第30話【最弱は見た目だけ】
騎士団の2人が後方から戦場を眺めている。
「キングクラスが大量にとは。 それも知性の高い」
「予想できたことです。 驚くべきはそこではないと思われますが」
フランツは目線をリアと合わせる。
「あれか……」
「援護しなくてもよろしいのですか?」
アレとの戦いの状態を把握するのは非常に難しいが、苦戦しているように見える。 正確に言えば戦い自体は優勢のように思えるが、攻撃が効いているようには見えない。
「下手に行っても邪魔になるんじゃないか? それにあそこで戦っていた冒険者たちが向かっている。 あれ以上は無駄になるはずだ」
次どの方向から攻撃するのか、そもそも攻撃するかどうかもわからないあの戦いに下手に介入すれば邪魔になるだけだろう。
「大司教か団長ならできたかもしれないが2人はいないからな…… 下手に手を出して状況が悪くなるのは避けたい」
「足止めにはあれで十分と」
「言い方は悪いがそういうことだ」
相手できているのなら相手させておけばいい。 今は他のことに戦力を用いなければならないというのに、投入したところで意味のない場所に戦力を割くのは自ら敗北を招きこんでいる。
「エイジ様には悪いが我々は他と本丸の足止めに専念させてもらおう」
一方当事者は疲れが出始めていた。 効いている様子のない敵と戦い、ジリ貧なのは彼にも理解できている。
敵を倒すには弱点を突くのが確実だが彼にはそんな余裕はない。 弱点を見つけるためには敵を拘束して血の流れが集中している場所を探さなければならい。 そんなことはまず無理だろう。 拘束しようとすれば逆にこちらが組み付かれ自分の能力を使うことができなくなるだろう。
(次に有効なのは……)
切断だ。 斬撃自体に大した効果がなくとも、切断されれば弱体化は必至。 彼はそれに気付くのに戦闘開始から今までかかった。 考える余裕があまりないからだ。 だが敵がダメージを受け体制を整える間に若干だが余裕ができる。 その僅かな時間で目の前の敵に対して有効な手を考えた。 一瞬だが、その一瞬を積み重ねれば十分な時間だった。
だが切断は容易なことではない。 敵の反応速度は異常とも言える。 おそらくは判断して行っているのではなく、文字通り反応しているだけだろう。 だがその反応が言わば筋収縮であり、強ばった筋肉は密度と硬度が高まり切断を困難にしている。
四肢を切断するのも簡単ではない。だができない訳ではない。 しかしそのためには全力で剣を振る必要がある。 敵にとって避けるのは簡単であり、その隙に攻撃される可能性すらある。 だから彼は今まで隙を見せないために使わなかった加速を使った。
加速すれば全力で振りかぶる必要はない。 したとしても避けられず、その威力には耐えられない。 彼は停止した時間を解除すると同時に自身の時間を加速させ片手で剣を横に振り薙ぎ払った。 敵の胴体はその薙ぎ払いによって両断された。 加速をやめて彼は様子を見る。
「ふぅっ……」
溜息をつき剣を地面に突き立てて観察する。 これで弱体化するならば勝てる、確実に。 彼は確信していた。 だがイレギュラーは起きるものだ。 彼の予想に反した動きを人の形を崩したスライムはした。
「こいつ……!?」
誰が切断された部位が修復できないと言った? 誰がそんなことを決めた? 常識というのは新しいものを見た時に破られるものだ。 彼の中にいつできていたかもわからない切断された部位を本体が回収することはないという認識は覆された。 彼は自分の愚かさを認識した。 敵は切りつけられた部位を置き換えて修復することができる。 切断されたもう1つの胴体と再結合できないはずがないのだ。 血流が止まろうが脳からの信号が途絶しようが切り離された方に残る全てのスライム個体がすぐに死ぬわけではない。 切断面の個体のみが死ぬのだ。 あのスライムにとってはそれを置き換えれば済むだけの話。 ただ時間を稼いだだけだ。
「レナ! 何か撃てるか!?」
切断部位ができたことによってただの損傷の修復よりは時間が稼げたのは確かだ。 自分がその時間で何ができるというわけではないが、レナの魔法なら効果があるのではないか? 彼は即座にそう判断した。
「撃てますけど、ダメージは与えられませんよ!」
今までより時間を稼げたとはいえその時間で詠唱は難しい。 伸びたと言っても1秒や2秒、誤差の範囲だ。 エイジが攻撃したところでそのダメージもついでに修復される。 何かはできても、それが意味あるものとは言えないのだ。
「無駄に消耗しただけか……」
加速を用いたことで若干だが疲弊した。 その僅かな変化が状況を変える。
『普通に戦うのと結果的にはほとんど変わらないとは…… スライムだからこその戦い方です。 敵はもしかすると……』
頭の中にいる女神の声が続きを話す前にスライムは今度はこちらの番と言わんばかりに行動をした。 僅かな疲労によって時間を停止させる判断が遅れて攻撃を剣を使い反射で受けてしまった。 敵の腕は剣を使って防御したことで損傷したが大したものではない。
「──っ!」
即座に時間を止め後ろに回り反撃をする。 だが何度もその手が通用するほど敵は単純な思考をする相手ではない。 前後を無視した動きで攻撃を左腕で受け、左腕は切断されたが勢いを減らし軌道を逸らすことにも成功した。 そして切断された左腕でそのまま胸に打撃を加える。
「ぐっ!……中々痛いな」
攻撃を受けたエイジは下がる。
「大丈夫ですか!?」
レナが寄ってくる。 彼女はエイジの身体に支えるように触れる。
「大丈夫だ、痛いだけだ。 怪我はしてないし骨も折れてない。 多分な」
「よかった……」
「流石に切断された腕じゃ深刻な打撃を加えるのは難しいんだろうな。 助かった」
2人へ向かい敵が接近する。
「おっと! 悪いが追撃はさせねえよ」
接近する人型をアレクシスが止める。 5人が到着したようだ。 レオナはエイジのことを心配して近付く。
「大丈夫ですか? 怪我はしてませんか?」
「問題ない。 せいぜい打撲だ」
レオナは安堵の息をつく。
「エイジ! あんたは少し休んでな! 時間は稼いでおくから!」
ベラは杖で敵を殴りながら言った。 とても魔法使いがするとは思えない光景だったが、殴った方が早いと彼女は考えたのだろう。
「すまん、すぐ復帰するからな」
「できればそうしてくれると助かるな!」
アレクシスはそう言ってスライムを蹴飛ばそうとするが敵はあえてそれを柔軟な状態で受け止める。
「うお、おお!?」
足を掴まれたアレクシスは体勢を崩される。
「オルァ!」
頭部を思い切りゲルトが殴る。 衝撃を吸収するために頭部の形状は崩れたが、吸収しきれずによろける。 スライムは全体の形状を曖昧にして体勢を整えようとし、掴んでいる足は邪魔なようでスライムが離れていく。
「助かったぜゲルト」
「ったく危ねえやつだなお前は!」
ゲルトは手を差し出してアレクシスを立ち上がらせる。
「ゲルト、あんたも似たようなことしてるのわかってる?」
「はあ?」
「気付いてないの? ゲルトらしいけど、気をつけなよ。 下手に攻撃するとそれがアダになるみたいだから」
ベラがゲルトに注意する中、敵は形状を少し変えていた。
「少し変わったか? 状況が変われば体も変えるってか。 めんどくさいやつだな」
両腕が広がり、まるで盾のような形状になる。
「なんで盾?」
何故盾のような形状なのかはわからない。 盾としての機能は存在しないはずだ。 形状からはどのような行動をとるか予想ができない。 予想ができないということは非常に危険ということ。
「──痺れろ!」
大きな動きを見せない敵に対してレオナが攻撃した。 筋肉を硬直させ行動を阻害することで素早い動きも、柔軟な動きも不可能になる。 先程までの状態なら命中させるのは難しく、また味方にも当たる可能性が高かったが、両腕の面積が広がったこの状態ではいい的だ。
スライムは驚いたような動きを見せて硬直する。 だがどのような原理で自分の体を硬直させているかはわからずとも、何が原因かは一目瞭然だ。 自身の身体に刺さった針だ。 あのスライムにとって、この程度のことは驚きこそしても致命的にはならない。
「そんな……!?」
「自切、ですか…… 予想より遥かに賢い」
レオナは驚く。 自分が今できる精一杯の援護が無に帰したのだ。 あのスライムは自分の意思で部位の構造も、構成も変化させられる。 自切も当然可能、刺さった部位を切り離すことで硬直させていた原因を取り除くことができる。 スライム自身も自切で解決するという確証はなかっただろうが、実際に成功した。
エイジであればあの数秒間の硬直でも攻撃を仕掛けられただろう。 だがエイジは少し後方で休んでおり、集中力が十分ではなかった。 加えてレオナの魔法がどんな効果を持っているか知らなかった。 そのような状態で瞬時に理解して攻撃を加えるのは無理だった。
「大丈夫か!」
状況を曖昧ながらも理解したエイジは戦線復帰する。 短時間だったが、彼は必要十分に休めた。 加速したことによる疲労はすぐに取れる。 判断力の鈍りはなくなった。
「今は大丈夫だが、これからはわからないな」
「ここからは協力プレイだ。 能力を使うのは最小限にする」
能力を使い敵を翻弄する戦い方では味方との協力が難しい。 特に、近接戦を行う味方がいるのであれば。
「大丈夫なのそれ?」
「危なくなったら使えばいい。 戦闘力は…… あまり期待しない方がよくなるけどな」
翻弄することができずとも、回避には使える。 被弾せずに戦うことができるのなら、例え火力が低くともその低い火力が更に減少するスピードを大幅に延ばせる。 高い火力があっても被弾してしまえばその火力を十分に生かすことは難しくなるのだ。
「あのすごい力を使わねえのはもったいないぞ?」
「ん? ……ああ、確かにそうだな」
ゲルトに指摘されたことでエイジは気付いた。 ヘイトが分散し、回避への注力も翻弄する努力も少なく済むチームプレイなら加速を用いても問題ないことに。
「使わせてもらおう。 その代わり、回避率は下がる。 ちゃんと援護してくれよ」
「頼もしいね。 援護はしっかりさせてもらうよ。 あんたが一番アイツと戦えんだから」
彼らが話している間にスライムも自切した部位の一部を回収して万全な状態になっていた。
「3対1、いや4対1か。 どうする。 人型のスライムさんよ」
その答えはすぐに返ってきた。 行動として。
「うおっ早っ!?」
スライムはアレクシスを盾状の腕で突き飛ばした。 そしてもう片腕でベラを叩く。 咄嗟に防御したベラは体の前に杖を持った腕を持ってきた為に敵の腕が杖の先に当たり手から離れてしまう。 敵の狙いはベラ本人でなく、ベラの持つ杖を飛ばして攻撃させないようにすることだった。 だから敵はベラを狙ったが、あえてベラを掠めるような軌道にしていた。 面積の広い今の腕はどこを狙っているのか把握させずらいのだ。
「杖がっ!?」
「アレクシス!」
ゲルトが援護のためにハンマーで攻撃しようとする。
「オラァ! おっ、おっ!?」
左腕で受け止められ、ハンマーをスライムの体で覆っていく。
「離せよスライム野郎! ぬおっ!?」
ゲルトのハンマーがスライムに奪い取られる。 奪ったハンマーを空中で回転させ柄を掴みゲルトに向かって振ろうとする。 だがそれを加速したエイジが腕を切断して阻止した。
「返せ! この野郎!」
ゲルトは切断された腕から自分のハンマーを取り返して奪った腕を潰した。
「ありがとよ!」
ゲルトは感謝を言うが、おそらく目の前のことで聞こえてはいない。 エイジは加速を止めて剣を振り全員が体制を整えるまで時間を稼いでいる。
「うおっ!? っと……! 当たり判定がデカいと避けるのも難しいな……!」
振り回している右腕を一歩下がってかわしている。 人間の体と違い可動域に限界のないスライムは腕を横に振り回して敵に距離を取らせている。 そしてスライムのパワーによって普通の人間が盾を振り回すのより遥かに早い速度で回るそれを、範囲内で避けるのは困難だ。
「凍れ!」
クラウスもスライムに魔法を使うが振り回される盾に払い除けられる。 多少ダメージは与えているだろうが、効果を与える前に払われては意味がない。
「我に宿りし万物の元たる力よ──」
レナが詠唱を始める。 十分な時間を稼げていると思ったのだろう。 実際スライムは自身の体が欠けている状態でまともに戦おうとはしていない。 正確には、体格を削ってまでそれをしようとはしていないように見える。 これはチャンスだろう。 エイジもそれに気付きレナからの射線が通るように移動した。
「突風に乗る刃となって我に力を貸せ! 風に乗って切り裂け!」
風に乗った見えない刃がスライムに向かって行く。 周囲から見れば突然右腕の一部が切断されたように見えただろう。 しかし姿勢を低くし辛うじてスライムは大ダメージを避けた。 驚くべきことだ。 攻撃をしたのはわかっても、それがいつ命中するか、どれほどのスピードなのかを把握することはほぼ不可能と言っていい攻撃だった。
「なっ……!?」
スライムは切断され上に飛んだ一部分を空中で叩くように回収して再びエイジに向けて牽制する。 攻撃をさせないようにしながら足で潰れた左腕を回収して距離を取った。 ゆっくりと左腕を再形成して周りを見回し、最後に彼らを見つめた。 そして両腕を上げた。
「なんだ……ありゃ?」
アレクシスが立ち上がりながら言った。
「降参……?」
クラウスはそう言ったが、即座にありえないと感じた。 何故そうする必要があるのか? それを彼は、いや彼らは理解できなかった。 このままことが進めばスライムは勝利していた可能性が高いのだ。
スライムは両手を上げながら戦場の少し後方で佇む二人の騎士と、その更に後ろにいる公爵に向けて歩き出した。
周囲のスライムたちは転がり後方に撤退していく。 そして、インペラトルも動きを止めていた。




