13話「捜索」
「うーん、公園で遊んでる子供ねぇ……流石に分からないな」
駄目か。元々薄い期待だったからしょうがないと言えばしょうがないが、それでも落胆は免れない。
「そうか、ありがとう。邪魔したな、ボンドラの親父」
「おい待てよ、折角来たんだから一杯飲んでいけよ」
その誘い方は完全に酒飲みのそれだが、出されるのはジュースだ。
あのジュースの香り、色、味を思い出す。一度飲んだら止みつきになる、魅惑のジュースだ。思い出すだけで喉が鳴る。
しかし、何度も飲むものではないと反省したばかりだ。丁重に断っておこう。
「悪いが遠慮しておく。今日は急いでいるんだ」
「なんだなんだ、急に公園の子供がどうとか尋ねてきた事と言い、昨日カナンの奴がセフィア嬢ちゃんを預けに来たこともそうだし、家で何かあったのか?」
ボンドラは信用出来そうな奴ではあるが、サラの話を出すには家で起きた事件を説明しなければならなくなる。それは俺が望まない。
「何でもない、気にしないでくれ」
「まあ坊主に聞いてもしょうがねぇか。今度カナンに聞くとするよ」
カナンなら上手く誤魔化せるだろう。ボンドラに「じゃあ、また今度家族で訪れるよ」と告げてここを後にしようとしたその時。
「あの、俺たぶん分かりますよ」
「え?」
そう言ったのはあの不幸な新人店員であった。
「ゼト、お前が何でまた」
ボンドラも驚く。どういうことだ。
「店長は知っているでしょうけどほら、僕この町に来て日が浅いじゃないすか。だから少しでも早くこの町に慣れようと周囲をいつも観察しているんで、もしかしたらわかるんじゃないかなーっと」
だからと言って人間一人一人分かる物だろうかと思ったが、この際細かいことは関係ない。僥倖、闇夜に提灯、勿怪(もののけ)の幸い。
「それで、どんな子かな、名前とか分かるか?」
新人店員改めゼト店員は俺に子供用の態度で尋ねる。それが当然だが、本人からしても子供らしくない俺の接し方はいささか不明瞭だろう。
「名前は分からない。年齢は俺と同じくらいで、特徴らしいものは覚えていない。と言っても説明しづらいだけで、顔を見れば分かると思う」
「うーん、それじゃあいまいち掴みようがないなぁ」
ゼト店員は困ってしまっている。仕方が無い、俺だってあまり覚えていない。
特長らしい特徴と言えば、能力を使えることだが、それを言ってもその少年が能力を使えるか知らないだろうし、言ってしまっては交わした約束を破ってしまう。それに、本当に外見的特長はない。
「そもそも、その少年との関わりは?」
「何ヶ月か前公園で遊んだだけだ」
あまりにもきっぱりと言い放った俺にゼト店員は直立立ちで瞬きを繰り返したが、やがて記憶を探るようにこめかみに指を当て、回し始めた。
「その時他に人は?」
「俺と同い年くらいの奴で、男3人、女2人だったと思う」
「うーん、確かそんな集団がいたような……」
なんと言う記憶力だろう。モブだと思っててゴメン。あの地味な顔が優しい好青年に思えてきた。
「うん、思い出した。確かにいた。一週間に3,4回来てたなぁ。今は姿を見ないから、どこか別の場所で遊んでいるじゃないかなぁ」
なんと、まさかの手がかりなしか。一切れの繊維質がぷつりと途切れ、ついに糸は切り離された。
「あ、大丈夫。頑張れば見つけ出すことは出来るよ」
「え?」
切れた糸は地面に落ちる前に静電気で袖に引っ付いた。
「俺の知り合いにちょっと人探しが得意な人がいてね。それだけの情報があれば見つけてくれると思うよ」
人脈って凄い。袖に付いた糸を手渡してくれた。
でも待てよ、この店員シザス町に来て日が浅いって言ってなかったか。まあこの際細かい事はいいか。
「それはありがたいけど、どれくらいかかる?」
「うーん、その人に連絡して探させて結果をもらうまで--ざっと一週間はかかるんじゃないかな?」
一週間。
長いとは言えないが短いとも言えない。その間母親はずっと苦しめられることになる。渡された糸は風で宙に飛んでいってしまった。走って糸を追いかければ間に合うが、手を伸ばしただけでは届かない。
「もっと短く出来ないか?」
「流石に厳しいかなぁ。後、年上には敬語使おうか」
尤もな事を言われた。しかしルーンの分を合わせればこっちが年上だ。--と言うのは流石に苦しいか。
「分かっt--分かりました。でもその間も俺は探し続けるから、そっちが見つける前に俺が見つけるかもしれないけど、徒労になるかもしれないことを踏まえてくr--ください」
駄目だ。敬語とか無理だ。ルーンの育ちが良く分かる。
いや違う。これは俺がそうなのであって、ルーンとは関係ない。
「まあその位は良いよ。こっちも善意でやってることだしね」
「それにしてもゼト、お前そんな知り合いいたのか」
ボンドラがぶっこんで来た。話が一段落着いたところで会話に加わる様は領分を得ているようで好感触だ。
「ええ、ちょっと前の町に」
「俺ゼトの昔の話聞いてないからなー、その内一緒に飲み明かそうぜ」
「喜んで」
「ボンドラの親父ー、駄弁ってないでコーヒー一杯くれよー」
そういや長い間喋りこんでしまったな。ボンドラは「あいよー」と掛け声を発してコーヒーを煎り始める。
これから昼時にかけてこの店は忙しさを増していくだろう。このまま俺がここに居座るのは野暮と言うものだ。
「それじゃあ俺は少年を探しに行く。見つけたらこっちから行くから、そっちも見つけたら報告してくれ」
そうゼト店員に告げ、俺はカルディを後にした。
見つける手段が見つかったとは言え、それに甘んじる訳にも行かない。俺なりに探してみせる。
公園に戻る。ほんの少しだけ期待したが、案の定少年達はいない。ゼト店員も最近は来ていないと言っていたので、シザス公園にいる確立は限りなく低いだろう。
時刻を確認する。8時半。探すには十分な時間だ。
しかし、俺の力でどこまで探せるか。あてもなく探し続けるだけでは幾ら人口の少なめなシザス町でも見つけることは不可能だ。
もっと広範囲で探さなければ。
ふと、公園に佇んでいる俺を訝しがっている大人の目線に気づく。いや、さっきから気づいてはいるたが意に介していなかった。
世間は案外狭い。奥さんネットワークなら分かることがあるのではないのか。聞くだけ聞いてみよう。
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奥様方の第一声は「サラさんはどうしたの? はぐれたの?」だった。
元から訝しがられているわけだから、その反応は当然だ。
俺の住んでいる屋敷はそれなりに有名で、そこに住んでいる我ら家族も有名なのだろう。奥さん達は俺に声を掛けるべきかどうかずっと迷っていて、途中カルディに入ったから声を掛けるのを躊躇したと言う。
おつかいみたいな物だと言って納得はさせた。
そして、本題に入る。
「数人組の子供達? そうね、最近見てないわねぇ……」
駄目なのか、母親同士の繋がりの一つや二つはないのか。
それもおかしな話だ。当然あの少年にも親はいて、その親が他の親と全くのコミュニケーションがないなんて信じられない。
「あの子らの親とか知らないのか?」
「そうねぇ、見たことないかしら」
妙だな。となるとあの少年だけでなく、一緒にいた子供達全ての親がいないことになる。
「そうか、ありがとう」
「ちょっと待って、折角だからこれ持って行きなさい」
礼を言って去ろうとすると、親切好きな主婦の一人からイチゴを渡された。
「いや、これ--」
「家に帰ってお母さんに渡して食べてね」
「あ、ああ……」
いや、今渡されても困るんだが。
結局断りきることも出来ず、シザス町特製イツゴをかごごと譲り受けた。果実の甘い匂いと、仄かなすっぱさがかごから漏れていた。
駄目だ、あてが無さ過ぎる。このまま探し続けても徒労に終わるだろう。
取り合えず分かったことは、あの少年は親がおらず、一ヶ月前まで公園でいくつらかの子供達と遊んでいたが、急に姿を見せなくなったらしい。
子供らが一斉にいなくなったのは遊び場を変えたのだと類推できる。しかし、親が見ていないのはどういうことだろうか。
時計を見る。時刻は11時。有に2時間半は散策していた事になる。
仕方なく、胸に渦巻く言いようのない不安を抱え込んで家へ踵を返した。
「お帰り、ちゃんと昼前に帰ってきたじゃないか」
カナンだけが俺の帰りを迎えた。
「子供じゃないんだから馬鹿にするなよ。あと、これ。公園の人から貰った」
イツゴを渡すと、カナンは安心したように笑う。
「そうかい、後で感謝にいかないとな。--それで、見つけたのか?」
「いや、駄目だった」
首を横に振ると、カナンは少しだけ残念そうに「そうか」と一言呟いた。
「午後も探すのかい?」
「ああ」
頷くとカナンは少し困ったように眉を下げる。
「言っては何だけど、どこにいるか分からない子供の行方を捜すなんて無理じゃないかい?」
「いや、それは--」
ゼト店員の話をした。カナンはあまり気が乗らなそうに耳を傾けていた。
「確かにアタシもあの店員が最近入ったのは知っていたけど、そんな奇妙なコネを持っていたとはね……一体どこの町の生まれなのかしら」
「何にせよその店員だけに頼る訳にはいかない。午後は公園と逆の方向を探してみる」
「いやさ、そんなに急がなくてもいいんじゃないかい?」
「え?」
それは母親を見捨てろと言うことか? 視界のカナンが陰鬱な森を覆う霧のように揺らぐ。
「何を言ってるんだ? そんなこと出来る訳ないだろ」
「だから、そんなに急いでも何も出来ないだろ。その、何だっけ。確かゼト--? 店員が探してくれんだろう? だったらユルは待っていればいいじゃないか」
「だから何言ってんだ。それでも時間は掛かる。だったら一秒でも早く探し当てた方がいいだろ」
するとカナンは溜息を付いて、ゆっくりと口を開いた。
「ユル、シザス町の人口は何人だ?」
「え? さぁ……」
「12万人。戦争に駆り出ているのを除けば、およそ9万人さ」
カナンは俺が知らないのを知っていたのか、即答した。
「さらにシザス公園辺りの商店街付近はシザス町全体の0.5割を占める。そして、人口は全体の3割を占める。その少年はそこいなかったんだろ?」
俺は何も返せずただ頷くと、カナンはぐいっと俺の顔を引き寄せた。
「無理だ。今もこの町にいるのか分からない人一人を残り9,5の町の7割を一人で探し切れるのか?」
出来る--と言えない。どうやったって不可能だ。
むしろ、ゼトの知り合いはどうやって探すのだろうか。
--刹那、脳裏に浮かんだ。
物理法則の限界を超え、不可能を可能にする力、器官。能力回路。
能力者。
一般人とは一線を画す、おとぎ話のような力。
それとゼト店員は繋がっているのであろうか、目を閉じるとブルームの尖った顔が俺を俯瞰していた。
「なあカナン、急に話しかえるけど、能力者ってどれくらいいる?」
「本当に急だな、まあいいか。教えてやる。能力者といっても4級から特級までいるけど、大体人数比は決まっている。4級で全人口の1割、3級は4級の5割、2級は1級の3割、1級は2級の1割、準特級は1級の5分(5%)、特級は準特級の1部(1%)だ」
急な数字の羅網に困惑する俺にカナンは目を細め、付け足す。
「要は、能力を持っているのは人口の1割、国から公認能力者となれる一級以上は1500人に一人、そして準最高ランクの特急は、750万人に一人だ。勿論、統計の話で多少の誤差はあるけどさ」
「750万って……じゃあ、カナンは」
そう尋ねると、カナンは白い歯と赤の瞳を輝かせて笑む。
「そう、あたしこそがシザス町唯一にして最強の能力者、『特急:航海師』のカナン・スウィフトさ!」
自慢げに語られるそれは、実際見たことのある大砲を携えた鉄の塊を想起することで説得力を増す。
人対人のレベルを超えた、自然にすら逆らう、圧倒的な力を感じた。兵器と言うには軽くて、道具と言うには手に余る物だったことをはっきりと覚えている。
「--ってつい乗っちゃったけど、なんでそんなこと聞いたんだい?」
「え、それはその、知りたいと思ったから」
「そりゃそうでしょうけど、タイミングってのがあるでしょ。--まあ、深くは聞かないわ。何考えてるのか知らないけど、あまり無茶はして欲しくないわ。ユルが傷つくのは誰だって見たくないんだから」
ひどく慈愛の篭った、優しい声だ。本当にカナンには感謝してもし切れない。
「悪い。でも、捜索は続けさせてくれ。それが俺の母さんへのけじめみたいなもんだ」
「分かった、止めはしないわ。でも、何か危ないと思ったら絶対に関わらないこと。それに、無理だって思ったらすぐ止めなさい。時間は無限じゃないんだから」
「ありがとう」
それは、互いを理解した上での大人の誓いだった。
「あ、そうだ。これあげるわ。えーと、確か……」
カナンは思い出したように居間から消え、しばらくの物音の後丸まった手の平サイズの紙と筒状の何かを持ってきた。
「これは地図と--コンパスか?」
「ええ、ただ闇雲に探して迷子になってらアタシがサラに合わせる顔がないからね」
「ありがとう」
貰える物は素直に貰っておこう。しかし、カナンは俺を諦めさせたいのか助長させたいのかイマイチ分からない。
「お帰り、ユル」
階段を手すり伝いに母親が降りてくる。少し胸が痛んだ。
「ただいま母さん。セフィアは?」
「上で人形と遊んでるわ。もうすぐご飯だからそろそろ降りてくるわ」
母親は柔和に微笑む。
「そっか」
「セフィア、ユルが最近遊んでくれないってすねてたよ。外で遊ぶのもいいけど、セフィアも連れてってあげなよ」
「そうだな、考えておくよ」
遊んでいるわけではない。と言うより、アンタのために奔走しているんだと声を大にして言いたいが、秘密裏に行動しなければ意味がない。
「それに変なとこ行ったりしてないよね? お願いだから危険なことは止めてよ」
母親の思考がカナンと似ている。良くも悪くも親ということか。
「それはアタシが大丈夫って保障する。ユルはちょっと忙しいのさ」
カナンをちらりと見ると、ウインクを返された。
「ちょっとカナン、何か隠してるの?」
「別に何もないわ。ユルがちょっと背伸びしたいってだけだ」
「もう、何それ」
母親はのけ者にされてる風を感じ取って不安になっている。それは母親の耳の傷を治したいがための行動だと悟られてはいけない。
午後も捜索を続ける。母親を治すために。




