人が多くて危なっかしくて。東側にある駐車場まで、ぐるっと遠回りするしかないです」
「なるほど」
季節外れの訪問だったのは、少しばかり残念だが。
あの巨大な建造物の竣工時期は、七百年前の春先もしくは、秋口であったと推測される。
荷台の後部に腰をかけ、アラム少年と並んで二人で、町の喧騒を眺めながら、ふと思う。
われわれのこの星の環境は、天文学的に地球に近似する要素をそなえている。
恒星との距離、公転および自転周期、月と呼ばれる衛星、惑星の核が作り出す強力な磁場、充分な重力をもたらす質量などだが、それらはすべて、地球で生まれたご先祖が、新天地に求めた条件であった。
ただ、異なる点もあり、そのわかりやすい例の一つが、自転方向。
地球の自転は東回り、われわれのこの星は西回り。
そのため太陽は、西から昇って東へ沈むことになったが、言ってしまえばそれだけで、移住後の影響が微少であることからの妥協点であったと考えられる。
だが、記録によると、妥協できない大きな違いも、あったようだ。
春夏秋冬がなかったらしい。
季節の移ろいは、太陽を周回する公転面に対する惑星の自転軸の傾きによってもたらされるわけだが、発見当初この星の自転軸は、傾いていなかったという。
それでもご先祖は、この星を選択し、そして今日、この星の上には、地球と同様の四季が訪れる。
その理由について関連資料はなにも語らず、今なお詳らかになっていないのだが、識者のあいだでは古くから、メルスデュール地方に残る巨大隕石孔が自転軸の傾斜に関係しているのではないかと謂われており、非常に興味深いところであった。




