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31話【知的種族とのファーストコンタクト】

 近付いてくるスライムに公爵はさらに後方に下がるどころか前に行く。


「閣下……!?」


 リアがそれに気付いて止めようとする。


「罠の可能性が高いのでおやめください!」


 知能の高いスライムが罠を仕掛けるのはおかしくない。 実際、昨日はあるもの達がスライムの仕掛けた罠を抜け出していた。 だが──


「罠かもしれないと思えるほどの存在だからこそ、あのジェスチャーができる。 そうだろう? わざわざあれをしてまで私を殺しも捕らえもしないだろう」


 リアはそれでも止めようとする。 可能性があるならば、それを考慮して行動する。 それが戦うことが仕事である騎士の考え方だ。


「閣下、危険です!」

「いや、私は奴を信じる。 それに、意思の疎通ができる可能性が高いというのに、このままでは爆破されてしまうのでな」


 一度爆破した程度でインペラトルが止まるとは思っていなかった公爵は2箇所に爆弾を仕込むように依頼していた。 彼女はおそらく、危険が近付いているのを見れば起爆させるだろう。


「はあ…… リア、諦めるんだ。 閣下はこうなると大司教様でも止められない。 大人しく道を開けよう。 グスタフ男爵もいる」


 ため息をついてフランツがリアを説得しようとする。


「副長……!? それでいいんですか!?」

「正直私もやめて欲しいとは思ってる。 でも閣下にやめろと言ってそれを聞くも聞かないも閣下の自由だ。 それに閣下も油断はしない、不意打ちでもなければ負けることはない」

「それは……! そうかも…… しれませんが……」


 彼女にも公爵がどれだけ強いかはわかっている。 フランツが言っていることも理解できる。 とはいえ危険度の高い目標に司令官を近付けることは抵抗があった。


「……閣下。 私も同行します。 それならいいでしょう」

「いいだろう、護衛はいくらいても困るものではないからな。 フランツ、いいか?」


 フランツは近付いてくるスライムを見て少し考えてから返答をした。


「彼女がいいならいいと思いますが。 ……それよりも閣下、これがスライムとの初めての対話(ファーストコンタクト)です。 教会の代表として私も同行しても構いませんか?」

「構わん」


 公爵は即答した。 公爵にとって都合の悪い話ではない。


「では行こうか」


 3人はスライムに近付いていく。 その様子を遠くから眺める爆弾を仕掛けた本人は興味深そうに様子を見ていたが彼らが知ることではない。


「男爵、あなたは閣下が危険でも止めないんですか?」


 リアがグスタフの隣を歩き聞く。 公爵の騎士として、騎士団と違い最優先するべきが公爵の安全であるグスタフが何も言わずただついて行くのは不思議だった。


「あの程度で閣下にとっては危険とは言えない。 そもそも私の役割は守ることではあるが止めることではないんだ」

「……それはどういう意味で?」


 危険であるなら止めるべきであるとリアは考えていた。 護衛対象の安全を確保するのに最も早く、最も有効な手段は当然、危険のない場所にいさせることだ。 騎士団では人々の安全を確保するために優先すべきは避難、比較的安全な場所であるならその場に留まらせるように教わる。 守るのであれば大前提の「そもそも危険な場所にいさせない」ことを否定した発言に驚く。


「閣下は…… というより、ベルタショルツ家は代々危険な場所に飛び込むことが多い。 先代も自ら最前線で戦ったものだと父上から聞いている。 だからこそ護衛、いや援護が必要なんだ」

「つまり…… あなたの役割は閣下と共に戦うことと?」

「メモリアの1つにはこう書かれているらしい。 "攻撃は最大の防御なり"と」


 向こう側の世界においてよく知られることわざの1つで、この世界の教会勢力下でもよく知られている。 向こう側から来た書物や人によって語られ、教会によって広められた言葉の1つだが、アドラー家においてそれは家訓になっていた。


「知っています。 それがあなたにとって閣下を止めない理由ですか?」

「アドラーはこの言葉を相手に攻撃される場所にいるならば、攻撃を受ける前に叩き伏せればいい。 そう解釈している」


 対象を避難させるのが難しいのであれば、敵をねじ伏せて強引に安全を確保するのが手っ取り早い。 防御ではなく、攻撃でベルタショルツを守る。 それがアドラーという騎士の家だ。


「……そういう考えもあるのですね」


 攻撃して守るとはリアにとって新鮮な考えだった。 騎士団のそれとは真逆、守るべきものも力を持っているからこそできる方法だと、彼女は考えた。 騎士団が守るもの、守ってきたものというのはそのほとんどが力を持っていなかった。 だからこそ、騎士団が彼らを守らねばならなかった。 しかし自分の身を十分守ることができる公爵と公爵を守る男爵は共に戦い、道を切り開いてきたのだろう。 騎士団は人々を守る盾の役割を求められてきた。 敵の攻撃を受け止めたり、受け流すことができる剣ではないが彼の、アドラーの役割は剣なのだろう。


「盾でなくても防御はできる、か……」


 4人がスライムに近付き、30m程度離れたところで声が発せられた。 スライムからだ。


「公爵と、そこの騎士3人。 そちらに私を先に切り伏せる意思がないのはわかっている。 こちらにも攻撃する意思はない。 だから、手を下げるのを許して欲しい」


 4人は驚愕した。 公爵は3人よりも驚いてはいなかったが、こうも流暢に言葉を放つとは、特にリアにとっては予想外なことだった。


「喋った……!?」

「喋ることができるとは…… 閣下は驚いていないようですが予想されていたので?」

「ああ、予想はできていた。 こうも流暢に話すとは思わなかったが」


 公爵はスライムに聞こえるように言った。


「いいだろう! もっと近付いて話をしよう!」


 公爵は更に大きい声で続けた。


「エイジ! 君にも来て欲しい!」


 この場でおそらくあのスライムのことを理解している人間はエイジだろう。 先程まで戦ってはいたが、だからといってエイジがあのスライムに攻撃をすることは考えられない。 それほど理性的だと公爵は感じていた。 そして万が一、再び敵対しても上手く戦える彼を傍においておきたかった。


「よ、呼んでますね……」

「呼ばれるだろうなとは思ってた。 レナ、行こう」

「ちょっと待って!」


 ベラが引き止める。


「──気を付けなよ。 何してくるかわからない」

「油断するつもりはないさ」

「ま、気をつけろ。 しかし呼ばれるのがお前だけで良かったかもな、俺だったらさっきのお返しにあいつのこと2、3回はぶった切ってるぞ」


 アレクシスは抜いていた剣を鞘に収めながら言った。 公爵が同じく戦闘していたアレクシス達を呼ばない理由はわかっている。 自分たちが公爵のことをよく知らないが、同じように公爵はアレクシス達のことを全く知らない。 そのような者であること、そして直接戦闘していたことで安易に呼べば争いを引き起こす可能性がある。


「切る前にまた殴られんじゃねえか?」

「かもな、でもゲルトもあいつのこと殴りたいだろ?」

「いや、別に。 お前と違って殴られかけはしたけど殴られてはないしよ。 ハンマーもベタついてねぇし」


 ハンマーがベタつくと攻撃した後にハンマーを持ち上げる時に不快感を与える。 またスライム相手なら粘液と身体が合わさり持ち上げる時により大きい力が必要になり、その際に粘液と共に潰れたスライムの一部が着いてくることもある。 スライムを相手する以上武器に粘液が付着するのは避けられないことではあるが、付着した場合ゲルトのハンマー並の大きさの鈍器でも非常に厄介だ。 そして何より手入れが大変、それがゲルトが嫌だった。 過ぎたことはあまり考えないゲルトはこのハンマーで殴られかけたことなど大したことではないのだ。


「ああ、そうかよ…… ともあれエイジ、気をつけろよ。 あいつがお前のことをどう思ってるかはわからないんだ」


 人でないものの考えを常人が予測することはできない。 気をつけろ、としか彼らは言えないが、


「わかってる。 じゃあ俺たちは行くよ。 話が終わったらギルドに行くつもりだから、また会えるかもな」

「目立つ髪してる付き人がいるからすぐ見つけられるから、話しかけさせてもらうよ」


 ベラはレナの髪を見ながら言った。 白い髪は目立つ。 ギルドが賑わった状態でも見つけるのは簡単だ。


「じゃあね、レオナちゃん。 クラウスさんも」

「はい、レナさんもお気をつけください。 エイジ様と違ってあなたは咄嗟に身を守ることが難しいですから」

「警戒を緩めるつもりはありませんよ。 それに防御魔法も覚えてますから!」


 自信満々にレナは言った。 防御魔法は完全に守ることはできないが、少なくともダメージを大きく減らせる。 不意打ちでもなければ簡単には倒れないだろう。


「い、行ってらっしゃい!」


 レオナに言葉を返して2人は公爵と、あのスライムの元に歩いていく。


『スライムと話すことになるなんて思いませんでしたね』


 頭の中の女神が彼に話しかける。


(改めて大変なことに巻き込まれたな)


 彼は2日間で起きていることを軽く振り返る。 異世界に行って、何故かスライムとの戦争に巻き込まれている。


(……よく考えたら意味がわからないな)

『よく考えなくても意味がわからないと思います』


 彼は正直疲れていて面倒なことは避けたかったが、それはそれとして興味があった。 過去に国を滅ぼしかけたというスライム、面白そうじゃないか。 気になることは調べたくなる性分の彼は多少の疲れはどこかに飛ばしてこの状況を楽しむことにした。


「……恐ろしいですね」

「何がだ?」

「2日前までただの大きな群れだと思ってたんですよ? それがこんなにも……多くて、賢いなんて誰も思ってませんでしたよ。 ペットにもなってるようなスライムが、です」


 誰も予想しなかったはずだ。 こんなにも大事になるとは。 多くの人間にとって青いスライムとは弱い存在でしかない。 数ある生物の中でも比較的大型でありながら、貧弱でその脅威と言えば身体の大きさだけ、長いことそう考えられてきた。農民にとっては害獣の一つでしかなく、ただ偶然大量発生しただけだと、そう思われていた。 そんな弱く、大した害をもたらす訳でもない生物が都市を攻めるなどと、予想することは困難だ。


「皇帝はそうは思ってなかったらしいがな」


 予想するのが困難なのは確かだが、それは一般人の話。 一部の過(・)去(・)を(・)知(・)る(・)者(・)、そして彼らからその脅威を教わった者たちにとっては、最悪を考えないわけにはいかない。 過去にあったことが、これから起こらないとは言えないからだ。 その一人である、この国の皇帝も最悪を想定していた。


「皇帝のことは……よくわかりません。 公国は半独立していますから、帝国の内部の話はあまり入ってこないですから。 それにどちらかというと教会の方が密接なので」

「市壁は教会の資金から作られたんだろ? あんなものが作れるぐらいには強いってことか」

「前大司教様が強行して作ってしまった、というのが実際なんですが、それが通るくらい教会の力というのはフレストブルグでは大きいものなんです。 聖地ですから」


 エイジの世界と通じるトンネルがある場所は特別だ。 それがどんな勢力であっても。 前大司教はその聖地を守る、というよりは聖地の管理をするフレストブルグの街に危険が訪れるのは避けたかったのだろう。


「教会の影響力が強くて皇帝も中々手を出せない場所、そこで皇帝が恐れてたことが起きるとなるとこれ以上厄介なことはないだろうな」

「そうでしょうね……」


 二人はスライムを避けて公爵達に近付く。 スライムは何も言わず立って自身の腕の調子を確認して待っていた。


「二人とも、わかってはいると思うが我々はこれからあのスライムと話をする。 君たち二人にも同席して欲しい。 戦った者として」

「ああ」


 公爵は一人でスライムに近付いていく。


「この場所では都合が悪いだろう。 私の城で話をしよう。 それで構わないな?」

「もちろんだ。 公爵」


 公爵がスライムを連れて戻ってくる。 スライムは普通に歩いていただけだが、その姿は不気味だった。 通常半流体のスライムが、身体を揺らすことなく完全な固体で人の形を保ちながら歩いている。 歩き方は慣れていて、未知の存在であることを強く思わせた。 知っているようで、知らない存在。 身近な存在を思わせるが、動く姿は似ても似つかず、仕草も可愛げなどどこにもなかった。


「皆、城で話をする。 付いてきてくれ」

グスタフさんのことよく忘れそうになる。

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