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 工房の資金を出しているという人がぼくに会いたいということで、ぼくらはその人が指定するシティ・オブ・ロンドンに来ていた。


 本来はぼくの自動車のはずだが、ほぼビヴさんのものになってしまった感のあるプリンセス=セーラはロンドン市内も走る許可を得ているため、そのまま乗り入れることができた。


 なんの飾り気のないただ古いだけのビルの横にある玄関にはコートを着込んだ体格の良い老人が一人、立っていた。

 

 「ミスターQとの約束です。」


 「はい。お伺いしております。どうぞ。」


 エルシーさんの彼の前に差し出したカードをちらりと目を向けた彼は、私たちにそのドアを開いた。中は暖かい光が満ちていた。人の姿どころか気配も感じることなく、エルシーさんを先頭にぼくらは廊下の奥の階段を上がった。


 「子供の頃から知っていますが、ここには一人で入ることができないんですよ。」


 「エリーをしてもダメなんですか?」


 「ここは男性限定の会員制クラブなので。」


 「へぇ、これが。噂に聞く。意外と質素なんですね。」


 「そんなことはないですよ。食事やお酒、葉巻もいいものが揃っていますよ。あとで楽しんでゆきますか?」


 「是非とも。」


 ぼくの代わりにビヴさんが答えてくれた。微笑んだエルシーさんは閉じられたあるドアをノックした。すぐに返事があり、エルシーさんはゆっくりと重そうな扉を開いた。


 中はヴィクトリアン様式の豪奢な内装で、髭を蓄えた日系の男性が暖炉の前に座っていた。


 「アリスくん、久しぶりだね。」


 「あなたがいらっしゃるとは思いませんでした。」


 どうやら、カードの主であったミスターQとは違う人物のようだった。日系人であるが、ごく自然にこのクラブの一室を占めて、くつろいでいる様子だった。


 「そうかね。ところで企画書は読ませていただいたよ。とても良い出来だった。よければそこに腰をおろして、いくつか質問に答えてくれるとありがたい。」


 「ありがとうございます。」


 男性の指し示した彼と対面のソファに腰を下ろした。いつの間にか、そばにいたウェイターがコーヒーと高級なレザーケースに入れられた太巻きの葉巻が差し出された。ぼくはコーヒーだけを受け取り、葉巻はご遠慮させていただいた。


 「さて、まずはお疲れ様だったな。とても現実的な案だと思う。」


 とそこで、男性が苦笑した。


 「義体というのかな? 人工的な体を作るというプロジェクトとだけ聞くと、どこが現実的なのか、神経を疑うがね。」


 「そう、かもしれませんね。」


 「最近のロボット技術を見ても関節やモーターなどは目を見張るものがある。そう行ったものを利用せず、生体部品やそれに近い素材を用いるのはなぜかな?」


 「いくつか理由はあります。軽量化や耐久性、見た目もそうですが、一番の理由は中枢神経系への負担の軽減があります。」


 「ふむ、軽量化と見た目は理解できるが、耐久性は金属の方が上ではないか? あとは脳への負担ということか? だが、義手、義足は昔からあるのではないか?」


 「はい。まずは耐久性に関してお答えいたします。


 金属の日常的な使用はあらゆる環境下での長期間、継続的な使用を考えた場合、ジョイント部分の磨耗のこともありますし、ゴミや泥などが入った場合や極端な温度の変化は金属によっては故障の原因になります。


 それに対して、提案しましたアクチュエータは高額ではありませんし、損傷時はユニットの交換での対応が可能です。また皮膚組織のようなもので覆うことで防塵性の向上や生体とほぼ同じ大きさで収まりますので服を着ることができます。このために不信を持たれないような形で温度変化への対応が可能です。」


 「ほう。脳への負担に関しては?」


 「こちらはやや専門的になりますが、これまでの義手や義足はフィードバック機能がついていませんでしたが、残りの身体の部分で重さや対象物との接触時の摩擦の具合などの知覚フィードバックがフォローされていました。しかし、今回のプロジェクトでは全身の代替となります。この状況でフィードバック機能がついていない部品を用いることは中枢神経、脳への知覚フィードバックが困難となります。」 


 「そこが問題となるのか?」


 「はい。私たちのような神経系を持ち、運動することができる生物は触覚と運動覚のループがあって、はじめて周囲の状況の確認や運動の開始、継続、次の運動の予測などが可能となります。これができなければ、ただバケツの中に脳を入れて、マニュピレーターやタイヤを動かせと言っているようなものです。また、知能の発達にもこの運動が重要な影響を及ぼします。」


 「ふぅむ。もし、パワー優先を選択するので、機械的な技術に変更するように指示すると対象はどうなるかな?」


 「…………とても答えにくいのですが、成功はできないか、予測不能な神経系への負荷のために短期間しかもたないと考えます。」 


 「わかった。次に企画書に書かれてあった技術に関しては裏を取らせてもらった。特に最新の技術を使っているわけではないのは、どういう理由によるものかな?」


 「『Give them the third-best to go on with; the second-best comes too late, the best never comes』、三番目あたりのいいものが実は最良の技術ということです。」


 ぼくの座右の銘であるワトソン・ワット氏の金言に男性はニヤリと笑った。


 「ああ、そうだな。私たちも安心ができる。現実的なリーダーを得たいと常々思っていたのだ。」 


 彼は機嫌良さそうに葉巻をふかした。ポニーテールの女性の横顔がロゴデザインの葉巻から漂う紫煙は、タバコが嫌いなぼくでさえ誘惑にかられる香りを漂わせていた。


 巨大なケット=シーのように満足そうに目を細めて丸いお腹を抱えるように両手を組んだ彼はゆっくりと頷いた。


 「プロジェクトは進めることにしましょう。ただ、二つの注文をさせていただく。」


 一つ、設計や生産はGBNだけではなく、欧州でいくつか協力してもらえる国の機関にも声をかけ、コンペティションを行う。


 次に期限を設ける。三年を目処に完成させること。進捗状況によっては相談は受ける。


 「合衆国ではないのですか?」


 「彼らは自分たちでやってみたいようだ。我々も大西洋を挟んだ甥の独立心を尊重して、余計なおせっかいは控えよう。


 ああ、そうだな。本当に偶然なのか疑っているのだが、いくつかの有力な国々で同じような計画が立っているようだ。合衆国もそうだし、東の連邦もそうだ。東アジア大陸でも同様の計画があるようだ。つい昨日は君のところにもいささか刺激的な挨拶に行ったそうだが、常に彼女らをそばに置くようにしてくれると安全に過ごせる確率は高まると考えている。


 今更言う必要はないと思うが、君に理解して欲しいのは、これは誰が最初にゴールするかというレースではない。誰が最後まで立っていられるかだ。


 焦る必要はないが常に考えて行動をしてもらいたい。」


 「わかりました。ありがとうございます。」


 「いいや。こちらこそ、助かった。ところで、アリスくんは何かあるかな?」


 「そうですね。若干お腹がさみしい感じがしますね。」


 「ふふふ。このクラブで軽く食べてゆくといい。ジョン、今日のオススメはなんだろう?」 


 「メインはロブスターがよろしいかと。あとあまり知られてはいない銘柄ですが、ハンガリーワインのよろしいものが入っております。こちらはデザート向きかと思います。」


 ロブスターは食べたことがないのでよくわからないがまあ、海老には違いないだろう。ハンガリーワインは貴腐ワインで有名なので甘い味わいがする。だから食中酒ではなく、デザート向きなのだろうな。


 とウェイターのジョンさんの説明を聞いて、泣いている子が一人いた。


 「ク、クルマ………」


 「ぼくが運転して行こうか?」


 「仕事だから、いい。」


 ビヴさんは悲壮な覚悟を顔に浮かべて堪えていた。

 ちなみに夕食に出されたホタテのサラダはとても新鮮で、ロブスターのグリルは素晴らしかった。もちろんワインもだ。


 家に戻るとエルシーさんはそっとワインのボトルを取り出した。一本、譲ってもらったそうだ。ビヴさんはエルシーさんの両頬に熱烈なキスを贈り、狂喜乱舞した。


 ワインは一晩寝かせて、明日飲むそうだ。


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