14話「捜索2」
さっと昼食を食べ終え、一端部屋に戻る。立て掛けておいたユンナが俺を出迎えてくれたように鎮座している。
午後は長丁場になる。簡単に手荷物を整え、外出の用意を済ませる。
「ユル、どこに行くの?」
セフィアが無粋に部屋に入る。
セフィアが捜索に加わる理由はない。これは俺一人の問題で、セフィアには関係ない。それに、セフィアは能力について知らない。実際あの少年と遭遇しても説得の材料にはならないだろう。
「ちょっとな。セフィアは家で遊んでな」
「何それ、答えになってない。セフィアも連れてってよ」
セフィアはいかにも不機嫌そうだ。母親の言うとおり俺と遊べていないからだろう。
「セフィアには関係ない事だ。一緒に行っても何も出来ない」
「だから何それ? 薄々思ってたけど最近のユルおかしいよ。特に昨日の、セフィアがお母さんと行ったお店に迎えに来たときから」
あの時ではいつも通りと言っていたが、やはり微細な違和感があったのだろう。パズルのピースが揃うように違和感の塊が合体して大きくなり、弾け飛んでユル・メディアの概念を外に放出した。
「それは以前の俺と比べてか?」
「え?」
最近の俺が通常の俺だ。おかしい俺がいつもの俺だ。
ここは一端セフィアを突き放し、俺、ユル・メディアと言う存在の認識を再構築しなければならない気がする。
「今までの俺は繕った俺だ。皆に気に入られるための、恐れられないための紛い物だった。セフィアと過ごしてきた時間は全て、紛い物の俺との時間だ」
セフィアは訳が分からなそうにぽかんとしている。構わず続ける。
「俺はもう繕う必要が無くなった。これからは違和感だらけのおかしい俺が普通の俺で、今までの普通な俺がおかしくなる。--セフィア、俺はもう戻れない。一緒に人形遊びをすることは出来ない」
氷塊のような言葉を投げつけると、セフィアは氷付けにされたように固まった。
これでいい。最悪セフィアと口を利けなくなってもいい。そのせいで家では気まずくなるかもしれないが、居心地悪いのは元からだ。むしろこれからの方が過ごしやすい。なにせ、何も隠す必要がないのだから。
このまま外へ出ようにも、固まったセフィアが扉を塞いでしまっている。
どかそうとセフィアの腕を引っ張ろうとした。
その時。
「違うよ!」
「っつ!」
逆にセフィアに腕を引っ張られ、体勢を崩してその場に崩れる。尻を打ち、反射的に声を漏らす。
「何すんだ!」
「勝手に勘違いしないでよ! ユルがおかしいとは言ったけど、前と違うからおかしいなんて言ってない!」
「へ?」
扉を塞ぐセフィアは反対側の窓の弱い逆光によって照らされ、薄暗い部屋を照らすランプのように輝いている。
「セフィアが言いたいのはユルが最近何か焦ってるってこと。今日だって起きるのが早いし、セフィアを置いてずっと外に出てるし……」
焦ってる。
その言葉を何度も咀嚼する。
思えばカナンにそれらしい事は言われていた。しかし、それは母親に掛かる能力を治すためで、カナンはともかく何も知らないセフィアに言われる筋合いは--
「ユルは自分が大人だって思ってない? セフィアは確かにユルと違って難しい本とか読めないけど、だからって何も考えてない訳じゃないよ。セフィアにだって、今何かやばいことが起きてるって分かってるもん!」
頭が痛い。確かに優越感は感じていた。そして、それを是とするだけの根拠も持っていた。俺は既に数学、物理、地学、化学の基礎分野を網羅した。推測だがこの領域に達するのは普通の人は少なくとも10年は先だろう。
セフィアも俺の頭脳に気づいていない訳がない。
自分と同い年の、兄弟同然の家族に抱く感情は尊敬だろうか、嫉妬だろうか。幸い運動は全く出来ないので今はバランスを保っている。しかし、その均衡はいつ崩れてもおかしくない。
俺は今まで自分の目線で生きてきた。それは当然の事ではあるが、それではいけない気がする。ルーンが今までの自分と別に俺に景色を望むように、セフィアの目線に立たなければならないのかもしれない。
そう考えれば、セフィアは俺の本質などとっくに見抜いていた。それこそ5歳とは思えないほど冷静に。そしてそれは、残酷な優劣を生んだ。
だからこそ一緒にいたがるのかもしれない。優劣の中で少しでも劣を見つけるため……? いや、優を自分の中に取り込み、昇華させるためだ。
幸いだったのは、両親が俺達子供を比べたりしない、平等の愛を持っていたことだろう。お陰でセフィアの劣等感は個性と得意不得意の範疇に収まった。
俺は勉強が得意で、セフィアは運動が得意。実際はセフィアは並より上なだけで、俺は既に他とかけ離れた差を持っているのだが、それはセフィアにとっては微細な事だ。
結局は、セフィアも一人の人間なのだ。俺と同じく飯を食べ、人形ごっこをして、庭を走り回って笑い、夜には寝る。
俺が自分の正体に思いつめて悩んでいるのならば、セフィアも俺との差に悩んでいたのだ。
「悪かった。最近と、今まで」
ゆっくりと立ち上がり、セフィアに謝罪した。
「ん、私の方がお姉さんなんだから、許してあげる」
セフィアはあどけなく笑う。無垢な瞳が細まり、上がった口角から未熟なえくぼが顔を出す。
母親だけでなくセフィアをも悲しませようとするなんて俺は間違っていたのだろうか。結局はセフィアの行動力と意思で自助出来た訳だが。
しかし、セフィアの意思と捜索は別問題だ。セフィアに能力の事を話す必要はない。
「ユル、お母さん達とユルに何があったの? ユルは頭がいいからなんでもわかるけど、セフィアはわからないことはわからない。だから、わかりそうなことだけ話して」
わりと無茶な注文だが、セフィア本人が望むのなら問題あるまい。セフィアを信じよう。
どこまで話すか悩んだが、全ての点に能力者が絡み付いてくる。それは複雑に絡み合って組まれた蜘蛛の巣のようで、それだけを切り捨てることは出来ない。
結果、この家に能力者が来て家族を襲ったこと、俺が能力に目覚めたこと、カナンが特級能力者だと言う事を話した。
それだけの情報があれば昨日家にあった血とカルディ関連の事象が理解できる。事実、丁寧な説明でセフィアは何とか昨日の詳細を理解できた。5歳とは言え、飲み込みと理解力はかなりいい。恐らく、文系分野なら俺に将来逼迫出来るのではないだろうか。
伏せた情報はルーンの存在と、俺の誘拐理由、ブルームの御子様の話、母親が受けた永続の能力だ。今話しても混乱するだけだろう。
「そんなことが……なんかセフィアだけのけものみたい」
「非能力者は能力者に太刀打ちできないし、能力者同士でも実力に差はある。むしろ関わらなくて幸運だったよ」
「うーん、何かだまされてるような……まあいいや、よくわかった。ユルはやっぱり凄いんだね」
その声色は普段よりも少しだけ暗く感じた。
「いや、俺は卑怯者だ。一人じゃ何もかも出来ない無力な人間だ」
「一人?」
「あ、いや、何でもない」
セフィアは俺がまだ隠していることがあると察していそうだ。何度も思うが、俺にルーンがいなかったら確実に俺の方があらゆる面で下だっただろう。
「まあいいや、それよりユルが今日の午前中ずっとお外に出てたのはどうして? まだ何かあるの?」
それを聞かれると答えに詰まってしまう。母親のことを出さずに説明する方法は無いのか--。
まてよ、説明しなければいいんだ。能力者のことは説明してしまった訳だから、能力者を探している理由を偽れればいい。
「人を探している。能力者の、俺とほぼ同じ歳の奴だ」
「えー、どんな人? 友達? このいつも一人なユルに!?」
胸がチクリと痛--くない。いや本当に。
「うるせぇ。それは見つけた後で教えてやる。兎に角、俺はまたそいつを探しに行く」
「だーかーらー、セフィアもつれてってよ!」
「いや、それは--」
ふと考えてみる。例の少年は能力者であり、母親を治すことが出来る人物。いつかの遭遇から能力を使うことに抵抗する様子はなく、精々「大人には内緒」と言うくらいだった。ならば、「子供」であるセフィアがいても問題にはならず、暗黙の了解の範囲に収まるのではないか?
尤も母親を治す方法を探る過程でカナンはその少年が能力者であることを知ってしまった。というか俺が言った。
誰か個人の秘密は信頼できる人に打ち明ければ、その人から「内緒なんだけど」の口伝えで波のように周囲に広がり、いつしか全員が「内緒」を共有している由々しき事態になる。一人一人は一人から聞き、一人に伝えただけのつもりだが、ねずみ算式に拡散し、「秘密」は「周知の公的情報」になる。
そうならないために、秘密を伝えない、聞かない、持ち込まないの秘密三原則が大切になる。俺は既に伝えないの項を破ったが、それは秘密を守ることより優先すべき物があるからで、秘密の共有が問題解決の糸口になるならば進んで秘密の一つや二つばらす。俺はそういう男だ。
「よし、しゅっぱーつ!」
セフィアは赤を基調とした黒と白のラインの入った服に、それに母親が刺繍したポケットの中におやつを入れ、高らかに腕を上げた。おやつは以前カナンと母親が作った手作りクッキーで、これまた手作りのそれをいれる専用の缶の中に甘い匂いのクッキーが入っている。
俺はカナンに貰ったシザス町の地図とコンパスをナップザックの中に入れ、少なくとも子供に渡すべきでない高価そうな銀の腕時計を付け、その他色々遠出に必要な物を体の不担にならない程度の量詰めた。
「いってらっしゃい」
母親は椅子に座ったまま微笑んで手を振り、俺達を見送る。
事前に「探検をしている」と建前を作っておき、その上でセフィアと共に行くことで自然と母親の懸念は消えたようだ。
母親は一緒に付いて行きはしない。放任主義のカナンとは違って側で育てる派だったはずだが、カナンが何か告げ口したのだろう。
「夕飯までには帰ってきなよ」
「ああ」
唯一全てを知っているカナンは玄関から半分だけ顔を出して俺達を見送った。
一歩外に出れば、風を感じる。新芽を出す緑の挨拶を通り過ぎる。
「で、どこにいくの?」
どこにいこうか、シザス公園付近はいないと見て間違いないだろう。ボンドラの親父、ゼト店員の元を訪れても昨日の今日ならぬ午前の午後で進展があるわけない。
となれば、人口密集地を虱潰しに探して行くしかない。土地は広くても、人が住む分布はそこまで多くない。孤独が好きな旅人じゃあるまいし、幾つかの家の塊の中にいる可能性は高い。
「そうだな、今日は南に行こう」
「みなみ?」
セフィアは首をかしげる。そりゃそうだ。普通に生きてきたら5歳に東西南北が分かるわけがない。
「いや、いい。地図によると南には林が広がり、3キロ先に住宅地があるらしい。取り合えずそこを探してみよう」
「--んん? はーい」
俺はコンパスを見つめ、セフィアは目を点にして頷く。
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薄暗い林を踏破するのは想像以上につらかった。元から運動が得意でない事に加え、午前の疲労があった。まだ住宅地に着いてすらいないのに、我ながらなさけない。
「ユルってほんとに体力ないねー、お勉強だけできてもダメだってお母さんも言ってたよー」
「ぜぇっ、はぁっ、うるっ、せえっ!アイツは色々規格外なんだよ!」
カナンは聡明なのは勿論のこと、身体能力も高い。それはもう、船という船を乗りこなせるくらいには。
あんな化け物の血を受け継いだセフィアは一体どんな化け物となるのか、と一瞬考えたが脳筋になる未来しか見えなかった。
「ねぇ、お家が見えてきたよ!
セフィアに引きずられるように木々を分けて存在する人口の道を進み、レンガで葺いた民家がぐちゃぐちゃに並んでいた。ある程度の規則性はあるが、綺麗な並びとは言えなかった。
「よし、取り合えず聞き込みだ。ママさんネットワークの力を見せて貰おうじゃないか」
体を立ち上がらせ、母親のために奮起する。
生活レベルはシザス公園付近ほど良くはないが、絶望的な訳でもない、ごく一般的な住宅街だった。強いて言うなら、戦争のせいか男が少ない。
「すみません、僕と同じくらいの子供で、いつも5人くらいでいる人達を知りませんか?」
久しぶりの敬語に顔を引きつらせながら、持てる限り全力の愛嬌を乗せて大人に尋ねる。
「知らないねぇ」
「うーん、それだけじゃあ分からないなぁ」
「お嬢ちゃん、お母さんは? はぐれたの?」
「見ない顔だけど、どこから来たの?」
「可愛い坊やだねぇ、ちょっとおじさんといいことしない?」
駄目だ。俺の持っている情報が曖昧すぎるのと、子供二人では何かと訝しがられてしまう。ちなみに最後の奴は黄金の珠を蹴ると腹から崩れ悶えていた。
これでは聞き込みは効果が薄いと考え、子供のたまり場などに直接出向いて探す方がいいだろう。
「セフィア、ここから移動して子供の多い場所を探すぞ。--セフィア?」
ふと振り返るとセフィアがいない。いつからか喧しい声が聞こえなくなったと思ったら、忽然と姿を消していた。
まさか迷子に--そう気づいた瞬間体の節々から冷や汗が滲み出し、べっとりとした気味悪い感触が全身を嘗め回す感覚に襲われた。
「くそっ、連れてくるんじゃなかった……」
進んできた紆余曲折な住宅街から踵を返し、来た道、来てない道、セフィアの足から推測される見失った経過時間からの行動範囲、あらゆる場所を探してみるが、見つからない。
ふと思う。確実に一つの区域の狭い範囲にいる事実上の兄弟のセフィアすら見つけられないのに、シザス町全体の、それも確実にいるかどうか分からない、顔も分からない子供一人を見つけることなど出来るのだろうか。
母親を救うことだけに囚われすぎて、もっと本質の、可能不可能の領域を推し量ることすらできていなかったのではないか。
そんな徒労の果ての虚無感に苛まれ、ふと空を見上げた。
青く美しい空はどこまでも広がり、狭いシザス町だけでなく大陸全土、世界全てを等しく包んでいる。
どれだけ聡明でも、どれだけ英才でも、世界からすれば俺はちっぽけなのかもしれない。
気がついたら立っていられなかった。しゃがみ込み、あれこれと考えるが、打開策は何も浮かばない。
腕時計は2時。思案は行き詰まり、何も出来ないまま、時間だけが平等に進んでいく。思考を止めるのは許してくれても時間を止めるのは許してくれない。
「ちょっとそこの坊や」
ちょうどその時だった。聞き込みをした人物の一人が声を掛けてきた。
後に俺はこの体験から思った。
世界からすれば確かに俺はちっぽけだが、そのちっぽけな者同士で世界は繋がっている。少なくとも、ちっぽけな町を一つに繋げるくらいには。
--と思えば少しはあの絶望が和らぐと。




