02
とんかんとんかん木槌の叩く音が、耳に入った。
すると背後で、チャルの掛け声が聞こえ、車がゆっくり右折した。
曲がり角に建つ小屋の壁に大きな看板が掛かっていて、矢印のまえに大きな字で『宿場』と書かれてある。
小屋の正面には屈強な男が睨みをきかせて立っており、おそらくは観光客の手荷物預かりであろう。
打突音の正体は、右折した先の通り端で荷車の修理をしていた車大工の槌音であった。
その荷車の輓獣と思われる四頭の兎馬が、駐車場の門下にて、退屈そうに屯していた。
何十台もの獣車が停車する広い駐車場の一隅で、われらが象擬たちは足を停めた。
全員が下車し、固まった身体をほぐす。
駐車場の北側は生鮮市場らしく、天幕の張られた屋根がたくさん横にひろがっていて、がやがやとした諸声の合間に売り子の甲高い呼び声が耳に届いた。
隣に停車していた荷車にも、出荷の野菜や果物が積まれてあった。
それらを二人の男が、難しい顔をしながら傍らの二輪牽引車の荷台へ移していく様子を、生産者らしい二人の男が、たびたびの質問に答えながら見守っていた。
難しい顔の男たちは宿場の役人で、彼らが行っているのは宿場が買い取る生産物の査定である。
われわれの社会の経済は自由取引が根幹となっているが、農畜水産物に限っては、事情が異なった。
それらの市価は、政庁が制御する。
食料の集荷と備蓄、生産者からの買い受けと市場への売り渡しを担う施設である宿場は、行政機関であり、その目的は世界各地の食料の生産と消費の情報を集積し、食料品の流通量を統括的に管理すること――引いては、飢餓によるわれわれの滅亡を遠ざけることにある。
よって農畜水産物を生産者が直接に販売する行為は禁じられており、代わりに宿場は、持ち込まれた生産物を必ず買い上げ、生産者の安定的な収入を保証していた。
その宿場機能が、設置されている人口密集地域が、宿場町と呼ばれるのだった。
「お疲れさん。町中とは反対に、宿場のほうはかなり混んどるようだな」
隣の作業を横目にしながらサリアタ氏が近づいた。
「荷がいっぱいで、倉庫への乗り入れができんらしい。チャルが今、どうするのか聞きに行った」
示した東の方向には三棟の大きな平屋が建っていて、人集りができていた。
「待たされそうですね」
応えると、帽子をなおしながら空を見あげた。
「ま、陽が下がりきる前に出れば、遅くはならんだろう。二頭の子らも休ませなきゃならんしな。チャルが戻ったら、早いが昼飯を食ってしまおう。ビルヴァのご婦人方が、わしらのぶんも作ってくれたそうだ」
言って御者台へやった目を、すぐにセナ魔法使いに向けた。
そうして暫し、見つめたあと、口をひらいた。
「ここから少しばかり東へ行ったところにな。古くに付き合いのあった神社があるんだ。長いこと足が遠のいておったが。無沙汰の詫びかたがた、あとでわしが、御祭神様に昇天を頼んでくるから。安心しなさい」
無言で見つめ返していた彼女がやがて、こくんと頷き、ほっとしたように吐息をついた。
するとアラム少年が不安げな顔を西の空へ向けた。
その表情を見て、氏が微笑んだ。
「血眼になってわしを捜しとるのう。先方さんはわしのちからも見失っとるが、大丈夫。森へは帰らんよ。さっき、メイバドルの衛者が監視に入った。凄腕揃いだから、逃げられん」
衛者。
集落に常駐し、霊的な禍を打ち払うちからに特化した、言わば戦闘専門の魔法使いの呼称だった。
「わしの用足しのあいだだけ、彼らに預かってもらう。こちらのお荷物を丸投げするわけにはいかんからの」
くすくす笑った。
「フロリダス殿。塩は、そこの市場で買えるよ。服や雑貨なんかは、たぶん市街区のほうだな。観光がてら、うろうろしてるうちに見つかるだろう。わしも、鍛冶屋に行かねばならんが、どうするか」
ちらりと、セナ魔法使いを見た。
「じゃがいもを売っ払って、金をもらってからのほうが、都合がいいんだがなあ」
どうやら。
追跡者の一件は、解決の見通しが立ったようだ。
おれの視線に気づいた彼女の目元に、やわらかな微笑が浮かんだ。
チャルが戻ってきたので、すでに食事中の象擬たちのそばに腰をおろし、弁当の重箱をひらいて昼食となった。
倉庫はどこも満杯らしく、のちほど査定の担当者が車のほうに来るとのことだった。
教えてもらった塩を扱う屋台が見つからず、市場のなかをしばらくうろうろしてしまった。
ようやく探し当て、無事に買い求めた。
大中小の大の袋詰めを買ったので、ものすごく重い。
里へ持ち帰るぶんだけ小分けにして、あとはビルヴァで使ってもらおうと思う。
車に戻るとサリアタ氏とセナ魔法使いがなにやら話し込んでいて、少し気になったが、アラム少年に袖を引かれるまま北側の市街区へと足を向けた。
美味しいお菓子を売る店は、お昼通りと呼ばれる、正午の道にあるらしい。




