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お待たせしました。
本来定刻に出すつもりだったのですが、途中だったので書き足しました。
書き溜めはないのでしばらくお休みして書き溜めたいと思います。
朝食の際の話題として、昨晩のビヴさんのはなしをエルシーさんに教えると案の定、顔を赤らめてビヴさんに責任転嫁していた。
「だからプロファイルの結果で、この人には向いていないって言ったじゃないですかぁ!!」
「そんなこと言ったって、パブで女の子の胸ばっかり見ていたって、報告したのエリーじゃん。」
「ぼ、ぼくって、そうだったんですか!?」
「視線の分析で、かなりな回数を私とバーのマダムの胸に向かっていたんですよ。ファミレスでもビヴを目で追っていたから、私とビヴがあなたと共にゆくことで少しは印象を良くすることができると考えたのよ。」
「なんか、すみませんでした。」
「いいえ。私たちも不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。」
「いえ、精神修養の役に立ちましたよ。」
「ん?」
「いえ。それよりも、もうきちんと関わる心算ができていますから、今更、ハニートラップなんてやめてくださいね。」
「それはもちろんですよ。」
「ん。でも、心のサポートはしてあげるよ。」
「サポート?」
「イェス。タッチングにハグ、なんでもいいよ。」
「えぇ!?」
「ビィヴ!! またそんなこと言って!!」
「エリー、わかってないね。なんのためにその大きなものを胸につけてるの?」
「な、な、な、な、な…………」
「男を抱きしめて顔を埋めさせるためにあるんだよ?」
あぁ、この場にぼくはいない方がいい。
そもそもなんでここにいるんだ?
ああ、朝食だったか。朝の爽やかな空気が台無しだ。今日からまた『寄宿舎』にゆくことになるのに、どうしてこうなっているんだろう?
通勤の自動車の中はとても静かだった。昨日の試し乗りでも思ったが、この車はとても静かだ。時計の音しか聞こえないとまではゆかないが、オーディオから響くエルガーの室内楽が後部座席にいてもよく聞こえる。
そして、それにしても前席の空気感が重い。
エルシーさんとビヴさんはあの後も言い争いが続いた。どうやら二人とも学生時代からの知り合いらしく、十代の頃のエピソードまで持ち出して口げんかを続け、最後には顔を合わせないようにエルシーさんは窓を見つめたままだった。
「そ、それじゃあ、また帰りは頼みます。」
「二人でディナー、どっか行こっか? オールドミスはほっといて。」
「い、いやぁ〜、そ、そういうわけには…」
エルシーさんが恐ろしい目でこっちを見てるよ。すっごく見てる。
「ビヴ、仕事第一よ。」
「…イエス、アリス。ちゃんと迎えにくるわ。」
その後もピリピリとした雰囲気の彼女をとなりに、ぼくらは地下に向かった。
自席に腰を落ち着けて、ぼくはやっと一息をつくことができた。仕事の準備をしていると、エルシーさんがお茶と手作りのお菓子を持ってきた。お菓子はこちらでは珍しいいちごのフルーツサンドウィッチだった。
「これ、おいしいですね。どうしたんですか?」
「…………ビヴが持たせてくれました。」
「なんだかんだ言って、仲がいいんですね。」
「ビヴはあなたのことをとても気に入っているからですよ。」
「気に入られるようなことをした覚えはないんですけど。」
「気楽なんだと思います。」
「人畜無害ということですか。」
「そんなに卑下した言い方をしないでください。」
「そんなことよりも、一応のプランは立てました。共有フォルダから入って確認してください。もしこの方向性でゆくのなら、いくつかお願いしなくてはいけないことが出てきますので。」
「了解しました。今日のスケジュールは午後から、子どもたちとのおはなしですか?」
「ええ。本当は先週だったんですけど、あの件があって予約をキャンセルしなくてはいけませんでしたから、謝ってきます。」
「元気な顔を見せてあげてくださいね。」
「はい。」
サンタナさんに子どもたちにはどういう言い訳をしたかを確認し、ぼくはコンソールの前に腰を下ろし、マイクに向かった。
「久しぶりだね。」
『げんき・でしたか?』
「うん。先週はごめんね。急に出張が入ってしまってキャンセルしなくちゃいけなかったんだ。」
『気に・しない。先生・いそがしい。』
「ルクサーナはいい子だね。優しい。」
『………… トランスレートに失敗しました。』
エラーメッセージが出た。どうやら、ルクサーナは動揺しているらしい。
『トーキョー・行ってきたの?』
「いや、ロンドンだったけど、なんで?」
『先生・トーキョー・人。』
「ああ、よく知っていたね。そうだよ。東の人と会うのは初めてかい?」
『はい』
よしよし、会話は順調に進んでいるし、彼女も気にしていないようだ。よかったと胸を撫で下ろしていると、ガラス越しの部屋で子どもたちのケアをしているナースの様子がおかしい。音は聞こえないがモニターの警告ランプがせわしなく点滅している。
サンタナさんがドクターコールのための受話器を取った。
『なに?』
「うん。なんでもないよ。時計を見ただけだ。また、会いに来てもいいかな?」
『……… はい。』
「じゃあね。」
マイクのスウィッチを切った。ぼくは青ざめた表情でドクターやナースたちによって子どもたちの部屋から運び出される小さな鉄のカプセルを見つめるサンタナさんを見上げた。
「どうしたんだい?」
「わからない。急にシリーンの血中酸素濃度が低下したらしい。朝はなんともなかったのだが…」
「そうですか。」
業務時間が終了しても、医療チームは戻ってこなかった。状況はこちらには伝わってこない。心配だったが、ぼくにできることもなく、エルシーさんに促されて帰宅することにした。
フォンデンプラス=プリンセス セーラの後部座席に座り、深いため息をついた。
「どうかした?」
「子どもたちの一人が体調を崩してしまいました。」
「ああ、つらいね。」
「ええ、まあ、はい。」
「いま私たちにできることはないのですから、あまり気にしすぎるとよくありませんよ。」
「ええ。わかっています。」
「企画書に関しては上に送らさせていただきました。工房の方でも検討されると思います。」
「お願いします。」
寝苦しい夜が明け、若干腫れぼったいまぶたをしたぼくはリビングでエルシーさんが淹れたイングリッシュブレックファーストティーに何も入れずにすすっていた。渋味のまさったその味は舌に残り、いまぼくはまさにカフェインを摂っているという気分にさせた。気持ちだけだけど。
ビヴさんの作った朝食は薄いトーストにレバーソーセージ、鮮やかな黄色のスクランブルエッグ、それにチーズとフルーツだった。ぼくはカリカリに焼いたトーストの上にレバーソーセージを薄く切ったものをのせて食べた。
何度目かのあくびに「大丈夫?」と笑いながらビヴさんに心配されたが、肩をすくめて見せた。
「とりあえず、企画書も出しましたからぼくが今できることはありませんよ。」
「まあそうなんでしょうね。じゃあ、今日は休日ということで休みましょうか。」
「お〜、賛成。」
「何を言っているんですか? 仕事はそんなに簡単に休みなんて取れませんよ?」
「日本人らしぃ〜ね。仕事ないなら休む。これジョーシキだよ。」
「仕事は自分で探すものなんて言っても通じませんよね。」
「そんな人生を損するような格言など私たちは知りませんよ。ご飯を食べ終わったら、ひとまず二度寝でもしましょうか? 」
「魅力的すぎて逆らえないですよ。」
ぼくは苦笑した。
ほんとうに休んでしまったぼくたちはその日はのんびりと過ごした。
まったく家事に貢献していなかったぼくは二度寝から覚めたあと、エルシーさんをお供に『ごはんとおさけ』という日系スーパーで買い物をして、キッチンに立つことになった。
「なに作るの?」
「ラーメンですよ。」
東京の賃貸マンションのものよりも若干背の高いキッチンに置かれたまな板の上には、気に入ったのか、ビヴさんが買い置きしているウェールズのネギがみじん切りになっていた。中華鍋がないのでフライパンにごま油と刻んだネギを投入し、じっくりと熱を加えていった。
ジクジクとネギから泡が出てきて、いい感じで香りが立ったところでもやしを炒めた。
スープは凝ったものができないので、スーパーで売っていた醤油味のペーストをこれまた顆粒のチキンスープの素を溶かしたお湯で溶いて作った。
「ん〜 おいしそうな匂い。」
「もう少しで出来ますよ。」
ガス台のコンロが3つもあると便利だなぁ。野菜を炒めて、スープを作っているうちにお湯が沸き、ぼくは麺をほぐしながら入れた。
「さあ、どうぞ。」
ラーメンどんぶりがなかったので、適当にあった深いボウルにスープを注ぎ、麺を入れ、トッピングのもやしと既製品のチャーシューを乗せて、二人に出した。
「とんこつじゃない。」
「あれは好き嫌いがありますからね。」
「私は醤油が好きですよ。」
ぼくも席に着いたところで、みんなで食べはじめた。二人とも熱々の麺を上手に音を出さずにすすった。美味しそうに食べる様子を確認してから、ぼくも食べることにした。うん、まあまあだな。久しぶりに作った割に美味しくできたと自慢できる。
「今日は暖かいので、熱いラーメンを食べると汗が出てきますね。」
「いけるね。」
「好評でよかったです。」
「後片付けもお願いいたしますね。」
「あ〜…了解しました。」
午後は、庭づくりに励むエルシーさんの横で、ぼくはデッキチェアを出して涼しい風と柔らかな日差しを浴びて昼寝に励んだ。
「ビヴさんはどこかに出かけたんですか?」
「彼女は部屋で銃器の整備をしていると思いますよ。」
「そういうのを聞くとなんだか気が休まりませんね。」
「お仕事ですから仕方がありませんよ。」
「そうでしょうけど、そんなに危険な状況でしょうか? いま、ぼくらは本国にいますよね。」
「ええ、そうですね。でも、いうじゃありませんか。『備えよ。常に』って。」
花壇に向かってしゃがみこんでいたエルシーさんは立ち上がって大きく伸びをして、ボーイスカウトの標語を口にした。彼女の足元には綺麗に植えたマリーゴールドの花が咲いていた。
「まさにエルシーさんたちのためにある言葉ですね。」
「ですね。私はガールスカウトには入ったことはありませんが、好きですよ、この言葉。」
ぼくは微笑みを彼女に見せてまた目を閉じた。




