12話「譲歩、決意」
「それじゃあボク達はこれで、いつかまた会えることを願っています」
「アタシは二度と会いたくないな」
血にまみれ、多大な損傷と被害を被った一連の事件は、母親の鶴ならぬ仏のような一声で収拾に向かうことが出来た。
傷つけ合い、殺し合うきっかけは想像以上に些細な部分に転がっているのかもしれない。しかし同時に、それを解決する手段も同じくらい転がっていた。
結局は互いの認識の違い、思想の違い、理解の違い。細かな齟齬が絡み合い、ズレを生じてある一点に達した瞬間、秩序と言う糸の名の繋ぎ目はばらばらに崩れ、返しのついた針を抜く際の激痛のような混乱が生じた。
返し付きの針は刺す時より抜く時の方が痛い。ブルーム、キサラギとカナンは決して安穏とは言えない様子で互いの非を認めることとなった。
尤も、こちら側に非があるとは思えない。正当な防衛を行ったまでだ。
「けっ、言っとけ。餓鬼、覚えておけ。お前はもう革命の輪に入った。いつまでも家族で呑気に暮らせると思うなよ」
捨て台詞と言うにはいささか耳に痛い言葉を吐くブルームは、最後まで尖った態度を変えなかった。
--俺は革命の輪に入ったのか。
実感など出来る筈がない。俺はシザス町で生まれ、5年間生きてきただけで、ちょっと読み込みが早いだけの子供だ。国を変えるような運命を背負う覚悟など出来ない。
「ああ、戯言だと思って聞き流しておく。--最後に一つ」
「何だ?」
「母さんの永続的な攻撃は止められないのか?」
色々画策したが、そもそも母親に能力を仕掛けたのはブルームだ。ブルームが調整出来るのではないのか。
「残念だが、一度発射した攻撃を止めることは出来ない」
多少は期待していたが、見事に打ち砕かれた。
「じゃあ、キサラギはどうだ? そもそもアンタの能力は何だったんだ?」
一度に二つの質問をしてしまったが、些細な問題だ。キサラギは申し訳無さそうに眉をひそめる。
「ボクは『封印師』です。誰か一人に対象を定めて、その人の肉体や魔力回路の動きを封じるんです」
そう言えば俺も足の動きを封じられたか。
「それで、ユル君のお母さんの傷を止めることは可能ですが、それはボクが側にいて能力を行使できる範囲のみです。ボクはもうこの町を離れなければいけませんし、そうすれば当然能力の効果は切れます。だから、彼女を助けることは出来ないんです。」
駄目か、母親をちらりと見ると「大丈夫」と言いたげな目線を返してきた。
母親は今も痛みを感じているはずなのに、心配させまいと振舞っている。能力者と非能力者、魔力回路の有無の違いが健康体の限界ラインを変動させる。
キサラギに「分かった」と一言だけ返し、もう用は無いと言うように体を背けた。
「改めてあなた達家族に多大な迷惑を掛けた事を謝罪します」
キサラギはそういって頭を下げた。コスモスの花弁のような白い髪と、その子房のようなうなじが俺の背丈程に降りている。
「あ、あと服までお借りしちゃって……」
その体勢でやや赤面して顔を上げる。照れ笑いから来る表情に一瞬ドキッとしたが、それは俺の感情ではないと思いたい。
20歳前半と思われる顔つきで、さらに随分と小柄であるため、母親の服は多きさが合っていない。袖が手の平を半分まで覆っている。また、胸部はいやにダボダボである。
「いいのよ、もうサイズ合わなくなっちゃた奴だから」
どこが、とは言わない。
「それでは」
「--ああ」
キサラギは加えてもう一度丁重に頭を下げた。ブルームは無骨に立ったままだったが、ブルームの取れる最大限の礼の形だろう。
我が家に衝撃と混乱を与えた二人は、俺達に見送られながら去っていった。
「ふわぁ……おはよう」
二人が去ったと同時、セフィアが目を擦って階段を下りてきた。手には古のウサギの人形を抱えている。依然言ったがこの家には大量に人形がある。
「あ、そういえば起こすの忘れてた」
カナンは罰の悪そうに頭を掻いた。状況が状況であったので仕方ない部分もあるが、もう料理は出来上がって冷めている。
「え? 良くわかんないけどごはんー」
セフィアは昨日の光景を見ても平気だったのか、或いは忘れてしまったのか、いつも通りだ。
俺にルーンがいなければ、俺よりずっと強い子だっただろう。
強い子って言い方だと他人っぽいから、強い我が妹と言っておこう。カナンにとって俺が息子なように、俺にとってセフィアは妹だ。
--いや、セフィアの方が生まれ年は早いんだけど。立場的には妹のような物だ。
セフィアは案の定「冷めてる」と苦言を呈したが、そこまで気にはしなかった。皆冷めた朝食をぱくぱくと食べている。両親はコーヒーを片手に、俺とセフィアは水道からでた新鮮な水である。
昨日のボンドラのジュースが恋しく思われたが、あれは飲む物を魅了する魔水だ。ご褒美感覚で飲むのが良いのであって、そう頻繁に飲むものではない。
「ねぇ、セフィアはあさって誕生日だよね!? プレゼントくれるでしょ!?」
セフィアは思い出したように目を見開いた。どうやら過去の忌々しい記憶は未来の幸福に追いやられたようだ。
俺の脳裏にユンナと、それをもらって喜ぶセフィアが浮かぶ。その光景はとても幸福的なものだろう。ルーンに分け与えれる幸せだ。
「ええ、勿論よ」
カナンが優しく微笑む。
「だったらセフィア、新しいお人形が欲しい!」
まさかの需要と供給の一致。
「そうねぇ、良いわね」
「でしょ! サラお姉さんもそう思うよね? --サラお姉さん?」
母親はセフィアに反応しなかった。
「サラ?」
「あっ、え、ごめん。何て言った?」
カナンの訝しげな声でようやく反応した。
「アンタ、やっぱり耳……」
母親は居心地悪そうに下唇を上唇で噛んで、両手をきゅっとふとももに閉まって縮こまる。
「ごめん、心配させないようにと思って」
「馬鹿、無理に隠してる方が心配するわよ」
視線を泳がせる母親に、いたたまれない気持ちになる。
ブルームの残した爪跡は大きかった。和解した後でもどうもやるせない。
「え、サラお姉さんどうしたの?」
セフィアは状況が飲み込めず、狼狽している。
「大丈夫、ちょっと疲れてただけ。それで、何だっけ?」
「もぉー、セフィアのお誕生日にお人形さんが欲しいって話!」
「そう、いいんじゃないかしら」
母親は最大限笑顔を取り繕う。見ていて苦しい。
やはり、俺がなんとかしなければいけない。
俺が家族を、母親を救わなければ。
そう決意したら、朝日が眩しく感じられた。
「カナン、ちょっといいか」
朝食を終え、セフィアがサラと遊んでいるのを確認したところでカナンを呼びつける。
「何かしら」
「母さんの事だが、俺にあてがある」
カナンは少し考えるようなそぶりを見せて、腕を組む。
「言ってみな」
「ルー--[何者--いや、ルーンが言っていたが、この町に母さんに掛かった能力を解除できる能力者がいるらしい」
2度も言い直したのは、カナンなら[何者か]の名前を知っていると思ったからだ。思い返せば、俺にルーンの事を教えたのは母親で、ならば当然カナンも知っている。
「ルーン--ユルの中の奴か。それは確かだろうな」
「ああ、ルーンは嘘を付くような奴じゃないからな」
そう言うとカナンは不快そうな顔をした。やはりと言うべきか、ルーンの話題はあまり出さない方が良いだろう。
「そうか、分かった。で、そいつは誰だ? アタシの知ってる人物か?」
カナンに公園で出会った少年のことを教える。
「ふぅん、治療ねぇ……確かにそれ専門の能力ならサラを治せるでしょうね」
カナンは少しだけ腑に落ちなさそうな感じで納得した。
「どうした、何か気に掛かる部分があるのか?」
「いやさ、能力--と言うより能力回路は成長と共に発達していくんだよ。それこそ筋肉や知能と一緒だ。他の神経系と違うのは体が老いても衰えないって部分かね。で、つまりはまだ学校も行かないような子供が能力者だったとして、すりむいた傷を治す位の魔力はあっても、ブルームの斬撃を無効化できる程の能力かは分からないってことさ
「でも、俺はブルームに対抗出来たぞ」
「それはアンタが例外見たいなもんだからよ。認めたくは無いけど、アンタの中のルーンが随分とユルの魔力回路を育ててくれたんでしょうね」
それもそうだ。俺の魔力回路はルーンの魔力に形成されている部分も多くあるだろう。
見方によっては、俺は魔力回路を発達させられたからこそ知能が発達した可能性もある。その場合体が成長しないのは不明だが、魔力回路と知能に関係性はあるが、魔力回路と肉体にそれほど関係は無いのかもしれない。
「それでも、賭けてみる価値はあるんじゃないか? 別にデメリットがあるわけでもないだろうし」
「そうね、問題はその子供とどこで会えるかってとこだけど……」
「その点は大丈夫だ。あの時遊んだ公園--シザス公園にいるだろう。毎日見に行けばきっと会えるはずだ」
あの公園までの道のりは覚えている。「カルディ」近くで木に囲まれ、四角いスペースに芝生を敷いている場所だ。
「分かった。今は朝だし、昼食後にでも確認しに行こうか」
「いや、ずっと見張っていればいつか来る」
カナンは眉を下げる。そこまでおかしなことであろうか。
「いやさ、別に今日必ず来るって保証は無いし、そんなに急いだってしょうがないじゃないか」
「駄目だ。こうしてる今も母さんは痛みに苦しんでいるんだぞ」
「はぁ、分かったわ。良いわ、行って来なさい。アタシは色々と用事があるから行かないわよ。それで昼前には帰ってきなさい」
「ありがとう、カナン」
カナンは俺の押しに折れたのか、渋々といった様子で俺の捜索を了承してくれた。
そもそもカナンはあまり期待していないのかもしれない。と言うより、ルーンを信頼できないのだろう。
[何者か]と恐れられていた時に残した爪痕は未だに大きく、生じた恐怖が俺そのものと混ざってしまうのか。それとも、俺の力を評価していないのか。
いずれにせよ、ルーン発の提案に意欲的に取り組もうとは思えないのだろう。
クレスコの花密集地を抜け、次第に石畳と人が増えていく道を進んでいく。シザス町は相変わらず穏やかで、戦争中だと言う意識を表面的には感じさせない。しかし、細かく見てみると所々戦争の影響があることを知らさせられる。
住宅街をざっと抜けて、男--特に20~30代の姿が著しく少ないと気づく。日中だから仕事中とも考えられたが、それにしても少ない。
良く思い返せば今までもそうだった。戦争で徴収されているのだろう。
そうした部分で戦争の面影はあるが、もっと大々的な戦争の印象が無い。これはどういうことだろうか。
あれこれ考えていると商店街に着く。相変わらず賑わっていて、喧騒とまではいかないが閑古鳥が鳴いている様子もない。
そして公園へ着いた。無意識に心臓の鼓動が強まる。
木の密集地を抜けて一歩、二歩、芝生を踏んで全体を見渡す。
子供--違う。子供--違う。大人--違う。
ざっと見た限りではあの少年は見当たらい。流石に都合よくいやしなかったか。
いや、そんなことはとうに分かっている。ずっとここで待っていてやる。
--と、公園内の大人からこっちを見てひそひそしている様子が見て取れる。流石に俺一人は目立つか。
心配と怪訝の目を浴びながらここで待っているのは非常に忍びないが、これも母親のため、我慢するしかない。
来ない。
まあある程度はしょうがない。子供は元来きまぐれな物だ。今日公園で遊んだらからといって明日も公園で遊ぶとは限らない。今日はどこか遠いところで探索でもしているかもしれないし、家の中で絵本でも読んでいるかもしれない。
おまけに俺とその少年が遊んだのは何ヶ月も前だ。気が変わってもうこの公園を訪れていないかもしれない。
それでも諦める訳にはいかない。しかしこのままずっと待っていてもくるとは限らない。
公園に立つ簡素な時計台を見る。時刻は8時前。カナンの言う昼前を12時だと仮定すると4時間はある。
待っていても来ないなら、こちらから探してしまおう。僅かな土地勘を頼りに、探せる所まで探しに行こう。
そう思い公園を後にする。入り口と同じ方向から出たのでまたカルディが近くに見える。
そうだ、カルディにいつもいるボンドラなら子供達の動向が分かるかもしれない。一縷の望みがふっと湧き出る。
しかし、相当僅かな可能性だ。幾らなんでも客でもない公園に来ている子供、それも特定の個人など分かるはずもない。
それでも、絹糸が引きちぎられても一つの繊維質で繋がっているように、可能性の糸がどんなに脆くてもそれに掴まずにはいられない。
思い立ったが吉日、公園の反対を右に曲がり、その絢爛な建物を訪れる。
カルディは相変わらず壮麗で、ガラスの奥から人々の賑わいと店の繁盛具合が窺える。
チリンチリーン。
鈴は鳴る。瞬間コーヒーの大人びた独特の香りに体を包まれる。まるで体を焙煎機に入れられてしまったようだ。そのまま燻され、蒸気の篭る芳香を上げ、砕かれお湯と混ざり、極上の一品となる。
「いらっしゃいませ--って、確か店長の知り合いの息子さん……」
いつか見た新人店員が俺を迎える。一人で来るのは二回目なので即退却なんてことにはならない。
そういえば前回は誰も受付をしなかったような。まああの時は別に飲みに来たわけでも無かったので良いのだが。まあ結果的にたらふく飲んでしまったわけだが。
深い前髪で目を隠し、印象に残らないグランプリ入賞を狙えそうな雰囲気を漂わせるその店員は、
「ボンドラの親父に聞きたいことがある。会わせてくれ」
相変わらずませた口調で、おまけに店を利用する気ののない俺を露骨に嫌がっているが、そんなのどうでもいい。
「ちょっと待っててください」
店員はカウンターまで戻りボンドラに耳打ちをして、暫くするとボンドラが自らこっちに向かってきた。
「おう、久しぶりだな坊主。一人でどうした? ここには連れ帰るお嬢さんはいないぜ。ダァーハッハ!」
何かルーンに似てるなこいつ。いや、喋り方が似ているだけで根幹は天と地ほど離れているに違いない。
「ちょっと聞きたいことがあって--取り合えず座らせてくれ」
いつまで受け付けに立っているんだ俺は。
今回で一章の一部的なのが終わりました。
一章全体としては四分の一を行ったかなー、といった程度です。
どうかこれからも応援してくださると幸いです。




