3_04_共存
こんばんは。
もう一つの小説も更新したいんですが、なかなか筆が進まない状態です・・・
夜の街。
静寂の中に、微かな物音が聞こえる。
それは一人の少女から発せられていた。
まるで昼の街を散歩するかのような靴音だ。
ふらふらとした足取りではなく、しっかりと地面を踏みしめていて、自身の意思で出歩いている事が感じ取れるようであった。
「……誰?」
ふと、歩みを止めた少女が振り返る。
その声へ応えるように、俺は姿を現した。
「やっぱり、あなただったのね」
どうやら俺が追跡しているのに気付いていたようだ。
おそらく宿を出た時から察知していたんだろう。
「女の子を尾行するなんて、褒められた事じゃないですよ?」
その指摘に、俺は何も答えない。
けれど、代わりに問いかけた。
「俺……どうかしてると思うんだけど……聞きたい事があって」
「あら、何を聞きたいのですか?」
特に気負うでもなく、少女……イリーナは微笑む。
俺は意を決して、ある事を聞いた。
「お前……魔物か?」
どうかしてると思う。
だって、何の変哲も無い女の子に見えるから。
「……ふふっ、おかしいわね。どうしてそう思うの?」
けど、俺には分かってしまった。
イリーナと出会った時に感じた気配。
初めての感覚だった。
けど、何かが向こうに存在すると確信出来る、普通の気配とは異なる奇妙な感覚。
そして、それからも感覚は続いた。
イリーナが宿から出たのも、俺は感じ取れるんだ。
「運命の導きを、お前も感じたはず……っ!?」
途端に、俺達の周囲が深い闇で包まれた。
魔法か!?
「大丈夫。隠す効果しかないから」
その言葉を信用なんて出来ない。脱出した方がいいのか?
が、思考を巡らせる前にイリーナが言葉を続ける。
「それと運命の導きだけど、感じたわよ。勘違いじゃなかったのね」
「やっぱりか……それなら」
「でも、あなたが魔物かもしれないわよ?」
そんなはずないだろう。
俺は人間から生まれたんだ。
けど、面と向かって否定する事はしなかった。意味が無いだろうから。
「なあ、どうして人間に化けてるんだ?」
「何の事かしら」
「とぼけるな。森で何をする気だったんだ?」
「さあ? 薬草でも採取しようとしたのかもね」
「かも、って……」
埒が明かないな。
「あの話は全部……嘘だったのか?」
「あなたに答える義理なんて無いと思うけどなぁ」
「……」
「それより、いいの?」
何一つ答えてくれず黙り込んでしまった俺に、今度はイリーナが問いかけてくる。
「追跡を気付かれてるって、分かってたのよね?」
「それは……」
「罠かもしれないのに、どうして?」
「……分からない」
「……はぁ」
落胆したかのような溜息を吐いて、イリーナは首を振る。
そして、腰に手を当てて罵倒してきた。
「あんた、バカなの?」
「は……?」
いきなり変わった口調に面喰らってしまう。
しかし、そんな俺の様子など気にもかけず言葉を続けた。
「ワタシが襲ってきたらどうする気だった? もし追跡に気付かないフリされて街の外に誘われたら?」
「いや……あの……」
次々と投げかけられる言葉に、俺は答えられない。
罠だとか、どうする気だとか、考えきれないまま来てしまったから。
「まったく、殺る気ならワタシとしても殺してあげる気だったのに」
「殺し……」
「こんな中途半端な気構えで出てこられると調子が狂うわね。どうしてくれるの?」
ずんずんと近寄ってきて、俺は無意識の内に後ずさってしまう。
「ど、どうしろって……」
「まあ仕方ないから、取引しましょ」
「取引……何の?」
「はあ? 決まってるでしょ。ワタシが元は魔物なのを黙っておく、という話よ」
認めやがった……やっぱり魔物だったんだ。
「そんな事、できるわけねえだろ」
「だったら殺し合う?」
「う……」
俺の胸ぐらを掴んで顔を近づけてくる。
綺麗な顔が今や鋼鉄のような冷たい表情であり、より一層の冷酷さを感じさせた。
「ほら見なさい、そんな度胸も持ってない。見た目が少女だと躊躇うの?」
「し、仕方ねえだろ!」
ひとまず腕を振り払い、距離を取る。
もう、どうしていいか分からなかった。
「そもそも、ワタシが何か悪い事した?」
「へ?」
「正体を隠すために、身の上話は嘘を吐いたわ。それは仕方ないこと」
けれど、パーティメンバーに襲われたのは事実らしい。
魔物だとバレて襲われたのではなく、単純に女と見られて襲われたのだと。
「ね? ワタシは悪くない」
「いやでも、お前は」
「魔物で何が悪いの」
「っ……」
咄嗟に答えられなかった。
魔物は人間を襲ったり畑を荒らしたりと、忌むべき存在だ。
けど、目の前に居るのは人間の言葉を話して、冒険者として生きている……のか?
「お前は……何なんだ」
「は?」
「魔物なのに、どうして人間のフリをするんだ?」
「……さあね」
「はぁ?」
「生まれてから3年くらいで人になれたけど、それからは頻繁に人として生きてきたから」
「だからっ! どうしてなんだ!」
「騒がないで。ワタシにだって色々と理由がある。面白いから、ってのも理由の一つね」
面白いから……?
「わけわかんねえ」
「なに混乱してるの」
「だってさ……」
頭を搔き毟りながら情報を整理する。
こいつは、イリーナは魔物が人に化けていて、けど悪い事はしてなくて……
「単に、あんたはワタシを悪者かもしれないと勘違いしてただけでしょ?」
「……」
「そうじゃないって分かったなら、敵対する必要もないんじゃないの?」
「……そんな簡単に信じられるかよ」
あくまでも魔物だし、本当に悪い事してないかなんて分からない。
「とは言ってもねぇ、そもそもワタシが魔物だなんて他の人間が信じる?」
「え……」
「あんたは運命の導きで分かったかもしれないけど、他の人間は気付かない」
たしかに……
人間が魔物を見てソレと気付くのは、明らかに魔物と分かる姿形や行動であるからだ。
もしくは、今回のように運命の導きを感じるかどうか。
「でもね、あんたに騒がれると面倒。今は目立ってるから」
だから、俺さえ黙っていればいい。
そう考えて俺を誘い出したそうだ。
「安心しなさい。ワタシは気の向くままに生きたいだけなんだから」
「……」
「あんたが変な気を起こさない限り、ワタシだって手は出さない。あの冒険者が怖いし」
ドルアーザさんの事なのだろうか。
たしかに、俺に何かあれば、きっとドルアーザさんは調査するだろうな。
「それに、興味がある」
「は?」
「とりあえず、もう宿に戻りましょ。こんな場所に長居すべきじゃないわ」
「……あ~! わっけわかんねえ!」
「うるさいわね。騒がないでよ、バカなの?」
・・
・・・
「それでは、また明日にお会いましょうね」
「……」
結局、どうしていいか俺には判断出来なかった。
けれどイリーナの言う通り、長居すべきじゃない。
周囲を覆っていた闇は解除され、その際に聞かされた話によると無詠唱らしい。
元は魔物だから詠唱を必要とせず魔法を構築するようで、それは人の姿になっても適用されている。
系統は闇だ。
普段は目立ってしまうから詠唱するし、そもそも闇系統だから、あんまり使わないようにしているらしいけど。
そんなこんなで宿の前まで戻り、未だに色々と悩んでいる俺に向かって、イリーナは明日の約束を取り付けた。
他に話す事もあるから、明日に再会しようというのだ。
既に口調を出会った当初のソレに戻したイリーナは、自身が宿泊する宿へと帰っていく。
ここで後を追っても気付かれるし、俺も考え込みたかったから宿へ入った。
・・
・・・
「…………やっぱ、どうしていいのか分からねえ」
部屋へ戻り、どれだけ考え込んでも答えは出なかった。
単純に考えればイリーナは魔物だから討伐すべきだと思う。
人に化ける事が出来て、しかも街に入り込んでいるのだ。
危険極まりないと判断するのが常識だろう。
けれども、果たして本当に危険かどうかの判断が難しい。
ずっと人として生きてきたらしいし、特に悪さもしていないようだから。
まぁ、嘘かもしれないけど。
それの判断も情報が無いから不可能だ。
ドルアーザさんに相談しようかとも思った。
けど、信じてくれないかもしれない。
それに、もし仮に信じてくれたとしたら、イリーナはどうなるのか。
ドルアーザさんに殺されてしまうかもしれない……
”魔物で何が悪いの”
この言葉が俺の脳裏に焼き付いて離れない。
魔物だから殺すってのは、魔物が悪さをするからだ。
けど、悪さをしない魔物なら殺さなくて良いのではないか。
そんな考えが、どうしても浮かんでしまう。
・・
・・・
「おはようございます」
翌日の朝、イリーナが俺の宿泊する宿へ訪れた。
少し疲れたような表情だったけど明るく振るまいながら、食事している俺達へと近付いてくる。
「顔色は良くなったな。しっかり眠れたか?」
「おかげさまで。本当に、何とお礼を言っていいのか……」
なんとも演技が上手い。そんな感想が出てきてしまう。
これじゃ人間と同じだ。
「気にすんな。飯でも食おうぜ、奢るからよ」
「そんな……申し訳ないです」
「先輩冒険者として当然だ。だろ? ルイス」
「お、おう……」
「どうした?」
むしろ俺の様子が変になっている。寝不足で顔色悪いだろうし。
「おいおい、別嬪相手に緊張してんのか?」
「……ある意味な」
からかい気味に心配され、俺はイリーナへの皮肉を篭めて答えた。
すると、既に俺の隣へ腰を下ろしていたイリーナが、テーブルの下で俺の足を蹴ってくる。
「ルイスさんも、昨日はありがとうございました」
「お、おう……」
ニッコリと微笑まれて、俺は口ごもる。
素直に怖い、その笑顔。
ともあれイリーナも加えて食事を再開する。
女の子らしく食べているイリーナを横目に見ていると、ドルアーザさんが笑い出した。
「露骨すぎんだろ」
「は?」
「あんま見てるとバレるぞ、惚れたってよ」
「ちげえよ!」
「んだよ……そんな怒るこたねえだろ」
あ~もう! どうしたらいいんだよ!
・・
・・・
食事が終わり、ドルアーザさんは用事で出かけていった。
俺の肩を叩きながら、まあ上手くやれよ、とか言っていたので殴りたくなってしまう。
しかしながら、ドルアーザさんは何も知らないのだから仕方ない。
俺は適当に頷いて見送ったのである。
そして、イリーナは俺の部屋へと付いて来た。
「さて、お話しましょうか」
「……」
部屋へ入るなりベッドへ腰掛けて、話をしようと促してくる。
「ひとまず、今は黙ってくれているみたいね?」
「……まあな」
「良かった。もし話してたら色々と面倒だもの」
脅されているような気もしたが、ひとまず俺も聞きたい事が沢山ある。
「お前さ」
「イリーナよ。名前で呼んでくれないの?」
……調子狂うな。
「……お前はさ、何が目的なんだ?」
「言ったじゃないの。面白いから人として生きたいだけよ」
「他にもあるんだろ?」
「あら、何もかも聞き出そうとするなんて、乱暴ね」
「……魔物には戻らないのか?」
「そこは拘らないわね。何か面倒が起こったら魔物として生きるかも」
「そうなったら人を襲うのか?」
「場合によっては、ね。生きるためよ」
「お前っ!」
「勘違いしないで。盗賊と同じ、生きるために襲うの」
そんなの犯罪じゃねえかよ!
やっぱ魔物だ、こいつは。
「まだ勘違いしてるわね」
「は?」
「生きるためなら犯罪に手を染めるけど、それが原因で殺されても文句は言わない」
「……」
「だから盗賊と同じ、って言ったのよ。分かる?」
「どういう意味だよ」
「要するに、ワタシの好きに生きるって意味」
「……」
「そんなに警戒しないでよ。何も無ければ善良な人間として生きるから」
その言葉に偽りは無いと感じてしまう。
必死さが感じられない声音は、それこそ当然であるかのように聞こえるのだ。
「……ほんとはね、逃げても良かったの」
「は?」
何の事だ?
「あなたが追跡してくるのに気付いて、魔物だってバレたのは理解したわ。けど、それでも逃げなかったのは……あなたが気になったから」
ベッドから降りて、上目遣いに俺へ這い寄ってくる。
少し頬を染めながら、ゆっくりと。
「運命の導き、なんて言い得て妙よね。あなたが気になって仕方ないの」
「おい……」
「ねえ、あなたはどうなの?」
「ぅお!?」
押し倒され、顔を寄せてくる。
間近に迫った愛らしい顔は、見た目が少女とは思えないほど、妙に大人びていた。
「あなたが邪魔なのに、でも嫌いじゃない。好きなのかも分からないし、殺したいのかもしれない」
「は、放せ……」
「ただ見ていたいだけなのかも。ねえ、あなたは? ワタシに何を感じているの?」
吐息を感じるほどに、近い。
「離れろ!!」
「っ……」
俺は何とか押しのけて、声を荒げた。
「なんなんだよ! お前は!」
「静かにして、騒ぎにしたくないでしょ?」
「うるせえ!」
殺すとか言ってみたり、色気を出してみたり……こいつが分からない!
「なによ、つれないわね」
と、途端に雰囲気を変えつつ、俺をジトリと睨んできた。
「いつまでウジウジ悩んでんのよ。とっとと決めなさい」
「何がだよ!」
「全部バラすか、隠すか」
「……そんな単純な話じゃねえだろ」
「いいえ、単純よ。ワタシと敵対するかどうかでしょ?」
僅かな殺気を感じる。
やっぱり、こいつも俺を警戒してるんだな……そう思うと、どこか寂しく感じた。
違和感を覚えたけど、寂しく感じたのは確かだ。
「なによ、その顔は」
「……分からない」
「はぁ~~~……男のくせに」
「そんなの関係ねえだろ」
「関係あるわね。女の子を前にしてウジウジしてる」
どの口が言ってんだよ!
こんな訳分かんない女が居てたまるか!
「まあ落ち着きなさい。さっきも言ったけど、ワタシはいつ逃げても構わないんだから」
「……」
「それでもここに居るのは、あなたが気になったから。嘘じゃない」
「……それが、なんだってんだよ」
「これも何かの縁よ。ワタシはあなたを野放しにするのが不安だし、あなたも同じよね?」
それは事実だ。こんな訳分からねえ存在が野放しにされるのは不安で仕方が無い。
「だから、今後も一緒に行動しない?」
「はぁ?」
「それなら互いに見張れるし、安心でしょ?」
嫌だと、素直にそう思えない。
俺はどうしたら良いのか、それが分からないってのもある。
けど、こいつの質問には答えなかったけど、俺も気になる。
この魔物に、イリーナに興味が湧いたんだ。
どうして魔物が人間として生きようなんて考えたのか、という至極当然な疑問ではない。
こいつは、イリーナは何だか気になるんだ。
「……お前さ、何か魔法使ってる?」
「は?」
「闇系統でさ、なんか俺がお前に惹き付けられるような魔法とか」
「そんな事する必要がないわよ」
「だってよ……なんか変なんだ、俺」
「ふ~ん?」
途端にイリーナがニヤける。
なんか腹立つな。
「そっかそっか。あなたもワタシが気になるのね」
「変な誤解すんじゃねえ!」
「誤解なんてしていないわよ。こいつは面白そうだ、って思うんでしょ?」
「っ……!」
それは、言葉にして言われてみると図星だった。
本当に自分が分からなくなるけど、イリーナと過ごすのは面白そうだと……思う。
「もしかしたら、運命の導きが影響してるのかもね」
「は?」
「それしか原因になりそうな要素がないのよ。こんな漠然とした感情は」
なにやら面白そうにイリーナは語り出した。
「前に組んでた人も同じだった。ワタシじゃなくて他の魔物相手だけど、運命の導きを感じたの」
「何の話だよ」
「まあ聞いてよ。その人はね、明らかに殺せる魔物相手に躊躇ったの。で、魔物を捕まえた」
「……」
「どうなったと思う?」
「どう、って……分からねえよ」
「お互いに信頼し合った。不思議でしょ?」
「うそだろ……」
信じられなかった。魔物と人が信頼し合うなんて。
「その魔物は言葉だって通じない。けど、お互いに殺し合う事無く相棒として共存したの」
「そ、それで?」
「……死んだわ」
「……っは?」
「他の魔物に襲われて、人間は死んだわ。相棒は後を追うように、仇に挑んで返り討ちね」
少し心が痛んだ。
けど、それ以上に衝撃だった。
魔物と人の共存……そんなのが実現するわけが無い。
人が魔物を強制的に使役する事はあっても、信頼関係なんて存在しないのだ。
なのにイリーナの話では、たしかに共存できていたと。
言葉が通じなくても信頼を結び、しかも相棒の仇を討とうとまでする。
現実離れし過ぎていた。
「もしかしたら、あなたとワタシだって同じかもしれないわよ?」
「……」
「ワタシが話したかったのは、これでお終い。どうするかは任せる」
そう言って黙り込んでしまった。
俺が決断するのか。
……イリーナは逃げる事も選べた。
けど、逃げずに俺の元へやってきたんだ。
人と魔物の共存が可能であると教えるために。
俺と共存しようって言っているんだと思う。
「…………」
悩んだ。
それこそ2時間ほど悩んでいたかもしれない。
けど、イリーナは急かすでもなく待ってくれていた。
きっと敵対したら容赦はしないだろうと思う。
けど、そんな結末は……なんだか寂しい。
もしかしたらイリーナも同じように感じているのかもしれない。
そして……
「……何かあったら許さねえからな」
「っふふふ……そう言うと思った」
「笑ってんじゃねえ。まだお前を信用してない」
「それはお互い様。まぁ、これから仲良くなれるわよ」
イリーナが手を差し出してくる。
俺は握手をしなかった。けど、代わりに言ってやった。
「出会いは大事にすべきだ。それが冒険者だからな」
「なにそれ?」
こうして、俺はイリーナの正体を隠し通す事にした。
今はまだ、イリーナの本質を判断出来ない。
だから……これからイリーナがどんな奴なのか、見ていこう。
正しいのかなんて分からない。人間として、常識として考えれば間違っているのかもしれない。
けど、それより俺は自分の感覚を優先したんだ。
こいつは、そんなに悪い奴じゃないかもしれない。
……そう思えたから。
次回・・・人魔転身
次が説明回になるので、状況次第では明日に2話分を投稿しようかと思います。
ただ説明を読むのは退屈かもしれませんからね。




