第33話【完了後の騒動】
「ふう、ようやく少しは休めるか」
報酬を受け取るためにギルドに戻ってきたエイジとレナの二人。 受付から報酬を受け取って例の4人組を探そうとすると男が声を荒らげているのが聞こえた。
「トラブルか?」
「みたいですね」
口論になっているのがわかる。 片方はよく知った女性の声だった。
「……ベラ?」
様子を見に人混みをかき分けて進もうとする。
「この子が怯えてるのわからないの!?」
「冒険者なのに臆病なそいつの面倒を見てやってるんだ! いいからそいつをこっちに渡せ!」
人混みをかき分けて見てみると、やはりベラだった。
「トラブルになりそうだとは思ってたが、早速か……」
ベラの近くのテーブルを見るとレオナの傍で頭を抱えるクラウスが座っていた。 トラブルの渦中にいる彼は口論の中心地から離れたかったがレオナのためにも離れる訳にはいかなずにただ頭を抱えて終わるのを待っていた。
近付くのを躊躇っていた二人はアレクシスとゲルトがいないことに気付く。 すると後ろからアレクシスが話しかけた。
「よう、エイジ」
ゲルトもいる。 体が大きいので周りから少し距離を取られている。
「アレクシス、なんでこうなってるんだ?」
「さあな。 理由は想像つくがどういう経緯でこうなったのかはわからん」
困ったようにしながらアレクシスは手に持った骨付き肉を頬張る。 その間にもベラと男は大声で怒鳴り続けていた。
「ったくちょっと目を離したらこうなるなんてな。 デカイ声のせいで野次馬も集まるしよ」
「厄介なことになったな、本当に。 ああも白熱してると近付く気が失せる。 巻き込まれなくて済んだとも言えなくはないけどな」
あの中に飛び込むのはほとんどの人間は嫌がるだろう。 飛び火してしまうのは目に見えている。
「俺も行きたくねえな、ありゃ」
「バカでもあの中に行くのは嫌か」
「バカって言うんじゃねぇ」
流石にトラブルを見過ごせずにギルドの女性職員が意を決して飛び込み仲裁する。
「お二方、落ち着いてください!」
「俺はレオナを雇ってやってるだけじゃないんだぞ!? 止めるならあの女だろうが!!」
「はあ!? 私はこの子のことを考えて言ってるのよ!?」
より白熱してしまった。 焼け石に水どころか、火に油を注いでしまったようだ。
「……休めると思ったんだが仕方ない。 荒っぽいのはしたくないんだが」
少し乱暴だが、少し落ち着かせるには仕方ないだろう。 休むどころかトラブルを強引に解決することになるのにエイジは気が進まなかったがこの調子ではいつ解決するのかわからない。
「ゲルト、あの辺で待ってくれるか? 連れていくから拘束してくれ」
「ああ? いいけどよ、どうする気だ?」
「見てればわかる」
ゲルトはエイジの指した人のいない壁の方に移動して見守る。
エイジは自分の時間を加速させて接近し男を優しくゲルトのいる場所に連れていく。
「うぐっ!」
突き飛ばされ壁に叩きつけられた男は衝撃に声を出す。 優しいとは言ってもそれは加速したエイジにとってだ。 可能な限り力を抑えてもそのパワーは叩きつけられた、と表現していいほどだ。
「おっと、すまねえが少し大人しくしててくれ」
ゲルトが男を捕まえて腕を後ろで拘束する。
「……少し速すぎたか?」
エイジは心配する。 力加減というものをまだ掴めていない、自分でもどれだけのパワーで行動したか把握できていない状態だ。 多少のミスがあってもおかしくはない。 問題なのはそれがあの男にとって、致命的になりえてしまうことだ。
『背中は少し痛むでしょうが、特に怪我はしてないでしょう』
頭の中にいる声が否定した。 彼は少し安心した、下手すれば大怪我を負わせただろう。 ただトラブルを無理やり解決することだけが目的だった彼にとってそれはよろしくない。 加速を抑えてできるだけ優しくしたおかげだ。 雑にしていれば少なくとも男の骨にはヒビが入ったはずだ。
「何するんだ! 離せ! お前もあの女の味方か!?」
「味方っつうか仲間だな。 ま、ギルドに止められたってのにやめないんだから仕方ねえよな?」
ギルドの職員がエイジに近付いてくる。
「エイジ様……ですよね。 感謝します、不甲斐なくて本当に申し訳ありません……」
「方法は褒められたものじゃないんだ。 礼なんかしなくていい。 むしろ罰を与えられた方がいいんじゃないか」
「いえ、あなたのような方にそんな!」
職員と話している最中、ゲルトの方を見るとアレクシスが近付いて縄で男の手を縛っているのが見える。
周りの野次馬達はとうに去っていた。 「案外早く片付いたな」という声と「もっとやっても面白かった」という声がどこかから聞こえる。
「ギルドではトラブルはよく起こることです。 解決するために少々乱暴な手段を取らざるを得ないこともよくあって、どちらかを制圧しなければいけないこともあります」
「他のギルドでは報酬で揉めることも多いと聞きます。 フレストブルグは比較的平和なのでそういうトラブルはあまりないと思いますけど……」
トラブルが起きれば集まり、収まれば散る。 他の冒険者ギルドとはそういうところだ。 時にはそれが賭けの対象にすらなる。 それほど揉め事が多発する場所だ。 依頼人とその依頼の受注者が揉めることは日常茶飯事なのだろう。
「その通りです。 ここに来る人達の大半は顔見知りなのでトラブルはほとんど起こりません。 護衛や戦闘の依頼のほとんどは遠征依頼になるので起こることは滅多にないんですが…… そのせいで止めれる職員がほぼいないんです」
その言葉にレナは引っかかった。 彼女は1人、ここのギルドでそういったトラブルを解決できそうな人間を知っている。 しかし改めて周りを見るといない。
「施設長はどうしたんですか?」
「あの人は2日前ぐらいにスライムにもみくちゃにされて熱出してます」
「ええ……? 最近見ないと思ったらそんな理由だったんですか?」
2日前、エイジがこの世界に来る1日前だ。 その時はまだスライムがただの青いスライム、最弱とも言われるスライムでしかなかった。 それに負けるとは到底思えない。 揉め事を力技で解決できる程の人間が、いくら弱点を潰さなければ倒すのが難しいとはいえ、戦闘が専門ではない冒険者でも簡単に倒せる生物だ。
「多分、つまずいた所に覆いかぶさってきたりでもしたんでしょう。 魔力が正常な状態じゃなくなって免疫力落ちて風邪でも引いたんじゃないですか」
「大丈夫なんですか?」
「明日多分ケロッとして戻ってきますよ。 "明日には復帰できるかも"って見舞いに行ったら言ってました」
職員はハッと説明の途中なのを思い出して施設長の話をやめて再開する。
「とにかく、施設長以外はトラブルを強引に解決することができる人がいません。 こうやって手伝ってくれる方は大歓迎なんです」
「そういうものか。 冒険者の相手をするのは大変だな」
「ええまあ……」
レナは職員の話が終わるとクラウスの近くにいたレオナに近付く。
「どうしました?」
クラウスに聞かれる。
「レオナちゃんに聞きたいことがあるだけです。 教会の務めをする必要があるかも知れませんから」
教会の務めと聞いて、それ以上は聞かずにそのまま座っている。
「レオナちゃん、あの人以外に頼れる人…ご両親は?」
レオナは口論が収まったことで落ち着きを取り戻していたが、目は少し潤んでいた。
「両親は私を捨ててどこかに行ったと聞きました… あの人が、私のことを拾ってくれたんです…」
やっぱり、とレナが一言呟く。 男の言葉とレオナが男のことをあの人と呼んでいたことで予想はついていた。
「お前、拾って都合のいい道具にしようとしてたのか?」
レオナの言葉を聞いたアレクシスがそう男に聞いた。
「もしそうならアンタの骨何本か折ってやるわよ……!」
「落ち着けベラ! これ以上やっても損するのはお前だぞ」
「……わかったよ」
捕らえられた男は下を向いて喋り始めた。
「そうじゃない。 少なくとも最初はな」
「最初? 今は違うって言うの──」
「ベラ、やめろ」
男はレオナを見ながら続けた。 その目には、先程までの荒々しい印象はなく落ち着いていた。
「何か事情があるようですね。 お名前をお聞きしてもいいですか?」
「メイアーク・フライスベルトだ」
男は話を続ける。 もう誰も邪魔はしなかった。
「俺は元から冒険者だった。 でもレオナを冒険者にしようとも思ってなかった。 あいつがなりたいと言ったんだ」
「それで、止めたんですか?」
「何をしようがレオナの勝手だ。 ただ、やるんならちゃんとやれ。 そう言ったんだ」
ベラは驚く。 先程までの印象ではとてもそんな男には見えなかった。 ただ自分勝手なだけかと思っていたことを彼女は反省する。
「……だが、臆病な性格は変わらなかったらしい。 それに、俺と一緒に仕事をするにはまだ幼いんだ。 14だぞ? 俺がこなす依頼のほとんどは戦闘が多いのに、それでもついてこようとするんだ」
この世界の成人は16から。 しかしそこから2つも若いというのはあまりにも大きい。 15と16でも大きな違いがあるというのに、14だ。 男児ならともかく、非力な女の子だ。 とてもではないが激しい戦闘にはついてこれない。
「それなら力を身につけろ。 そう言って俺はその手伝いもした。 おかげで十分な力を持たせてやれたが、臆病は治らなかった。 それは別にいい。 臆病さは武器にもなる。 ただ……」
「ただ?」
メイアークは目を閉じてしばらく喋らなかった。
「──俺が悪いんだ。 全部、俺が短気なのが悪い」
彼は自分の短気さに嫌気が差した。 そして自身のしていたことを鮮明に思い出し、強く悔いた。
「すまんレオナ……」
一度もレオナを殴ったことはなかった。 一度も彼女の邪魔をしたつもりもなかった。 だが自分の放った言葉の数々は明らかに彼女に対して威圧的で、苛立っていた。 言葉の力は大きい。 冒険者ならそのことをよく理解していたはずなのに、魔力と同等以上に繊細で敏感な子供にぶつけてしまったのだ。 そう考えた途端、謝らずにはいられなかった。
レオナは突然の謝罪に驚いたが、すぐに男に話しかけた。
「大丈夫、大丈夫です…… 私のわがままなんですから、謝らなくていいんです。 むしろ、私の方こそごめんなさい……」
今思えばレオナに謝ったこともなかった。 冒険者のプライドが許さなかったのか、ただ自身が偏屈なだけなのか。 ──後者だろう、考えればすぐに理解できる話だ。 冒険者としては一人前になったつもりだったが、人間としては半人前にもなっていなかったことを認識する。
彼がそうして、自分の愚かさに呆れていると突然縄が切られる。
「もうこれはいらないだろ?」
二人が和解したのを見たアレクシスが縄を切ったようだ。
「すまない、ありがとう」
アレクシスに感謝する。 縄に縛られたままではこの子に手で触れることもできなかった。
「レオナ、来るんだ」
彼はより近くで、面と向かい謝罪するつもりだった。 この子にただ、すまないと、今はそう伝えたかった。 しかし、そうする前にレオナはメイアークに抱きついた。 驚く彼にレオナは時間を与えなかった。
「ごめんなさい……! 私が臆病じゃなかったら、あなたがこんな風になることもなかったんです…… もっと私が、私が冒険者としてしっかりしてれば……! ううっ……」
彼女も同様に、謝りたかった。 泣きながらで上手く言葉にできないようだが、それでも彼に対して謝りたかった。 言葉の代わりに、強く抱きしめて謝罪の気持ちと、何度怒ってもワガママを受け入れてくれた感謝を伝える。
「泣くなレオナ……」
メイアークは静かに抱きしめ返して、レオナが落ち着くまで待つ。
「思ってた展開と違うが、和解できたんならめでたいことだな。 そう思うだろ? エイジ」
「そうだな。 ……ゲルトは何してるんだ? あれは」
ゲルトがどこかに行っていたので周りを見ると窓の近くで静かに立っていた。
「邪魔しちゃ悪いとか言ってあそこに行った。 あいつはこういうの苦手だからな。 それに実際デカすぎて邪魔だ」
レオナはゆっくりと落ち着いて、メイアークはそっと彼女を離す。 しかし彼女自身は中々離そうとしなかった。 だが、力は抜けていた。
離れようとしなくとも落ち着いている彼女を見たレナがメイアークに話し始める。
「……レオナちゃんにとってあなたの辛辣な言葉が負担になってたのには間違いありません。 教会の教えの1つ、"子に過度な肉体的、精神的問わずストレスを与えた場合保護対象となる"…… 知ってますよね? したくはありませんが…… ただ、あなたにとっても少し離れておいた方がいいと思うのも確かです」
「……ああ、そうしてくれ……」
「落ち着いたようであれば、彼女をお返しします。 辛いでしょうが少しの間、預からせていただきますね」
その会話でレオナは再び強くメイアークを抱きしめる。 口にはしないが離れたくないと言わんばかりに。
彼は正直、彼女を離したくはなかった。 しかし理性的に考え、決意を固めて彼女に向かいその言葉を口にする。
「行ってこい、レオナ」
そう言うとメイアークはレオナのことを突き離す。
「あっ……」
レナがレオナの肩を掴んで優しく語りかける。
「大丈夫、会えなくなる訳じゃないから。 一週間に1日、一緒に過ごせるから」
「ほ、本当ですか……?」
「この人に悪意があった訳じゃないからね。 レオナちゃんのことをちゃんと考えてたから」
レオナは少し安心して涙を流すのをやめた。そして涙を拭って笑顔を作る。
「……じゃあ、また会おうね。 お父さん」
彼は驚く。 そう呼ばれたことも、彼女が敬語でないことも初めてだった。 父親として認識されていたことも初めて知った。 親として振る舞えたとは思えないし、何よりも親というには歳が離れていない。 彼女もそれを認識して、他人に自分のことをあの人という表現をしていた。 だが彼女にとって、本当の父親以上にメイアークは父親だった。
「じゃあ、私は先にレオナちゃんを連れていきますね。 あんまり長く話したらダメですよ? 付き人が長く離れる訳にはいきませんから」
「善処するよ」
レナはレオナを連れて外に出て行った。 レオナの背中は寂しさを含んでいた。
「これからどうするつもりで?」
フランツがメイアークに聞いた。 彼はゆっくりと立ち上がり、近くにあった椅子に座った。
「……しばらくは休業だ。 この仕事してると頭に血が上りやすくなる」
力が抜けたように背もたれにもたれかかってフランツの質問に答えた。
「仕事しなくていいのですか?」
「自分じゃろくに使わないもんだから金は余ってるんだ。 しばらくの生活には困らない程度にはある。 それにもし底を尽きそうなら、知り合いの魔術師の所にでも行くさ」
2人はそのまま酒を交わしながら話を続けていた。
「不器用なこった。 あの人もまだまだ若いからそういうもんかもしれないけどな」
「アンタも人のこと言える立場じゃないでしょうが」
「うるせえ。 お前は早く謝ってこい!」
アレクシスはベラを突き飛ばしてメイアークに謝罪するように言った。
「ったく。 でエイジ、お前はこれからどうするんだ?」
「明後日までは特に何もできないな。 俺の頭の中にいる女神様の肉体ができないとこの街から離れられない」
「女神?」
「こっちの噂は広まってないのか」
てっきり既に周知されているかと思ったが実体のないものの噂は広まっていなかったようだ。
「今俺の頭にはエリナルとかいう女神が入ってる。 お互い不便だから騎士団長に肉体を作って貰ってるところなんだ」
「そいつは面白い。 つまりこの街には今神様が2人いるって訳か」
『驚かないとは……』
特に驚いた様子もないアレクシスに女神は驚く。
「驚かないんだな」
「頭の中にいるってのには驚いてる。 ただ神様自体はそれなりにいるからな。 全員とんでもない力があるから1人くらいそういうこともあるだろうさ。 ベラは驚きそうな話だけどな」
「誰でも驚きそうなものなんだが」
「そうかもな。 俺が特殊なだけか」
アレクシスは笑っていた。
「ま、俺たちもまだ全額貰ってないし、それにまだ和平が成立したってわけじゃないんだろ? 交渉が上手く進むまではこの街にいる必要がありそうだから、少なくとも明後日まではここにいる必要がありそうだしいつでも話し相手にはなれるぜ。 お前、知りたいことなんて山ほどあるだろ?」
エイジはこの世界の基礎知識しか知らない。 どこで何をやるにしても、それだけではとてもではないが十分とは言えない。
「この世界のことはほぼ知らないからな…… レナがいるけど知識には限りがあるし、教会の人間と実際に各地を渡り歩いてる冒険者じゃ違う見方になるだろうから、しばらくは世話になりそうだな」
この世界の案内役としての役割もある付き人であっても、教会の人間。 正確な知識はあっても経験はしていないことの方が多いはずだ。 特にレナのような若い人間なら尚更だ。
「俺たちはそんなに各地を転々としてる訳じゃないけどな。 帝国の周りをウロウロして噂を聞いたらそこに行く程度のもんだ。 エルフの国とか、スカイランド辺りは行ったことないしな」
「そこまで遠くまでは行けないからな。 十分だよ。 遠い場所を目指すにはまだ早すぎる」
「そうか、それなら俺たちでも十分かもな」
アレクシスはチラッとベラの方を見る。
「上手くできてるみたいだな。 あいつ強情だから心配だったんだが。 あいつも成長したんだな…… あそうだ。 今のうちに帰っとけよエイジ。 ベラとかゲルトと話してたら話が長くなるだろうから。 俺からあいつらに言っとくからよ」
「レナを心配させるわけにもいかないからな、3人には申し訳ないが先に帰らせてもらおうか」
「そうしてくれ」
エイジはギルドを離れた。 報酬の受け取りしてないことに気付いて一瞬止まったが、どうせ明日も来ることになるだろうとそのまま帰路に着いた。
「お、ゲルト。 落ち着いたか?」
「泣いてねえ。 エイジは?」
「お前が泣いてたかなんて言ってないだろ。 もう帰ったよエイジは」
「なんだよ! まだ話したいことあったってのに!」
「明日はなしゃいいだろ。 俺たちはとりあえず報酬を受け取るのが先だ」
エタったかと思ったか!まだ生きてます。




