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定時で上がり、駐車場でエルシーさんを待っていた。近くに人里が無いせいか、星が明るく見える。
ぼぉっと空を眺めているとエルシーさんが怒り肩でかけて来た。
「先に行ったらだめですっていいませんでしたか!? 探し回ったんですよ!!」
「すみません。サンタナさんと話をしながら、つい上がってしまいました。」
「本当に自覚がないんですから。もういいです。帰りましょう。」
エルシーさんはトレイランフのドアロックを開けた。ぼくも一緒に乗り込むと彼女はすぐに発進した。
オートエアコンから暖気が流れて来た。外は思いの外冷えていたらしい。
「エルシーさん。」
「なんですか?」
「よく考えたら、自動販売機でもいいのではないでしょうか?」
「はぁ?」とエルシーさんの間の抜けた声のしばらく後、「ああ、時間外のキッチンですか?」とようやく理解した様子で返事をしてくれた。
「ええ。」
「誰が補充にくるんですか?」
「……おおっ。」
「そういうことです。それよりも、今日はお疲れ様でした。」
「いえ。エルシーさんもたくさんの資料を作っていましたね。」
「私のはほとんどが今回の件で自分が提出するための報告書です。子どもたちと会話してみて、いかがですか?」
「きっと、あの子らは普通の子どもたちなんでしょうね。そんな気がしました。」
「そうですか。身体の方はいかがですか?」
「思ったよりも状態は悪いですね。内臓に関しては、人と同じようなサイズまで小型化できないものが多いです。再生医療も臓器までとなると、まだそのレベルまで達していないのが現状です。違うアプローチを考えなくてはいけないと感じています。」
「人のサイズにこだわる理由ってあるんですか?」
「そうですね。ある思考実験なんですけど、吸血鬼の意識の問題です。」
「吸血鬼? ヴァンパイアのことですか?」
「ええ。人に限らず、生物はその行動の特性に合わせた知覚様式を持っています。人は空を飛ぶことはできずに、地上で主に視覚を中心に聴覚、臭覚、前庭系感覚、皮膚感覚の総合で周囲の状況の把握を行なっています。
吸血鬼も人の姿を取っている時にはそうだと仮定します。そして吸血鬼が変身すると言われているコウモリは空を飛びます。そのために三次元の空間内を超音波の反射を利用して周囲の状況を把握する知覚様式を取っています。」
「ふむ。」
「で、吸血鬼がコウモリに変化した時、知覚様式も変化してしまいます。」
「でしょうね。でもそれがなんの問題があるんですか?」
「知覚様式は思考様式にも影響を及ぼします。つまり自分のあり方としての意識が変化してしまうんです。」
「んん〜? つまり、コウモリになったら、コウモリとしての意識になってしまうということですか。それが吸血鬼の人としての自我に影響を及ぼすと。」
「はい。よく、コミックで手がたくさんあるとか視野や赤外線まで見えるとかありますけど、もしそう行った改造を行ってしまうと、人としての意識を保てなくなる可能性があるんです。というか、その前に脳がパンクしてしまうと思いますね。脳は可塑性を持っていますが、もともと持っていない能力を付け足すということはできないでしょうね。」
「難しいですが、何と無く分かりました。でもそれって差別につながりませんか? もともと持っていない人は人じゃない的な。」
「いえ。もともと持っていない人の認知機能の成長は、持っている人の成長の順序、速度共におおむね変わりはありません。若干遅いかなぁって程度ですが、それでも標準域内に収まります。そんなことで変わってしまうほど、人の脳はヤワなものではありませんから。ぼくはできることなら普通サイズの身体を作ることで、身体の意識を適正にしてあげたいだけです。」
「難しいものですね。脳を足すことができればいいんですけどね。」
「ふふっ。それができれば面白いかもしれませんね。」
オックスフォードの自宅に着くともう八時近かった。
「必要性は十分わかっていますが、やっぱり遠いですね。東京から静岡くらいまでですか?」
「ええ。ウェールズに条件の合う家がなかったのが残念ですね。職場をこちらに移してしまいますか?」
「いや、通勤が面倒だからってそれはどうかと思いますよ。」
「いいじゃん。私も暇だし。」
ビヴさんがエルシーさんに同意しつつ、夕ご飯を持ってきた。今日はニシンのグリルに白いご飯、赤味噌のおみおつけの具は豆腐だった。それからグリーンサラダと美味しそうではあるが、もう一声欲しいところだ。例えば、豚肉の生姜焼きとかを所望したい。
「確かにビヴさんは家事をお願いしてますが、暇なんですか?」
「ん。一人で退屈。」
「それは如何ともし難いですね。」
「仕方ないから、君の車でドライブに行った。」
「えぇ!? ぼくもあまり乗っていないのに!!」
「いい車だよ?」
「それはそうですよ。ダッチサンでは2000ccのエンジンを中心してラインナップしているのに、タートスはあえてラリーのレギュレーションのために1800ccのエンジンにこだわって、チューンナップしているんです。車体は大元のデザインを2ドアにしているように見えますが、実はホイールベースにまで手を入れて、車体もタートス独自のデザインで50mmも短くなり、空力特性も段違いですし、FRPも使用したり、アルミボディで軽量化もされています。それにこの車は多分、さらに限定のSSS-Rと呼ばれるラリー用車両のベースになったものですよ。F1やツーリングカーのレースが主戦場のタートスなんですが、グリーンバードだけはラリーのために作り上げているんですよ。これだけでもプレミアムな感じがしませんか?」
話し終えると、二人は口をポカンと開けていた。
「きもっ。」
ビヴさんの一言で切って捨てられたぼくは頰や耳が赤くなるのを自覚しつつ、酸味の強い白ワインを口に含んだ。
またやってしまったという後悔でワインがちょっとだけ塩っぱい。
「まぁ、そのぉ、じ、自動車が大好きだという思いはすごく伝わりましたよ。うん。」
「いいんです。わかってるんです。これで何度も失敗しているんです。フォローされる方が心が痛いんです。」
ビヴさんは黙ってワインを注いでくれた。
「ありがとうございます。」
「ん。きもくても、君ならダイジョーブ。」
ははは。乾いた笑いを発し、ぼくは首をガックリと落とした。
次の朝、ビヴさんが送ってくれるとのことで、外に出てみるとぼくのタートス グリーンバードの運転席にちゃっかり座っていた。
「えぇ〜?」
ニッコリと微笑んだビヴさんはドライバーズシートをゆずる気配はなく、ぼくは肩をすくめて助手席に腰を下ろした。
「帰りにネギを買ってく。」
「? ねぎ?」
「ウェールズの名産品です。」
後ろからエルシーさんが声をかけた。シチューやおかゆにするそうだ。おいしそうには聞こえないんだよなぁ。名物にうまいものなしともいうし。試してみたいとは思わないけど。
「ジミだよねー。オイシイけど。」
「あの、ビヴさん、今日はできればすこし肉っぽいのが食べたいんですけど。」
「わかった。ささみね。」
「………はい。」
ビヴさんは何度かエンジンをふかした後、クラッチをつないだ。ビヴさんは低いギアで引っ張るタイプなので、結構朝からうるさい感じになっている。大丈夫かなと思っていたが、人がいない様子なので、気にしないことにした。
「ビヴさん。」
「なに?」
「道が違うように思うんですけど。」
「そう? ダイジョーブ。」
昨日、エルシーさんが通った道にゆく曲がり角を曲がらず、ビヴさんはそのまま真っ直ぐ進んでいった。結局、B道路と言われる一般道を中心に遠回りになったが、着いた時間は一緒であった。
「明日、ワイパーに封筒が挟まっていたら、お願いしますね。」
日本と違い、こっちは速度取り締まりはカメラが中心のために、みつかったらワイパーに罰金の封筒やチケットが挟まっていることになる。ビヴさんは笑って手を振った。彼女はぼくらを置いてウェールズの首都カーディフに向かった。そこにあるインドアマーケットを散策してくるそうだ。
「楽しそうですね。」
「ええ。羨ましいですが、休日までウェールズに来たいとは思いませんね。」
「そうですか? あと、夕方にはちゃんと来てくれますよね。」
「………… 大丈夫だと思いたいです。」
不安だ。
デスクに着くとコンピューターの端末を立ち上げた。準備をしている間にエルシーさんがお茶を持ってきてくれた。
今日の午前中は子ども達の医療的管理をしているドクターと話をすることにした。シモンズ先生は温厚そうな人だった。彼からは臓器の状況は安定しているが、医療的ケアのために必要な薬剤のために負荷がかかっていて、長期的には望ましいとは言えないとの話だった。
身体の維持のために必要な機能維持のことも考えると現状では不安だらけだ。
ぼくの考えるプランは二つあり、一つは現存の身体をそのままにして、不足分を生体部品や代替品によっておぎない、身体に収めることができないものは外部につなげるというもの。ただ、これだと運動に関しては制限が多くなる。
もう一つはかなり割り切った発想で、考えたぼくも不安と軽い恐怖がある。
ひとまず、二つの提案をメモでまとめ、どのようなことをクリアすべきかも書き出して今日は終わった。
エルシーさんに声をかけて一緒に外に出るとビヴさんが駐車場で待っていた。ビヴさんはエルシーさんの耳元で少しささやくと彼女は頷いて答えた。
「じゃあ、帰りましょうか。」
「あっ、はい。」
帰り道もやっぱりビヴさんの運転であった。ぼくはなぜか後部座席に押し込められて、助手席にはエルシーさんが座った。彼女はモーターウェイに車を向けていた。
「いい物が手に入りましたか?」
「ん? ネギばっかり。」
そんなわけはないと思うが、確かに車の床には新聞紙に包まれたネギが転がっていた。日本の大仁田ネギにそっくりな太いネギはお鍋に向いていそうだ。
「あとかわいいクッション買ったよ。」
「あう。」
言われて見れば隣のシートに大きなクッションが置かれているというか、立てかけてあった。これはクッションではなく、抱き枕だろう。しかも何やら秋葉原あたりで売っていそうな金髪の制服をまとった女の子の等身大のイラストが書かれている。
「こんなのどこで見つけてきたんですか?」
「フリーマーケットで売ってた。エリーと同じ名前だったから買ってきた。キュートだよ。」
「へぇ? みせてください。」
助手席のエルシーさんが振り向いたので見やすいように持ち上げた。
「あっ、後ろの方でしたね。今ひっくり返しますよ。」
「!? いいですっ!! 絶対後ろを見ないでください!!! ビヴッ!! あとでミーティングですからね!!!!!」
「え〜? ラブリーでしょ? エリーじゃないんだから、ダイジョーブ。」




