第二十話【防衛準備】
「どうやら下りる時が来たようだな」
公爵が遠くから登る煙を見て言った。 狼煙か。
「公爵、あれは?」
「偵察するために雇った冒険者が上げた狼煙だ。 彼らにはキングよりも遥かに巨大なスライムを確認したら狼煙を上げろと伝えた」
「ということは……」
ついに総大将が来たか。
「そういうことだろう」
公爵には悪いが、正直そんなデカブツ相手に俺の攻撃が通用するかと聞かれれば、NOだよな。
『陽動だけでも十分でしょう。 幸いなことに強力な魔術師が3人もいますし』
やれることをやるしかない。 公爵のことだ、何重にも保険はかけてるだろうし、どれだけ巨大でも、その何割かは無力化できるはずだ。 時間はかかるかもしれんが。
「私はここで援護しましょう。 降りても魔法を撃ちにくくなるだけなので」
「そうしてくれ。 彼女のことも頼む。 兵士はいるが、ここに直接攻撃できるような敵から防御することは難しい」
まあ、スライムが気付くかどうかは微妙なところだが、備えあれば憂いなしということか。
「言われなくともオリヴィアのことは守りますよ、閣下の策に彼女は不可欠なんでしょう?」
「奴に致命傷を与えるには彼女がいなくてはならない。 少なくとも彼女が一撃を与えなければ我々は奴にまともなダメージすら与えられないだろう」
その通りだ。 何か強力な一撃を叩き込まないと魔法使いたちはともかく、俺のような物理攻撃しかまともに使えない連中はほとんど何もできない。
「私は先に降りていよう。 準備が済んだら二人はグスタフと来てくれ」
「わかった」
「はい」
さて、準備と言っても何があるか。 せいぜい3つの武器が動きに干渉しないように調整するぐらいだが。
スティレットは右にあった方がいいか、逆手で使う場面が多そうだし。 まあ、どっちにあっても大して変わらんと思うが。
『持ち替える時間はいくらでも作れますしね』
そういうことだ。
「ヴィクトル、冷たい言い方されると傷付くよ」
「そのくらいで傷付く程君は弱くないだろ」
イチャつくんじゃねえ。 さっさと下りよう。
「行くぞ」
「わかりました」
降りたら肩慣らしでもするか。 昨日とは装甲が全く違うもんだから急所を一撃でやれるかはわからんが。 幸いまともな武器を奴らは持ってないからな、拘束されない限りはどうとでもなるはずだ。
『武器まで生産する余裕がないのでしょうか? それともあのゴーレムのようなのを作るのにリソースが割かれてるのか……』
あれだけ数がいるなら全員に武器を支給するのは難しいだろうが、それでも全く持っていないというのはおかしな話だ。 武器なんてなくとも目的は果たせるということなのか、あるいはただの時間稼ぎなのか…… まあ、何にせよこっちとしては助かる話だ。
「エイジ様、私もインペラトルに有効な攻撃を与えられる自信がありません。 だから……」
「時間稼ぎに徹する他ない」
「その通りです。 実際の大きさは見てみないことにはわかりませんが…… 壁に近付かれたら門を簡単に壊して侵入すると思います。 そうでなくても少しでも隙間が開けばスライムは入れます」
触れられた時点で詰みか。 本当にこの世界のスライムってのは厄介な特性を持ってるな。
「俺はまともな魔法使えないから頼んだぞ」
「はい。 ……本当に使えないんですか?」
そういえば話してなかった。
「俺が直接何かするってのはできないらしい。 石を使えばできるかもしれないが、今確かめるのは無理だな」
「不便ですね」
これで普通に魔法使えたら強いからな。 なんでそれが制限されてんのかわからんが。 なんでなんだ?
『私のせいじゃないですよ。 どうして制約があるのか私にもわかりませんが、そういうものなので仕方ないでしょう』
授けた本人にもわからないのかよ。
『自分の命も預けないといけないのに、制約なんて付けるわけないじゃないですか。 神様だって死にたくないんですよ』
そらそうだな。 頭の中にいられるのは不本意ではあるが。
うーむ、壁の上からでも見えなかったから当たり前だがインペラトルらしきものは見えないな。 とはいえそのままの姿で来るとは思えない。 擬態……はしてるかわからないが、背を縮めるぐらいはしてるだろう。
「どこまで来てるかわからないのは怖いですね」
「バカデカいのが急に現れたら恐ろしいなんてものじゃないな。 その上高い知能を持ってる。 だがまだ見える範囲にはいないはずだ」
速度がわからない以上いつ来るか予想ができない。 伝書鳩でもいれば少しはマシだったんだろうが…… 魔法があっても通信なんてものはないってことか。 もしくはそもそも使える人間が多くないからか、どっちにしろ情報が"発見"だけだと取れる手も限られるな。
「俺はヤツが来るまでしばらくその辺のスライムを相手しておく。 レナは公爵とでも話しててくれ」
「昨日みたいにならないようにちゃんと見ておきますから」
それはありがたいな。 巻き込まれないことを祈ろう。
さて、まともな装甲のあるこいつらにどこまで通用するか試させてもらおう。
エイジは時間を止めて近くのスライムに剣を抜きながら近付く。
ゆっくりとそれを頭の上まで持っていく。 最大限の遠心力を得ることのできる位置に達すると時間を進めスライムに向けて振る。
スライムに触れた剣は弾力に富んだ肉体という名の緩衝材によってエネルギーを吸収され装甲に当たる頃には本来持っていた青銅を破壊する威力を失っていた。
「こんなものか」
彼はスライムがエネルギーを全て受けきったのを確認してから時間を止めて先程と同じ動きをする。
今度は加速した状態で攻撃をして、その威力を確かめる。 そのためにはエネルギーを吸収しきれていない状態では目標が通常の状態でなければどれほどの加速度であれば十分な威力があるか確かめることができない。
時を1.5倍程に加速させもう一度剣を振る。 スライムの身体は衝撃を吸収する間もなく切断され、内側の装甲を剣が叩くと青銅にヒビが入り剣は沈んでいく。
「さっきとは全然違う、面白い感覚だな」
青銅の鎧に剣が触れ、それが破壊される感覚はとても硬い金属とは思えなかった。 崩れるような感覚で、土や砂といったものを固めたそれとは異なる感覚であり、それを彼は面白いと感じた。
『十分な威力ですね。 鉄製でもダメージを与えられそうです』
その分消耗も早いし、連続して何回も使えるわけじゃない。 それにリーチ以上の攻撃はできない、当たり前なんだが斬撃も衝撃波も飛ばないから局所的ダメージになる。 切断も大した意味がないインペラトルとは相性が悪いと言わざるを得ないな。
『相手が動く以上切り取るというのも難しいでしょうから、やはり手数で勝負するしかないでしょう』
全面装甲化されてたら威力を上げても足止めになるかどうかわからんぞ。 そうなってないことを祈るしかないな。
スライムに包まれていく剣を持ち上げると彼は忘れていたものを思い出した。 粘液の存在だ。
斬撃するほど切れ味が落ちるか。 粘液がつく前に抜かないといかんな。 打撃じゃ斬撃以上に効果が薄い、突きからなら切れるだろうが刺突のみだと困る。 手入れはしておかないとな。
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「正面から装甲を叩き割るか。 あれができるのはそうそういないだろう。 グスタフ、お前はできるか?」
「できるかどうかと言われればできます」
公爵は剣の手入れをするエイジを遠くから見ている。
「青銅は鉄に比べ脆いとはいえブレード部分で装甲を破壊するのは難しい。 加速して威力を稼いでいるのでしょう。 レナ、君はその原理について知っているのか?」
硬い鎧を纏った戦士も想定した打撃力に優れる西洋剣と言えど緩衝材もある青銅の鎧を破壊するのは困難。 刀身を持った状態で鍔を用いた鋭い打撃ならばそれも可能であろうが、訓練を受けた騎士であってもブレードでそれを成すのは難しいことだろう。
「おそらくはアドラー伯爵の言う通りだと思いますが……詳しいことは私でもわかりません。 攻撃面では直接攻撃特化の能力なのは確かです」
「時間の操作、だったか。 操作とは言っても過去を書き換えることは難しく、その上魔法も使えない。 弱点は大きいな。 だがそれを加味しても強力なのは違いない。 問題は今この状況ではその強みをほとんど活かせないということか」
「はい……」
公爵はそれにため息をつくこともなく続ける。
「何とも都合の悪いことだが、どんなものであっても向き不向きがある。 どんな状況でも強い能力はほぼない。 幸いなことにこの開けた土地において奴が隠れる場所はほとんどない、魔法使いや一部の大物狩りをする冒険者の力を借りれば彼だけでなく他の者も戦える状態に持っていけるはずだ」
「上手くいけば、ですよね」
レナは不安そうに公爵に言った。
「その通りだ。 だがその全てが悪い方向に向かうことはよほど私の運が悪くなければありえないだろう」
「……そうですよね」




