3_30_絶海へ
こんにちは。
「それでは船へ乗り込んでください。荷物を忘れていないかの最終確認も忘れずに」
ナイール先生の号令で皆が船へ乗り込んでいく。いわゆる帆船というやつで、全装帆船であるらしい。
かなりの大型であり、生徒達は全員が乗り込めるほどだ。更には護衛の騎士団も乗り込み、対空を想定した砲台なども搭載されているのだから物々しさが凄まじい。
たとえ魔族が襲撃してきたとしても魔法障壁で遠距離攻撃を防がれ、一方的に反撃される事だろう。
もし砲撃を潜り抜けて近付いたとしても、そこは既に騎士団の領域である。職員達も当然のように参戦するのだから、障壁内へ入った瞬間にお陀仏となるだろうな。
それほどの戦力を整えた上で、食料などの備蓄は既に積み込まれているらしい。あとは生徒達が乗船するだけである。
「お、モーティ発見」
「昨晩から見なかったよな」
なにやら清々しい表情のモーティと他4人。覗きを企んでリンの対策に撃退された者達である。
先に船へ乗り込んでいたようであり、俺達に気付くと近寄ってきた。
「やあ、いい天気だな」
「お、おう」
どうしたというのか、なにやら空を仰いで気持ち良さそうに佇んでいる。
他の連中も潮風を全身で受け止めていたり、船縁に停まった鳥を優しい目で見つめたり……
正直に言おう。気持ち悪い。
「我ながら馬鹿な事をしたと、心底悔やんでいるよ」
「覗きの事か?」
「そう、それだ。他者の裸体を強引に覗き見るなんて、野蛮で愚かな行為さ」
そこには同意するけどさ……俺は言っちゃ駄目か。
ともあれ昨日から何処で何をしていたのか聞いてみたが、要領を得ない。
どうしたものかと遠い目をしていると、やがてハイクがモーティに一点を示した。
「あっち見てて」
「?」
その先には一人の女子生徒が佇んでいた。
海を眺めているようであり、吹き抜ける風が優しく撫でる髪を手で押さえつけながらも、嫌そうな顔はしていない。むしろ気持ち良さげにしている。
「あの生徒が何か?」
「ほら、服装に注目してよ」
その生徒は長いスカートを履いていた。つまり吹き抜ける風が、ゆったりと布地を扇いでいるんだ。
捲れ上がるわけではないが、まあ膝ぐらいまでは見えてしまってるな。
「ふ……ハイクはまだ邪念に取り憑かれているのか」
「モーティは違うのかな?」
「もちろんだ。そのような……っ!?」
突如モーティの声が途切れる。その視線は女子生徒を捉えており、少しだけ目線は下だ。
何かと思って俺も目を向ければ、どうしてかスカートが強風で捲れ上がろうとしていた。
際どい。実に際どい。
モーティは目が釘付けである。
「な……くっ! この程度で俺は揺るがないぞ!」
「じゃあ目を離さないとね」
「い、いや……見てしまっても心を波立たせないか確かめないと」
「バカっ!」
「ぁぶし!?」
マリの拳が炸裂。モーティが倒れ込んだ。
しばらく呻いていたが、やがて起き上がって周囲を見渡す。
「あ、あれ? ここは?」
「気がついたようだね」
「何があったんだよ……」
そこから再び昨晩からの経緯を聞いてみると、どうやらリンの張った対策は物理的な罠であったらしい。踏んでしまって近くの木へ縛り付けられたようである。
何時間も経過する内に、どんどん尿意が増していく。腹も空いていく。
もはやこれまでか……そう覚悟した時、ナイール先生が現れた。
リンから連絡を受けて駆けつけたようであり、罠から救出してくれたのだ。
感謝したのも束の間で、別の宿へ連行されて懇々と説教されたらしい。
どうやら宿の消灯時間を過ぎていたようであり、それまでに部屋へ戻るようにという注意事項を破ってしまっていたそうだ。
夜が更けるまで延々と続き、今度は元の宿へと連れて行かれる。
このまま部屋に戻されるのかと思っていたら、やがて到着したのは大浴場だ。
「ルイス達は知っているか? 日の出の時間帯だけ見る事の出来る景色を」
今朝見たから知ってる。色々と面倒事になりそうだから言わないけど。
で、もし上手く作戦が進めば、この壁の向こう側を堪能出来たのになぁ……なんて考えていたらしい。説教の効果0である。
しかし、そんな邪な考えは日の出と共に霧散した。つまるところ、景色に感動したって話だな。
覗きなどというアホな事を考える前に、もっと見ておくべき景色がある。
そうナイール先生に諭され、さっきまでのような思考に陥っていたそうだ。
「なんか別人みたいになってたけどな」
「ちょっと目が逝ってたよね」
「空腹やら眠気やらと相まって、変な方向に飛んでいたみたいだ」
モーティが振り返り、まだトリップしている不気味な仲間達の肩を揺らす。
「おい! 目を覚ませ!」
「何を言っているんだモーティ。俺達は今こそ目覚めたんじゃないか」
「そうだよモーティ。ほら、この大海原に感謝を捧げよう」
「戻ってこいぃ!!」
頬を張るモーティ。そこでやっと目覚めた仲間達は先ほどのモーティと同じように周囲を見渡した。
「あ……ここは?」
「なんで船に乗ってるんだ?」
軽く状況を説明すると、思い出したように各々が言葉を漏らし始める。
「そういえば腹減ったな」
「というか眠い」
「荷物は……あるか」
うん、戻ってこれたようだ。
・・
・・・
全員が乗り込み、とうとう船旅が始まった。
これから約10日間ほどを海の上で過ごす事になるんだが、俺は海を眺めるのも楽しいし帆船も格好良くて気分が高揚する。
「おおぉぉぉ!! 速いな!」
思ったよりも船の進む速度が速く、どんどんと海を進む様は気持ちが良い。
風は少し強くて潮風であるため肌がべた付くけど、それもまた醍醐味だと思えてくる。
「落ちないようにね」
「分かってるって!」
隣でイリーナが注意してくるけどさ、船縁は肩ぐらいまでの高さだから心配要らないだろ。
むしろ身を乗り出すでもしないと海面を覗き込めないから残念なくらいだ。
ちなみに、生徒は魔法の行使を禁止されている。
非常時は船内に戻るか職員に従うのみで、戦う事は禁止されているんだ。
励起制限の指輪も着用を義務づけられているし、初級は使えても先生の目が光ってるから実行する生徒は皆無だろうな。
まぁそれよりさ、これ全部塩水なんだろ!? すげえよな!
他の生徒達も多くが海を眺めて楽しんでいる。モーティは食事と睡眠を取るために船内へ入ったけどさ、きっと喜ぶだろうな。
「ルイス! こっちで釣りが出来るってよ!」
ラグが大声で走り寄ってくる。そこまで揺れてないけどバランス感覚あるよな。
「もうハイクとソマリも釣りしてるぜ!」
「俺も行く! イリーナは?」
「ワタシはもう少し海を見ていくわ」
てことでイリーナとは別行動だ。さっそく船の後方に移動すると、そこではハイクとソマリ以外にも生徒が集まっていた。職員も何人か居て、皆で釣りを楽しんでいるようだった。
ともあれハイク達の元へ合流すると、釣り具を渡してくれる。
「はい、餌はコレ」
「おぉ……でかいな」
人差し指ほどの長さもある虫だった。これを餌にするらしい。
釣りをする場合はロープを体に巻き付けて、魚に引っ張り込まれないように対策するそうだ。
というのも、けっこうな速さで進んでいるから普通の魚が食いつくわけではないらしい。それこそ速く泳ぎながら獲物を探すような種類しか釣れなくて、かなり力が強いんだ。
食いついたはいいものの、力負けして海に引き落とされた……なんて結果にならないよう注意しないとな。
船の後方から少し離れた部分に水平の柱を伸ばしているから、そこから回して海に餌を落とす。すると魚が食いついた時に海面から引き上げれば、吊るし上げる事が出来るんだ。
「……お?」
しばらく糸を垂らして長閑とも取れる時間を過ごしていると、固定した釣り竿が大きくしなる。そのまま持っていかれそうに思えるほどであり、慌てて手に握って固定具を外す。
「きた! 魚きた!」
「おっしゃ手伝うぜ!」
かなり重いが、竿は頑丈なようで折れる心配は要らない。思いっきり引き寄せるのみだ。
「「ああああああぁぁぁ!!」」
ラグと大声で気合いを入れながら後ろへ下がっていく。しばらく頑張っていると海面から引き上げたようで抵抗が弱くなった。
すると、何が釣れるのか注視していた乗船員が声を張り上げる。
「魔物だ! 糸を切るぞ!」
「「えぇ!?」」
ぶつん! と糸を切られて重みが無くなる。踏ん張っていた俺とラグは盛大に転がってしまった。
「残念だったな。魔物なら糸を切って放すのがルールだ」
船へ釣り上げるわけにはいかないからな、仕方ない。次こそは魚を釣ってやると意気込み、張り直した糸を垂らすのであった。
ちなみにゴルマック先生も豪快に釣りをしていた。逞しい筋肉を存分に発揮させ、食いついた瞬間に海面から飛び出させるほどである。
・・
・・・
「釣果は0、って事ね」
「魔物は3匹も食いついたんだけどな……」
楽しい時間は流れるように過ぎていき、あっという間に夜だ。
先生の指示で船内に入った俺達は、とりあえず食堂へ向かったのである。
そこでは既にイリーナとマリが食事を始めており、船旅なのかは知らないけど海鮮物を主体にした夕食だった。
で、それなりの時間を費やして釣りをしていたのだが……全く魚が釣れなかった。
他の生徒や職員は何匹も釣っていたというのに、俺は魔物しか食いつかなかったんだ。
ハイク達だって2、3匹釣ってたのになぁ……
「明日は釣れるんじゃないの?」
「へ?」
明日も釣りする気は無かったんだけどな。他にも……あれ?
「なあ、釣り以外にやる事あるか?」
「……そういえば、ないね」
なんてこったい。え、マジで何もやる事ないのか?
「読書があるじゃないですか」
「俺も運命ゲーム持ってきといたよ」
「いやいや、どっちも揺れてたら無理じゃね?」
全く揺れないわけじゃないんだ。ある程度は抑えられるような構造らしいけどさ。
つまり読書してたら船酔いまっしぐら、運命ゲームも駒が倒れまくって遊びにくい。
「魔法も禁止されてますからね、武術訓練ぐらいしか出来ません」
「あとは戦略練るぐらいだよな」
「料理の勉強は?」
「興味ない」
ん~……これは本格的に暇な時間を過ごしてしまいそうである。
明日になったらドリポートに到着してたとか、そんな都合の良い状況にならねえかなぁ。
・・
・・・
翌日。
揺れの中で満足に眠れなかった生徒が多い中で、俺も例に漏れず寝不足であった。
どうやら夜の間に海が荒れたらしく、頻繁に強い揺れが襲ってきたのだ。
そのたびに右へゴロゴロ……左へゴロゴロ……吐きはしなかったけど、うんざりである。
部屋は4人部屋であり、地元組こと俺、ハイク、ラグ、ソマリで10日ほどを寝泊まりする事になっていた。
「俺4時間しか眠れなかった」
「俺なんて2時間だぜ?」
そうやって睡眠時間を自慢し合っている生徒達を眺めながら、元気無く食堂で朝食を食べる俺達は相談し合う。
「あの揺れを何とかしないとな」
「ベッドを繋げますか?」
「それでも転がっちまうだろ」
「体を縛りつけるとか?」
「発狂するっつの。一晩中動けないんだぞ?」
そう悩んでいると、職員が生徒達にハンモックというものを教えてくれた。
なんだか網のような見た目であるらしいが、それの両端を吊る事で浮いたベッドのようになるらしい。
試してみると、揺れはするが転がったりしなくなった。なんだか楽しいし、こう……ハンモックに寝転びながら仲間と語り合うのは地元を思い出す。
よく俺とかラグの部屋に集まって泊まってたよな……寝転ぶ場所が無い時は、本棚の上だったりまでスペースにしていたんだ。
てなわけで、睡眠に関しては少し改善されたのである。
明るい内は釣りをしたり、出没した大型の魔物と戦う職員達に声援を送ったり。夜は選抜メンバーで作戦を練ったり、本を読んだりゲームで遊んだり。
そうして、やっと5日が経過しようとしていたのであった。
・・
・・・
「ほいきた」
「よしきた」
「せーの」
「「「「よいしょお!!」」」」
こんな掛け声で竿を後ろへ引っ張っていき、食いついた獲物を釣り上げる。そして乗船員が確認すると、魚だった。
「あんまり美味くないが、まあ食えん事もない」
「そっすか」
「どうでもよさげな顔してるな」
「ん~……まあ」
もう何匹釣り上げたかも分からないが、とうに慣れてしまった釣りは退屈だった。
最初は楽しかったんだけどな……どんな魚が釣れたか、もしくは魔物なのか。
一喜一憂しながら腕に力を込め、時には仲間と協力しながら釣果を上げる。
そんな時間も毎日のように繰り返していたら新鮮さが失せていく。魚だって新鮮じゃなければ美味くないのだから、釣りの楽しさというのも同じだと思う。
まあ、何人かの生徒や大人達は釣りの醍醐味を理解したらしく、飽きる事無く熱中してるんだけどな。俺には理解出来なかった。
てなわけで、3匹ほど釣り上げてからは船内の食堂で魚を渡す。こうして夕食だったりに使われたりするのである。
「もう釣りは終わった?」
「おう」
昼食を頬張っているとイリーナが近付いてきた。最近は本ばかり読んでいるみたいだが、小難しい内容だ。
魔法関係の本なんだけど、理論が難しくて聞けども聞けども耳から抜けていく。
「また読書してたのか?」
「ええ、少し目を休めようと思ってたの。甲板に行かない?」
「そだな。海でも眺めるか」
ぼーっと眺めるのも飽きてしまったけど、まあ仕方ない。
ひとまず他の連中も一緒に甲板へ向かう。
そこでは数人の生徒達と職員が海を眺めていた。昼を少し過ぎた時間帯であり、日光も強い。
どうやら風は弱いようで、船は緩やかな速度で進んでいるみたいだ。
日傘の陰に椅子を置いて寛ぐ生徒や、この機会に肌を少し焼こうとしている者もいる。そんな中で俺達は日傘の陰で寛ぐ方を選択した。
「今日も海が青いなぁ……」
「空も青いですね」
「雲は白いぜ」
少し高い椅子に座っているから、遠くの海面は見渡せる。のどかで静かな風景に感想というよりは只の事実を呟いていると、イリーナが溜息を吐いてきた。
「もう少し閑を楽しんでみたら?」
そうは言うけどもさ、じゃあどうしろと?
「一気にボケちまいそうだよな」
「マリとか物忘れが酷くなってたぞ」
「元からだろ」
今朝に何を食べたかも忘れてたんだが、果たして元からの記憶力なのだろうか。そこまで酷くはなかったと思いたい。
学校では忙しかったから、途端に暇な時間を過ごすとボケてしまいそうなんだよな。
「平和で良いじゃないの」
「ん~……退屈すぎるのは嫌だ」
「はぁ……だったら勉強でもすれば?」
座学の時間で充分だろ? 理解出来てないわけじゃないしさ。
そんな感じで溜息を吐きつつ過ごしていると、ラグが椅子から降りる。
「うし、ケートス先輩と組み手してくらあ」
「俺も行こうかな」
「4人がかりなら少しは善戦出来るかもしれませんね」
たまにケートス先輩と接近戦を想定した組み手を行っていた。甲板だと危ないから船内の空き部屋を利用しているんだが、中々に打撃を加えられないんだよな。
てなわけで、俺とラグとハイクとソマリの4人同時に挑んでみようとなった。
「よし、行くか」
「ワタシは見学でもしようかな」
イリーナも付いてくるようである。全員が椅子から降りて、船内へ向かう事に。
そして船縁へと手を掛けて、力を込めれば体が浮いた。
「……何をしているの?」
どうした? イリーナが怪訝な声を上げているけど、船内に戻るんだろ?
これからケートス先輩相手に多人数で襲いかかって、少しでも苦戦させられるようにさ。
「ルイス! やめなさい!!」
何をやめるんだし。俺が何かしたか?
「おい! あいつ何してっ……」
ラグの焦ったような声が聞こえる。あいつ、って誰の事だ?
もしやモーティが覗きでもしたんだろうか。懲りない奴だな。
そう考えながら浮いた体を前に傾ければ、そのまま船縁を越える事が出来た。
見えたのは海面だ。船体に押しやられて出来た波は白く、躍動するような力強さを感じる。
前のめりに落下していた体が回転し、船縁に手をかけて覗き込むイリーナが視界に収まった。
最後に聞こえた、必死さの滲む叫び。
まるで誰かを失ったかのような表情で、懸命に腕を伸ばして。
けど、その距離は遠くて届くわけもない。
「っ……」
直後に背面へ強い衝撃を感じた。
痛いな、という感想が浮かぶままに顔を顰めると、水しぶきと波が視界に散る。
もう誰の顔も見えないな。
体の自由も利かないほどの波に押し流され、水を吸った服が重い。
呼吸が出来ない。肺からは空気が出るだけで、代わりに入ってくるのは塩辛い水。
すると肺から空気が無くなったのか、まるで錨のように体が沈んでいく。
さっきまでとは反対側から水面を見つめる目も、痛くて痛くて、出来れば閉じたい。
けど、体を反転させると、海の深くを漂う、白い何かが見えた。
なんだろう……大きくて、はっきりしない形をしている。
細いものが沢山飛び出してるけど、あれは何だ?
表面には黒い染みのようなものが幾つも浮かんでいて、不気味な見た目だな。
霞んだ視界ですら、こんな感想なんだから、もし、はっき、り見えれ、ば……もっ、と気味が……悪い……はず……
次回・・・ここに居て




