10話「能力とは」
《能力と言っても色々な種類があって、さらに細かな分類がある。兄弟はその中でも「操作系」だな》
(操作系……まあそうだろうな。人形を使うわけなんだからな)
《そう、人形だ。でもなぁ、ブルームとの戦いで兄弟は人形を使えなかっただろ。それは何故だと思う?》
ルーンは俺を試しているかのような物言いだ。
(別に人形が使えなかったわけじゃない。それに、人形を使って何が出来た? 投げつけて目くらましでもするのか? それだったら凶器となる裁縫道具を使った方がいいだろ)
《やれやれ、いくら兄弟もそこまでは分からないか》
(どういうことだ?)
《例えばブルームはラッパを使ってただろ? 要はあいつも「操作系」ってことだ。んでそのラッパから斬撃や爆音が飛び出した。つまりだな、「操作系」はただ強いと思う物を出せばいいんじゃねぇ、自分が最も扱える道具--兄弟で言えば人形だ。人形を使いこなせれば、とんがってるだけのリッパーとは比べ物にならない力を使えるぜ》
つまり、俺は人形師だから人形を使うのが一番強いと言うことか。
(俺の能力に関しては分かった。じゃあ、と言うのも可笑しいけど、能力そのものについて教えてくれ)
ルーンからしょうがないな、と言う声が聞こえてきそうな溜息をした。
《いいぜ、どこから話そうか……と言っても俺もそこまで深くは知らないけどな》
(は? ルーンも能力者なんだろ? 何で分からないんだよ?)
《何でと言われてもな、別に料理が得意な奴が料理文化の発展とか一々覚えている訳ねぇだろ》
(俺なら覚えるぞ)
《優等生の兄弟ならそうするかもな、でも俺は兄弟と違って馬鹿だから一々能力の根本とか覚えてねぇよ》
優等生、との言い草にどことない皮肉染みた煽りを感じる。
《まあいいだろ、ギャハハハ! 俺が知ってる分だけ話すぜ。まず前提として能力を使える奴--能力者と能力を使えない一般人、違いは分かるか?》
(違い……そう言われても分からないな)
カナンと俺は能力者で、セフィアと母親は能力者ではない。何が違うかと言われても、普段感じるほどの違いは無い。強いて言うならカナンと俺は知識人になり得る、もしくはなっていると言う事ぐらいか。
《ああ、言っとくけど性格とか頭脳とかそういうのじゃないぜ。もっと根本のものだ》
--じゃあ何だよ。
《分からなそうだな兄弟、ギャハハハ!》
ルーンは俺が分からない様を見て楽しそうである。
(早く言え)
《おーおー、そんな怒るなよ。正解は魔法回路の有無だ。能力者は魔力--正確には魔素を吸収、放出できる器官を持っている。その器官ってのが能力回路で、腎臓とか他の器官と違ってそれ個人の形はなくて、血流みたいに全身を取り囲んでいる》
(魔素って?)
《ああ、魔素ってのは大気中や物質に存在する粒子見たいなもんで、非能力者には吸っても吐いても人畜無害で何も無いけど、能力者はそれを取り込むと魔力回路に吸収される》
(つまり、能力とは魔素を使って魔力回路から放たれる物って訳か?)
《まあそうだな。流石兄弟、理解が早いぜ》
ルーンは満足そうに頷いた、ように感じる。
しかし、全てが透明になった訳ではない。
(じゃあ質問だが、魔素を取り込めば能力が使えるってことは、魔素が無いところだと能力は使えないのか?)
《そうだな、と言いたいところだがこの世界に魔素の無いところ何かほとんど存在しないし、魔力回路に取り込んでさえいれば魔力回路中の魔素が無くなるまで能力は使える》
(質問その2、魔素を放出して能力が使えるなら、魔素を溜め続ければそれだけ強い能力を使えるようになるのか?)
ルーンはそれを聞いて狂喜乱舞とまでは行かないが、確かな興奮を抑え切れていなかった。
《いい質問だ、兄弟。例えば大気中の魔素をレバーが壊れて永遠に流れる続ける水道水とする。能力者の魔力回路、特に魔素が無い状態をすっからかんのコップだとする。さらに、このコップは水に色を加える。色の種類が能力の種類--兄弟で言えば操作形になる》
急にたとえ話が始まった。
《魔力回路はすっからかんだから水道水から水を取り寄せる。するとコップに水は溜まり、やがて満タンになる。このコップに溜まった水が兄弟の言った魔素を溜め続けた状態だ。これ以上水を入れても零れちまう》
(成るほど)
意外と分かりやすい。ルーンは続ける。
《さらに言うとだな、コップが大きければ大きいほど水は一杯溜まる。コップの大きさが能力回路の大きさだ。コップが小さい能力者は幾ら魔素を温存しても無駄ってことだ。ギャハハハ!》
(能力回路の大きさで魔素を蓄えられる量が違うってことか)
《で、だな。能力者として一番大事なのは何だか分かるか?》
ルーンは迫真の表情のように感じられる。
(能力の強さ?)
ルーンは期待通りの答えを聞いて有頂天となる。
《そーだ兄弟! ギャハハハ! そう、力、魔力だ! 魔力ってのはストローだ! コップに入った水を吸い上げるストロー、それが魔力だ! いかに大きなコップだろうと吸い上げるストローが小さかったら魔力はカスだ。逆に、コップが小さくてもそれを一度で全部吸い上げるほどのストローがあれば最強だ! ギャハハハ! まあ、コップが小さかったら肝心の水が足りないんだけどな!》
(つまり、能力回路から魔素を放出する大きさが魔力ってことか)
《そう! そうだ! 全く兄弟は最高だな! こんなにも理解してくれるとはな!》
ルーンは今にも外に飛び出してきそうな勢いで俺の中を駆け回る。
《さらに説明するぞ。魔力は能力と動意義だ! 兄弟が練成した糸とリッパーも能力であり、魔力だ。ブルームが召喚したラッパも能力であり、魔力だ。厳密に言えば少し違うが、取り合えずそう思ってっておけ》
(魔力と能力が動意義……?)
《難しい話じゃない。吸い上げるストローが魔力で、ストローを経由して勢いよく吹き出る水が能力だ。吹き出る水の量はストローに依存し、吹き出る勢いもストローに依存する。魔力の大きさが能力の強さって訳だ!》
(なるほど……)
流石に一度にあれこれ詰め込まれると頭が追いついていかない。
《ふん、今日の勉強はここまでにしておこうか、優等生な兄弟》
(そうだな、でも優等生って言い方は止めてくれ。なんとなく癪に障る)
《兄弟が言うなら止めておくよ。それじゃあ、おやすみ》
ルーンはあっさり引き下がった。しかし、既に寝ている状態なのにおやすみを言われるのは如何なものか。
黙っていると、意識が急に遠のいた。午前の労働の後、机で読書をしていたつもりが、疲労により意識を落としてうたた寝してしまう、その一瞬前のふわふわとする感覚であった。
--兄弟、頑張れよ。
遠のく意識の中で、殺人鬼が放ったとは思えない激励の言葉が、肺を循環する酸素に混ざって俺の体の中を回っていた。
明けない夜は無い。
目を開けると、早朝と呼ぶにはやや早い、日の入り直前の薄暗い灰色が暖色のカーテンの裏から部屋にじわりと広がっていた。
ふと耳に違和感を感じて、指を突っ込んでみると音の響きが合った。鼓膜が再生していた。ブルームによって付けられた傷はルーンのお陰で跡形も無く消え去っている。母親が悩まされている斬撃は、俺にとってはすぐ剥がれるかさぶたのような物だった。
作業台に目を打つす。母親かカナンが置いといてくれたのであろう、机上の埃や散らばる割れ物が混じった「ユンナ」がぽつんと座らされていた。最大限汚れを取った風ではあるが、絹のような材質は一度汚れてしまうと駄目になってしまう。
丹精込めて作っただけに、思い出が穢れたような感じだ。これではセフィアにプレゼントすることすら出来ない。
--そういえば、ルーンはこんなことを言っていた。
《あれは兄弟が自分でやったことだよ! 俺がやったと思い込んで、物体練成の能力を使ったわけだよ! あ、勿論俺が兄弟が能力を制御できるようコントロールはしたぞ。でも能力を起動させたのは間違いなく兄弟自身だ! おめでとう! 兄弟は立派な能力者だぜ。ギャハハハハハハ!》
ルーン曰く俺が裁縫道具を取り出せたのは俺の能力で、その能力を使った裁縫道具でこのユンナは作られた。
ひょっとすると、ひょっとする。
ベッドから起き上がり、閉じようとする瞼を目を擦って対処し、人形に手をかざす。
昨日キサラギに対してやったように、ブルームに対してやったように、魔力の流れるイメージを想像する。あの時は無我夢中で何も考えていなかった。だから、どうやって、どのような感覚で魔力を使ったか思い出せない。
手先に力を込める。指がぷるぷると震えるだけだ。
指の先の奥に力を届かせるイメージをする。肩がやや強張って体が硬くなるだけだ。
--何かが違う。ただ体に力を加えるだけでは意味が無い。心に力を入れなくては。
裁縫道具を望んだように、目の前の二人を殺したいと思ったときのように、能力を渇望する。手が伸びる限界の延長線のような、スポーツ選手が使用する道具を体の一部のように扱う感覚で、能力という存在を自分の中に取り込んだ。
肺を動かして呼吸するように、筋肉を動かして腕を振るように、魔力回路を使って取り込んだ魔素を放出する。
--その感覚は、たとえようの無いほど不思議であったが、違和感は感じなかった。初めて自転車に乗れた時のような感覚だ。それは一度掴んでしまえばもう失敗に怯えることは無い。後は足を着かずに乗りこなすだけだ。
能力を発動できた優越感から、宙に現れた魔法陣を落ち着いて俯瞰する程の余裕が出来ていた。
ユンナと俺の手先の間に現れた魔法陣は、解読不能な紋章のような渦を持つ外周に、円の中に大きな星を持っていた。
自転車を漕ぐように魔法陣に魔力を加える。そしてユンナを魔法陣の中に取り込む。魔法陣はそれに呼応するようにかたかたと円を揺らし、ユンナもまた震える。
丁度カーテンが風に揺れて舞い上がり、下の隙間からその光景だけに薄い光を当てる。それは宗教的な儀式の様子を醸し出し、幻想的な魅力に包まれる。
出来る。そう直感し、魔法陣に魔力を加える。
魔法陣はカーテンから覗く淡い光に照らされながら回り続ける。そして、みるみるユンナの汚れが落ちていく。
10秒ほどでユンナの体は作り終えた瞬間のそれと同様汚れの無い純粋な体となった。
ふぅ、と一息付くと、魔法陣は忽然と姿が消えた、--と言うより消した。魔法陣を上手く使えたことに恍惚となり、しばらくうっとりと人形を眺めていた。
何かまだ出来そうな気がする。魔法陣を再び練成し、ユンナに掛ける。
今度は魔法陣を小さくし、ユンナの体内に潜り込ませる。魔法陣が完全にユンナに吸い込まれたところで魔法陣を操作してみる。感覚としては習得したばかりの自転車を片足立ちで漕ぐようなものだ。
魔法陣を少し上に動かすと、ユンナが僅かだが上に動く。しかし、今までラケットを振るようだった重さが鉛を持ち上げるような重さに変わる。魔法陣がユンナに馴染み、ユンナそのものが魔法陣となったみたいだ。
魔法陣を動かすのが楽なのは、魔力回路から魔力を伝えるのに適した形だからなのだろう。それ以外の物質でも魔力回路を伝えることは出来るが、格段にやりづらい。実際たった今そうであった。
「くっ……はあっ!」
ユンナを3センチ程浮かしたところで体力の限界が訪れ、俺は床に転がり、ユンナはぽすんと机に座った。
俺はすぐに立ち上がり、ユンナを以前のように固定できるよう立て掛けておいた。人形を変な体勢で置いておいて何かあったら大変だ。
いつの間にか風の供給は途絶えカーテンは静の姿勢に落ち着いた。同時に淡い太陽光もカーテンに遮断され、部屋は薄暗いより少し明るい白と灰色の混合色となって春の朝を告げていた。
いつもの朝だ。
二度寝する気も起きないので取り合えず階段を降りる。
「ユルか、おはよう」
結構早く起きたつもりだったが、カナンは俺より早く起きていた。まあ朝ご飯の用意をしなければならないので当然である。
「ああ、おはよう」
「おはようユル」
ぶっきらぼうに返答すると母親からも返事が返ってくる。相変わらず耳には包帯を巻いている。
「あいつらは?」
「あいつらって--ブルームとキサラギか。ガロの寝室に移してまだ寝てるよ」
出血は収まったから命の危機は去ったわ、と一言付け加えたカナンは卵を焼いている。今日はエッグトーストか。
「見張ってなくていいのか?」
「大丈夫さ。奴らもこれ以上悪さしようなんて思わないだろ」
カナンが答える。楽観的と言うよりは、底の無い人間への信頼だ。母親は人はどこまでも優しい物だと思い込んでいる節がある。
「じゃあ、ちょっと見てくる」
「あ、ついでに新聞取ってきてくれる? たぶんもう来てるから」
カナンは俺が好奇心と警戒心からそう言うのを待っていたかのように食い気味に言い放った。行き掛けの駄賃ってやつか。いや、得がない。
「そうやって人の良心に漬け込んで……まあいいけど」
リビングを出て廊下を一つ右に曲がり、ガロの部屋に到達する。
念のため扉に耳をあて、二人が起きていないか確認する。
--何も聞こえてこない。カーテンが擦り合う音くらいだ。それも微々たる物で、すっすっと鳴っている。
しかし、動いていないだけで意識はあるかもしれない。一度試してみよう。
ガン! とドアを蹴る。
「わっ!」
何と、物音に驚いたらしき小さな悲鳴が聞こえてきた。
善は急げ、悪は延べよ。背伸びしてドアに手を掛け、一気に開く。
「あ……」
そこには、茶色のローブを脱ぎ、その下のドレスのような服も脱ぎ、今まさに下着に手を掛けているキサラギの姿があった。口は何かを主張したそうにまごまごと震え、焦燥と侮蔑の混じった目で俺を見つめていた。
ブルームは未だ寝ていて、キサラギに背を向けるようにしている。
つまりはキサラギだけ先に意識が戻って、状況を把握した後は精神を切り替えるために着替えていたのだろう。
洋服の代えはどこにあったのだろうかと思うと、キサラギの側に母親の衣服があった。成る程、母親は親切にもキサラギのために服を置いといてくれた訳だ。
--と言うことは母親はキサラギが女だと看破していたのか。
「き……」
「き?」
数秒後、キサラギがようやく口を開いた。「キサラギです」なんて自己紹介をするのだろうか、いや流石にそれはないか。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫ばれた。まるで猛獣を見るかの様な目で、腕で歯を振るわせる。こんな子供相手にそこまで恐怖心を露わにされると流石に心外である。
直後、部屋に入ってきたカナンにあらぬことを想像されて非常に怪訝な目で見られたことは口述する必要は無いだろう。続いて入ってきた母親は何とも悲しそうな目をしていたことも以下略。
さらに、その悲鳴でブルームが意識を覚ましたらしくもぞもぞと動き出した。あーもうめちゃくちゃだ。




