3_29_贅沢な光景
こんにちは。
「おはようございます!!!」
「うっぉ!?」
耳元で朝の挨拶を実行。鼓膜に直撃したラグが跳ね起きる。
そして耳を押さえて顔を顰めており、やがて怒鳴ってきた。
「うっせえんだよボケ!!」
気持ちは分からんでもない。ぐっすり眠っているところに大声で起こされれば腹も立つだろう。
しかし俺には大義名分がある。
「ラグが頼んだんじゃん?」
「あ? ……俺が?」
「おう。食堂がどうたら言ってただろ」
ーーーーー
昨晩に風呂を済ませた俺達は、卓上球技やマッサージなども楽しんでいた。
マリ達も合流してきた時は鳩尾を咄嗟に庇ってしまったものの、少し睨むだけで何もしてこない。
改めて謝ってみたら許してくれたので、そのまま一緒に遊んだのである。
風呂上りの飲み物とかは少し甘い味付けであり、なんかこう……腰に手をあてたくなるんだよな。
他にも互いに腕を組んで乾杯したりと色んな飲み方を実践していたんだが、ケートス先輩とラグでは身長差のため飲みづらそうだった。
しかも気を揉んだケートス先輩がぐいっと呷り、口元から容器が離れたラグは大惨事。
ほとんど顔にぶち撒けてしまい、文句を言いながら手洗いに直行。
で……見つけたらしい。
ーーーーー
「そうだった!」
ラグがベッドから跳ね起きて部屋を出て行く。どうやら思い出したようである。
なんでも手洗いで掃除をしていた宿の従業員が、ラグの直感にピーンときたらしい。
運命の導きではない。
イリーナのような存在が頻繁に出るわけないしな。
ただ単に、好みの女の子だったという話だ。
で、顔面ずぶ濡れのまま話しかけ、少し引き気味に答えてくれた女の子の名前は……忘れた。
どうでもよかったからなぁ。けど、たしか16歳ぐらいだっけか?
宿で働き始めて5年にもなるらしく、元は親戚の経営する宿だったため頻繁に遊びに来ていたらしい。
そして、すぐに宿が好きになった。これほどの宿を経営している親戚が誇らしくもなった。
気付けば従業員として働きたいと申し出るほどであり、見習いとして働き始めたんだとさ。
そういう話まで聞き出したらしく、いい加減に手洗いから戻ってくるのが遅いから様子を見に行った俺。
そこで女の子も仕事へ戻り、最後に明日の予定だけ確認してたな。
そういうわけで、その子は食堂で早朝の仕事があるらしく、もう今頃は働いてるだろう。
しかし客が食堂へ降りてくる頃には買出しに向かうそうであり、午後まで戻らない。
……ここまで聞けば、もう分かるだろう。
もう一度お話するチャンスは早朝しかないのである。昼には船へ乗るからな。
「……ってわけで、すんませんでした」
「長いんだよ説明が」
俺の頭を掴んでいた手が離れ、その手の主であるケートス先輩がベッドに戻る。
5人部屋だからな。あんな大声を出したら他のメンバーも当然のように起こしてしまう。
危うく頭を潰されるところだったが、なんとか事情を理解してもらえたようだ。
ハイクとソマリも眠そうな顔のままベッドへ戻り、俺は胸を撫で下ろしながら部屋を出た。
「ん~……どうすっかな」
早朝に起きるのは慣れてるんだが、今回はいつもより更に早い。
とりあえず飯を食おうにも、まだ用意されてないだろうし。てか、ラグの邪魔する気もないから食堂はパスだ。
「ん?」
イリーナの気配が動いた。近付いてきてるな。
てなわけで俺からも近付くと、廊下の角で遭遇。ゆったりした服装であり、イリーナは少し眠そうな顔をしていた。
「おはよう」
「おはよ。なんでこんな早い時間に起きてんだ?」
「朝風呂よ。ルイスもそれが目的じゃないの?」
ラグに頼まれただけだと説明すると、そこは興味がないのか欠伸で返された。
「はぁぅ……それなら用事があるわけじゃないのね?」
「まあな。でも目が覚めちゃったしさ」
「朝に強いとは聞いてたけど……どっちかといえば、まだ夜なのよ?」
そう言って廊下の窓を指差す。たしかに外は暗くて、吸い込まれそうな闇だけが見える。
「ん~……無理矢理寝たほうがいいんかな」
「ダメよ、勿体無い」
んな事言われてもさ、別に風呂に入りたいわけじゃないし。何もする事が無いなら寝てたほうがマシだと思う。
「てかさ、風呂入れるのか?」
「これから2時間だけ入れるのよ」
「?」
「付いてきて」
よく分からなかったが、イリーナが俺を浴場の方向へ連れて行く。
特に断る理由もないため付いていくと、知らない通路に連れて行かれそうになった。
「こっちなのか?」
「そうよ」
大浴場とは別の浴場なのか。
とりあえず付いていくと、廊下に案内板が貼り付けられている。そこに記されていたのは……
「おい! こっち混浴じゃんよ!」
「マリの裸を見ておいて、ワタシの裸は見れないの?」
「そういう問題じゃねえし!」
「大丈夫よ。布を巻いておくから見えないわ」
「そういう問題でもねえし!」
「ほら、少し急がないと間に合わないから」
そう言って先に進んでしまった。どうすりゃいいんだ。
「……」
俺だって男子だ。女子が混浴しようとか言い出すのであれば、それ自体は喜んでもいいんじゃないだろうか。
しかし相手はイリーナだ。何か狙いがあるはずなんだよな。
「……ま、いっか」
別に悪巧みじゃないだろ。なんで混浴へ向かうのかは分からないが、しかと見届けようじゃないか。
とりあえず部屋へ入浴に必要な物を取りに戻り、再び混浴の場へと進む。
脱衣所では男女で別室になっており、そのまま浴場で合流できるようだ。
ひとまず脱衣所へ入ってみると、誰も居ない。こんな時間帯だと当然か。
イリーナも布で隠すようだし、俺も隠しておこう。
すぐに服を脱ぎ捨て準備が完了。腰へ布を巻いた状態で風呂に突入。
「っ!?」
そこには一糸纏わぬイリーナが……いや、正確には膝へ布を乗せている。こちらへ背を向けた状態で座っているんだ。
ほどんど布で覆われた状態だと思っていたため、たとえ背中だけであっても白い肌が視界に入ると驚いてしまった。
「どうしたの?」
俺が立ち止まったのを感知したのか、背を向けたままイリーナが聞いてくる。
「布で隠すって言ったじゃんかよ」
「お湯へ浸かる前に体を洗うでしょう? ルイスも早く洗いなさい」
「いや、そうなんだけどさ」
「それとも、洗ってほしいの?」
イリーナが振り返った。胸は腕で隠されているものの、全てを覆っているわけではないので膨らみが見て取れる。
「っ……!」
「ふふ……冗談よ」
突然に闇が周囲を包む。イリーナとは反対方向へ伸びており、そちらで体を洗えという意味なのだろう。
こうすれば互いに見れないしな。もうちょい見たかった気もするが、切り替えて体を洗おう。
熱い季節になってきたため、寝ている間に思ったより汗を掻いていたようだ。実際に体を流すと爽快感を味わえるのだから朝風呂も良いものだな。
小綺麗になって闇から出てみれば、既にイリーナは湯へ浸かっていた。
俺も離れた場所に体を沈めると、すかさず声が飛んでくる。
「なに恥ずかしがってるのよ」
「そんなんじゃねえし」
「話しにくいでしょ? 近くに来なさいな」
「やだ」
「……じゃあ、近付いちゃおうかなぁ」
じりじりと近寄ってくるのが視界の端に映る。その分だけ離れるが、すぐに終端へ追い詰められてしまった。
しかも前に回りこんでくる。なんなんだよ!
「そんなに見せたいのか?」
「痴女扱いしないで。布で隠してるでしょ?」
たしかに布で覆われていて大事な部分が露わになっているわけじゃない。
けど膨らみとか分かるし、肩も出てる。思春期には目の毒である事に違いはない。
「ここでルイスが襲ってくるような人なら、そもそも混浴なんて提案しないわよ」
「それもそうか」
褒められているのかは分からんけど、まあ信頼はされてるのかな。
あんまし過剰な反応をするのも悔しいし、ちらちら向けていた視線を固定する。
どうせ見るなら堂々と見てやろう。布に穴でも空けと言わんばかりにな。
すると、今度はイリーナが動揺した。体を傾けて視線を遮ろうとしている。
「見すぎ」
「お前が近寄ってきたんだろ」
「ルイスが恥ずかしがってる内は……からかって楽しめるんだけど」
「は?」
「そんなに堂々と見られたら恥ずかしいの」
「知らんがな!」
自爆してんじゃねえよ!
「あ、そうだ」
ふと、イリーナが壁に目を向ける。
「そろそろかなぁ」
「なにが?」
「こっち来て」
壁に向かって湯の中を進んでいく。首を傾げながら付いていくと、イリーナが壁を押した。
カタン、と軽い音を立てて壁の一部が押し出され、上方へ収納されていく。
「こんな仕組みになってんだな」
外の景色が見える。暗いけど。
市場は既に開店準備を始めているのか、そこだけが明るい。
「もうすぐ良いものが見られるわよ」
「ん?」
景色を静かに見つめているイリーナの声に、俺も景色を眺め続ける。
早朝だと少しだけ冷たい空気であるため、二人して肩まで浸かっていた。
すると、やがて左手の空が明るくなっていく。
「……日の出か」
「とても綺麗って評判らしいの」
空が白み始めたとはいえ、まだ暗い。
しかし、東からゆっくりと薄い紫紺が広がって濃い瑠璃の空を押していく光景は、静かながら力強くも感じる。
黒く塗り潰されていた雲もその姿を現し始め、明るい縁取りに暗さを包んだ色彩が目を奪う。
やがて頭を覗かせた太陽は、瞳へ鮮烈な刺激を届けてきた。
町を覆っていた闇も徐々に照らされ、太陽から逃げるように建物の影が縮んでゆく。
そして、雄大さを体現した絶海が日の光を喜ぶかのように、散りばめた宝石のごとく輝いていた。
「「…………」」
少しずつ変化していく景色に、俺とイリーナは喋るのも忘れて見蕩れる。
どれくらい見ていたのだろうか。もう太陽が半分ほども出てきてからイリーナが呟いた。
「綺麗ね……」
「そうだな……」
これが目当てで朝早くに起きたのか。なんだか得した気分だ。
「宿の人に教えてもらったの。この時間帯だけしか見られない景色がある、って」
そのためだけに湯を張っているのだから、宿にとっても売りの一つなのだろう。
しかも今回は魔法学校の貸切だ。他の生徒達は起きていないのか、たった二人で独占である。
まあ、起きてても混浴には来ないだろうけどさ。
「ほんとは大浴場が一番お薦めらしいんだけどね」
「まあ、あっちの方が広く見渡せるだろうな」
でも、俺としてはこっちで良かったと思える。
「誰かと一緒に見たほうがさ、一人で見るより良いだろ」
「そこはワタシと見るほうが良い、って言うところよ?」
「へ? いやまあ、イリーナと見れて良かったけどさ」
意味としては同じじゃね?
「ワタシはルイスと一緒に見たかったの」
あ~……最近は一緒に行動する事が少なかったしな。
食堂で顔を合わせる機会は多かったけど、こうやって一緒に景色を楽しんだりする時間は無かった。
「よっしゃ、もうちょい景色見てから市場に行こうぜ」
「?」
「イリーナも買い物好きだろ? せっかく時間あるんだし」
「ルイスにしては気が利くわね」
「一言余計だっつの」
俺の返しに、イリーナは満足そうな微笑を浮かべる。
「ありがと」
「こっちこそ、ありがとな。いいもの見れた」
「どういたしまして」
そうして、まだしばらくは日の出に彩られた景色を眺めていた。
・・
・・・
「あれ? 朝風呂?」
「おう」
浴場から部屋へ戻ると既にハイクが起きていた。
ぼんやりと窓から外を眺めていたようで、寝間着なのに差し込んだ朝日が映えてるな。
俺の髪が湿っているのに気付いたのか、朝風呂へ向かっていたことを言い当ててくる。石鹸の香りとかも漂ってくるんだろう。
「今から市場に行くんだけどさ、ハイクも一緒に来るか?」
「いいね。昨日は見れなかったし」
よっしゃ、そうと決まれば出発だ。
ケートス先輩とソマリも誘いたかったが、まだ寝てるからな。
もう一度起こそうものなら何されるか分からない。ここは放っておこう。
手早く財布やら鞄やらを準備して宿の入り口へ。
まだイリーナは部屋を出てないようだから待たないとな。
「あれ? どうしたの?」
「イリーナがまだ準備してるみたいだからさ、もうちょい待ってくれ」
「……はぁ~」
いきなり溜息を吐かれた。どしたん?
「ちょっと急用を思い出したから、イリーナさんと二人で行ってきなよ」
「急用?」
「そ。せっかくのデートを邪魔しないっていう急用」
なんじゃそら。そういうんじゃねえと思うんだが。
てかさ、女子と買い物するたびにデートって扱うのは正しいのか?
俺は違うと思うな。そういう考え方は気を使いすぎて疲れるだけだと思うんだ。
「ってわけで、遠慮する必要なんかない」
「それを判断するのはルイスじゃないよ」
「いいじゃんかよ! 一緒に市場見に行こうぜ!」
「……まあ、そんな気を使う場面じゃないか。ほとんど魚見るだけだろうし」
そういうこった。これでハイクは確保完了である。
ラグとかも失恋完了してるなら連れて行きたいんだけどな。まだ話してるんだろうか?
まだ時間あるだろうし、ちょっと見に行くか。
・・
・・・
ハイクを連れて食堂へ向かうと、そこには誰かがテーブルへ突っ伏していた。
一体いつ頃から突っ伏しているのか定かでないが、既にテーブルと同化していると思えるほどである。
誰なのかは確認しなくても分かる。ラグだ。
「終わったか?」
「……おう。順調に終わったぜ」
深刻なダメージみたいだな。相手によっては本気度が違ったりするみたいで、たまに激しく落ち込む場合がある。
まあ、市場に繰り出せば元気を取り戻すだろ。
「今から市場行くからさ、ラグも来いよ」
「……おう……行くかぁ」
こりゃ重症だ。なんか奢ってやろうかな。
イリーナも部屋を出たようだし、入り口で合流できそうだ。
ラグに肩を貸しながら連れて行くと、宿の入り口でイリーナが待っている。
その姿を見た途端に、ラグがハイクへ問いかけた。
「おいハイク、どういうこった」
「見た通りだよ」
「…………はあぁぁぁ~~」
それはもう深い溜息を吐いたラグが、次の瞬間に大声で吼える。
「あ~あ~余裕だなルイスはよぉ!! ちくしょうが!」
「うっせえよラグ! 俺が何かしたのかよ!?」
「今まさにしてんだよ! 朝っぱらから重い一撃だなぉオイ!!」
「あ~もう耳元で騒ぐなっつの!」
「お前が言うな!」
なんのかんのと騒ぎながらイリーナと合流。
するとハイクはイリーナと目を合わせ、次に俺へと視線を向けた。
対するイリーナは目を閉じ、軽く首を振る。
「……じゃ、行こうか」
「さっきの何?」
「なんでもないよ」
んなこたねえだろ。明らかに意思疎通してたじゃんかよ。
しかし追求する前にラグが俺の肩から離れ、力強い一歩を踏み出す。
「っしゃおら行くべ!」
「おうよ!」
俺も勢いに乗り、4人で市場へ繰り出すのであった。
次回・・・絶海へ




