19話「ホロウ・ガリウス=メディア」
夕焼け、黄昏。
茜色の西日は家に備えられた間に合わせの窓を透過して、情景豊かな橙色へと微量な変化を遂げて伝統的な屋敷を包み込むように穏やかに照らしている。
そんな温もりのある屋敷の一室で、我が家族全員集って事の経緯を見守っていた。
「それじゃあやるよ」
「お願いするわ」
ホロウは指を折り曲げ、こきりと音を鳴らす。そして足を畳んで座る母親に手を掲げ、魔法陣を顕現させる。
『修理』
かざした魔法陣から緑の胞子が放たれ、家を仄かなライムグリーン色で染める。その色は癒しや再生の印象を与え、能力の効果に良く合った整然さがある。また、差し込む橙色と調和して哀愁を漂わす。
「すごーい、きれーい!」
セフィアは陶然としてその光景を長々と眺めている。
「修理師ねぇ……」
カナンは何かを窺っているような俯瞰の態度でそれを眺める。
魔法陣が光を帯びてからホロウはあらゆる動作を止め、傷の修復にのみ意識を向けた。
「ねぇユル、セフィアを治した時より時間掛かってない?」
「能力で負った傷を治すのと能力自体を消すのは勝手が違うんだろ」
「うーん、そう言う事なのかな。セフィア良くわかんないや」
数刻の後、ホロウは魔法陣を解除した。ライムグリーンは再び敷かれたカナンの結界陣から逃げるように散会し、彩度を落として次第に見えなくなった。
「よし、これで大丈夫ですよ。--えっと、サラ姉さん」
「うん」
母親は自らが指名した呼び名に微笑みで返す。
「まあ、これで一件落着ってとこか」
魔法陣が消えてやっとカナンは安堵の息を漏らした。もしかしたら最後の最後までホロウの能力に対する不信感があったのかもしれない。
ホロウの歳は俺の一つ上の6歳。セフィアが明日の誕生日を迎えれば同い歳となる。
皮肉なことに、最も遅くに我が家族になったホロウが子供達の中では最年長なのだ。つまり年齢は高い方からホロウ、セフィア、俺となっている。但し身長は高い方からホロウ、セフィア、俺である。不服。
「それじゃあこれからよろしくね、ホロウ」
「はい!」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ」
「そう……だね、サラ姉さん」
覚悟はしていても一方的に与えられた「家続」に萎縮してしまっているホロウだが、母親の優しい態度でいくらかほぐれたようだ。尚、敬語を使わないことは事前に取り決めておいた。
「よし、無事にサラに掛かった能力も消えたわけだし、改めて自己紹介といこうじゃないか」
カナンはパンと手を叩いた。
「そうね、私達も新しい家族の事は知りたいわ」
「セフィアもー! ユルとホロウは?」
「むしろ僕からお願いしたいことだし、いいよ」
「ホロウに同じ」
異論なく決まった。俺としてもホロウの今の意向は汲んでおきたい。
「じゃあ私からいこうかな。私はサラ、ユルのお母さんよ。好きなことは裁縫と--庭いじりかしら。よろしくね」
「はい、よろしくお……よろしく」
母親相手だと禁じられた敬語を使いたくなる気持ちは分かる。敬まわなければならないオーラが節々から出ている。
「よし、次はアタシだ。アタシはカナン、セフィアの母さ。こう見えても能力者の端くれで、特級に認められてる。よろしくな」
「特級……」
「ああ、特級クラスになると一週回って普段はほとんど使わないけどさ」
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
同じ能力者として特級がいかに凄いかは、たとえ能力者の階級の比率を知らなくても伝わるだろう。身近にそんな人がいるのだから、世界とは恐ろしい物だと植えつけられる。
「次はセフィア! えーと、ユルのお姉さんでー、いつもユルの面倒を見てるの。後はお外であそんだりお人形さんとあそぶのが好きかな」
「うん、よろしく」
「よろしくー!」
良くも悪くもセフィアらしい自己紹介だ。ユルの面倒を見ていると言う一節は余計だが。
さて、次は俺か。
「俺はユル。普段は理学に没頭している。最近は人形作りにも入れ込んでいる。今後ともよろしく頼む」
「ああ、よろしく」
ホロウの瞳では俺はどういう人物に映っているだろうか。ほぼ同い年で自分以上に能力を使いこなし、『影』から退くことが出来た主因となった人物。言葉遣いも歳不相応であり、自分で言うのもあれだが漂うオーラが有象無象とは比にならないだろう。そこから感じるのは畏敬か、畏怖か。
「よし、最後にホロウ、びしっと決めてくれ」
「決めるってなんだ……まあいいや、えーと、僕はホロウ。ホロウ・ガリウス。ユルとセフィアから聞いてると思うけど、母親は既に他界して、父親は戦争に駆り出された。それで暫くシザス町の最西端で何とか生きていて、今日ユル達に出会ってその暮らしは終わって、まあ、この家の家族になった。えーと、これからよろしくお願い--よろしく」
改めて悲惨な人生だ。それも6歳で。
「よし、それじゃあ歓迎パーティとしゃれこもうか! って言いたいところだけど、流石に昨日の今日じゃ準備出来ないな。でも折角だしボンドラの野朗とかも呼んで、明日セフィアの誕生パーティと一緒に盛大にやろうか」
「わー! それいいね」
カナンの提案を真っ先にセフィアが受諾した。勿論断る理由も無い。
ボンドラも呼ぶのか。ホロウの件は俺が依頼したからきちんと礼を言っておかなければ。
「ホロウの部屋はどうする?」
母親が尋ねた。
「そうだなぁ、生憎余ってる部屋はないからユル、一緒でも良いか?」
カナンが尋ねてきた。
「良いけど……」
「けど?」
「別に良いよ」
仕方ないと言えば仕方ないが、単純に自分の部屋に他人をあまり入れたくない。この場合の他人とは家族全員のことだ。自分の部屋は神聖な心の拠り所とする節を持っているのは俺だけではないはずだ。
「いーな、セフィアの部屋にも遊びに来てね」
「お前は行く側だろ」
「はは、ユル次第かな」
いや、何も俺に合わせなくても良いとは思うが。
「よし、早速ホロウにユルの部屋を紹介してやりな」
人形の視線を浴びながら階段を上り、部屋に着いてドアを開ける。
「ほら、これが俺の部屋だ。別に面白いもんはないぞ」
ホロウは俺の部屋をまじまじと見渡す。何だか恥ずかしい。
左には理学の書の詰まった本棚、正面にはユンナを立て掛けた机、右にはマットレスのベッドだ。
「本当に面白くない……」
「自分でも思うが口に出すなよ」
そりゃそうだ。5歳児の部屋とは思えない整然さが広がっている。
「ごめんごめん。あ、でもこの人形は良いかも」
ホロウはユンナをひょいと持ち上げた。もう髪の接着は終わったようで、持ち上げられた衝撃で吹き飛ぶパーツは無かった。
「--もしかしてあまり見られたくなかった?」
「いや、別に」
ユンナに異常が無いか観察していたら自然と険しい表情になっていたのか、ホロウは少し取り乱していた。
「そういえばこの家には人形がいっぱいあったな」
「ああ、特に理由を聞いたこともないが物心付いた時には既にあった」
「ふぅん」
ホロウは相槌を打ち視線を手に持つユンナに移した。
「これだけ部屋に飾ってあるって事は、特別に気に入ってるのかい? そんなに良い出来とは思えないけど、思い出があるとか……」
「それは自作だ。明日セフィアにプレゼントする」
それを言うとホロウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「何だその顔」
「いや、自分で作れるなんて凄いなって思って」
「人形師だからな」
「それもそうだね」
アピールのために糸を練成し、うようよと動かすとホロウは感心したように頷いた。
「僕も何かセフィアにプレゼントした方がいいかな?」
「さあ、ホロウもパーティの主役なんだから別にしなくてもいいとは思うけど、やりたいならやればいいんじゃないか?」
「そうだよね。うーん」
ホロウは少し思案に暮れたが、やがて少し声の調子を変えて話し始めた。
「あのさ、セフィアって凄い良い子だよね。あ、いや、勿論ユルもだけど。結果的に初対面の僕が君達家族の輪に割り込む事になっても、文句の一つも言わないどころか凄く嬉しそうにしてさ。それに、あの『影』に襲われた後でも変わらず凄く元気で、何て言うか、その……」
やや早口で語られたセフィアの評価は最後には尻すぼみに声量が下がっていた。
「惚れたのか?」
「ばっ、馬鹿、そう言うわけじゃない!」
適当にかまをかけたら赤面して必死に否定してきた。その様がかえって怪しいと類推するのは容易だが、それを発言しても余計に怒らせるだけなので追及はしないでおこう。
「まあ何でもいいけど、あいつはまだ善悪を知らないだけだからな。誰にも優しく出来るのは、優しい人としか出会わなかったからだ。云わば環境に恵まれているんだ。ホロウは不遇の環境に置かれたから、警戒して生きるしかなかった訳だから、アイツだって何時変わるか分からねぇよ」
「--それは、君の実体験か?」
ホロウは怪訝そうに瞳を俺と合わせた。薄い蒼の俺とも濃い朱のセフィアとも違う、純黒の瞳だ。
「俺ではないが、俺ではある」
「それが[何者か]って奴か」
本当に聡明だな。素晴らしい推察力だ。
「もしかしたら僕は君の事を信頼できないかもしれない。でも、信用はするつもりだ」
「それがいい。これからよろしくな」
「ああ、よろしく」
一対一で行われる二度目の挨拶には牽制のような鋭さがあった。
ホロウは俺とあくまで家族として振舞っていくのだろう。その先に進むことは俺の根幹に辿り着かない限り無理だと察したか、或いは俺のような人間を認めたくない心の表れか。
少なくとも現時点ではその方が良いのかもしれない。
『影』についてはまだ母親らに話していない。
単純に余計な心配をかけさせたくない思いもあったが、一番の理由はあの影の球体を説明する手段が無いからだ。
能力を使ってあの黒い毛糸球のような物体を操作していたのなら分かるが、あれは確実に黒球自体が意志を持っていた。
落ち着いた今になってあの邪悪さがより深みを増す。もう一度見てしまったら暗黒に吸い込まれてしまいそうな蠱惑さがあった。
能力が現実の近しい物となった今、能力だけでは説明できない異常な現象を理解することが恐ろしく、思考から逃げてしまいたくなった。
その気持ちは血の繋がっていない兄弟2人も同じだろう。脳裏に焼き付けられた非日常に抗えず、唯逃げる事しか出来ない憐れな存在の中に収まっていく感覚を共有している気分があった。
きっと『影』に襲われたと言う過程は風化していき、次第にホロウが家族になったと言う結果だけが残るのだろう。少なくとも、俺はそうでありたい。
「ユルー、ホロウー、ご飯出来たわよ」
下から母親が俺達を呼ぶ声が聞こえた。
俺とホロウは目を合わせ、無言で頷いた。
ホロウは意外なほど直ぐ家族に馴染んだ。カナンの細かいことは気にしない性格と母親の危険すらある性善説のお陰である。
そして、日は没した。俺は机のランプを点けた。
「ユル、何してるんだ?」
ホロウが俺のほうを覗き込む。
「勉強だ」
今日はレンツの法則についてやろうと思っていた所だ。
「相変わらず子供のやることじゃないな……」
「そうやって子供について確かな概念を持っている限りそっちも大概だと思うけどな」
「まあ、色々考えなきゃ生きていけなかったから」
「そうか、世知辛いな」
「ああ」
俺は生まれてこの方生活に困ったことは無いが、仮に以前のホロウの生活をするとしたらどうなるのだろうか。
少し考えてみたが、能力があれば何か事欠く物はないように感じる。能力で盗みでも何でもして金を手に入れ、顰蹙を買う前に別の地に移る。それだけで存外やっていけそうだ。
いや、机上の空論だ。頭ではそう思っていても思い通りに行かない可能性など十分にある。実際、ホロウは能力を持っていて尚地獄の環境に身を投じた訳だ。
「僕も勉強はやってみたいな。流石にユルほど賢くは無いけど、平均よりは頭が良いとは自負してるよ」
「だろうな。ホロウが賢い事は今日で良く分かった」
「はは、ユルに言われてもな」
「本心だ」
俺一人だったら『影』に殺されていただろう。それはホロウとセフィアの立場からも言える。要は3人の力が揃って初めて『影』から退くことが出来たのだ。
いや、実際退けられたかと聞かれればそうではないが、少なくとも毛糸のような能力者本体を見るまでに殺されていた可能性は十分にあった。
「やっほー、遊ぶに来たよ!」
急遽、ドアが乱暴に開いた。
「セフィアか」
風呂に入った後のようで体が火照っている。
「ユルはまた勉強してるの? つまんなーい」
「将来的に大事なんだよ」
例えなりたい者、やりたい事が決まって無くても勉強はするに越したことは無い。一日一時間やるだけでも将来は全然変わってくるだろう。
「ホロウはいつも夜は何してるの?」
「暗くなったら何も出来ないから寝てた……」
「あ、そう……」
触れるのがタブーな奴だった。何気なく聞いたセフィアも後悔してしまった。
「大丈夫、やりたいことはこれから見つけるから」
前向きだな。まあ良いことなのは間違いないが。
「あ、じゃあさ、三人で遊ばない?」
「俺は勉強が--」
「一日くらいいいじゃん別に」
その思考は身を滅ぼすぞ。
まあ、今日くらいは遊んでやるか。正直今日はもう考えたくないし。
ここらへんで一章の半分ぐらいですかね……。
実を言うと最近執筆をすっかりサボっていたので書き溜めがありません。
それでも、構成は相当先まで出来ているので何年掛かっても完結までは進めていきたいと思っています。
これからも細々とやっていくつもりなので、どうかご支援の程よろしくお願いします<(_ _)>




