3_06_ベテランの工夫
こんばんは。
休みだというのに半日以上も寝てしまいました……
明日こそは書く時間を取りたいです。
少し火照った体を撫でては、心地よく涼ませてくれる風。
時折聞こえてくるのは、家畜の鳴き声だろう。
視界に広がるのは、どこまでも突き抜けるような青空で、日差しは緩やかに街を暖めていた。
こんな良い天気なのに、人々は慌ただしく働いているのだろうか。
だとしたら、少しだけ手を止めてほしい。
頭を空っぽにしてみれば、全身に活力が満ちてくるのを感じるはずだ。
そうすれば、より一層の成果を挙げられるに違いない。
何をするにも絶好の日和だと、全身に染み渡るのだから。
……そんなことを考えながら仰向けに寝転んでいるのが、俺だった。
働いているわけでもないのに、こんな事を実際に誰かへ言おうものなら怒られるだろう。
とはいえ、良い天気であるのは確かだ。このまま昼寝するのもアリかな。
「お待たせ!」
「おっ」
突然、イリーナが俺の視界に入り込んできた。
腕を後ろに組んで、上から覗き込むような状態だ。
残念ながら裾のある服装であるため、絶好のアングルも役に立たない。
まあ、それこそヒラヒラした服装であるなら、こんな位置取りすらしないだろうな。
それくらいには淑女であると思いたい。
「もう素振りは終わったの?」
「おう、大丈夫だ」
答えながら体を起こし、大きく伸びをする。
「ん~~~……」
「気が緩んでるわね」
「仕方ないだろ。天気が良いし」
「はい、これ」
イリーナが袋を差し出してくる。何コレ?
「手入れ道具よ。幾つか貰ったから分けてあげる」
「おう、あんがと」
研いで洗って拭うだけの手入れしかしてなかったけど、専用の道具はある。
血糊を寄せ付けない油だったり、湿気から守る粉だったりだな。
普段しているような戻す手入れじゃなく、維持する手入れという意味合いが強いそうだ。
ひとまず店主に代金を支払い、礼を言いながら店を出た。
また来いよ、と見送ってくれたんだが……それって俺も含まれてるよな?
ともあれ、思いがけず武器を新調したので少し新鮮な気分だ。
「なんか依頼でも受けたいな。剣を使ってみたい」
「血生臭いデートね」
殺すなんて言葉を口にした奴が何を言っているのか。
「てかさ、さっきからデートを強調するよな」
「そういう関係に見せた方が楽でしょ? 一緒にいても怪しまれないし」
「どうだろ」
からかってるだけに思えたけど、追求するような事でもない。
マリだって一緒に買い物すればデートだ、とか言ってたもんな。それくらいの気持ちでいよう。
てことで、ひとまず冒険者ギルドに向かう。
グランバス支部とは違って木造の建物だけど、街の雰囲気には合っている。
門を押し開いて中へ入ると、数人が隅に併設されている簡易酒場で飲んだくれているだけだった。
かなり閑散としてるな。ほとんど依頼で出払ったんだろうか。
もう昼過ぎだしな。飲んでる奴らは別として。
「ありゃ? ルイスじゃねえすか!」
「ん? お、セッタさん」
少し甲高い声に振り返ると、セッタさんが後ろに立っていた。
「ルイスも依頼を受けにきたんすか?」
「ん~、まあね」
「そちらの子も?」
「は、はい」
イリーナが少し緊張した様子で返事をする。演技だと思うけど。
まあ、とりあえず入り口で立ってても邪魔なだけだ。中に入って依頼が張り出された掲示板を眺める。
「セッタさんは指名依頼とかないんですか?」
「届いてはいるんすが、折角なんで別の依頼も見ておこうと思ったんすよ」
そう返しながら数枚の依頼書を眺めては、懐から取り出した紙に何か書き込んでいる。
「ルイスも覚えとくと良いすよ。同時に受けられなくても、ついでに取ってこれるんすから」
セッタさんが説明してくれたのは、依頼の同時解決についてだった。
依頼というのは複数を同時に受けられる。けど、内容や期限の組み合わせによっては認められなかったりする。
例えば、森の奥に生息する魔物を討伐する依頼と、薬草採取の依頼であった場合だ。
森の奥が往復4日、多くても5日程度だとして、薬草の採取が3日しか期限が無いなら同時解決は不可能となる。
森の奥へ向かっている間に薬草採取の期限が過ぎちまうからな。
しかし薬草採取の期限が5日なら、可能である。
他にも依頼で赴く場所が離れていたり,期限内に留まっていてもギリギリだったりすれば許可が下りなかったりするのだ。
あとは依頼を受ける冒険者の実績が考慮されたりで、中々に条件は満たせない。
そこでセッタさんが教えてくれたのは、いわゆる抜け道のような方法である。
要するに、その場では受けなければいいのだ。
採取依頼なんてのは現物があれば解決可能なのだから、別の依頼ついでに採取してくればいい。
期限の組み合わせがギリギリで断られるような場合でも、そもそも同時に受けないのだから心配もいらない。
もし採取できなくても依頼の失敗にはならないし、気も楽だ。
当然、依頼を受けるわけではないのだから、出払っている間に別の者が受ける可能性だってある。
ただ、そうなったら単に売り払えば済む話なので、リスクというほどでもないだろう。
依頼者としても確実に達成できる者が受けてくれるか、こういった手法で突然に解決するかの違いだからデメリットも無い。
こういった側面があり、採取依頼は直接に受ける者が少ない傾向にあるそうだ。
そうやって誰も受けないし、誰もついでに解決しようとしなくて期限を過ぎた……なんて事が起きないか心配にはなった。
けど、初心者が受けるから問題ないようだ。
「それに、採取依頼は初心者に残すのが基本なんすよ」
初心者が討伐依頼を受けるのは荷が重かったりする。
実力的に大丈夫でも、それだけと戦えるとは限らないからだ。
想定以上の群れと遭遇したり別の敵が乱入してくる場合もあるのだから、充分過ぎるほどの準備が出来るようになるまで控えたほうが長生きできるのである。
そういうわけで初心者は基本的に採取依頼を受ける事が多いため、こういった採取依頼を直接に受けないという行為は、後輩の稼ぎを奪い尽くさないような配慮も込められているのだ。
とはいえ、折角現物を持ち帰って即座に解決できるのに、初心者が受けるだろうから見過ごす……なんて事はしない。
そこまできたら気にせず解決してしまうのが常識である。
「なるほどなぁ。ドルアーザさんからは教わってなかったです」
「そりゃ当然すよ。ルイスは初心者すから」
この手法はベテランが用いるのであって、初心者向けではない。
なぜなら、この手法は討伐依頼なんかを主体として、ついでに採取するのが基本だからだ。
討伐などを絡める時点で初心者とは縁が無いし、そもそも余裕を持てないだろう。
まずは目の前の依頼一つに集中する。それが出来て初めて同時解決への足がかりとなるのである。
ちなみに、もし初心者が同時解決を狙ったとしても、採取と採取の組み合わせが限度だ。
それだって簡単なわけじゃないからな。採取した品の劣化進行度や、採取する場所と方法の把握などが求められる。
目当ての場所に赴いても、誰かが先に根こそぎ採り尽くした……なんて場合もあるくらいだ。
そうなれば別の場所へ探しに行く羽目になるし、その分だけ期限内の解決が難しくなるからな。
「ま、今は覚えとくだけで大丈夫すよ」
「了解です」
「なぁんか歯痒いすね。兄貴と同じように接してほしいすよ」
「……分かったよ、これでいいか?」
「いいすね! それでこそ兄貴の同志すよ」
色々とセッタさんに教わってから、俺とイリーナは依頼を物色した。
セッタさんは俺達に教えながらも確認を済ませていたようで、どの依頼が手頃かをアドバイスしてくれる。
そして選んだのは、採取依頼だ。監視もされてるし無茶はしない。
俺とイリーナで受付に依頼書を持っていく。
セッタさんは簡易酒場で飲んでいる連中の方へ向かっていった。
酔っ払った男が、今日の酒代がどうたらとか喋っているのが聞こえてきたけど、毎日飲んでいるのだろうか。
経済的に大丈夫なのかな、なんて心配しながら無事に依頼の受注が完了。
既にセッタさんはギルドの入り口に佇んでいる。
「途中までは道が同じすから、一緒に行きやしょうよ」
「おっけ、よろしくな」
「頼もしいです」
断る理由は皆無のため、途中まで一緒に行動する運びとなった。
強いて言えばセッタさんが一緒の間、イリーナは静かなままだろうってだけが気になる。
気弱そうな演技とか疲れそうだよな。
そんな事を考えつつ、3人で森へ入っていった。
・・
・・・
「ここから150mの位置に魔物が居るんすけど、こっちに迂回すれば避けられるんす」
セッタさんが地図を見せながら俺達に説明してくれる。
空地に辿り着いては、セッタさんが偵察を担ってくれているのだ。
そのおかげで、今のところ戦闘を回避できている。
俺としては新しい武器の試し切りをしてもいいのだけどな。
けれど、戦闘の一つも無く森を進むのは不思議な気分だ。
人間が住む街や村などの拠点から出れば、危険が付き纏うのを覚悟しなければいけない。
なのに、今はまるで街を散歩するかのような安全さである。
そんなこんなで雑談などをしつつ、森を進んでいく。
やがて休憩を取る事になり、しばらくしてセッタさんが立ち上がった。
「名残惜しいすが、ここで別行動すね」
「そうなん?」
「お二人は道を進んで2つ目の空地に向かってほしいす」
どうやら、そこが俺達にオススメの採取場所らしい。セッタさんは道を逸れて近道するようだった。
別れる際に、道を逸れるのは危ないから真似しないように、と言われた。
その危険性はドルアーザさんからも教わっていたし、素直に頷いておく。
「それじゃ、また今度会えたら飲みやしょう」
「おう、色々とありがとな」
セッタさんが手を振りながら木々の間に消えていく。
雑談混じりに聞いた話だと、セッタさんは指名依頼を片付けたら拠点を移すそうだ。
だから、次に再開するのは何時になるか分からない。
その頃には俺も酒を飲めるようになっているだろう、という意味を込めての約束だった。
寂しくは感じるけど、冒険者とはそういう稼業だ。慣れるしかない。
「……んじゃ、俺達も行くか」
懐から地図を取り出して確認する。これは出発前に買っておいたものだ。
経路のみ記入されている地図であり、情報量としては最低限だ。
しかし、この道中でセッタさんから教わった情報を書き込んでいる部分だけは、かなり詳細になっていた。
「はい、行きましょう」
あれ? まだイリーナは気弱な演技してんのか?
不思議に思っていると、隣を歩くイリーナが小さな紙切れを取り出す。
「採取するのは、これで問題ないでしょうか?」
「ん?」
渡された紙を見ると、それは採取する品のリストなどではなかった。
そこに書かれていたのは、イリーナの忠告である。
”セッタは監視者ではない。別の誰かが今も監視している”
そう書かれていた。
「どうでしょうか?」
「え、あ……おう」
「よかった。このまま、行きましょう」
このまま、か。演技は継続って意味かな。
それにしても監視者はセッタさんじゃなかったのか。
・・
・・・
それからは無事に採取が終わり、イリーナの提案により比較的急いで街へと戻る。
街に着いたらギルドで依頼の品を納め、達成報酬を受け取る。
そして宿へ戻ってきた。
「はぁ……」
部屋へ入るなり、イリーナは座り込んで大きく息を吐く。
「あのセッタという男、とんでもないわね」
「は?」
「隠密に長けてるわよ。ワタシでも気配を察知できなかったわ」
あぁ、ギルドで会った時か。声を掛けられるまで気付けなかったもんな。
どうやらセッタさんに嗅ぎ回られると分が悪いらしい。
念には念を入れて、大人しくしておきたいそうだ。
となればイリーナを放置は出来ないので、俺としても大人しく過ごす他ない。
それは信用面というよりかは、別の事情があるからだ。
先日まで組んでいたパーティメンバーが街に生還した場合、一悶着あるかもしれないからな。
もしかしたらイリーナが絡まれるかもしれない。
その時に彼女がどんな対応を取るにしろ、側に居ておきたいと思った。
ともあれ、イリーナには武器を値切りしてもらった恩がある。
滞在中は何かしら奢ったりしてやろう。
「値切り交渉してくれた礼にさ、何か奢るぜ?」
「あら、いいの?」
「おう」
「それならねぇ……」
それはそれは含みのありそうな笑顔が咲く。
「ものっそい嫌な予感がすんだけど……」
「果物が食べたいなぁ」
「いや、さすがにそこまでのは……ん? 果物?」
「ええ。そこまで高くないはずだけど」
なんだ、意外に欲が無い。
俺としては常識的な範囲の要望だったので、問題などあるはずもないな。
てことで、街の中を散歩しつつイリーナに果物を奢る。
街の名産品と謳われているのも納得の味だった。
「瑞々しくて美味しいわね」
「そだな。いくらでも食べられそうだ」
「ふふ……夕食が入らなくなるわよ?」
果汁で濡れた唇を綻ばせて、イリーナが笑う。
……もし別の出会い方があったら……って思うが、既に手遅れだな。
いや、そもそもだ。
「お前ってさ、雄? 雌?」
「動物みたいに言わないで」
「あ、ごめん」
「そもそもね、見て分からないの?」
「だってさ、男になれるかもしれねえじゃん」
「……元は女よ。だから能力でも必ず女になるわね」
そっか、女なのか。
男勝りな雰囲気になる時もあるけど、あれは一種の威嚇行為であるらしい。
強気に出た方が場を支配しやすい事も多いそうだ。
それこそ何度も繰り返した人生で培った経験なのである。
といった事を話しながら、俺とイリーナは街を無目的に歩く。
たまには、こんな時間も悪くないな。
そういう点では、出会って良かったと思えたのであった。
次回・・・帰還と就職




