17話「影法師1」
「え……?」
セフィア、ホロウは理解が出来ず倒れたまま口を開けている。俺も全てを理解したわけではない。
今分かっていることは、『影』が俺達を襲ってきた。という事実だけである。
「とにかく走れっ!」
こんなに声を張り上げるのは初めてかもしれない。そうせざるを得ない状況が起きていること事態が恐怖でならない。
『影』は初撃を外した為様子を窺うことにしたのか、第二撃はやってこなかった。『影』は木の幹に絡みつくように止まっていた。
俺達は『影』と正反対に走る。何がなんだか分からないまま得体の知れない恐怖だけが募る。
「はあっ、はっ、何が起きたんだ……?」
急いでその場を離れ、この区域にしては人が多い場所までたどり着いた。走ったための息切れではなく、恐怖の混じった興奮による息切れであることは明白だ。
「ぜぇっ、俺にも分からない。はぁっ、でも、俺達は『影』に襲われたって事は確かだ」
「何なの、セフィア達がなんかやったの!?」
セフィアはこの中で一番体力があるが、それは子供の俺とホロウと比較してだ。決して常人並の体力は無い。
「一先ず呼吸を整えよう。幸いあの『影』はこっちまでは来てないみたいだからな」
『影』が能力であることは感覚で察した。しかし、襲われる理由は不明である。
思いつく事と言えばブルームとキサラギの組織だが、あいつらはあくまで俺を生かしておきたいはずだが、あの影は明らかな殺意を持っていたためそれはないだろう。
未だに憤慨しているブルームが俺を襲ったと考えられなくも無いが、キサラギが付いている限り無いに等しいだろう。となると、未知の人物からの攻撃と考えるのが自然だ。
いや、この際誰がなんてどうでもいい。問題は俺達3人が明らか命を狙われたことだ。
「どうしよう、取り合えず大人の人に言った方がいいんじゃない? なんかへんなのに襲われたって」
「いや、駄目だ。この町の人が味方の保障はどこにも無い」
セフィアの意見を却下すると、建物と建物の隙間から鋭い形で地面を這う『影』が見えた。
「やばい、また来た!」
ホロウが声を上げる。改めて『影』を見ると初撃を免れたのはまぐれで、俺の身体能力では到底避けられなさそうである。
息つく間もなく影が地面から這い上がり、30センチほど浮き上がった所で俺達に猛進してきた。
『縫い針!』
初撃の後からずっと忍ばせていた魔法陣を顕現させ、『影』に直径50センチの「縫い針」を投げて対抗する。
「え、何今の--きゃあっ!?」
針はカキンと弾かれる音を出し、頭蓋から軌道が反れた『影』はセフィアの頬を引き裂いた。
セフィアの頬は切り裂き跡から赤い泡がぷつぷつと湧き出た後、ぶしゃっと血を噴き出した。
「セフィア!」
やばい、セフィアは能力者ではない。出血が止まることは無い。止血するような道具もこの寂れた区域には無い。
「任せて」
ホロウがすかさず掌ほどの魔法陣を生み出し、セフィアの傷口にあてがう。そういえばホロウこそ俺が探していた治癒の能力者だったと思い返される。
緑の胞子のような光が舞い、流血が収まった。セフィアは不思議そうに血の止まった傷口をなぞる。
「おお、一度見たことがあったけど本当に傷を治すんだな」
「そっちこそ、能力者だったんだね。隠してたつもりはないかもしれないけど、中々の威力じゃないか」
「ちょ、ちょっと! 何これ!?」
俺とホロウは互いを認め合う一方で、攻撃を受けた当事者のセフィアは目の前の俺達に畏怖していた。
「ああ、セフィアは能力を見るの初めてか。大丈夫、案外怖くない物だから--って来るか!?」
第三撃が反対側の瓦礫の下から顔を覗かせている。
先ほどのように『縫い針』だけでは軌道を少しずらすのが関の山だし、それも成功するとは限らない。俺の能力では『影』に向かえ打つことは出来ない。
「なら!」
『縫い糸』で側にあった民家の使われていないポストを抜き、大回りに振ることで遠心力を付けて『影』に叩きつける。
『影』は斜め上に軌道を逸らし、俺の額を掠めた。逃げ切れなかった髪の毛が少し舞った。
「このままじゃジリ貧だ。どこか攻撃のこない場所を見つけるぞ」
「あ、待ってユル」
セフィアが俺の足を止める。
「何だこの非常時に……」
「後でちゃんと説明してよ?」
思わずセフィアを振り返ると、迷い子のような無知故の不安に駆られた目の中で、一縷の希望に縋るように俺の手を取っていた。
「--悪かった、約束する」
「二人とも、初めから影の中にいれば攻撃はこないんじゃないか?」
ホロウが先ほどポストを投げた民家を指差す。寂れて見るに耐えない物だが、この状況下では核シェルターと変わりは無い。
ホロウに返答するより先に体を動かし、民家に転がり込んだ。鍵は初めからかかっておらず、それでも中には人がいた。
「あ、なんだてめえら」
その男は不衛生に髭を伸ばし、何も無い広間の中で酒瓶だけが散らかっていた。
「ちょっと入らせろ」
「はぁ、何で手前ら餓鬼に俺様の家に入れなきゃいけねーんだ」
「いいから、『縫い糸』」
「むがっ!?」
聞き分けが無さそうだったので『縫い糸』で家主の口と体を縛ることにした。まあ後で誰かが見つけてくれるだろう。
「攻撃は止んだな。家の中に入って正解だったようだ」
ホロウが安堵する。しかし、周囲を包囲されているような不安は拭えない。
「それでユル、そもそもの話しだけどどうしてホロウを探してたの?」
今ここで一切をセフィアに打ち明けなければこじれてしまう気がした。
俺がホロウを探していた理由は母親を治すためだと伝える。それはホロウからしても驚愕の事実であるのは間違いないが、出会って間もないからこそ伝わりやすい事実はある。
「--そうだったんだ。ユルは最初から、へぇ」
セフィアは納得半分、不服半分と言ったところである。ずっと家族として過ごしてきたのに、ずっと隠し事をされていたのだから心中穏やかではいられないだろう。
「無理に納得してくれ、とは言わない。でも、余計な心配を掛けたくなかった。これは本心だ」
「うーん、セフィアむずかしいことは分かんないけど、ユルはセフィアのことを思ってくれてたんだね」
「ああ、そうだ」
じゃあよかった、とセフィアは微笑んだ。得体の知れない恐怖と身近に存在した事実に板挟みになるセフィアだが、その間で確かな自我を保っているのは敬服に値する。
「兄弟喧嘩はもういいか? とにかく、現状を整理しよう。あのいきなり現れた『影』は君達にも心当たりはないんだね?」
ホロウは何もない民家からペンと紙になるものを見つけ、俺達3人の円の真ん中に置いた。
「ああ」
「となると、『影』は僕達を知っているけど、僕達は相手を知らない状況ってことだね」
ペンで紙に『影』と「僕ら」の文字を書き、丸で囲む。
「いや、『影』も俺達を知らない可能性もある。でも、無差別攻撃と判断するにはあまりにも対象が特定されすぎているから、『影』は俺達を知る知らないに関わらず、俺達を狙っていることは確かだ。大方、能力者を狙った殺人鬼の類だろう」
「なるほど」
紙に『影』から「僕ら」に矢印を書き、そこに「攻撃」を書いた。
「何言ってるかわからないよー」
俺とホロウの談義の横でセフィアは頭をパンクさせている。まあしょうがない。
しかし、ホロウがここまで知己に富んでいるとは意外だった。最初会った雰囲気からただの子供でないことは薄々分かっていたが、ここまで頭が回るとは思わなかった。ホロウもまた「知識人」足り得るのだろう。俺とは違って、天然のエリートだ。後は環境が推してくれればそれでいい。
「セフィアは今は何もしなくて良い。とにかく俺達に付いていてくれ」
セフィアは不満そうな顔だが、致し方ない。この状況でセフィア個人の判断に任せる事は非常に危うい。
「--続けるよ。初めて『影』を確認したのはこの区域の最西端、言えばシザス町の最西端だ」
「つまりは、シザス町外の人物の可能性があるって事か」
「うん、でもその場合僕達が能力者であることを知られた原因は不明だけど」
「ああ、俺もホロウも能力者であると知っているのは極々一部だろうし、俺に至っては昨日まで家族しか知っていなかった」
まあ今日知ったのも家族だけどな、と付け加えると、ホロウは顔を赤らめた。「家族」という言葉に心動く物があるのだろう。
「ごほん。まあ、僕の方は子供伝いに大人に伝えられ、それが何かのきっかけで悪い人の身に知れた可能性もある」
「でも、たとえ能力者を狩るような人がいたとして、こんなへんぴな町の子供一人のためにわざわざ来るのか? 小さな町とは言え人口は9万人はいるらしいし、普通に探しあてるのは困難だろ」
「でも実際こうして見つかって君らと僕は襲われているじゃないか」
「だよなぁ、となると、外部の線は逆に薄いかもな」
ホロウは『影』に「町の人」と書いた。
「あ、今の状況とは関係ないけど君って呼ぶの止めてくれないか?」
「え?」
「これから家族になんだ。普通に名前で呼べ」
ホロウは赤面し暫く黙った後決心を決めたように頷いた。
「……うん。分かったよユル。それで、『影』の奴をどうする? 僕の能力は回復しか出来ないし、言ってしまえばあれだけどユルの能力じゃあの『影』には勝てない」
「色々考えたが、一つだけ策がある。『影』を振り切って家に帰る方法だ」
「どんなの」
俺が考えた策は、俺だけの力では達成し得ない。ホロウだけじゃなく、セフィアまで命を張らなければならないため、できればやりたくない。
「ねぇ」
セフィアが俺の裾を引く。
「何だ、今重要な話をしているんだ」
何も出来ないのは仕方ないにしろ、セフィアにかまけている余裕はない。何とか『影』からの攻撃を振り切り、一刻も早くカナンの元へ行かなければ。
「そうじゃなくて、えと、何か揺れてない?」
セフィアの言うとおり家は微少に揺れていた。一瞬それは大した問題ではないと思ったが、網目状の可能性の分岐路から起こり得る一つの結論に辿り着いた瞬間武者震いした。刹那、その憶測の思考を行動に移した。
「二人共、この家を出るぞ!」
理由も伝えず、突発的な行動だったが、俺の緊迫感が伝わったのかセフィアとホロウは直ぐ俺に従ってくれた。
ドアから出る時間も惜しいので、ガラスの張ってない幕式の窓から飛び出した。俺、ホロウ、セフィアの順番で家から出た。
その数秒後、家があった部分の『影』が盛り上がり、地面を隆起させて家を下から押し潰した。
さっき縛った家の主が偲ばれたが、それより俺達に降りかかる命の危機の方が大きかった。
「くそ、家じゃ駄目か!?」
「走るぞ!」
表に出て、周囲の人々は怪奇そうに盛り上がった地面とそれに潰された家を眺めている。その視線の隙間を縫うようにこの区域から脱出した。幸い、家を潰された後は影の姿は無かった。
草が短く生えるだけの草原地帯に出た。黄緑の髪のいくらかは禿げ、茶色の頭皮を露出している。
「はぁ、はぁっ、どうする? 今はまだ『影』は見当たらないけど、こんな何も無いところじゃ身を守れないぞ」
ホロウは俺よりは体力があるが、所詮子供の体力だ。全力で走った後の体力はほとんど残っていない。
「ぜぇ、はぁっ、いや、これでいいっ。能力には、攻撃範囲があるっ。だからっ、『影』のっ、はぁっ、能力者はっ、姿を見せなきゃ、俺達を攻撃できないっ」
「ユル、大丈夫?」
セフィアは全然息を切らしていない。そもそも俺とホロウの全力はセフィアの全力より遅い。
「じっとしてて、『回復の息』」
ホロウが俺の肺に魔法陣をあて、胞子の光が舞ったと思えば急に肺の苦しみから解放された。
「助かった。ホロウの能力は回復に関しては万能だな」
これなら母親もきっと治せる。そう確信した。
「でも魔力だって無限じゃない。体力を回復させた分魔力を失ってるからね」
「そうか、たかが体力切れでなんだか勿体無いな」
「いや、体力がなければ能力は有効に使えない。それに、家族なら当然の事さ」
ホロウは照れくさそうに頭を掻いた。
「ユル! あれ!」
セフィアが指差した方向には、町から続く糸のように細くなった『影』が伸びていた。
「大丈夫、あれは能力の発生源から遠く離れている。威力は高くない」
「でも、鋭いよ!?」
「問題ない」
俺の能力は力強いのには弱いが、隙間を縫うような細かいのには強い。
見切り発車のように飛び出してきた『影』は、厚さ3ミリもないほど細い。今までの10センチを越える太い影と比べて、破壊力は落ちた分捕らえ辛さや速度が上がったように感じられたが、俺にとっては俺と似ているだけに対処しやすい。勿論、それでも非常に難解であることは言うまでもない。
『撚り糸!』
鋭く風を切る『影』の進路に、撚りを掛けた糸を横になびかせる。撚り糸と『影』は垂直に交差し、一点で交わるには高度な立体認識と数学的計算を要した。
目測で『影』の加速度と重心を把握し、それを垂直にある一点で交わる物体(ここの場合練り糸)が必要なベクトル、エネルギーを瞬時に脳内で計算し、一寸の狂いない魔力制御で練り糸を横に振った。
「おりゃぁぁぁぁぁっ!」
計算どおり見事に練り糸は鋭い『影』に絡みつき、俺達の進路と永久に交わらない角度へ飛んでいった。
一度コツを掴んでしまえば、不確定要素の高く威力をぶつけるだけの『縫い針』より安全かつ確実に『影』をいなせるだろう。ただし、先ほどのような細い『影』限定だが。
「ナイスだユル!」
「すごーい!」
歓喜に溢れる二人だが、まだ脅威は残っている。『影』本体と戦う必要はないが、逃げ続けられる訳もない。
「二人とも聞いてくれ。『影』の能力者はさっきの攻撃からまだ集落にいると考えていいだろう。そこからの攻撃なら対処できる。それで、さっき言いそびれた策を今から実行する。それはとても危険だし、失敗すれば即『影』の餌食になるだろう。それでも、全員が『影』の攻撃から逃れるにはこれしかない。それでいいなら、どうか聞いて欲しい」
「セフィアは頭悪いから、ユルの考えたことならなんでもいいよ」
セフィアは微笑む。俺を信頼してくれている。
「僕も従おう。訳も分からず殺されるくらいなら、危険でも生き延びてやるさ」
家族だからね、と加える。ホロウも信頼してくれたようだ。
さあ、やるしかない。
投稿遅れて申し訳ありませんm(_ _"m)
今年中に1章の半分までは投稿したいと思います。
(完結するのはいつだとか考えてはいけません)




