15話「捜索3」
「--はい」
搾り出すように出した声はアクセントを踏み外し、ひどくお粗末な物だった。
「坊やが気になってちょっと追いかけてみたけどさ、坊やお嬢ちゃんとはぐれちゃったんか?」
ややふくよか体ながら気は強そうで、「主婦」の気質が伝わる風貌をしている。
俺は無言で頷くと、その女性は俺を抱き上げた。
「どこの子か知らないけど、何か大変な事があったんだろうね。いいよ、私だって一児の母だ。私の胸の中で泣いたって良いよ」
生憎、悲しいから泣くような感情は持ち合わせてない。ましてや、見ず知らずの他人の中で。
ただ、空しかった。
自分自身に絶望した俺を母親がなだめ、ブルームとの戦いではカナンに助けられ、ボンドラの親父とゼト店員に心の平穏を保てる最低ラインの保険を貰い、あげく林ではセフィアにすら助けられた。
能力を持って、ルーンの補助もあって、それでいて俺は無力だった。輝かしい景色はあっても、景色に映る俺自身はどこにも無かった。
言われた通り名前も知らない、初めて会ったばかりの人の中で泣いた。
悲しいを超え、哀しかった。心が痛み、むせび泣きたくなった。本性を露見させて尚、つっかえがあった。気を張らなければならないと言う、無意識の焦燥があった。母親の現状を知って哀しみ、それでいて何も出来ない自分に憤り、空しさを覚え、虚しくなった。心の空間に穴が開いて、そこが窪んでしまっていた。
数分ほど、涙と鼻水で頬を濡らした。張っていた気丈をボロボロと崩すように、溜まった老廃物を捨てるように。
「よしよし、坊やは良く頑張ってるよ。あの妹っぽい子と残されてしまったんだろ? 大丈夫。坊やは一人ぼっちじゃない。この町が付いてるさ」
この女性は俺の何を知っている訳ではないが、俺を受け入れてくれた。
ようやく落ち着きを取り戻す。
「えと、ありがとうございました。あの、あなたを心優しい貴婦人だと知ってお願いがあります。俺の妹を一緒に探してくれませんか?」
たどたどしい俺にその主婦は声を上げて答えた。
「いいぜ坊や。セフィア、出てきなー!!」
「はーい!」
近くの家の柱の近くからセフィアがにゅっと出てきた。
--は?
「いやー、変装しているとは言え5年も一緒に過ごしているアタシの事が分かんないなんてまだまだだね」
その主婦はバリバリと音を立てて自分の顔を引き裂き、その奥から良く見知った銀の髪、赤の瞳、耳に銀のピアスを付けた女性が現れた。
その名はカナン・スウィフト。セフィアの母親にして、俺の母親。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
本性を隠していた頃でも出したことのない絶望の叫びを上げた。そして地面に倒れた。
ああ、空が青い。俺はちっぽけだ。
「だーかーら、悪かったって言ってんじゃないか。まさかあんなに泣き出すなんてさ」
カナンは口を押さえ今にも噴き出しそうに誠意を微塵も感じられない謝罪を繰り返す。
「そーそー、ユルのお顔がブシャーってなって、ぐにゃぐにゃになってー」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわっ、さっきまで泣いてたユルが今度は怒ってる!?」
もう、死にたい。
家族に感情の全てを見られるほど恥ずかしい事はあるだろうか。いや、ない。--と言いたいところだが、ベッドの下の薄い本とかなら匹敵するかもしれない。
「カナンは俺を焚きつけていたのは初めからこれが狙いだったのかよ」
そのための地図とコンパで、俺ならこの地域に行くと核心を持っていたのか。と尋ねるとカナンはその推測に感心した様子で嗤った。
ああ、今ならブルームとの戦いより強い魔力を扱えそうだ。魔法陣の細部までイメージできる。
「ユルが本心を出した後もどこか違和感があってね、性格とは別にまだ隠してる事があるんじゃないかって。サラにユルが今やってることを伏せて相談してみたら直ぐにこうすればいいって意地悪に言われたよ」
「俺が捜索しようとしている所を先回りして、そこの住民になりきることをか?」
「いや、それを考えたのはアタシ。サラはユルの本心を聞くには他人の目線で話を聞く必要があるってさ」
カナンは笑顔でそう言う。絶対笑顔で人を殺した事があるだろ。
「ちなみにー、セフィアはユルがあちこち聞きまわってるときにお母さんに捕まっちゃった」」
セフィアはてへ、と唇を出すオプションがつきそうな顔だ。
「糞が……」
「でもさ、楽になったろ?」
「へ?」
風が民家を吹き抜け、砂が舞う。
「隠してるとか隠してないとかじゃなくて、溜め込んでたんだろ? 本性を出してから、ずっと。それこそ『自分の思う理想のユル』にさ。馬っ鹿らしいね。ユルが作ったユルのイメージなんて一部分でしかなくて、本当の本当はバレバレなもんなのさ」
「はぁ……」
「アタシとサラにも分かってんだ。部分的には|アタシら(親)より深い関係の|セフィア(妹)にも分かるに決まってんだろ」
『セフィアが言いたいのはユルが最近何か焦ってるってこと』
セフィアの言葉が海馬から引きずり出される。まるでその言葉を体中に這わせて、永遠に忘れないようにしろと塗りたくられているみたいだ。
「全く、手の込んだことしやがる」
地面にへたり込み、呆れた声しか出ないが、それでも心に響くものがあった。
「ま、そういうこった。それで、お目当ての人物は見つけられたのかい?」
首を横に振る。カナンはその結果を分かっていたように微笑んだ。
「それじゃあ今日に限ってアタシも探してやるよ」
カナンは周囲を見渡し、人通りの少ない場所を探す。言うまでもなく俺達は目立っていたので、体を隠す場所が必要のようだ。
ぐにゃぐにゃな民家の割れ目をかいくぐり、路地裏のような暗く閉鎖感のある場所まで移動する。
カナンもここには来たことがないらしく、手探りの捜索となってしまったため、時間が掛かるのだろう。そろそろ足の痛みがやばい。セフィアも流石につらそうだ。
「さて、ここでいいか」
路地裏に決めたらしいカナンはおもむろに魔法陣を顕現させる。俺がブルームと戦った日から目にすることの多くなったそれは、いつみても理解不能な原理である。少なくとも物理や数学で表せる代物ではない。
魔法陣が光ったかと思うと、魔法陣から粒が波状にが広がり、あっという間に住宅地に広まった。
「何だこれは?」
「艦船の探知機を応用した奴さ。でも本来の使い方はだだっ広い大海原から敵艦船を見つける奴だから、こんな使い方しても精度は低いけどね」
応用力の高さも能力の強さと結びつく部分はあるだろう。簡易的な医療品といい、隙がない。
「うーん、半径3キロに能力者の気配はないね。」
「3キロって……初めからそれ使えばシザス町全体探せんじゃねぇか」
「何言ってんのさ、そんなあちこち探してられないし、アタシが家を空けて何かあったらどうするんだい。それに、調整を間違えればここら一帯吹き飛んじゃうし」
カナンは少しむっとして答える。母親がいる、とはとても言える雰囲気でない。また、最後の一文は聞かなかったことにしよう。
「兎に角、ここに例の少年はいない。今日の捜索は終了! いい?」
「いや、まだ時間は--」
「終わりったら終わり! ほら、帰るよ! セフィアも!」
「はーい」
カナンに無理やり引っ張られ、周りの視線をはばからずに引きずられた。こういうところでセフィアとカナンは似ているなあ。
実際セフィアと俺、特に俺は凄く疲弊していたため、早めに捜索を切り上げて良かったのかも知れない。
「お帰りなさい」
「「「ただいま」」」
家に帰ってきた俺達3人を母親は笑顔で迎える。ただいまより先にお帰りを行ってしまうくらいには俺達の帰還を喜んでいた。
「ねぇねぇサラお母さん! ユルがね--」
セフィアは噛り付くように母親に詰め寄り、あることないこと語り聞かせる。あることはともかくないことは止めて欲しい。いや、あることも止めて欲しいけど。
暫く時間が経った後、自然と俺とカナンの二人きりの状況になった。
カナンは予め言う言葉が決まっていたように、一息付いてためらいなく話し始める。手には家に沢山ある人形の内の一つがある。俺が作った拙いのとは違う、細部まで丁寧に刺繍された職人の作品だ。
「でさぁユル、これからも捜索を続けるのか? この調子でやったって一週間で見つけられるとは思わないだろ」
確かにこのままでは例の少年を見つけられるとは思えない。それは前から重々承知していたことで、事実身を持って感じた。
しかし、問題の本質ではそこではない。
「見つけられる、見つけられないじゃないんだ」
「ほう」
カナンは余裕を持って人形をいじくる。愛嬌のあるそれは、場違いな和やかさを生む。
「俺は探し続けなければならない。それが俺個人の問題に家族を巻き込んだ罰であって、償いでもある。だから……
最後まで言い切る前にカナンにデコをピンされる。
「っつ--何すんだ」
「馬鹿が。なんでこう、うじうじと過ぎたことを蒸し返したがるのかねぇ。確かにサラは耳に能力を負って、今も影響しているけど、それをユルが責め続ける理由なんかないさ。だって--」
唇を噛み、人形を揉む。人形はカナンの細い指に押された部分がしなやかにへこみ、圧力に反比例するように周囲が軽く盛り上がる。
「家族ってのは、迷惑を掛け合う物だろ?」
人形のボタンが指に弾かれ、パチッと軽い音を立てた。
「そうか、そうかもな」
打ちひしがれたようにうなだれ、自己完結に近い納得をする。
散々心配されてきた俺の動揺ははなっから見当違いであったのだろうか。少なくとも俺の努力は俺の自己満足であったのだろう。心理は自分にあると信じて疑わず、実際正しさを真実に至らせたのはカナンだ。
結局、「納得」することが大切なのだ。自らの行動を是とするだけの大義名分と、それを遂行する行動力。俺はその両方を持ち合わせていたが、方向性を見誤ってしまっていたのだ。
要は、俺は間違っていたわけだ。
「とにかく、もういいだろ。サラはボンドラのとこのバイトの知り合いが何とかしてくれるんだから、ユルはサラといてやりな」
カナンが握り拳のまま親指をさした先には、母親がいた。
「ユル、私のために頑張ってくれてありがとう。でも、やっぱり無茶なことをしていたのね」
「いや、無茶なことは……」
「無茶なのよ。だから、今日は休みましょ」
その言葉にまくし立てられるように、あっという間に一日が過ぎていった。
探さなくて良い。そう思うことで一日の流れる時間が加速したように思われた。
《ギャハハハ! 中々苦戦してるようだな兄弟!》
床に臥すと、当然のようにルーンが語りかけてきた。夢を見ている浮遊感の中で、ルーンの存在だけが確かな実体を持っているように感じる。
(苦戦してるって言ってもほとんどメドは立っただろ)
《兄弟は今のままでいいのか?》
(そりゃあ少しでも自分の力で母親を助けたいけど、思ったより俺は無力ってことが分かっただけだったよ)
《そうか、確かに兄弟は無力だったな》
自分で言ったことだったが、改めて他人に言われるとむかつく。
ルーンは《でもな》と付け加える。
《このまま時の流れに甘んじていたら良くないことが起きるぜ。勘だけどな》
(どういう意味だ?)
ルーンの意味ありげなその言葉には、生前培われてきた経験から来る先見眼によるものだと推測できた。
《いや、信じなくていいことだ。俺は適当だからな》
(自分で言うか)
ルーンはたとえ適当であっても、嘘を言うような人物でないことは分かっている。だからルーンの感じた胸のざわつきは紛れもない事実だ。胸はないけど。
《まあ兄弟が俺の言葉を真に受けるなら、もう一日だけでも捜索してみていいんじゃねぇのか? それで何も無ければ俺の予感は杞憂だ。それは断言できる》
出所の分からない根拠だが、納得させるだけの意志があった。
(まあ、それくらいならいいけどさ)
《よし、それでいい。もっと俺に景色を見せてくれよ。兄弟》
ルーンは笑った気がする。これを姿が見えないだけの普通の対話と考えれば、ルーンは存外畏怖されるような人物ではないのかもしれない。
白い世界から目を閉じた際に見える幾何学模様に移り変わったかと思えば、意識は脳の底に落ちた。
セフィアの誕生日は明後日だ。
翌朝、カナンに今日で最後を条件に捜索の許可を貰った。サラはあまり快くなさそうな表情だったが、これも全て母親のためだ。
実際の所、ルーンに頼まれたからと言ってしまえばそれまでである。しかし、ずっと強情を貫いてきた俺はそう簡単に考えを変えられず、未だに大義名分が必要だった。
もう気負わず、迷惑をかけて生きていこう。そう思うことが、苦痛だった。
セフィアも捜索に加わりたいと申し出たので、少し迷ったが許可した。昨日と同じ装備を携え、両親に迎えられて家を後にした。
「それでユル、今日はどこに行くの?」
セフィアは捜索を冒険ととらえ、楽しそうにしている。今日で最後だと伝えると残念そうにしていたが、よくもまあこんな重労働を楽しめるものだ。
「そうだな、じゃあ西に行こうか。結構町のはずれの部分だけど案外人は住んでいるみたいだ」
地図を広げ、西の最果てを指差す。これが最後だから、という意味も込めて遠地にした。
これが最後の捜索で、最後の冒険になる。
結構更新が空いてしまいました……。
週二回は更新できるよう心がけます┗(`・ω・´)┛




