表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
shiki  作者: 夏野 千尋
2/2

01:物語の始まりは

少し変えました。

 歴史は今、大きな節目を迎えております。


 節目に至るまでの流れを、簡単にご説明しましょう。


 人類の脅威であった魔王が、我が国の至宝、絶世の美女である姫様を拐いました。何と不届きな輩なのでしょうか。

 まあ、ついでに姫様の侍女の私も拐われたけど。


 姫様に無限の愛を注ぐ、父ぎみの国王陛下は、勇者に姫様を助けるよう依頼でもなさったのでしょうか。勇者さまは魔王打倒を目指していたそうです。

 特別なものだけがその台座から抜ける、という伝説の剣を持ったお方とお仲間らしき数人が、魔王とその側近と戦っておられます。


 今はここです。


 勇者、という存在は、この長い歴史の中でもたった二人目。それに、千年以上も間が空いています。それだけでも歴史に残る大事です。

 そして、もうすぐに、勇者さまたちは、魔王に勝つでしょう。形勢は明白でした。


 ……うわっ。みんなレベル高いな。技もキレてるし、状況判断が素晴らしい。回復役っぽい魔法使いはまだまだだなぁ。十分に魔力はあるんだけど……鍛練不足か。

 あとひとり、私よりも年下っぽい男の子については知らん。応援団か?


 姫様は、玉座の間、つまり魔王と勇者が闘いつつ、ついでに私が影から観察しているところの、玉座の傍近く、黄金の鳥籠に入れられています。


 姫様は傾国にもなれそうなぐらいお美しくはあるが……魔王の趣味なのかっ?鳥籠に入れられていると、囚われのお姫様っぽくて庇護欲をそそる。多少窶れたが、それさえもが姫様を引き立てるのだ。


 まあ、今まで結構扱いは良かったから、姫様を不当に扱って勇者さまたちを逆上させよう、という策だったのだろうが。

 あら残念。勇者さまはいたって冷静。ざまあミソヅケってやつですね。ミソヅケとは東方の料理らしいです。私はよく知らない。


 私、あと数日遅ければ、魔王を倒してずらかろうと思ってたんだけど、目立ちたくないし、実力行使、しなくて良かったあ。


 うんうん、と頷きながら、姫様の傍に寄って励ます。


「姫様、助けが参りましたね。あと少しですよ」


「え、ええ……。あれは、勇者様?」


 うっとりと、闘う勇者さまを見つめる姫様。うん。仕方がないね。勇者さまは姫様と並んでも釣り合うだろう、美しい御方だ。


 それに、己を助けに来てくれた特別な人。吊り橋効果もあいまってしまってもおかしくないだろう。


「はい。あの剣は勇者のみ持てる、伝説の剣かと思われますので。もうすぐに、決着がつくかと」


 美しい方ね、と姫様が呟いたのは聞こえないフリ。だってこんなこといってる場合じゃないだろうに!


「目をお閉じくださいませ…」


 そろそろ決着がつく。今までは互いに魔法の大技などで、見えないところを削りあっていたが、これからすぐに、魔王の首が飛ぶか、そのぐらいえぐい光景が広がるのだろう。そんな景色を、真綿にくるまれるようにして育った姫様には見せたくなかった。


 何も見えないように、その瞬間の直前、私は外側につけられていたカーテンを落とす。


 横目で、首が飛んだのが見えた。


 血飛沫が舞う。体の方も、かくんと崩れ落ちている。もう心配ないのだろうか。


「魔族は、首を飛ばすだけでは確か駄目だったな」


「ああ。心臓を燃やすんだ。魔王は全て燃やすぐらいが調度いいだろう」


 勇者さまの質問に、弓矢を背負ったスレンダーな女性が答える。ハスキーで色っぽい声だ。


 それにしても、魔族って生命力強いんだね。心臓を燃やさないととか……おお、怖い。


「ハルカ、頼んだ」


 神官で、魔法の使えるらしい青年が炎を出すが、火力が足りていない。彼だけ残念なパーティーだ。一人だけ実力が……ゴホン。言わないでおこう。


 その間に勇者さまが姫様の檻を壊してくれる。


 が、勇者さまでなく、ご一行の中でも最年長らしい厳ついムキムキマッチョな男性にエスコートされて出てくる姫様。


 勇者に手を握られて、ひざまづかれる私。



 ん?ひざまづかれる――私?

 これは一体どういう状況?



 どう考えてもおかしい。勇者さま、人をお間違えではなかろうか。


 だって囚われの姫様は絶世の美女だよ?


 比べて私は平凡だ。悪くはないと思う。だって王宮で姫様の侍女になっているんだ。でも、良くはない。昔はよく男に間違われた。

 女に間違えられる男は大抵美形だが、逆は違うだろう。


 あ、別に姫様を僻んでいたりはしない。種族を越えて、魔王に見初められて拐われる美形って言うのは、ちょっと……ね。


 で、この状況は一体何なのだろうか。


 私の手を握り、ひざをつく勇者さま。

 落ち着いた姫様の視線がいたいです、こわいです。


 手を振りほどこうとしたんだけど、できない。アレ?私力弱くないよ?強い方だよ?さ、流石勇者さま……。褒めてないよー。


「貴女が無事で良かった」


 酔ったような視線。甘い。手に、キスを落とされ――――


 ません!


「ぎ、きゃあああ!??」


 悲鳴が漏れた。仕方がないよね!ぞわってしたんだから!!


 ついでに無意識で魔法を発動させてしまった。エアハンド。その名の通り、空気を固めて手のようにした魔法である。


 横から平手打ちをするように、巨大な空気の塊を叩きつける。やっと勇者さまがぶっ飛んだ。


 ほっとしたのも束の間。姫様の悲鳴が響き渡った。


「きゃあぁぁ!ユキジ!何をしているの!?」


「シキ様!」


「シキっ!」


 勇者さまのお仲間も声をあげます。勇者さまの名前はシキ、と言うようである。


 あ、申し遅れました。私、ユキジって言います。ユキジ=ムアです。


「申し訳ありません!勇者さま!ご無事ですか?」


 近づこうとしたら、勇者さまのお仲間の道を止められました。


「来るな!シキ様を傷つけるような奴を近づけるわけにはいかぬっ!」


 はい。神官さまが、勇者さまに治癒魔法をかけているけれど……遅い。


「手伝います」


 倒れている勇者さまの傍に膝をつけば、また神官さまに制止された。でも、気にせずに手を翳す。


 私の治癒魔法は相当の腕だ。

 魔法と諸々のお師匠さまは、手合わせの時に怪我をすると、私に治させましたからね。私が怪我してても私に治させたから。


 そのお陰で上達したわけだけど………全然お師匠さまに感謝できない。


「治りましたよ」


 申し訳ありませんでした、と謝って、さっさと退散。また絡まれたら嫌だから。


「なっ、感謝などしないからな!」


「はい。私のせいですので」


 うーん。神官さまはこんな性格でよく神官をやってこれたな。神官は、信者の方々とよく交流するから、こんな横柄な態度は矯正されると思うのだけれど。ああ、エリートでずっと本山の方にいたのなら、そんな機会もないのか。


「姫様、本当にご無事でようございました。勇者さま方がきっと姫様をお助けくださいます」


 気が抜けたのか、安堵したような顔の姫様を励ます。


「良かったわ。あんな魔王に嫁ぐぐらいならば、と思っていたのよ」


「その時は、私が姫様を浚って逃げますと申し上げましたのに」


 姫様は私の本気を信じてくれないようだ。私だって、隙をついて姫様を逃がして、ついでに魔王に深手を負わせるぐらいできたと思う。

 私は小柄で到底戦えるようには見えないのは分かっているけれど、悔しくはある。もっとむきむきになりたいと思いつつも、私は勇者さまに目を向けた。


 魔王を倒してさえ、掠り傷しか負っていなかった勇者さまを、仲間が皆ひどく心配して囲んでいる。確かに肋骨骨折は心配になるよね。肺とかに折れた骨が刺さってなくて良かったよ。


 でも、魔王よりも私の方が勇者さまに深手を負わせているってどうなのか。魔王の甲斐性が行方不明だ。


「侍女殿、お手を煩わせて申し訳ない。貴女の愛の鞭を受けられて、光栄です」


 元気になった勇者さまが私に優しく微笑みかける。姫様がうっとりしている。私はドン引いている。なんなのこの人。


「い、いえ。私こそ、申し訳ありませんでした」


 それを押し隠して私はひきつり笑いを作る。だって姫様コワイ。勇者さまに失礼をしているのを見られたら、きっと凄く怒られる。


「あなたは、勇者さまですの?」


 姫様の、可愛らしく澄んだ声が、広間を揺らした。勇者さまは、そこで初めて姫様のことを注視した。


「はい。聖剣に選ばれた者を勇者と言うのであれば」


 身分の高い貴人に挨拶するには無礼なことに、彼は膝をつかず、名を名乗らない。だが、誰も彼を咎めない。彼は『勇者』だ。勇者は国に属さない。この世界のなかで、何のしがらみも持たないのだ。


「貴女様はティエラ姫ですね。我々はもともと、魔王を倒すことを目指しておりましたが、姫様が拐われ、予定を早めて助けに参りました」


 彼はあまり口を開かなかった。彼の代わりに神官さまが、状況を説明している。頬が上気している。姫様の美しさに当てられてしまったに違いない。


「陛下や殿下が大変心配されておりました」


「本当に、助けてくださってありがとう。わたくしは、何度お礼を言っても足りませんわ」


 姫様は、正式に挨拶をした。


「わたくし、ティエラ=アマリアス=リーズマルトは、あなた方の働きになにより感謝いたします」


 私も姫様の斜め後ろに控えて、礼をする。


「あー、そーゆーのいいから。あたしたちは、やりたいことをやっただけだし」


「あんたがいようといまいとそれは変わらないからな」


 苦笑しながら弓矢を持った女性が言い、それを筋骨隆々な男性が引き継いだ。あまりにあっけらかんで粗野な物言いに、姫様は少し、眉を潜めた。


 それも仕方がない。姫様の側には、姫様を敬い、褒め称える召し使いか、優しい家族しかいないのだから、ついでと言われて気分が良いわけがないだろう。


 けれど非礼を咎めるのをグッと押さえて、勇者さまに向き直る。


「是非、我が国にいらしてくださいまし。最上の礼を致しましょう」


「お気持ちだけ、ありがたく。俺は望みを叶えただけですので」


 笑顔で爽やかに勇者さまは断った。美しい姫様の誘いを断れる方がいたとは。


「っな?命の恩人に何の礼もしないとは、わたくしの恥ですわ!決してあなたさまの悪いようにはいたしませんから、どうか!」


 姫様はひどく驚いて、なんとか勇者さまにいらしていただけるように懇願している。恥もあるのだろうけど、きっと姫様は勇者さまの側にいたいのだと思う。様子を見る限り、一目惚れだ。私も加勢することにする。


「陛下も殿下も、ご理解のあるお方です。皆様のお気持ちを汲んで、一時の宿と、なさってくださることでしょう」


 勇者さま方が懸念しているのは、勇者さまを国に取り込もうとする勢力のことだろう。


 勇者というのは、聖剣に選ばれた人のこと。聖剣は、昔々、神が初代の勇者に授けたもの。


 つまり、聖剣に選ばれるということは、神に選ばれたということ。すなわち勇者は絶対の正義を振りかざすことのできる存在なのである。


 国家がそんな勇者が欲しいと思うのは当然だろう。だからこそ、彼らは身の振り方を慎重に考えるのだ。


 そんなことを考えながら紡いだ言葉に、勇者さまは激しく反応された。


「貴女は、俺に、居て欲しいと望むのか?」


 先程とは、全く違った声色。深く響くその声に、彼の本性はこちらだと理解した。

 理解はしたが、なぜ私に本性を見せるのかわからない。戸惑うまま、取り合えず頷く。


「……は、はい」


「貴女がそう言うのなら」


 間髪いれず、最早食いぎみに勇者さまが言った。私は意味がわからなくて、首をかしげる。

 勇者さまは、そんな私に気がついて、次はゆっくりと言い直した。


「貴女が望むなら、俺は、行こう」


 勇者さまの言葉の意味を理解して、ぶわっと赤くなった。まるで熱烈に愛を囁かれているみたいじゃないか。でも、そんなことをされる理由が思い付かなくて、寒気がして青くなる。次に周りの視線がいたたまれなくてまた赤くなって、姫様の視線が恐ろしくて、さーっと最後に青くなった。


 うん。忙しいな私。自分がこんなに器用に顔色が変えられる人間だったとは、思わなかったよ。


「ナツキ、アキラ、フユモ、ハルカ、行こう」


 冷や汗をかいて固まっている私を気にせずに、勇者さまはそう言った。皆、バラバラに応じる。


「ナツキ、姫君を」


「分かった。―――お手を」


 筋骨隆々の男性は、ナツキと言うらしい。よく日に焼けて乾いた肌を持つ彼は、姫様に手を差し出した。

 美丈夫ではない。だが、暖かそうな人だ。姫様は、勇者さまに命令されていたそんな人に、エスコートをされて歩き出した。


 現実逃避をしている間に、私も勇者さまに手をとられた。姫様、睨まないでください。私も好きでやってる訳じゃないのです。代われるものなら代わりたい!


 そうして、私たちは城へ帰ったのだった。勇者さまご一行と共に。まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ