11話「真意」
「まあ、ユルもわざとって訳じゃないだろうし、別にいいんだけどさ……」
カナンは困った顔で俺とキサラギを見比べる。そしてエッグトーストを一口齧る。
キサラギは母親の服を着て椅子に座り、フードで隠れていた真夏の雲のような白い髪が、本人の整った顔の上にはっきりと存在している。ブルームはその隣で鋭い目を俺らに向けている。
俺は母親の膝に座って、テーブルを一枚隔てて座る。カナンはそんな俺の横で鋭い目を向けて立っている。
体を拘束しないのは、たとえ暴れだしてもすぐ沈められると言うカナンの自身と警告だろう。
セフィアはまだ寝ている。恐らく、起こさない方がいい。
俺もトーストを一口齧る。バターと卵の絡みが違和感無く調和していて非常に美味しい。
結論から言うと俺が布一枚のキサラギに悲鳴を上げられた誤解は解けた。キサラギは男性恐怖症らしい。
実際のところ、俺が背中から一刺ししたことも要因の一つに挙がるだろう。
「それにしても男性恐怖症ねぇ、一体男って奴のどこが怖いんだか。男なんか腰抜けで度胸なしのろくでなしじゃないか」
カナンの言葉だ。しかもこんな餓鬼に、と言いたげな目線を付け加える。その視線を怪訝そうに返すと、あきらかに馬鹿にした目線を突っぱねてきた。
「そういう訳にもいかないんです。ボクは昔……」
キサラギはそこまで喋った所で口を開き、金魚のようにぱくぱくと数回開閉したあと、体が固まった。俯き、額には微かに脂汗が湧き出て、次第に量を増していく。
「すまない、これ以上この話題は止めてくれ」
ブルームが観念したように手を上げた。かと思うとキサラギの背中を優しくさする。
男性恐怖症というが、ブルームだけは例外なのであろう。キサラギは小さく首を縦に振り、ブルームの手に触れながら前を向いた。
「ごめんなさい、思い出すだけでもちょっと」
「ふーん、まあいいけど」
カナンは腕を組み、本格的に圧を掛ける姿勢に入った。
「で、本題。なんであんたらはアタシらの家を襲ったの?」
いよいよ核心に触れる。そう思うと俺も自然と身構えてしまう。
「分かってんだろ、そこの餓鬼を誘拐するためだ」
ブルームがきっぱりと答える。あまりにもストレートすぎて、それを知っていたにも関わらず思わず驚いてしまう。
「ちょっとブルーム、言い方が--」
キサラギがブルームを止めようとするも一足遅く、カナンがテーブルに足を乱暴に乗せ、ブルームを今にも掴みかからんとばかりに詰め寄る。その衝撃でテーブル上のコップが怯えたように揺れた。
「だから、何でユルを誘拐しようとした? 返答次第じゃただじゃおかないよ」
「カナン、足下ろして」
母親は異常なくらい冷静だ。未遂とは言え仮にも息子誘拐犯だぞ。少しくらい憤りってものを感じるものでは?
俺の疑問とは裏腹に、母親は至って穏やかに誘拐犯を眺めている。母親には母親なりの信念があって、その琴線は俺の想像する範疇とずれているのかもしれない。少なくとも、俺が誘拐されかけたくらいでは母親は憤らないようだ。
「それは言えない。言う位なら死を選んだほうがましだ」
「ほお、それじゃあお望みどおり殺してやろうか」
カナンはブルームの首筋にどこからか取り出したサーベルを突きつける。サーベルの先端が首に触れると血が滴り落ちた。
ブルームはこんな状況になっても慌てることなく、冷静にカナンの目を鋭い瞳で睨み続ける。
その隣でキサラギが目を開かせ、息を呑んでサーベルの先端を見つめている。
「ブルーム、話しましょう。彼女らは殺されても可笑しくなかったボク達を殺さなかっのですから、相応の報いは与えるべきでしょう」
「ちっ、キサラギがそう言うなら……」
しかしあれだ、ブルームが危機的状況だとキサラギが折れ、キサラギが危機的状況だとブルームが折れる。互いの信念は、互いのためにあり、互いに依存してる。
「俺達は今の国が気にいらねぇ」
ブルームが口を開く。カナンはサーベルを下ろす。
「特に今の王に変わってからだ。来る年来る年毎年戦争、大陸統一とか吹聴して、好き放題略奪、強盗、仕舞いには--と、これ以上は言えないな」
ちらりとキサラギの方を見る。
「そして、今の大陸戦争。ルピタニア大陸対アドバルド大陸なんて言えば耳触りはいいが、戦争がおっぱじまってから一向に終わらねぇ。王国は戦争状態を好機と言わんばかりに地方都市をローゲブングル領に丸め込みやがった」
「それは良いことなのでは?」
母親が尋ねる。
「言っただろ? 国の奴らは外道だ。略奪でもなんでもする。王国の人間以外は劣等民族だと思ってやがんだ。特に、別大陸の、アドバルドの民族をな」
最後の言葉は妙な含みを持っていた。それが何を意味するかは分からない。
俺の中のルーンもアドバルド人だが、それは関係あるだろうか。あるのかも知れない。
「アタシも王国にいたことはあるけど、そんな残虐そうな雰囲気は無かったわよ? それにアンタの個人的な恨みとユルにどう結びつくんだい? それにそもそもの話だけど、何でアタシらのことを知ってたんだい?」
カナンは答えをはぐらかすブルームに苛立っている。
「アンタは王国に定住していたのか?」
ブルームは質問を質問で返す。
「いや、15、6の時に修行に王国に行って、そこから10年くらい--って何言わせんだい」
遠巻きにカナンの年齢が推測出来そうだ。いや、しないけど。
「ふぅん、アンタ程の能力者でも気づけないのか。そりゃ誰も気づかないわけだ」
ブルームは自虐のような笑みを零す。
「--どういうことだい?」
「ローゲブングル王国、いや、ローゲブングル王はこのルピタニア大陸に洗脳を掛けている。『アウトレイジ』と手を組んでな」
「何!?」
「何ですって? 証拠でもあるの?」
カナンだけでなく、母親も狼狽する。
アウトレイジ。推測するに、組織名だ。
意味は--激怒、暴力、非道な行為。
それと王国が手を組んでいる。--先の話を聞けば別段驚くことでも無さそうだが、母親達は驚きの色を隠せない。
「それは--証明することは可能だが、この場では説得力に欠ける」
「何だいそりゃ、出まかせじゃないだろうね」
「この状況で言うと思うか? 命を懸けて誓うぞ」
「それは--分かった、信じるわ」
「私も信じる」
カナンは嘆息を付く。
「カナン、母さん、どうしてそんなに驚いてんだ?」
何だか口を開くのははばかられたが、尋ねずにはいられなかった。
母親が答える。
「ユル、貴方が生まれた後--3歳になる頃、アドバルド大陸とルピタニア大陸で戦争が始まったわ。それと同時期、私の家を強盗が襲ったわ。『アウトレイジ』と名乗って」
「な……」
呆気に取られる俺に、母親は重ねる。
「何でも、あの人--ガロのことが気に入らないそうで、私を人質にかけて脅す気だったらしいわ。その時この屋敷は私と使用人さんだけで、しかもアウトレイジに対抗できる能力者はほとんどいなかったわ」
「ま、待ってくれ! それで母さんは--」
最悪を予想したくないが、せずにはいられない。
そんな狼狽する俺を母親は優しく抱える。
「ユルが守ってくれたのよ。ちょっと乱暴だったけどね」
振り返ってみた母親の笑顔は、少しだけ曇っている。
「乱暴」と言う言葉の裏に隠されている意味は?
自我の無かった頃の俺に、ルーンは何で答えた?
いや、いい。構わない。結局母親は無事だったんだ。それでいい。
「それ以来、サラは身を案じてアタシとセフィアと住むことになった。なに、昔からの親友さ、すぐに理解したさ」
「そうだったのか……」
カナンとサラ、二人の母親がいる理由は、「アウトレイジ」から身を守るためだったのだ。
そして、想像に過ぎない。しかし、恐らくは、俺の中のルーンが暴走しないか見張るため。
「で、結局アウトレイジとユルにどういう関係があるんだ?」
俺がアウトレイジについて理解したところで、話は戻る。カナンは再びブルームに尋ねる。
「ああ、一応言っておくが、絶対に誰にも言わないことを約束してくれ。それだけ機密情報だ」
「むしろアウトレイジと王国が繋がっているって方が機密情報だと思うんだけど、まあいいわ。約束してあげる」
「そうか、じゃあ一端この部屋を出来る限り結界で覆ってくれ」
「は? 何よ急に」
「監視されているかもしれない。絶対に誰にもばれてはいけないんだ。勿論、知っているという事実だけでも本来はありえない。例外中の例外だ。理由に納得したらできれば忘れて欲しい。無論、どれだけ時間をかけてもいい。俺が結界を張っても良いが、信用できないだろ?」
「はぁ……分かったわよ」
異常に念押しして来るブルームに奇妙な感じを抱きつつも、絶対に引かないと言う強い覚悟からカナンはそれを了承した。
カナンは目を閉じ屈みこんで床に手を当てる。そこから半径8メートルほどの魔法陣が出現し、神秘的な光を放つ。魔法陣はブルームの要望通りこの部屋を包み、次第に地面に敷かれた魔法陣の線が濃くなっていく。
数分間、無言が流れる。周りを見渡すと、段々部屋の外が見えなくなっていく。窓の外の映し出されていた庭は、結界のような--いや、結界の壁に切り替わる。
既に魔法陣の中には俺、ブルーム、キサラギ、カナン、母親、それらに付随するテーブル、椅子、コーヒーの入ったコップ、エッグトースト。そしてぎりぎり結界の範囲にあった小物くらいだ。
「こんなもんでいいかい?」
カナンは立ち上がる。額から汗が流れ、「ちょっと休憩」とコーヒーに手を伸ばす。
不思議な感覚だ。自分は確かにここにいる。しかし、自分が他者に囲まれているような、それでいて温かいだけのかまくらの中にいるのとはちょっと違う、明確に守られていると感じる、抱きしめられているような感覚だ。
「ああ、それじゃあ話すぞ」
何だか上手くブルームに丸め込まれただけの気もするが、ここまで手の込んだ言い逃れもないだろう。どちらにせよ、重大さは伝わってくる。
「俺とキサラギはある組織に所属している」
そういえばリーダーとか言ってたもんな、規模の大きさ的にも予想の範疇だ。
「その組織のリーダー--とは別に、御子様ってのがいるんだが、その姫さんの能力は『伝道師』だ」
「御子様?」
カナンと俺が聞き返すと、ブルームはああ、と返す。
「御子様はアドバルド国の皇女だ。御子様はこの国を変えるために禁忌を犯し、能力を獲得した」
知らない情報が濁流のように押し寄せてくる。理解が追いつかない。
「まあその辺はわからなくていい。と言うより、知らなくていい」
どうやら「御子様」とやらが、ブルーム達が最も隠したがっていた情報のようだ。
「そして、その御子様の能力により、革命にこの餓鬼が必要だと判明した」
革命に俺が必要?
それが俺を誘拐しかけ、母親を傷つけた理由か。
「意味が分からない」
「同意だね、アタシもそんな理由でユルを誘拐される訳にはいかないね」
「待ってください。確かに方法は悪かったかも知れません。でも、ボク達も本気なんです。もしボク達と一緒にアジトまで来てくれれば、革命の目的と意義がきっと分かります」
キサラギが出てきた。
「--だってさ、ユルはどうしたい?」
カナンはまた、意地悪に俺に考えを委ねようとする。そんなの決まっている。
「同意する理由が無い。そっちにどんな理由があろうが俺と、俺の家族には関係ない」
「よく言った! それでこそユルだ!」
カナンは調子よさそうに俺の肩に腕を回す。
「そう言うわけだ。理由も話してくれた事だし、もうあんたらには用は無い。折角拾ってやった命だ。アタシらと関係ないところで頑張って国王を倒してな!」
「アウトレイジ」
ブルームのその一言に母親達の眉が動く。
「復讐したくないのか? 全ての元凶はアウトレイジと、その裏で手を組んでいる国王だぞ」
「--別に、復讐したからどうなるってんだ。何も変わりゃしないさ」
「ユル・メディアはこの国を変える」
「だから何だ、ユルに力があるからってだけでそんな重圧を背負わせろってのかい?」
二人の意見がぶつかり合う。俺をどうしても引き入れたいブルームと、それを拒むカナン。
両者互いに譲らず、泥沼へとはまっていく。
「ねぇ、もういいんじゃない?」
泥沼から救い上げたのは、母親だった。
「やっぱりただの悪い人じゃなかったんだね。お話できて良かった」
母の場違いともとれるその発言に二人は呆気に取られる。
「二人の言いたいことも良く分かった。ユルはとっても大事だから、どうしても仲間にしたかったんでしょ?」
まあ、掻い摘んでいえばそうであろう。
「でもね、あなた達がユルを仲間にしたいの同じくらい。いや、それ以上に私とカナンはユルと離れるのが嫌なの。革命だとか言って危険なことに首を突っ込ませるより、家で皆で暮らしていたいの。でも、それは私の意志で、ユルの意志じゃない。--そうね、ユルが自分であなた達の仲間になりたいって言ったとしたら、ユルが自分で考えて自分で行動したら、その時は認めてあげる。それでいい?」
「あ、ああ--」
ブルームはどこか腑に落ちない様子ながらも、頷いた。
「ボクもそれで良いですかね。御子様--と言うより他の皆は怒るかもしれませんけど、負けた立場で何かを求めようなんて図々しいですからね」
キサラギも進んで同意した。その優しそうな笑みが本来のキサラギだろう。
「ユルも、カナンも、それでいい?」
俺とカナンは無言で頷いた。
--俺が自分の意志で革命の意志に加わる時。
その考えに至るとしたら俺はどうなっているのだろうか。
「決まりね。--ところで、ここからどうやってでるの?」
母親は結界をこんこんと叩くも、重い響きが返ってくるだけだ。
「ああ、今解除するよ」
そう言ってカナンは結界を解いた。
春の朝の日常が広がった。




