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18話「影法師2」

 「今から作戦を伝える。その間も『影』の攻撃にも意識を向けておいてくれ」


 セフィアとホロウは頷いた。


 「まず『影』の能力者だが、ずっと姿を隠しているから俺達に姿を見せたくない、あるいは見せれないと考えていいだろう。だから、俺達はここのような開けた場所に行けば姿を見せることが出来ずにこうやって遠距離から攻撃を叩き込むしかない」


 ホロウは「確かに」と頷く。セフィアはかろうじて理解する。


 「だからと言ってずっとここに留まっていては俺が迎撃に失敗した瞬間終わってしまう。だから俺達は動き続ける必要がある。そして俺達が動けば『影』の能力者も動かざるを得ないし、その間姿を隠し続けられても結局俺達との距離は埋まらない。だから俺が迎撃し続けてホロウが体力を回復してくれれば、家までたどり着ける可能性はある」


 納得しかけた二人に、「ただし」と釘を打つ。


 「この理論が通用するのはあくまで『影』の能力者が俺達に姿を絶対見せないという条件付きだ。良く考えてみろ。なぜ『影』の能力者は俺達に姿を見せない? たとえ俺達に姿を見られてはいけない事情があったとしても、殺せば見られた事自体無かったことに出来る。なのにわざわざ俺と相性の悪い遠距離の攻撃しかしないででも姿を見せないのはなぜだ?」


 「なぜって言われても分からないよ」


 「うん、セフィアの頭はちんぷんかんぷん」


 「だろうな、でも俺はその姿を見せない理由こそが俺達を殺そうとしている理由に関わっていると思う。だから--」


 その次の一言は二人を震え上がらせた。


 「こっちから『影』の能力者に近づくぞ」


 その間に様子見のように2本の『影』が襲ってきたが、コツを掴んだ俺は容易とはいかないまでも十分に対処できた。





 荒野に近い平野。周囲にあるのは草原だけで身を隠す物は何もない。町とはおそらく300メートルは離れた。この距離で来る攻撃は十分対処可能な物である。


 町に隠れられては見つけようがない。仮に見つけても実際に能力を使うところを見なければ能力者だと分からない。


 だからおびき出す。見開けた場所から離れ、先の森林地帯に向かう。ここは行きも通った場所で、光が差し込まないほど木々が密集した地帯であることははっきり覚えている。


 つまりそこは潜む『影』が大量にあり、一歩間違えれば奇襲を受けて反応する間もなく即死だろう。


 勝利条件は森林地帯から『影』の能力者を見つけること。敗北条件は死ぬこと。また、「『影』の能力者は姿を見られてはいけない」と言う説の元立てられた条件だ。その前提条件が間違っていれば、勝利は叶わない。


 それでも、神経をすり減らして3キロ以上ある帰路を進むのは不可能に思えた。主に俺の体力が。だったら、今ここで決着をつけてやろう。


 「俺が合図したらいくぞ」


 3、2、1と呟き、0と叫ぶ。その瞬間俺達は迷いの森に誘(いざな)われるように駆け出した。


 森に入るまでの間攻撃は無かったのは、幸か不幸か分からない。なぜなら迎撃体勢が整えられないため攻撃が来たらとの焦りが杞憂に済んだ反面、『影』の能力者の位置を完全に見失ってしまったからだ。


 森に入った瞬間気温が下がったのが分かった。林冠が日陰を作り、日光を遮っているからだ。


 同時に、影が前面に広がっているという事実に恐怖を覚える。あの家のように『影』の塊で大地を操られては敵わない。『影』の能力者が森全体を動かせるほどの魔力でないことを祈るしかない。


 「げほっげほっ! --よし、皆大丈夫かっ!?」


 「ユルが一番大丈夫じゃ無さそうだよ」


 体力がないのはしょうがない。ホロウに回復してももらい、一先ず体勢を直す。


 「ここからは即断即決が大事だ。可能な範囲で俺が指示するが、状況に応じて俺の判断より個々の意志を優先してくれ」


 「分かった。といってもユルに判断出来ないことを僕に出来るとは思えないけどね」


 「セフィアもー」


 「御託はいい。いいか、後手に回っちゃ駄目だ。この森に『影』の能力者が入ったのが分かったら直ぐに行動を開始するぞ」


 「はーい」


 セフィアの強靭な神経は一度自分の頬を裂かれて尚平生を保つことを可能にしている。


 「でも、『影』の能力者がこの町に入ったかどうかなんて知りようが……」


 ホロウが途中で言葉を止めたのは、感じたからだ。清閑とした森のただでさえ冷えた空気が一層冷え、まるで空気の粒子が止まってしまったかのような悪寒に包まれた。


 最西端の場所ではその雑然さから意識できなかった能力者特有のオーラのようなものが、周りと切り離された森林の中で強さを増したのだ。


 「気配を追いかけるぞ!」


 俺がオーラの気配を頼りに森の中を駆け、二人がそれに付いて行く。これまた攻撃は飛んでこなかった。


 直ぐにオーラの元へたどり着いた。しかし、そこには誰もいなかった。


 「どう言う事だ?」


 「恐らく、能力か何かで気配だけをここに固定したんだろう。そこまでして俺達に姿を見られたくないか……。でも、全部を隠し切れたわけじゃ無いみたいだ」


 気配の元は森林の『影』から出ていることは直ぐに分かった。だから、そこから『影』の能力者の居場所を割り出せると踏んだ。


 「ホロウの能力の『回復』の範囲ってどれくらいだ?」


 「うーん、厳密には僕は『回復』じゃなくて『修理』なんだ。傷ついた器官や物体を元の状態に修理するのが僕の能力だ」


 「と言う事は、例えば切り傷を治した場合血は元に戻るのか?」


 「戻らないね。修理は体内の物質と僕の魔力で行われるから、体外に出た物質は戻らない」


 「なるほど、じゃあこの『影』の気配を修理してみてくれ」


 「何でまた--まあ、いいけど」


 言われたとおりホロウは『影』に魔法陣をあて、胞子を生み出す。すると『影』の気配は野球ボール程の塊となり、ふよふよと漂い始めた。


 「やっぱりな」


 「どういうこと?」


 セフィアが尋ねる。


 「『影』の能力者が攻撃以外にどういう能力を使えるかは不明だったけど、これではっきりした。『影』は能力者の体の一部だ」


 そして、と続ける代わりに宙を漂う『影』の塊を地面に叩き付けた。『影』の塊は髪の毛の玉を崩すようにふわりとばらばらになり、霧散した『影』が地面に吸収されていく。





 「危ないっ!」


 直後ホロウが俺を突き飛ばした。俺は前のめりになり、状況を理解した後で肝を冷やした。


 ホロウの肩には『影』が突き刺さっていた。


 そして、ホロウは『影』に引きずられ始めた。徐々に体が地面の『影』に推されていく。


 「おい、嘘だろ……」


 一瞬の狼狽が明暗を分ける。俺がはっとして手を伸ばすより先に、ホロウの体は『影』の中に吸い込まれ始めた。


 「ユル、僕のことを置いて逃げろ。今なら間に合う」


 「馬鹿野朗、そんなことできるか」


 頭の中ではホロウの言う通りにした方が全体の生存確率が上がる事は分かっている。しかし、そう行動出来る程倫理が退廃してなかった。


 「そうだよっ!」


 以外にも、この状況を救ったのはセフィアだった。ホロウの肩から『影』を抜き、地面から引っこ抜いた。火事場の馬鹿力と言う奴だろう。


 「家族みんなでお家に帰る。ユルもそう言ってた!」


 「セフィア……ありがとう、助かった。傷は自分で治療する」


 ホロウが初めてセフィアの名を呼んだ気がする。


 「いいよ。それよりユル、何が分かったの?」


 そうだ、俺は俺に出来ることをやる。


 「ああ、『影』が能力者の体の一部って事は、漂うオーラとは別に本体があるってことだ。いわばこの毛玉は俺達をおびき出すためのフェイクだ。でも、同時に弱点でもある。つまりは--」


 セフィアが首をかしげたのを確認してから、『縫い針(ニィーデル)』を練成する。


 「『影』の能力者は地面にいるっ!」


 『縫い針(ニィーデル)』を霧散した『影』に差し込む。傍から見れば地面に針を刺しただけだが、俺からすれば奴の体の一部を突き刺したような物だ。


 「ぐはぁっ!」


 地面から呻き声が聞こえた。予想はあっていた。


 「よし、もっと能力を叩き込むぞ。ホロウ、攻撃用の能力はないか?」


 「ないよ……」


 「そうか、じゃあ俺一人でやる」


 『縫い針(ニィーデル)』を2本練成し、互いを『縫い糸(ニィーガン)』の両端で結ぶ。さらに『縫い糸』の中央を手で持ち、振り下ろす。『縫い糸』の動きに呼応して『縫い針』は振り下ろされ、地面に突きつけられる。


 「ぐぼぁぁっ!」


 また地面から呻き声がする。あと少しだ。


 「ユル、何か残酷じゃない?」


 「馬鹿言えセフィア、俺達は命を狙われたんだぞ。これくらいじゃ足りないくらいだ。二人ともちょっと屈んでろ。--さあ、姿を現せ!」


 『縫い糸』を持ちながら一回転する。それに連動して『縫い針』は地面を抉りながら楕円状に一回転する。


 「ぐぁぁぁぁぁっ!!」


 「ふははははは、どうだ!」


 「ユル、怖い……」


 「同感だ」


 うめき声を上げる地面、地面に針を刺し続ける俺、それを唖然と見ているセフィアとホロウがそこにはあった。





 目の前の「目標」に気を取られ、最も大切なことを忘れていた。


 「きゃっ!?」


 「うっ!?」


 全員無事で家まで帰る。そのことにさえ気をつけていれば反応できないにしろ対策は出来た。


 それは一瞬だった。あまりにも早すぎて目で追えなかった。


 「どうした!? --うぐっ!」


 地面から『影』が湧き出し、俺の横を通過したと認識した頃には、セフィアとホロウの首には『影』が巻かれていた。


 どうしようかと考えても、積みとしか思えなかった。二人は殺され、俺も死ぬ。数多に広がる未来の分岐点はそれの一方通行に固定された。


 直ぐに『影』は俺の体に巻きついた。実際に体を拘束されているのではなく、ただ「恐怖」のみで縛り付けられた。体の芯まで怯えきってしまった。


 すると、地面から「何か」が現れた。それが『影』の能力者であるとは推察できたが、その姿は不可解だった。


 ボーリング玉くらいの大きさで、毛玉のような形をしていて、糸のような細い腿に豆粒ほどのちいさな足で地面に立っていた。デフォルメのような白黒の丸い目からはその造形から本来あるべき愛着は一切無く、ただただ不気味としか言いようが無い。


 呆気に取られている間にそれは俺の眼前まで近づいた。ああ、俺は殺されるんだ。ブルームの時以上にその凍てつく感覚は激しく、実体を伴って俺の心を刺した。


 しかし、結果は俺の予感とは違う物だった。


 「--これで十分なのか?」


 毛玉のような物体は壊れた機械のような高い声で何かに尋ねた。それは誰かは分からないが、今この場にいない物であるのは確かである。


 「--そうか、じゃあいいか。分かった」


 毛玉の物体は何かを了承し、間もなく俺達を解放した。悪寒がさっと引き、変わりに小鳥の囀りが耳を撫でた。


 直ぐにへたり込んで暫く何も喋れず、小鳥と木々の擦る音だけを感じ取り、5,6分たった後で陰鬱な影を浴びる木の枝に停まる烏のけたたましい鳴き声で我に返った。


 「あ……」


 振り返れば、辛うじて意識を留めた二人の姿がしっかりとあった。


 俺たちは生きていた。




 しかしあれだなぁ、俺は悪人共に人気だなぁ。


 

 


 「--着いたな」


 「うん」


 「ここがユルとセフィアの家か……」


 「ホロウ、お前の家でもあるぞ」


 家族が増える。その手段が外部的であるのはどうかと思うが、下した決断を間違ったとは思わない。


 総合で見れば俺達全員は生き延び、ホロウのお陰で事実上の無傷で家にたどり着くことが出来た。


 しかし、ホロウの回復の能力がなければセフィアの頬は裂け、ホロウの肩は貫かれたままだ。尚、ホロウの回復に費やした魔力は再び魔素が集まるまで回復することは無い。ある意味で魔力は体力より管理が大変だと言う。


 一時間の帰路は、果てしなく長くも思えたし、一瞬のようにも思えた。それだけ起きた事柄が事柄だった。本来なら気が狂ってもおかしくない。皆良く気を持ってくれた。


 「心配すんな、母さんらは事情を話せば分かってくれるさ」


 「うん……」


 流石に打ち付けが過ぎるのか、生活の支柱となる家を見たことで不安の波が押し寄せてきたようだ。


 無理もない。家族を失い、地獄で這い蹲って生き永らえて、今日で急に眼前に蜘蛛の糸が垂れてきたのだ。無心でそれを掬い上げるだけの精神を残しているはずもなく、同時に襲った蜘蛛の糸を切り裂く毛玉のような影が混ざり、不可解の塊で体を押しつぶされてしまっているのだろう。


 「よろしく。セフィアとも家族だよ!」


 「う、うん……」


 セフィアははにかんで笑う。最西端であった一連の事件を全て水に流すような、純粋に美しい笑顔だ。


 「セフィアは最近兄弟がユルだけじゃ不満だったから嬉しいなぁ」

 

 「いやどういう意味だよ」


 「そのままだよー」


 美しいとかそれ以前に殴っていいかなこいつ。


 「くっ、くく……」


 そんなやり取りを交わしていると、ホロウは腹を抱えて笑いを抑えていた。


 「いやごめん、面白かったからさ」


 「ったく、さっさと家入るぞ」


 多少事件はあったが、これで俺の身に起きたしがらみを全て解く事が出来る。


 勿論俺の今の状態を安泰と呼ぶには目を逸らしている事項が多すぎるが、少なくともブルームの件は母親のお陰で放置しても問題はないし、毛玉の件は意味不明過ぎて考える余地も無い。


 さて、これからどうしたものか。ルーンが俺に語りかけて以来、日常とはかけ離れた景色ばかりが色を残すが、それはもうルーンの血に塗れた運命が俺に伝播していると言っても過言ではなだろうか。


 とにかく、俺はこの町で家族と共に時を過ごしていく意志は変わらない。ルーンに何をそそのかされようともそれは絶対だ。

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