16話「捜索4」
西の最果てへたどり着くのに1時間を要した。途中休憩を挟みながら傾斜を下り、野を超え、川を渡った。
それだけで数話にわたるドラマがあったが、割愛しておこう。
ただ言えることは、その間もセフィアははしゃいでいて、俺は陰鬱になっただけだと言う事だ。
それでも、名義上の「冒険」に心躍らされる物はあった。初めて見る自然の風景や、町の景観。住み慣れた中心部と比べるといくらかみずぼらしかったが、それでも新鮮さに心惹かれた。
この捜索を楽しいと思っている自分がいることに驚きもしたが、妙な納得もあった。この感覚は大切にしたいと思った。
「ユル、おうちが見えてきたよ」
セフィアが指差した方向にはぽつぽつと、質素と言うよりは貧相な家が点在している。ここはシザス町の中でも幾らか貧しい場所のようだ。
木々に周りを囲まれ、自立的に動かなければ外部からの情報がとどか無そうな地だ。
「でもこんなところにユルの探してる人はいるのかなー?」
セフィアはあまり期待していなさそうだ。実際俺もいない確率の方が高いと思っている。
勿論ここにはあてずっぽうで来た訳ではない。
お母さんネットワークが通じないとなれば、逆にそれの存在しない、あるいは届かない場所にいる可能性が高い。だから、中央と流通の乏しいここシザス町最西端にいる可能性がある。
しかし、あくまで「可能性がある」止まりで、前述したようにいない可能性の方が高い。
「来たからには探すしかないだろ。はぐれないように手、繋ぐぞ」
「うん」
セフィアの手を握り、捜索を開始する。
この区域が貧していることはボロの見える家や、舗装されていないあぜ道、すれ違う人々の服装で容易に想像が付く。
ちなみに、シザズ町最西端とは言ったが、その西には違う町があるわけではない。どの区域とも設定されていない未開発の野道が広がるばかりだ。まだ未開発の地が残っているのは王朝の力が及んでいないとも言えるが、逆を言えばいつでも王朝に攻め立てられてもおかしくないということだ。
尚、野道をずっと行けばセビアドという町に出る。俺はこの町を離れたことが無いので両親の会話からの推測に過ぎないが、ここよりは発展していると思う。
30分が経つ。あらかた探し終え、見つからない。「やはりか」と思う平常の心と、「残念」と一縷の希望が届かない落胆する心が混じる。
家にいる物はほとんど家にいて、そうでないものは道の脇を死んだように転がっていた。中には本当に死んでいるかも知れない者もいたが、セフィアにはうまく誤魔化した。
「やっぱりいないね。ユル、探しに来た場所が悪かったんじゃない? なんか臭いし」
その匂いは腐乱臭ではないだろうか。汗腺が湿る。
「いや、むしろここしか探せる場所が無かった。--まあ、いない以上どうしようもない」
「何だ、ユルのくせにあきらめちゃうの?」
セフィアは俺の顔を覗きこむ。今俺はどんな顔をしているだろうか。
「俺のくせにってなんだ。とにかく、あっちを探したら終わりにするぞ」
「はーい」
割れた窓の家を曲がり、このはずれの町のはずれと呼べる場所に着く。ここまで来ると宝くじを大量に買って何かいいのが出るだろうと悠長に構えていたら中々あたらず、ついに残り数枚となってしまったような状況だ。
--分かりづらいか。
10連分の石を溜めて、7連くらいまで高レアリティが一体も出ていない焦燥だ。
そこには、俺と同じくらいの身長の子供が一人だけぽつんといた。その少年は網を持って、木に止まっているクワガタに全神経を集中させていて、俺たちには気づかない。
「ありゃ、一人だけか。ユルの話だと5人くらいの集団だよね?」
俺が頷くと、セフィアは残念そうに唇を噛んだ。
「でも一応聞いてみるだけ聞いてみよ? もしかしたら子供同士何か知っているかもしれないし」
セフィアが後ろから近づき、無作法に声を掛ける。
「ねえ」
「わっ!?」
クワガタしか見えていなかった少年は意識外からの感覚に慌てふためく。
クワガタは少年が音を立てたことで活力のある翅を広げ、生い茂る林冠に吸い込まれていった。
「何するんだっ! って、誰?」
少年は初めて見るセフィアに狼狽する。それもそうだ。いきなり見ず知らずの人間に話しかけられたのだから。
でも、この時期の子供達って割とすぐ仲良くなれるものなんだよな。特にセフィアみたいなタイプは誰とでも打ちつけてしまう。ある意味では才能である。俺は持っていない。
「ごめんごめん、君はここの人だよね、ちょっと聞きたいことがあってさ」
少年は何か思うのかセフィアを一瞥する。穴の開いた長袖の麻布は北風の残る3月上旬では見ているこっちが肌寒い。一方セフィアは小さなコートを羽織り、防寒は完璧だ。
「よそ者に話すことはないよ」
少年はきっぱりと言い放った。セフィアからそっぽを向き、新たな虫を探す。視線を落として木の根で眠る昆虫を探す。
「えー何で、いいじゃん」
セフィアはそんなことお構いなしに少年の肩を揺さぶる。少年はいやな顔をしてその手を払おうとする。
すると、セフィアの手がつくる前向きの運動エネルギーで少年に仕事がはたらき、足がもつれ、前に倒れそうになる。
「あぶないっ!」
セフィアは先天的な反射神経で転びそうな少年の手を掴み、運動を止める。
体勢として二足を地に着け片手を差し出すセフィアと、片足が浮き上がり、後ろに伸びた片手と片足だけでバランスをとっている少年。両者にかかる仕事は絶妙なところでつり合い、結果一本背負いした後のような体勢になった。
「大丈夫? ごめんね、怪我はない?」
「あ、うん」
申し訳無さそうに謝るセフィアを少年は数秒間無言で見つめ、暫くして脳が思考を再開したのか一言発した。
そして、俺と目が合う。正確には、俺が少年の目を見た。
「もー、ユルも突っ立ってないで何とかしてよ!」
「ユル……?」
「あ、こっちの名前。セフィアはセフィア!」
「あの時の……」
思い出した。
この少年が例の治癒の能力者だ。
「僕はホロウ・ガリウスだ」
「ホロウか。改めて言うが、俺はユル。ユル・メディアだ」
ホロウは以前あったときと比べ、痩せているように見える。それが栄養失調の類であることはすぐに分かった。
それより変わっていたのは目だ。以前は良くも悪くも普通な子供の印象だったが、今は違う。ブルームの目に似ていた。
「そうか。で、何でこんなところに来たんだ? やっぱり君も僕と同じになったのか?」
ホロウの言っている意味が分からなかった。
「どういう意味だ?」
「ああ、分かりづらいか。じゃあこう聞こう。君も親を持っていかれたのか?」
体が固まった。その意味を噛み砕くべく英才な頭を回転させる。
シザス町の状態、異変、この区域の寂れ具合。答えは--。
「逆に聞くが、ホロウの親は?」
「ああ、連れてかれたよ。戦争にさ」
肌寒い風が木々の隙間を通って俺の頬を冷やした。
「え? どゆこと?」
セフィアは一段階理解に遅れる。
「セフィアもこの町に男達が少ないことは分かっていただろ? なら当然父親のいない家族が出てくる」
セフィアは目を開閉する。
「そう、僕の父さんは能力者であることを隠していたけど、つい2ヶ月前、王国騎士団が進入してきて父さんを無理やり徴兵していった。元から母さんはもういなかったから、僕は一人取り残された。それでも、色々一人で生きる術を探して、ここにたどり着いた」
ホロウは神妙な顔つきだ。推定俺と同い年なのに、経験した人生の質が違っていた。
俺がカナンに守られ自らの哲学をぬくぬくと育てている間に、ホロウは生き延びるために修羅の如き画策をしていたのだ。
「ここはシザス町最西端『あぶれ者』の町。戦争によって家族を失い、ひとりで生活できなくなった人達が集まる町さ」
まさしく「被害者」であるホロウの口から語られる悲痛な思いは、槍のように尖って俺の心を滅多刺しにする。
「そっちの状況は分かった。でも、俺は親がいなくなったわけでも金が無いわけでもない」
「じゃあ何でこんな所に来たんだよ。家は強盗を恐れて誰もすまないで、着る服は風邪で運ばれてくる布切れを縫って、食べる物は自分でまかなうしかないこんな腐った所にさ」
その威嚇的な声にいくらか思うところがあった。
「さあ、経験したことも無いからな」
「そっか、ユル--君はただ遊びで迷い込んだだけか。君のような立派な服装の人達には僕のようなクワガタを食べて生きるような人間の気持ちなんか分からないだろうね!」
心臓を押さえつけられた。先ほどセフィアの介入で失敗したクワガタの捕獲は、遊戯ではなく生存のための自然競争だったのだ。
確かに、俺はその立場に陥ることはなく、のうのうと生きてきた。もっと正確に言えばそうではない部分もあるが所詮無意識の内だ。ルーンに起きた事柄は今の俺にはさして影響がない。
それでも、理解しなければならない。俺のような人間がいる一方で、ホロウのような人間がいることを。
「それは分かっている。俺が恵まれていて、ホロウ--君が過酷な状況にいることも。その上でいくつか頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「俺はずっとお前を探していた」
事情を話す。母親のことを話すためにセフィアを遠ざけた。セフィアだけが知らない事情とは随分怪奇な物となってしまったが、致し方ない。
「それは、僕が能力者であることを君の家族に伝えてあるってことだよな?」
ホロウは乗り気ではない。それもそのはず、ホロウがここにいるのは父親が能力者だと知れたからだ。ホロウも能力者だと周知されれば、父親と同じ道を辿ると考えるのは必然だ。
「ああ、でも能力者に理解のある人にだけだ。その人から情報が流出することはないと誓おう」
思えば、ホロウは俺や子供にはその能力をばらしていた。確かに能力者である実害は実際に体験しなければ分からなかったが、その力の脅威は子供ながらに分かるものがあっただろう。ホロウが子供にしか自分の能力を伝えなかったのも無意識の危惧する心の表れだろう。
「うーん、別に僕は君を信用している訳じゃない。確かに君には能力のことを教えたけど、あれは不可抗力だったし、能力者であることの恐ろしさを知らなかった」
「そういえば、あの時いっしょにいた子供達は?」
「さあ、僕一人いなくてもどっかで遊んでるでしょ」
シザス公園では全員の姿が見えなかったが、どういうことだろうか。しかし今はそんなことを気にする暇はない。早いとこ説得しなければ。
「まあいい。それでさっきの話だが、ただ一方的に母親を助けてもらって終わりじゃ俺の気がすまない。母を治した暁にはお前を俺達の家で保護してやるよ」
「保障できるか?」
ホロウの目の色が変わった。
「ああ、俺の家は人の一人や二人増えても問題ない程度には裕福だ。それに、母親の一人はホロウと同じ能力者で、しかも特級だ。能力に関しての心配はいらない」
ホロウが求めているのは安泰。それは供給できる。母親のためならばその後の不都合は目を瞑る。
「母親の一人?」
「ああ、それは複雑な事情がだな……」
ホロウは暫く黙り込み、やがて首を縦に振った。
「分かった。僕に出来る範囲であることを願うよ」
良かった。この場で少年ホロウに会えたのは僥倖と言う他なかったが、結果として母親の治療の約束を取り付けられた。
「早速だが俺たちの家へ帰ろう。勿論ホロウの家にもなる。それでいいか?」
「うん。僕としても願ったり叶ったりだよ」
カナンと母親には了承を得てないが、良いと言うに決まっている。だって誘拐犯すら話し合いで折り合いをつけてしまうのだから。
しかし、ホロウは随分と冷静だな。俺とほぼ同い年で、過酷な状況に身をおかれたとは言え、そんなに落ち着いて行動、判断ができるのは凄い。
「それじゃあ早速帰るか。セフィアを呼んでくる」
席をはずさせたセフィアを呼びつけ、3人固まる。
「セフィア、ホロウはこれから俺達の家族になる」
セフィアは数秒固まった後、目を開いて飛び上がる。
「何それ! すごーい! よろしくね!」
ホロウの手を両手で捕まえ、乱暴に振る。ホロウは狼狽こそしているが悪い気分ではないようだ。
何はともあれ、これで一連の事件はいよいよ収拾を迎える。後はボンドラの親父にホロウ発見の報告をする必要があるくらいか。折角探してくれたゼト店員には悪いが、先に見つけた以上致し方ない。
これだけ上手くいったと安堵する一方で、ふとルーンの言葉が脳の底から掬い出された。
《このまま時の流れに甘んじていたら良くないことが起きるぜ。勘だけどな》
《まあ兄弟が俺の言葉を真に受けるなら、もう一日だけでも捜索してみていいんじゃねぇのか? それで何も無ければ俺の予感は杞憂だ。それは断言できる》
俺は時の流れに甘んじず、一日だけの気持ちで捜索を続け、能動的にホロウを探し出した。
それで、何もなければいいのだ。
何も無ければ。
「ねえユル、あれは何?」
セフィアがある事象を初めて見る時に尋ねる言い草で俺の後ろを指差す。
「え?」
俺とホロウはその指の方を向く。そこには先ほどホロウがクワガタを捕まえようとしていた木と、その奥に巨大な「影」があった。緑の地面を黒く染め、木の幹にまで侵食する「影」が、俺達を補足するようにうねうねと動いていた。
直感で理解した。能力回路が神経を逆立たせて警鐘を鳴らしている。
これはやばい。
反射的にセフィアとホロウの方を押さえ、力任せに押し倒す。
それと屈んだ俺の頭上を「影」が投げナイフのように風を切ったのはほぼ同時だった。
助かった気持ち半分、絶望と混乱のハイブリットが半分だった。
投稿遅れてすみません<(_ _)>
諸事情で2週間くらい執筆出来なかったので書き溜めが無いに等しいので、話が一区切りついたら暫く更新停滞するかもしれませんm( __ __ )m




