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そろそろストックが尽きる頃です。


商品名などはIF世界のために、英国と日本のブランドが連名になっていますが、小道具の役割的にあまり良い印象を持たれない可能性がありますので少し修正を入れる予定です。

 それから1週間、ぼくは自宅勤務となった。


 色々と子供達のことを思いながらあーでもない、こーでもないと自分の頭の中で会議をして、煮詰まるとエルシーさんに手伝ってもらいながら、ストレッチや筋トレをしていた。


 二人はカーチェイスの件でそれぞれの報告書を書き、エルシーさんは各方面へ連絡、ビヴさんはお買い物兼近所のパトロールに出かけることが日常業務だった。


 「どちらにしても、あなたは持久力に乏しいから、ウォーキングやジョギングが必要だと思いますよ。」


 「うぅっ、つぅぅ。……そうは言われましても、家から出ることができないし、無理なことを言わないでください。………あと、ちょっと体重をかけすぎではないですか?」


 「そんなことないですよ。男性は多少身体が固いものですが、度を越していますね。」


 「運動が仕事ではありませんでしたから。」


 トレーニングウェア姿のエルシーさんが床でストレッチをしているパジャマ姿のぼくの上に乗っかってきた。ぼくは横に転がって彼女の重みから逃げた。


 「もう、勘弁してください。」


 「だらしがないですね。それにいくら在宅ワークといっても、お昼間なのにパジャマ姿はいけていませんよ。」


 「だってトレーニングウェアなんて持っていませんから。体操するにはこれが一番楽なんですよ。」


 ぼくは転がりながら、いつの間にか誰かが買った『人をダメにするソファ』なる魔性のソファに身を落ち着けた。エルシーさんは短い黒のスパッツにおへそが丸出しのタンクトップだか、ビキニだかよくわからないトップスとなかなかに健康的で好ましい姿で床にあぐらをかいて座った。

 「それで、進捗状況はいかがですか?」


 「えぇ、いまお話ししても結構ですが、着替えてきた方がよろしいんじゃありませんか?」


 「私は別に。」


 「でも外でトレーニングもしてきたんでしょう? 汗。」


 「時々、すっごく嫌な奴になりますよね。」


 彼女は耳を赤くして、頬を膨らませて立ち上がって浴室に向かった。


 いや、本当に危なかった。


 同居人は家族、エルシーさんは姉のようによくできた妹でビヴさんは猫のように気ままな妹のようなものと常々自分に言い聞かせていないと大変なことになってしまう。うん、身動きの取れないような状況になってしまうのは危険だ。


 ややしばらくして、まだ少し膨れているエルシーさんが戻ってきた。いつものように大きいシャツとジーンズというシンプルで清潔感に溢れるスタイルだ。


 「それで?」


 「ええ、この間もお話ししたように割り切りする方に傾いています。」


 「ほう。」


 「いくつか技術的な問題はありますが、いちばんの問題はぼく自身ですかね。」


 「それはどういう意味でしょうか?」


 「じぃーっと考えているとそのうち自分がヨーゼフ・メンゲレの気分になるんですよ。」


 ヨーゼフ・メンゲレ。21世紀に入ってもなお、悪役の座を維持し続けるナチスの評判の中でも一層の猟奇性を持って語られる人物の一人だ。本人は寿命で亡くなるまで、否定し続け、彼の資料は様々な人によって焼却処分されたが、優生学や人体の操作を目的に様々な医学的人体実験を行なった中心人物の一人と目され、終戦後に逃亡し、死ぬまで捕まらなかった伝説的人物の一人。 


 家族や周囲の彼への評価はハンサムで良識のある人だというものである。


 だが、ハンナ・アーレントという当時のドイツに生まれたユダヤ人の女性の政治思想家は、ホロコーストに関与したアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴して、彼の中には目を背けるような悪魔性が決してあるわけではない。周りの流れに対して、マニュアルに則って事務仕事にあたるように、無思考で自己判断をせずにおこない続けてゆく結果、このような巨大な犯罪となった『悪の凡庸さ』を訴えた。


 ぼくも人体の人工的再構築の研究に関わるようになって、常にこの恐怖や不安が付きまとった。うまくできるのならば、『寄宿舎』の子どもたちを助けることができるが、それが本当に正しいことなのかという疑問がつきまとう。


 思い切ってしまうことで何かを失い、歯止めが効かなくなるのではないかという恐怖もある。 


 「考えすぎではないでしょうか?」


 「考えずに流れるように行ってしまう方が問題だと思います。」


 「アーレントのいうことは正しいと思います。確かにアイヒマンはそうやって自己防衛をしてきたんでしょう。けど、あなたは常にそういう不安や恐怖と戦っているという事実がすでに彼とは違うんですよ。コモンセンスを持ってことにあたっているうちはきっと道を誤らずに済むと思います。」


 「sensus communis、共有された感覚ですか。」


 「ええ、私もできるだけ援助いたしますよ。」


 「ありがとう。」




 エルシーさんの話だと、このまま在宅勤務に方向性になりそうだったが、定期的に『寄宿舎』にゆかねばならないし、そのほかにも行くところがあるだろう。何よりも家の中にこもって考えていても視野が狭くなりがちだ。


 そんなことを話していたら、新しい車が届いた。


 以前のタートス グリーンバード SSSよりもさらに小さい車体は一見、ハッチバックに見えて、実はノッチバック、車体の後ろにささやかなトランクルームがついている。ネオクラシカルなデザインは1960年代から1970年代はじめまで英国だけで作られたミニのお姉さんであるダッチサンの小型車シリーズを思い起こさせる。英国産の高級車によく用いられる明るめの灰色にサイドラインのゴールドのピンストライプが控えめに自己主張している。


 まさに小さな高級車だ。


 ボンネットの先に小さなティアラとサイドのVPの七宝焼きがフォンデンプラス=プリンスのアイコンだ。


 「やぁ。」


 運転席から降りてきた男性はハイエールに乗っていた人だ。


 「新しい車を持ってきたよ。」


 「かわいい車ですね。上品でいい感じです。」


 「これは……っ!?」


 「そうさ。フォンデンプラス=プリンセス セーラさ。」


 「そんなにレアな自動車なんですか?」


 「もちろん!! もともとプリンスは小型車は苦手だったんですよ。でもEUがエコロジーに配慮して、大排気量のエンジンに対して懲罰的な課税をかけてしまって、販売のために自動車会社に200台を最低限度として、小排気量の自動車を販売することで課税免除をしたんです。他のブランドはイメージを重要視したので甘んじて受けたんですが、プリンスは課税対策をすることにしたんです。そのためにプリンスは本田モトダ=MJ が生産しているシビリアンのエンジンとシャシーを融通してもらったんです。

 ボディはピースファリーナのスクーデリアに依頼して、昔のフォンデンプラス=プリンスのイメージを重視したデザインにしたそうです。

 限定250台だそうですけど、フォンデンプラス=プリンスは思いがけないほどの好評に女性向けの小型車としてプリンセス・ラインを新たに作って、シャシーを新規に開発して、限定500台として自社の直列6気筒エンジンを載せたんですよ。」


 「はいはい。で性能はいかほどなんですか?」


 「初期のセーラで用いたシビリアンは1.4リッターなんですが、グロリアに積まれている直列6気筒2リッターエンジンはシルキーシックスと呼ばれるほどスムーズな動きをするので、高級車としてはこちらの方が向いていますね。フォンデンプラス=プリンスは高級車路線ですので、加速などはシビリアンに譲りますね。」


 「ああ、彼が言う通りなんだがな。もちろんこちらでも手を加えているからな。前のタートスには譲るが、安全性はこちらの方が上だ。あと乗り心地も含めてこっちの方が高級だ。」


 「いざという時に速度が必要となると思いますが。」


 「エンジンは同じ直6でもスカイライトのものに入れ替えて、過給器も積んでいる。エンジンルームが手狭になっちまったんでバルジを作ったぞ。見分けやすいだろう。」


 よく見ると、ボンネットの一部が水滴の形でかすかに盛り上がっている。


 「加速は時間がかかるが、最高速はこちらが上だ。バランスをとるのに苦労したぞ。」


 「はぁ…… 大変でしたね。」


 「ブレーキも変えたし、もう見かけは似ているが、別物だ。あとオプションで自爆装置もつけることができるぞ。」


 「必要ありません。ありがとうございました。あとは私たちだけで十分です。」


 まくしたてるようにエルシーさんが彼を追い立てた。


 「ああ、あと報告書にあったがな。RPGは流石に無理だな。アーウェン37の擲弾を改造してある。特注カクテルの化学エネルギー弾だ。なりは小さいが戦車は無理だが、キャディラック・ワンの足くらいは止めることができるだろう。」


 「それでも十分すぎるくらいですよ。ありがとうございました。お忙しいですから、引き止めませんよ。」


 「なんだ。素っ気ないな。」


 押し込めるように男性を帰したエルシーさんが背中でため息をついているところにビヴさんがウルトラカブで戻ってきた。


 「新しい車、きたね。」


 「ええ。これもいい車ですよ。」


 「じゃあ、早速試してみよか。」


 「やっぱり、ドライバーはビヴさんなんですね。」


 「もちろん。」


 中に入ると、小さな車体の割に室内空間がとても広かった。ぼくは後部座席に座った。シートは全席若干硬めの皮のバゲットシートだ。前席の背部にはローズウッドのテーブルがついている。後部シートの真ん中は肘掛けが収納され、それを倒すとトランクルームにつながるようになっている。


 ビヴさんがエンジンをかけたが、エンジン音は微かにしか聞こえない。


 クラッチが繋がり、ゆっくりと進む。


 「ちょっと物足りないかも。」


 「いいですよ。十分だと思います。」


 「エリー向きね。」


 ぼくたちの住むミューズハウスの周囲を一周したが、やはり上品なという表現にふさわしい車だった。エルシーさんはとても気に入ったようだったが、前のグリーンバードに比べるとやや刺激のなさを感じるのがぼくとビヴさんの意見だった。




 夜、二人が寝静まった頃に、自室でまたパソコンを立ち上げた。


 大脳に限って言えば、人が1日で必要とされる栄養量の約25%を消費している。逆に言えば、それだけの栄養量を維持することができれば、代謝活動を維持することができる。そして酸素量は全身の約20%だ。これを維持するために循環機能が必要となる。酸素やブドウ糖、アミノ酸や脂質をそのまま送っても意味がなく血液の成分として循環させる。


 もし生体をそのまま維持させようとすると栄養量でこの約4倍、酸素量も約5倍が必要であり、代謝が行われるということはそれだけ栄養の取り入れや老廃物の排出のための機能が必要となる。 


 人体の人工的な再構築を考えると残存した生体部の維持は効率的ではないだけではなく、これらの体細胞組織の代謝や維持のために用いる薬物などの負担が大きい。

 それならば、中枢神経系と一部の感覚器だけを残すことにより自己の意識の最低限を保護して、血液や脳脊髄液に関しては浸透膜濾過で循環と体液調節を行う。組織の保護に関しては、硬質で且つ柔軟性を持つ容器で行い、運動器への伝達は神経系の興奮伝導を電気的に拾い、フィードバックも電気的な再現を行うことで言葉は悪いが脳に錯覚してもらう。


 唯脳論ではないが、自分という身体の情報を取り入れる部分を機械にして、それを取りまとめて外的な環境であるこの世界の認識を構築させる部分はそのまま、中枢神経系に行ってもらうしかないのだろう。


 まずは、中枢神経を安全で生体にいる時と同様に脳脊髄液による低重力環境におけるような人工の頭蓋骨が必要だ。天然の骨組織は忘れがちだがこれも新陳代謝により数ヶ月で細胞が入れ替わる。その維持を図るよりも人工のものの方が良い。


 それは脊髄も含め、体幹が柔軟に運動できるようにしなくてはいけないし、人造筋肉への信号のやり取りをできるようにケーブルでつなぎ、様々な外敵の侵入を阻止しなくてはいけない。


 骨格に関しては、人の身体の構造は合理的にできているし、何も知らない人が見ても違和感を感じないようなルックスと動きを可能とするために人体の骨格を基本にデザインしてもらう必要がある。そうなると自ずと運動を行うためのアクチュエーターは本来の人の筋の構造をできるだけ再現する方が望ましいだろう。


 内部環境に関しては、循環や栄養、酸素補給も含めて、減らすことができるために大きなものは必要とせず、定期的に外部の機械を用いて内部環境の恒常性ホメオスタシスを維持してゆく形にする方がいいだろう。


 何が何でも自己完結型は開発するにも時間がかかる。


 ここまでのプランニングで、一応既存の技術を組み合わせすることでクリアは可能だ。

 脊髄部分の可動性に関しては医療用のシリコーンが生体部分の抗体反応をおこなずに済む。人工骨は現在セラミック素材とチタン素材のものが用いられている。次世代型として複層型カーボンナノチューブでの素材研究があり、その中では構造強化のために多孔型の成形を行い、軽量で高圧に耐えられる素材がある。


 神経接続に関しては伝導ポリマーによる人工ニューロン再建が可能である。そこから基盤を経由して人工筋の収縮コントロールとフィードバックを調整させる。


 問題はこれらの部品をどうやって調達するかだろうが、そこらへんはエルシーさんたちや工房の人との相談になるのかな?


 実際にいくつも実験を行なって実施できる段階になると子どもたちへの報告と、オペか…



 扉が開く音がして、そちらを向くと廊下の明かりに照らされたシルエットが立っていた。



 「にゃ。」


 …………


 どうやらこの家には扉をあけて、ホットワインを持ってきてくれる黒猫がいるらしい。


 「寝ていたんじゃないんですか?」


 「ん〜。夜警だよ? エリーと交代だよ。」


 「気がつきませんでした。」


 「今日だけだもん。」


 「あれ?」


 「警備の狭間。今日だけ頼まれたの。ナニこれ? むずかしいね。あたま疲れたっしょ? モルドワイン、甘いよ。」 


 モニターを覗き込んでいたビヴさんが耐熱グラスに入れられた温かいワインをぼくに手渡した。そういえば西の人たちはホットワインのことをモルドワインと呼んでいたっけ。というか、ホットワインは日本語らしい。


 ぶどうの香りの中にかすかにオレンジピールの香りが混じっている。口をつけるとシロップが入っているのか、とても甘く、気持ちが落ち着く味だった。


 ぼくは大きくため息をついた。


 「おいしいですね。」


 「飲んだら、歯、磨くんだよ。」


 「お母さんですか?」


 クスクスを笑いながら、彼女はぼくのパソコンを操作して、勝手にファイルを保存して、電源を落としてしまった。


 「夜仕事するの、はかどってる気がするけど、大抵、ロクデモナイよ。」


 「まあ、やや同意しますね。」


 「夜は寝るもの。」


 「ええ〜?」


 「添い寝しよーか?」


 「それは遠慮します。人がいると眠られないたちでして。」


 「ん〜っ。この子、ハニートラップ効かないよ!?」


 ビヴさんが両手を挙げて振り回しながら怒った。


 「ハニートラップのつもりだったんですか!? そっちがビックリです。」


 「エリーも苦労しているよ?」


 「エルシーさんは少しそんな気がしていました。」


 「この差はなにさぁ?」


 「キャラ? なんかビヴさんとはすっごくいい友達になりそうですけど、彼女にするにはちょっと自由すぎるかなぁって。振り回されるのが確定っていうか。」


 「ひどいよ。私ほど尽くす女いないよ?」


 「疑問形ってところが自覚していて、なかなかあざといですよね。」


 「そーんなことないよぉ。」


 すり寄ってくるビヴさんを引き離しながら、ぼくは笑顔を浮かべていた。


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