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今回はアクション回です。

 何やら物言いたげなエルシーさんを横目に、ぐんと急加速させたビヴさんは遠回りをして、近くの町に向かった。市街に入ると彼女は今度は制限速度まで落とし、街の中を無目的に回りはじめた。しばらくして、不思議なことをエルシーさんが口にした。


 「確定ですかねぇ。」


 「だね。ドッジのピックアップ? わかりやす過ぎだよ。」


 えっ? とぼくが振り向こうとするとやめてくださいとエルシーさんが注意してきた。どうしようかと迷ったが、懐のスマートフォンを取り出し、カメラ機能を立ち上げて肩越しの背後の風景を見た。巨大なフロントマスクが威圧的な黒いピックアップが等距離で尾行していた。


 ゆっくりとビヴさんが左折した。


 「エリー、どーする?」


 「連絡は入れましたけど、返事が来ませんね。同盟国だったら穏便にすませたいんですけどね。違ったら面倒ですね。」


 「カマかけていい?」


 「仕方がありませんね。」


 「イエス、アリス。君、シートベルト締めて。あとカバンは床に、そして横のクッションを抱いていて。」


 「えっ? あっ、はい。」


 今までのんびりしていたビヴさんの声色が急に鉄のように固くなった。ぼくは慌てて彼女の指示通りにした。


 目の前の信号が変わり、前の車がブレーキをかけた。


 その瞬間、タートス グリーンバード SSSが吠えた。


 「ぐっ!!」


 急加速にぼくの身体はシートに押し付けられ、右に振られた。


 後方からタイヤのスキール音が響き、クラクションが後追いで非難の声を上げていた。


 ダッチサンの直列4気筒DOHCエンジンがアメリコのレーシングエンジンビルダー、コスワースに依頼し、その潜在能力を極限まで引き出され、さらにタートスによってラリーのためにしつけされた狼の心臓へと変貌した。野性を解き放たれたその雄叫びは夜の街に響きわたった。


 幹線道路を駆け抜け、夜の街中を恐ろしい速さで追跡者を引き離した。


 住宅街への横道を突っ切り、街灯のない場所で停車したビヴさんはヘッドライトを消した。


 「まだ、頭はあげないでください。」


 「あっ、はい。」


 十五分ほどして、ヘッドライトがつき、車が動き出した。


 「起きていいですよ。」


 ぼくは頷いて、枕から身を離した。どうやらぼくはちっちゃなアリスちゃんのむきだしのお腹の部分に顔を埋めていたらしい。イラストだけど。あえていうこともないので、枕の向きを変えて清純な顔を見せている彼女を横にすることにした。


 街道に出て、信号で停止するとバックミラーに後ろの車のライトが反射した。


 「甘く見ていましたかねぇ?」


 緊張感とともに隠しきれない笑みがエルシーさんの声に混ざっていた。


 鼻で笑ったビヴさんは交差点の横の信号機がアンバーになった直後、また車を急発進させて右に曲がった。止まるつもりのなかった大きなトレーラーがクラクションを鳴らしたが、彼女はかまわず、ハンドルの脇にあるパドルシフトを操作していくつもの交差点を高速で曲がった。


 突き抜けるような高音のタートス グリーンバード SSSのエンジン音の後ろでドッジ ラム SRT-10のアメリコ製のV10エンジンの咆哮が響く。振り向こうとすると今度はビヴさんから叱責を受けた。


 「だめっ!! 君、撃たれるよっ!?」


 「そんなに危険な状況なんですか?」


 ぼくは慌てて、また枕を抱きしめて頭を下げた。


 「ただの尾行じゃありませんね。威力偵察のつもり? いやいや、威嚇でしょうね。」


 「どうしてぼくがそんなことに巻き込まれてしまうんですか?」


 「それは後ほどお教えいたしますよ。ともかく、追われるのは好みじゃありません。ビヴ、頼みます。」


 イェ〜とうれしそうにビヴさんはギアを一段下げ、サイドブレーキを引いた。タイヤが苦しそうに悲鳴をあげた。無理やりテールスライドをさせて、車は右折した。ビヴさんはシフトを飛ばしてさらに加速をかけた。


 いくつか角を曲がり、ついてこないことを確認すると今度はゆっくりと細い横道に侵入し、ヘッドライトをまた消した。アイドリングの低い音と息をひそめる前席の二人の呼吸、遠くで聞こえるサイレンは警察のものか?


 「よそーどぉり。」


 「さすがです。ビヴ。」


 目の前の通りに大きな黒いピックアップトラックが横切った。ガラスはスモークで中はのぞくことができない。


 ライトをつけずにゆっくりとベヴさんがドッジ ラム SRT-10の後ろについた。ある程度距離を離し、付かず離れずの距離で尾行している。


 エルシーさんがグローブボックスを開けて、銀色の光るものを取り出した。


 「えっ、まずいんじゃないですか?」


 「一応護身のためです。たぶんこの口径ですと相手には通用しませんね。ベヴ、トランクに大物は積んでませんか?」


 「トレンチガンなら。でもスラッグは持ってない。」


 「じゃあダメですね。」


 「そ、それでも十分な気がしますが…」


 「このP226の弾の大きさは9mmです。ガラスに当たればまだなんとか通用するかもしれませんが、あのデカブツをストップさせるほどの力はありません。RPGくらい欲しいですが…」


 「そんなものはいりません。」


 「気付いたみたいだよ。」


 エルシーさんはビヴさんの言葉に顔を引き締め、正面を向いた。ぼくもまた小さなアリスさんの枕を抱きしめた。タートス グリーンバード SSSの瞳にまた火が灯った。


 前のトラックの後輪からモウモウと白煙が出て、テールスライドしながら加速してゆく。


 こちらは電子制御で常に最適化されたトルクが四輪に伝わる。敵の化け物じみた8.3リッターV10エンジンの500馬力には負けない。


 市街地を抜け、A道路と呼ばれる主要幹線道路に出た。帰宅する車や長距離トラックなどがまだ多く走っている中を黒い羊のツノを持つ大型獣がクラクションで周囲を威嚇しながら、ぼくらから逃げようと必死だ。


 対向車線にまではみ出したドッジ ラム SRT-10を避けようと白いアースチン・カローラルがスピンしてガードレールにぶつかった。乗っていた人は大丈夫だろうか? と目の前にブラフ・K(カワサキ)・シューペリアにまたがった陸軍の制服を着た男性が周囲の混乱した車の流れにあおられる形で飛び出してきた。 


 ビブさんは思いっきりブレーキを踏み、路肩を走り、大型バイクを避けた。


 ドッジ ラム SRT-10と若干距離が開いたが、ビヴさんのアクセルペダルを踏む力は弱まらない。気がつくと並走する距離まで来た。


 相手の助手席の窓が開いた。不思議なことに人の顔ではなく、黒い鉄の筒がこちらを睨んでいた。もちろん筒の中は真っ黒だ。


 ブレーキ音と発砲音が同時に響いた。スレスレで車には被害がないようだ。


 伏せをしていたぼくの背中に暖かくとても柔らかくかつ弾力のあるものが乗り上がって来た。重さは、まあそこそこだ。


 「そのままいてくださいね。」


 「はぃい?」


 「わたし、くすぐったがり屋なんです。」


 エルシーさんのささやき声が耳に入り、強い風が車内の空気をかき回した。後部座席の小さな窓を開けたエルシーさんは先ほどの効果がないだろうと話していたシグザウエルを両手で構えた。

 また、タートス グリーンバード SSSが加速した。ぼくはエルシーさんの言いつけ通り、身動きをしないよう努力した。ほつれた彼女の髪が顔にかかっても我慢した。


 乾いた音が三回、少し遅れて爆発音と車を揺らすような空気の振動がした。


 背中のエルシーさんを抱きかかえるように寝返りして起き上がると、後ろ手に火柱が勢いよく立っていた。


 「おおごとになっちゃいましたね。」


 「すみませんでした。」


 腕の中でエルシーさんが頭を下げた。彼女の髪の香りと硝煙の匂いが鼻腔をくすぐった。


 「いえ。こちらこそ命を何度も救ってもらってありがとうございます。」


 「いえいえ。」と答えたエルシーさんは申し訳なさそうな表情で僕の顔を見上げた。「あの、すみませんが腕をほどいてくれませんか? ちょっと苦しいです。」


 ぼくらは顔を赤くしてゆっくりと離れた。





 「警察を待たなくっていいんですか?」


 「話すことなんてありませんし。あっ、ビヴ、そこを曲がってください。B道路に入りましょう。」


 「イェ〜ス、アリス。」


 「えぇ?」


 「彼らに話せることはありませんし、別の班がもう現場の確保に入っています。あの場に残って写真でも取られたらどうするんですか? っていうか、もう取られていますのでそれ相応の処置はいたしますけどね。」


 「そうそう。」


 ぼくは深いため息を零し、抱き枕のアリスちゃんの微笑みを見つめた。彼女が慰めてくれることはない。あったら怖いけど。


 街灯もない田舎道をしばらく走っていたところでビヴさんがタートス グリーンバード SSSを減速させた。何かと周りを見渡すが、真っ暗で何もない。


 とうとうビヴさんはブレーキを踏んで停車させた。


 「君、ごめんね。」


 「えっ? き、急にどうしたんですか?」


 「言いにくいんだけど、壊れちゃった。」


 「えぇ〜っ!?」


 ぼくの叫び声とともにグリーンバードのボンネットから白煙が上がった。


 「早くおりましょう。炎上したら大変です。」


 エルシーさんは細身の体を蛇のようにくねらせて助手席にゆき、ドアを開いた。ぼくもシートのペダルを踏んで助手席を倒して、車の外にまろびながら逃げ出した。


 「試し乗りしか運転していないのに!!」


 「いやぁ〜、残念だったね。」


 「まさかこんなに早くダメになるなんて、ついていませんね。」


 「何を言っているんですか! あぁもう!!」


 ぼくは両手で頭を抱えて叫んだ。そんなことを気にしないビヴさんはぼくの肩を引いて、路肩に向かった。


 「誰か来る。」


 「えっ?」


 彼女の言葉に耳をすませると、かすかにエンジン音が近づいてきた。


 ぼくとビヴさんは路肩を下り、土手の陰に隠れた。すぐに一台の大型オートバイがやってきた。草の陰から覗くとカーチェイス中に飛び出してきた軍人さんのブラフ・K・シューペリアだった。


 オートバイには詳しくないが、もともとブラフ・シューペリアは高級オートバイのメーカーだったが、こだわりすぎたのと戦後の復興で出遅れたこともあり、川崎重工業の子会社である名発工業が資本提携し、自社のオートバイ生産の指導を依頼したために生き延びたんだっけ。


 そのオートバイのロールスロイスと呼ばれるほどの高級車にまたがった軍人さんはどうやら、将校さんらしかった。


 「あなたがこの車のドライバーですか?」


 「…あなたはどなたですか?」


 「失礼。GBN陸軍大尉バーナード・ビューリングです。それで、あなたがこの車のドライバーでしょうか?」


 「初めまして。ビューリング大尉。私はアリス・リデルと申します。この車の持ち主及びドライバーは助けを探しにゆきました。」


 ビューリング大尉は白煙をあげるぼくの車に目を向けた。そして事情が理解できたようで頷いた。


 「そうですか。あなたがたは常軌を逸した速度での運転及び発砲されたため、たくさんの被害が出ました。その方々が戻り次第、私とともに戻り、警察に事情の説明をするように求めます。」 


 「ご親切にどうも。大尉の秩序に対する献身は尊敬いたします。ですが警察への説明に関しては無意味ですので、どうぞお構いなく。お気をつけておかえりください。」


 「リデル嬢、あなたがたが追跡していたと考えるトラックは大破し、どう見ても死傷者が出ています。あなたは法の下にきちんとした責任を果たす義務があります。どうか、私に失礼な態度をとらせないようにしていただきたいと思います。」


 エルシーさんはふっと表情を緩めた。大尉も軍服の補正を抜きにしても、イケメンさんだ。やっぱりああいうのが好みなんだろうなと考えていたら、隣にいたはずのビヴさんがいつの間にか消えていた。


 「私は初めから目撃していたわけではありませんが、あのトラックの方から発砲した事実は証言できます。事情があると思いますが、きちんと話すことで警察の保護も受けることができるとおもいます。ですから…」


 ビューリング大尉が何かを言いかけたが、突然振り返り、腰にあるはずのホルスターをまさぐっていたがそこには何もなかった。ぼくの視線を大尉の視線の先に移すとそこにはビヴさんが肩の力を抜いた様子で立っていた。


 「ハロー。」


 「お前…、いえ、失礼しました。リデル嬢のご友人ですか?」


 「ん〜? 半分正解。残り半分は間違い。」


 ビヴさんの表情は宵闇に溶けて見難い。大きな目と真珠のような歯が彼女が笑っているのを表していた。だが、何やら彼女から漂う雰囲気がいつもとは異なる剣呑なものだった。


 そういえば、大学時代の友人で本当に怒ったら笑顔になる奴がいたよなぁ。などとのんびりと考えていたが、空気が凍りついたように冷え切っていた。


 「悪いんだけど、急いでんだよね。あと、しょーじき、構って欲しくないんだけど。大尉って、空気読めない人?」


 「プライベートではここまで押しは強くありませんが、さすがに見ないふりというわけにはいかない状態ですよ。」


 「ふぅん。」


 「…………」


 「後悔するよ。」


 「…………」


 「ビヴ、ありがとう。休暇中でもお国に奉仕される大尉を傷つけることはありませんよ。」


 エルシーさんは肩をすくめた。ビヴさんの姿勢に変化はなかったが、空気がいきなり変わった。大尉のそばに来たエルシーさんはジャケットの内ポケットから手帳ほどの大きさのカードを出した。


 「私たちの身分証明書です。これで納得していただきますか?」


 大尉はエルシーさんの身分証明書を食い入るように見つめ、大きなため息をついた。


 「了解致しました。ですが、これはどのようなことをしても許される証明書ではありません。今回は人的被害はありませんでしたが、ただ幸運だったというだけです。」


 「私たちの場合、常在戦場です。色々と納得できない点はあると思いますが、お互いに大人の判断をいたしましょう。」


 「………わかりました。」


 大尉はエルシーさんに綺麗な敬礼をした。苦笑しつつエルシーさんは敬礼を返した。彼は次に回れ右をして、ビヴさんをしばらく見つめた。ビヴさんはとてもグラマラスな敬礼をし、大尉はしゃちほこばった返礼をした。


 初めてカーチェイスを行なった作品がS.マックィーンのブリットだと言われています。


 サンフランシスコの街をマッスルカーで疾走するシーンを何度も見てからキーボードに向かいましたが、いやぁ、果てしなく遠いで気になってしまいました。


 これからも精進していきますよ。

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