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第32話【停戦交渉】

 城の客間で6人と1体が面と向かい話をしている。 内3人、公爵と伯爵、そしてフランツ副騎士団長が座り、他3人は立っている。


「──まだ何者か聞いていなかったな」


 公爵が人型のスライムに向かってそう言った。 スライムは即座に答えた。


「名はない。 便宜的にそちらが私(・)を呼ぶ時の名前を名乗らせてもらう」


 スライムは堂々と名乗る。


「インペラトル、それが私だ」


 この場にいる者は2人除いて驚きを隠せない。 その2人とは公爵と、エイジだ。 そして最も驚愕し、感情的になった者がいた。


「貴様がっ!?」


 ヴィクトル・テオ・ラルフ・フォン・デュートリクス、帝国から派遣された魔術師で、エイジ以外にインペラトルの攻撃を受けた1人。 彼はスライムに殴りかかろうとするがリアに止められる。


「落ち着いてくださいデュートリクス伯!」


 取り乱すヴィクトルをリアは後ろから拘束して動けないようにする。 騎士の力は伊達ではなく、ヴィクトルは必死にもがいて抜け出そうと試みるばかりだった。


「落ち着いていられるか! オリヴィアはインペラトルの攻撃で──」


 言葉を遮るようにスライムが話す。


「伯爵、確かに私は君と彼女に攻撃した。 だが可能な限り避けたつもりだ。 しかし当てずとも無力化せねばならなかった。 そのために若干下を狙ったが、運悪く上に逸れて当たってしまった」


 ヴィクトルはより感情的になる。 リアは伯爵の力がより強くなったことに驚いた。


「運悪くだと!? 彼女は今も意識がないんだぞ!!」


 スライムは食い気味に割り込み話す。


「だが彼女は死んではいないはずだ。 あれほどの魔術師が防御魔法を使わないと考えるのは希望的観測だ。 あの程度では致命傷になるほどのダメージは与えられない」


 オリヴィアは直接魔法を使うよりも魔法陣を描いて作動させる方が得意なのは確かだが、防御魔法というのは比較的単純な部類の魔法だ。 使えると考えて行動した方が確実だった。


「それでも普通の人間なら死んでいたぞ!」


 そう、普通の人間ならば即死だったはずだ。 だがヴィクトルとオリヴィアを普通の人間として扱うことはできないだろう。 片方は戦略兵器とまで呼ばれるほどの魔術師だ。

 とは言っても伯爵はともかく、オリヴィアの存在自体はインペラトルにとっては想定外だった。 どれほどの力があるかは攻撃されるまでわからなかったが、彼女が強力な爆発を陣を用いて放ってきたのは確認できていた。 それならば、と敵を信じて無力化のための反撃を行った。


「普通の人間でない者に、普通の人間を相手にする時と同じパワーを出して危険なのは伯爵、君も知っているはずだ。 それに、治療ができる人間はここには多くいる」

「しかし──」


 伯爵が何かを言おうとするが公爵に止められる。


「やめるんだ、デュートリクス伯。 あなたは今帝国の代理人としてこの場所にいる。 感情に流されるのは代理人として不適切だ」

「……申し訳ありません」


 伯爵は帝国の代理人としている。 これは派遣され、ここに到着した頃からそうだった。 表立って行動することができない帝国が公国に力を貸すのと同時に、帝国の意志の代弁者として彼はこの街に来た。 私的な感情に流されるなどあってはならないのだ。

 伯爵は落ち着きを取り戻してリアが拘束を解いて席に戻り座ると公爵がスライムに向かって質問する。


「目的を聞かせてもらおう」


 彼ら、と表現していいかはわからないがスライムたちが何の理由で、何の目的があって行動していたか人間側は何も知らない。 それを聞かないことには話は進まない。


「我々の要求は2つだ」


 インペラトルは指を一本伸ばして続ける。 口以外の顔と呼べる部分がなく、表情は読み取れない。


「1つ、我々の、正確に言えば我々意思あるスライムの権利を認めること」


 もう一本伸ばす。


「2つ、我々の自治権を認めること。 この2つだ」


 要求の内容に皆驚愕する。 スライムが自身の権利を主張して、尚且つ国を持とうとしているのだ、驚かないわけがない。


「なんと……」

「驚きましたね……」


 公爵は冷静に質問する。


「……インペラトル以外にも意思のあるスライムがいる、ということか?」

「そうだ」


 インペラトル以外にも同じように意思のあるスライムがいるのは想定していなかった。 過去の記述にそういったものはない。


「私だけが他と大きく違う方がおかしな話だろう」


 一個体だけが大きく異なる性質を有している、というのが不自然なのはその通りだ。 同じ種であるにもかかわらず、そうした特徴を持つのが一体だけということはないだろう。


「確かに、そうだろう。 具体的には何体だ?」

「私がこの体で現れる直前に来た俗に言うキング、あれは全て意志を持っている」


 インペラトルを護衛するために現れたキングたち全てが意志を持っているという言葉にさすがの公爵も少し驚く。


「なるほど、それでキングたちは通常より何倍も賢かったと。 納得した。 だがインペラトル、君の要求は……」

「わかっている。 公国だけでなく帝国とも話さねばなるないだろう。 代理人ではなく」


 インペラトルは少し表情の悪い伯爵を無視して続ける。


「停戦を提案する。 この対話においてできるのはそれだけだろう」


 停戦は両者にとって悪い話ではない。


「しかし……」


 伯爵は言葉に詰まる。 悪い話ではないのは確かだが、スライムを殲滅できないことはないのだ。 帝国の代理人としては殲滅できるのであればした方がいい。


「伯爵、我々を滅することは困難だ」


 インペラトルは伯爵に向かい堂々と話す。


「我々の巣穴を見つけたところで、それは一つであるわけがないだろう? それに加えて、我々には数がある」


 スライムの強みは圧倒的な物量だ。 簡単に増え、大量のそれなりに強い戦士が戦場を這うことになる。


「今回はまともな武装をしていないが、次もそうであるとは保証できない」


 武器を持たせようと思えば持たせられるはずであるのに、今回襲撃した多くのスライムはまともな武器を持たず、ほぼ石のみだった。 これが武器を持てば大量の被害が出るだろう。


「互いにとって、これ以上の損耗を避けることができる。 帝国が介入してきたとしても、損失は大きいだろう。 それは帝国にとって望むところではないはずだ」


 伯爵に一瞬、考えが思い浮かぶ。 ここにいるインペラトルを排除すれば統率を失うのではないか? と。 それを察知したかのようにインペラトルは話し続ける。


「ここにいる私を殺しても何も変わらない。 私はインペラトルではあるが、イ(・)ン(・)ペ(・)ラ(・)ト(・)ル(・)の(・)一(・)部(・)であって全(・)て(・)ではない」

「……なに?」


 伯爵は意味がわからなかった。 一部? 全てではない? 何を言っている。 そう思った。 全員そう思っただろう。


「ここにいる私はインペラトルが人と対話するために来たインペラトルの意志と記憶を持ったコピーのようなものだ。 必要であればインペラトルは何体にでも増える。 インペラトルを排除する、というのは事実上不可能だ」


 スライムは自身のコピーを作り出すことができる。 当然インペラトルも可能なのだ。 何体ものインペラトル、考えたくないものだろう。 驚異的な頭脳を持ったのが単体でなく、少なくともこの時点で二体はいる。 そして戦いを続ければ増える可能性がある。 人間と違い食料さえあれば即座に戦力を増やすことができるのもあり、伯爵も戦うという選択肢を失いつつあった。


「……エイジ、直接戦った君から見て複数のインペラトルが戦場にいた時勝ち目があると思うか?」


 公爵が後ろで立っているエイジに聞く。


「無理だな。 人間のパワーじゃ勝てそうにない。 再生もある。 腕も足も増やせる、これで武器まで持たれれば複数人でも難しそうだ」


 人間よりも純粋なパワーが高いスライムに頭脳が備われば並大抵の者では太刀打ちできない。 その上自由自在に形を変え、場合によっては当たるはずだった攻撃もかわすことさえ可能だろう。 だが真に脅威なのはそれではない。


「単体の戦闘力としてはこれしかわからない。 ただ、どの戦場でもインペラトルがいて、武装したスライムを指揮されたら壁がある街でもすぐに落とされるんじゃないか?」


 形を変えてバリスタのような兵器にもなれるスライムはインペラトルの指揮があれば、突然の攻城戦すら仕掛けられる。 体勢を低くして接近すれば奇襲することも容易だ。 その分一体ごとに持てる重量は減るだろうが、それでも十分すぎるだろう。

 やはり、と思い公爵は決心して伯爵に言う。


「停戦に合意すべきだ、伯爵。 負けることはないかもしれないが、それだけだ」


 負けることはないかもしれない。 だが勝つことも難しいだろう。 スライムの規模が大きくなり、消耗戦になれば確実に不利な戦いとなる。


「……確かに、停戦した方がいいでしょう」

「教会としてはどうだ?」

「大量のゴーレムを相手するのはもう勘弁、という冗談はさておき、こういったことが起きた時の教会の立場というのは前例がないのでなんとも言えませんが、聖地に傷が付くのは避けたいところですね」


 教会は基本的に中立的だ。 明確に教会の影響下にある人類社会が脅かされたりしない限りはどこにも属さず、聖地の周辺に明確な危機が訪れるでもしなければある勢力に敵対することはない。 数百年前に現れたインペラトルであればこの2つに該当し教会の力を使って全力で迎え撃っただろうが、停戦を提案して要求を受け入れさえすれば人類社会が脅かされることも聖地が攻撃されることもないだろう。 停戦を拒否する理由がない。


「合意ということでいいだろうか?」

「不本意だがそういうことになる……」


 インペラトルは公爵の方を向き、彼が頷くのを見る。


「握手をするべきか?」


 公爵は少し考えてから返事した。


「ああ、した方がいいだろう」


 書類がないためただの口約束に過ぎないが、少しでも正式な合意であることを示すために握手をすることを選んだ。 インペラトルも恐らく同じ考えだろう。

 両者は握手を交わす。 その後伯爵にも手を差し出す。 伯爵は少し躊躇したが、握手を交わした。

 伯爵が触れて感じたのは、明らかに他のスライムと異なる感触だった。 人の手とあまり変わらない感触、完全に形状を維持しているのが感じられ、再度他のスライムとは異なる存在であることを認識する。 昔、魔術師どころかただの魔法使いにもなっていなかった子供の頃に触れたスライムのそれとは全く異なっていた。 粘液を持っていて触れれば形状が変わるような柔らかさを持ち、力を加えれば指が沈んでいくようなものではなかった。 一言で表せば、表面がゼラチンで覆われた肉だった。


「これで我々は停戦した。 兵を退かせよう。 伯爵、対話の席の準備をしてもらおう」

「話は通すが、しばらくはここに──オリヴィアが目を覚ますまではいることを許して欲しい」


 彼女は今診療所で倒れたままで、ヴィクトルは目が覚めるまではオリヴィアのそばにいたかった。


「いいだろう。 何本か骨が折れて気絶しただけならばそう時間もかかるまい」

「すまない……」


 彼はこの場から離れようとするが彼がドアに手を触れるより先にドアが開く。 ドアを開けた人間は、長く純白で、襟先が薄い緑色をしている。 肌も白く、目は青い。 この場にいる全員が知っている彼女だった。


「──少し遅かったな、大司教」


 この街で公爵の次に影響力のある人物、エレナエーレ・ヴェンターナーケル。教会の大司教。


「既に停戦の合意は行われた。 戦闘はもう起きない」


 スライムの対処のための資金を得るために教会の本部へ出向いていた彼女だが、本来の予定ならばあと一日は戻ってこなかった。


「仲間外れですか?」


 エレナは冗談めかして言った後にインペラトルに近付く。


「大司教様!? お戻りになられたとは……」


 伯爵が彼女の横で驚く。


「あっ、伯爵ですね? 噂は前々から聞いていました。 大聖堂に行くのでしょう? どうぞ、私も後から行きますので」


 ドアの前から退いて伯爵を通す。


「挨拶もせずに申し訳ありませんが、お言葉に甘えて失礼します」

「はい、行ってらっしゃい」


 伯爵が退出する。 大司教は見送るとドアを閉める。 そうすると騎士二人が大司教に挨拶をする。


「おかえりなさい、大司教様」

「お戻りになられましたか、大司教様。予定より2日ほど早いようですが……」

「はい、スライムが総攻撃を仕掛けたと聞いて急いで戻ってきましたが…… 教会にもまだ何も言っていないのに、これでは骨折り損です」


 出発してから1日しか経っていない。 教会の総本山にすら着いていないだろう。 道中で知らせを聞いて来たのだろう。 結局間に合わず、本来の目的である教会への資金援助の要請もできなかったようだ。


「あなたがインペラトルですか?」

「その通りだ。 大司教」


 彼女が不在になる時を狙い攻撃を始めるほど、インペラトルにとって脅威だった彼女だがその力を感じさせない明るい笑顔でインペラトルに向かい手を差し出す。


「はじめまして、ご存知だと思いますが大司教のエレナエーレ・ヴェンターナーケルです」


 にっこりと笑いながら彼女は手を差し出す。 インペラトルはその手を掴んだ。


「大司教様、おかえりなさい」

「あっ! レナ!」


 彼女はインペラトルから手を離してレナに心配そうに駆け寄る。


「大丈夫でしたか? 怪我してないですか?」

「だ、大丈夫です……」


 肩を掴まれて身体に傷がないか確認されるレナ。 少し恥ずかしそうにしている。


「よかった、エイジ様も…… あれ、怪我していますよね?」


 どうやって知ったのやら、彼女はエイジの胸に手を当てる。 インペラトルに打撃をもらった場所だ。 彼女が触れると少し痛む。


「いたっ…… なんでわかったのかは置いておいて、ただの打撲だから心配しなくていいんだが」

「治すのでじっとしていてください」

「ええ?」


 困惑するエイジを無視して陣を浮かべて魔法を唱える。


「治癒(ハイルーン)」


 唱え終わると熱を感じて、徐々に引いていく。


「はい、終わりました」


 エレナが手を離すとエイジは触って確認する。


「……痛くはないな」


 服の上からなので確認する手段が痛みのみだが全く感じられない。 治ったかはわからないが、痛みは引いたようだ。


「レナ、どうして回復魔法を使わなかったんですか?」

「大丈夫だと言っていましたので……」

「本人が言っていても胸ならダメージが大きくなっているかもしれません」


 エイジが全力で殴られていれば肋骨が折れて致命傷になっていた可能性もあった。 全力ではなく、その上意図的に柔らかな衝撃を与えられたからこそ打撲で済んだ。


「時間ができたなら無理やりにでも回復魔法を使った方が安全です。 次からはしてください! いいですね?」

「は、はい……」

「はあ……大司教様、ここで説教しないでください……」


 リアは軽く頭を抱えてエレナに言った。 帰ってきて早々、いくらレナが付き人として未熟な部分があるとはいえ公爵の城で説教を始められるのは困る。 リア以上に、公爵とインペラトルが困るのでため息をついてしまった。


「あっ、失礼しました」


 彼女ははっとなり謝る。 場をわきまえていなかったことを反省した様子だ。


「座りますか? 大司教様。 私は一応教会側の代表として座っていたのでお譲りしますが」


 しばらく動けない団長と不在の大司教の代わりにいたフランツが立ち上がって譲ろうとする。


「いえ、大丈夫です。 話すことは話したのでしょう?」

「まだ何か話すことはあるか?」


 インペラトルに聞く。


「大司教がここまで早く戻ってくるとは想定していなかったが、ちょうどいい。 大司教、皇帝との交渉に共に来て欲しい。 君ならば教会の立場で皇帝と話すのに十分だろう」


 大司教であり、聖人として知られる彼女ならことの重大さを帝国に表すには十分すぎるだろう。 皇帝は元よりこの事件を重く見ているが、帝国には未だ所詮スライムのすることだと高を括っている人間も多いだろう。 だが彼女も来たとなれば、スライムがどれだけの力を持つか理解できるだろう。


「構いませんが、明後日までは待てませんか? 負傷者の手当には時間が必要ですし、他のことにも時間がいります」

「いいだろう。 我々にも少し時間が必要だ」


 インペラトルは席を立って退出しようとする。


「私の話すべきことは以上だ」


 インペラトルがドアを開き外に出るとそこで待っていた執事のヘルクバートが話しかける。


「インペラトル様、後でお戻りになられてください。 その方が良いでしょう?」

「戻ってきたら部屋を案内してくれ」

「かしこまりました」


 インペラトルは城の外に向かって歩き出す。 停戦の知らせを届けるためだろう。


「──で、あなたは何かありましたか?」

「私だけ心配しないのか、大司教は」

「そう簡単に傷ができるような人じゃないでしょう、あなたは」


 公爵をよく知っているからこそ心配せずただ聞くだけということができる。 大司教が公爵を知り、信頼しているから何も心配せずにいる。


「まあいい、そんなことよりも早く大聖堂に戻って負傷者の治療をしてやってくれ」

「はい、わかりました。 戻りますよ皆」


 4人が部屋を出て城の外に行く。


「ヘルクバート」


 後から客間を出た公爵が待っていたヘルクバートに話す。


「ご用でしょうか」

「今日はもう休む」

「ダメです、処理しきれていない書類が文字通り山ほどありますので」


 即答だった。


「……いつになったらなくなるのだか」

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