第十五話 【ここは狩場ではなく戦場】
遠くから迫るスライムの集団はそのほとんどが鎧を纏っている。 それがスライムとわかる程には表面が露出している。 というよりは透けている身体の内側にあるそれが見えているだけだろう。
「おいおい数多くねえか?」
武装スライムの数は非武装の先程と比べると倍以上はいるように見える。
アレクシスは立ち上がった。
「ちゃんと援護しろよ。 さすがにあれは骨が折れそうだ」
「言われなくてもするから。 あんたらは死なないことだけ考えとけばいいのよ」
ベラは背中に背負っていた大きな杖を持ち準備を始める。
「まとめて吹き飛ばせねえのかよ」
「私は大きい爆破術扱えないの。 圧縮するの大変なんだから」
杖の魔法石を指で叩き状態を確認する。
「久しぶりなら尚更。 範囲魔法は扱いが難しいから、できるだけ引き寄せて撃つから突っ込むのはまだ待ちなさいよ」
「他の冒険者に釣られないといいんだがな」
呪文の詠唱を始める。
「この世に万物の素たるものがあるならば我の言葉を聞け、我に従え」
杖の先に魔法陣が出現する。
「力を蓄え指示を待て」
魔法石が光を放ち今にも何かが起こるように見えるが、起こることはない。 そのように魔力は指示を受けているからだ。
「さあ早く来い……」
「そんなにスライムは早く動けませんよ」
スライムは地を這う存在、移動速度は遅く非捕食者であるため通常は背を可能な限り低くし草むらなどに隠れる生態を持つ。 群れ単位での行動では大きな個体がその大きさを持って外敵を威嚇、群れの防衛を行う。
武装スライムがこのように身を隠さずにいるのは身を隠すには鎧が邪魔という理由だけでなく、強いという自覚があるからこその外敵への警告だろう。
「それにしたって遅くねえか?」
「……なんか嫌な予感するんだけど」
その予感は的中した。 聞き慣れない音が微かに聞こえたと感じた時には既に空を風を斬る音と共に高速で何かが飛んできていた。
「フェルスバリーア!!」
ベラは咄嗟に岩を作り出し防壁とする。 偶然ではあるが、使う魔法の情報を与えていなかったためにこの壁は作れた。 もしトリガーとなる刺激を送り特定の術を発動するようなものであれば全員死んでいたかもしれない。
「あいつらバリスタでも持ってんのかよ!?」
攻撃は正確に敵を狙い高速で物体を発射する兵器であるバリスタのそれと類似していた。 だがそれにしては発射音が奇妙だ。
アレクシスは防壁から頭を出しスライムの方を見る。 どれもこれも似たような形と色をしていて判別は困難だったが、辛うじて異質なスライムを見つけた。
そのスライムは自らの体内の石を台のようにしており、そこから横倒しにした弓のようにスライムが伸びていた。 その板の両端の弦もスライムの一部。 スライムは兵器であるバリスタを作るのではなく自らがバリスタになっていた。
「そんなバカげたことあるのかよ!?」
スライムの身体は弾力性が強い。全身が筋肉でできているような存在ではあるが、通常の生物が持つ筋肉のそれとは異なり、簡単に潰れるほどに柔らかく、完全に潰れるほどの面積を持つ物体に潰されるでもされなければその圧力によってスライムの身体は圧力から逃げるように動く。 それでいて筋肉としての機能は備わっており、力を入れれば硬化する。
そのような性質を持ったスライムの肉体は硬化した状態のものを引っ張り、離すとバネとなり大きな力が加わる。 そして適切な力を加えながら弦のような構造となることで一体のスライムで弓ができる。 複数体のスライムを用いて単純な大型化するだけでも強力な兵器となり、それを迅速に展開することができる。 不定形であるスライムだからこそ可能な戦術だ。
唯一の救いは、最も単純な構造でその生体バリスタが作られていることだ。
「何、何があったの!?」
「あいつら自分をバリスタにしてやがった!」
「何言ってんの!?」
言葉ではそう表わすしかないスライムの常識外れな行動はアレクシスが混乱していると周りに思わせてしまう。 スライムも予期していなかったが、目撃した者が他者に幻覚を見たと思われるようなスライムにとって都合のいい状況を作り出していた。
「二人とも落ち着いて。 他の冒険者にも被害は出てません。 二射目が来る前にそのスライムでできた? バリスタを潰すべきです」
クラウスは冷静に周りを見て言った。
「ベラならできるはず」
ベラは深呼吸をしてから口を開く。
「……そうね、同時に2つってのは無理だけど、1つぐらいなら潰せる。 相手はスライム、避けることなんてできないはず」
動きの遅いスライムは魔法を避けることなど普通はできない。 いくら常識外れのスライムと言っても、スライムである以上は弱点が変わることなど滅多にない。
「どいてゲルト」
「ああ。 ……オレにも魔法が使えたらなあ……」
ベラは壁から標的の位置を確認する。
「……見つけた」
バリスタ型のスライムは発射の準備をしている。 バリスタは通常てこを利用して弦を引くが、そうでないあのスライムは強い力が必要になる。 全身筋肉のようなスライムであってもそれは簡単なことではない。
ベラは詠唱を始める。
「世に万物の元たるものがあるならば我の言葉を聞け、我に従え」
魔法陣の枠ができるのを確認し続ける。
「矢となり射抜いたものを焼き尽くす炎を纏いて我が敵を退けよ」
枠の内側に模様が形成され、矢尻に火のついた大きな矢が魔法陣の先から作り出される。
ベラは壁から飛び出た。
「放て!!」
作り出された矢が標的に向かって放たれる。
遠くの目標に向かって進む矢は弓から放たれるよりも早く進む。 このような魔法は魔法使いの認識の中にある矢の速度が反映される。 だが弓で狙うには遠い場合、それをある程度無視して標的に向かい認識と違いすぎない程度の速度で進む。 誤差で済まない、明らかに速いと使い手が感じるような速度では進まず、魔法として扱えない。 弓のことをよく知るほどこの魔法の射程距離は短くなる。 しかしベラの放った矢は明らかに弓を知らない人間であっても速いと感じるほどの速度を出していた。
射程距離は認識、つまりイメージに左右される。 詠唱中に高速で矢を飛ばせる弓をイメージすることで強引に射程距離を伸ばすことができる。 これは決して簡単なことではなく、意識しながらも魔法に必要な情報も考えなければならない。 ベラとて完全にできるわけではない。
だが、戦闘での興奮がその認識を歪め、そして標的に当てるという強い意志によって矢は標的に当たるという主たる情報が通常よりも大きくなり、その軌道は矢というよりは弾丸に近い直進だった。
十数秒の飛行を経て矢は標的に命中する。 矢が当たったことはスライムにとっては大したダメージではなかった。 例え弱点である心臓に当たったところでこのスライムは複数のスライムの集合体、活動に支障が出るわけでもなく、スライム一体が集合体から剥がれ落ちるわけでもない。
矢尻が纏う火も小さくスライムがそれを包み込むようにすれば消化は容易だ。 だが──
「焼き尽くせ!!!!」
矢尻の火は目標を焼き尽くす炎のための種火でしかなかった。 ベラの焼き尽くせという命令に従い、矢に持たせていた魔力と矢そのものが燃料となり種火である矢尻の火と接触し急激にその勢いが増す。
スライムはバリスタの形を崩して消化をしようとするが時すでに遅し、既に消火不可能なほどになっていた。
スライムは炎で焼かれている。 だがスライムは苦しむ声を上げることはない。 口がないからだ。 のたうち回ることもない。 スライムはそれができるほど速く動ける生物ではないからだ。 そしてスライムは苦しむことはない。 痛覚もスライムにはないからだ。 焼かれるスライムは被害が大きくならないように固まり水分を奪われて死ぬ。
「1つ潰したよ!」
それを聞いた三人は防壁から顔を出してスライムの方を見る。 スライムは未だに燃えていたが、あれ程燃えていればどんな生物であっても死んでいるだろう。
「待ってください。 あれは……」
クラウスが指さした場所にはスライムが集まっていた。
「おいおいおいおい、マジかよ!?」
複数のスライムが固まり、1つになる。
「なんてこった……」
「ウッソでしょ……」
燃やしたバリスタは何でできていた? そう、スライムだ。 それも他と何も変わらないただの一般的なスライムで作られていた。 そして、それが壊れればどうなるか? こうなれば言うまでもないだろう。
スライムは変幻自在。 エネルギーさえあればどんな形にでもなることができる。 全ての個体がだ。
だが燃えたのは先代だけでなく発射体、つまり弾がなくなっている。 しかし矢でなくともバリスタは他のもの、例えばどこにでもある石だ。 正確性は失われるが牽制するには十分だ。
「ベラ、もう一回できねえのか!?」
「そんなポンポン撃てるもんじゃないの! 今私にできるのはこっち向かってきてるザコの相手ぐらいなの!」
バリスタに気を取られていたが、最初の射撃後に武装スライムの集団が動き出していた。 動きは遅く4人と戦闘になる程の距離ではないが、30秒もすれば接触するだろう。
「三ヶ月前に死にかけたばっかだってのに死にそうだな」
アレクシスが笑いながら言った。
「冗談じゃないんだけど。 どうする? 逃げる?」
「私もどうにもできないので、それが一番だと思います」
「いいよね、二人とも」
前衛二人に向けて聞く。
「オレでも直接潰しに行くのは無理そうだな」
「俺も無理だ。 あの数を強引に突破するのは厳しい」
「じゃあ満場一致みたいだから…… 逃げるよ!」
バリスタからの射線を切るようにバリスタと4人の間に防壁を挟むように移動する。
しかしバリスタからの射線が切れたとしても、接近していた雑兵からの射線を切ることはできず投石を受ける。
「情報は正確だったみたいね! みんな当たらないでよ! 特にゲルト、あんた体デカいから気をつけなよ!」
「スライムの投石なんか当たっても怪我なんてしねえだろ! スライムはスライムなんだぞ」
スライムに投擲する能力はない、本来は。 研究熱心なレギオンは一般兵である武装スライム達の攻撃手段として投擲を研究していたのだろう。 威力が高く、そしてある程度コントロールが利く投擲手段を武装スライム達に共有していた。
その構造、見た目、全てを一言で表すならば、象の鼻。 最も簡単で高い効果があるその構造はおそらくは偶然の発見だっただろう。 象を見たこともないスライムにそれを意図的に模倣することは不可能と言える。
ともあれこの投擲方法を習得したことで一般的なスライムであっても人間に致命傷を与えることはできなくとも確実なダメージを与えられる。 そう、投げられた石はゲルトに当たったのだ。
「うおっ!?」
ゲルトは石が当たったことで驚き転ぶ。
「バカ! 普通のスライムじゃないってバカなあんたでもわかるでしょ!?」
ベラは立ち止まりゲルトの傍まで引き返す。
ゲルトは足から出血していた。 大した傷ではないが、足に衝撃が来るとバランスを崩してしまう。 そして転んでしまう。 どれだけ屈強な人間でもだ。
「クラウス! なんでもいいから壁作って! アレクシスはどうせ大したことできないんだから敵の注意でも引いてて!」
クラウスは即座に詠唱しゲルトの前の土を盛り上げさせて壁にする。
「立って! まだ動けるでしょ!」
「当たり前だろ! ベラ、すまねえな。 俺が転ばなきゃこんな……」
ゲルトは立ち上がりながらベラに向かって謝る。
「謝ってもいいけど後にして! いつバリスタが撃たれるか──」
即席の土壁が破壊された。 このようなことができるのはただ一つ、バリスタだ。 ではなぜ気付かなかったか。 単純なことだ、ゲルトのことでバリスタの出す音がかき消されただけだ。
何故破壊されたか、即席の壁を作るのはそれほど難しいことではない。 だが何も準備していない状態での作成は壁の厚さを確保することが難しい。 だからバリスタで簡単に破壊された。
破壊された土壁を構成していた土は衝突してきた石のエネルギーによって後ろに吹き飛ぶ。 吹き飛んできた土は後ろにいた二人の足を止めるには十分な威力があった。
「っ!?」
破壊された壁の向こうには投石をしていたスライム達がいる。 土によって転ばされた二人は投石を回避することはできない。
ベラは"終わった"とスライムたちを見て絶望する。
──だが目の前のスライムの中心に巨大な氷の柱が突き刺さった。
「なに、これ……?」
スライムたちの動きが止まり、氷の柱から無数の棘が瞬時に突き出した。
突き出した棘でスライムはその装甲ごと貫かれた。 無数の棘によって逃れる場所などなく唯一の弱点も正確に狙わなくともどこにそれがあったとしても当たるようになっていた。
「お、恐ろしいな…… まとめて串刺しになるかと思ったぜ……」
決してゲルトに当たりそうなほど棘が伸びているわけではないが、急にそれが伸びてきたのを見れば誰でも思うだろう。
「……これ、どこから……?」
「おいお前ら、壁の方見てみろ」
アレクシスに言われ三人は市壁の方を見る。
「あれは……大規模魔法?」
市壁の上に先程のものと同じ氷でできた柱のようなものが浮いていた。 先程のは刺さっていたため形状が柱状のものとしかわからなかったが、よく見ると柱ではなく杭だ。
「あんなに!? 壁の上にいるの何者なの!?」
ベラが驚いていると杭が飛ばされる。 その大きさからは想像ができないほどの速度で杭は飛び、スライムの兵器、バリスタに命中する。
バリスタに突き刺さった杭は棘を出し周囲のバリスタの予備部品、防衛する武装スライムをまとめて突き刺した。
「わーお……」
バリスタになれるスライムは多くいる、がどの群体もバリスタの周辺にしかいない。まとめて排除すればバリスタは再建できない。 使った者にとっても確証はなかったが、予想通り新たなバリスタは一機しか作られなかった。
「君たち、大丈夫か?」
4人は横から特徴的な十字が描かれた盾とマントを羽織った鎧を着た男に聞かれた。
「大丈夫だ……って騎士団!?」
「ウソ、別方面にいたんじゃ……?」
彼の後ろには複数の同様の格好をした騎士がいた。
「無事なら良かった。 ここからは我々も参加させてもらおう」
四人組の出番一旦終了。 次回は騎士団メインです。
こんだけ強いスライムですがスライム無双とかはないです。というか鎧はあってもちゃんとした武器持ってないので(兼用)ボコボコに殴らないと武装スライムが人を殺すってのは難しいです。 あ、でも次回はとてもスライムとは思えない強いやつ出てくるのでお楽しみに。




