第十話 【自らやるのも仕事のうち】
今日だけで何件目だ? 元に戻すのにいくらかかるんだ?
エレナを待っている時間はないようだ。 今ある資金でどうにかする他ないということか。 借金はしたくないが……
公爵は報告書を見ながら思った。 スライムの被害は日に日に増していき、今日だけで既に10を超える被害報告が出ていた。
スライムというのは害獣として知られている。 文字通り根こそぎ作物を食らうような生物だ。 そのような生物が大量発生すれば、容易に農業は崩壊する。
フレストブルグでそうなっていないのは騎士団のおかげだろう。 彼らは完全に戦闘に特化した組織だ。 そこらの傭兵、冒険者よりも遥かに強い。 騎士団の役目は聖地を守り、巡礼者達を守ることだ。 当然人間だけでなく魔物のような生物を相手にすることも仕事。 スライムという戦闘能力をほとんど有さないのが相手では話にならない。
「失礼します」
ドアをノックして執事、ヘルクバートが入る。
ゲルトは公爵に仕える執事だ。 しかしエレメライトがほとんどの仕事を自分一人で行うためにヘルクバートの仕事は城の管理が主になっている。
「……またか」
ため息をついて聞く。 大方予想はついていたが、少し方向が違う報告がヘルクバートから発せられる。
「変異したスライムが出現したと」
「何?」
変異したスライムは今までのスライムとは違う性質を持っている。 それが出現したとなれば今までの駆除方法が通用しない場合もある。
「ヘルムート様から石を取り込んで防御を行ったと思われるスライムの存在が確認されたと。 現在は西の畑で捕獲した一体をそのまま閉じ込めているとのことです」
スライムの防御力は皆無に等しい。 生存能力こそ高いが、身を守るのは粘液のみ。 しかし今回の変異スライムは防御能力を獲得した。
それが何を意味しているか、公爵はすぐに理解した。 弓が通用しないかもしれないと。
そもそもスライムは弓のような武器は通りにくい。 その体でエネルギーが分散され、貫くことが難しい。 その上急所を的確に射抜かなければ死ぬことがない。 それが硬い鎧を纏ってしまったとなれば矢が通らない可能性も十分にある。
「……私は現場に向かう」
「変異スライムの情報は少ない、今行くのは危険では?」
確かにその通りだ。 だがエレメライトは普通の人間ではない。 フレストベルタ公国の公爵、並大抵のことは自身の力で対処できる。 そのように教育されてきた。
そして何より、彼の好奇心はちょっとやそっとの危険程度では止められないのだ。
「ただの報告と実物を見るのでは全く違う。 多少の危険を冒しても見る価値はある。 被害をこの目で見るのにちょうどいい機会でもある」
「──承知しました」
公爵は机の傍に置いていた剣を取り部屋を出た。
その机にはやりかけの書類が何枚もあるが、エレメライトにとってそんなものは今やるべきことではなかった。 国を支えている農業への深刻なダメージの対処以上に重要なことなど、今は存在しない。
「グスタフ!!」
城の外に向かいながら大声を出し騎士を呼ぶ。 騎士は主人を守る役目がある。 今回のような危険が伴う行動には必ず騎士が付くことになっている。
領主として死ぬことは極力避けなければならない。 だからこそ騎士が必要だ。 特にベルタショルツ家は代々好奇心が強い。 その好奇心によって命を落とすこともあった。 最弱の魔物とまで言われるスライムの一種によって死んでしまっては周囲の貴族に末代まで笑われるだろう。 そのようなことはあってはならない。
「はっ!」
主に呼ばれたグスタフは公爵と共に城の外へ出る。
空は赤く染まりつつあった。 市壁に覆われた都市、この街の様々な意味での中心であるこの城からは日が沈むのを見れない。 城の最も高い場所、そこが赤く照らされるだけだ。 そして同じように、近くにある大聖堂の上部分も同じ色の光に照らされる。
大聖堂の時計台が鐘を鳴らす。 時報だ。 フレストブルグの人々にとって、この鐘の音は夜が始まることを意味する。 一日が確実に終わりに近付いていることを知らせる。 そして、時間が過ぎるのを感じさせる。 時間は有限なのだと、もっと一日が長ければと人々の多くがこの音を聞くと感じる。
グスタフに向かい公爵は今回の目的を話す。 グスタフにとって、今回のようなことは珍しくない。 今回もいつもと同じような理由だろう。
「変異したスライムが出たようだ。 私はこれからそれを直接見に行く」
「わかりました。 お前、それと弾を貸してくれ」
「え? ああ、はい」
グスタフは守衛が持っていた銃を取り、市壁の門へと向かった。
武器を取られた守衛は2人を見送った。
「何ボケっとしてんだよ」
同僚が彼に話しかける。
「……予備ってどこにあったかわかるか?」
「バカ野郎、それぐらい覚えておけよ」
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エレメライトとグスタフは数時間前にエイジ達が戦闘を行った場所に来た。
死んだスライム達が30体は確認できる。それらは自らの身体を維持する力をなくし、ただ流れていくだけの存在と化していた。
だが一体だけ生きたスライムがいた。
「あれだな」
簡易的な牢に閉じ込められたそのスライムは体内にあるものがハッキリと見える。
それが何なのかは言うまでもない。 変異体なのは明らかだ。
「鎧として用いるには隙間が多いな」
近くで観察するために公爵が近付くとスライムは体内のそれを公爵に向かって射出する。
「おっと! 防御だけでなく攻撃も行うか」
「離れた方がいいのでは?」
「離れると構造がよく見えないだろう」
変異したスライムをじっくりと観察し、その弱点を探る必要があった。
弓は効きそうもない。 この硬い石を貫くほどのパワーは矢にはない。
「……血の流れが見える。 近付けば倒すことはできる、か」
だがもし、このようなスライムが大量にいるとすればスライムの唯一の弱点、心臓の動きを止めることは難しいだろう。
となれば、銃か魔法だろう。 どちらもこの鎧を貫く威力がある。 大量にいるならば銃では処理が追いつかない。 現実的に考えるなら魔法で一掃するしかないということだ。
スライムはもう一度攻撃を仕掛けようとする。
だが公爵には当たらない。
そして公爵は気付いた。 スライムが攻撃する予備動作があること、攻撃した直後は鎧に隙間ができること、そして予備動作を行う際に血流が集中しこの間に射出に使う部位のどこかに当たれば致命傷になり得るかもしれないことを。
「致命傷になるかどうかを試したいところだが、この一体は生かしたままにしておきたい…… グスタフ、近くにスライムはいるか」
グスタフはある方向を見ながら言った。
「こちらにちょうど向かってきているのが」
その方向には十数体の囚われたスライムと同様の特徴を持ったスライムがいた。
スライムにとって囚われた仲間を放っておくわけにはいかなかった。 自分たちの弱点を知られてしまうからだ。
二体ほど大型のがいる。 いい的になる、と公爵は考えた。
「グスタフ、その銃をあの大きいのが攻撃する直前に撃て」
グスタフは撃鉄を起こし銃を構える。 銃床を肩に当て、身体の重心を下げる。 銃を真っ直ぐにし、その中心に標的が来るように狙う。
引き金に指をかけ、標的の動きをよく見る。 先程見た攻撃時の動き、それを待つ。
スライムが攻撃の準備をした。 その瞬間、グスタフの指は引き金を引く。
撃鉄が輝く石を叩き周囲に耳がおかしくなりそうな程の轟音が響く。
銃口から放たれた丸い鉛玉は標的に命中する。 だがそれは標的の急所を外していた。 ライフリングのないただのマスケット銃では命中精度など期待できない。 しかし確かに急所を外していたが標的は力を失う。
「やはりか」
公爵の考えは正しかった。 攻撃を行う時に血流が集中し、広い範囲が急所と化す。 だがまだ確かなわけではない。
公爵は他のスライムに魔法を放とうとする。 またスライムの攻撃を待ってから攻撃を行う。
「高圧水流弾」
魔力が水となり、高速でスライムに命中する。
急所があろう場所をあえて外した。 魔法はマスケット銃と違い、正確な攻撃が可能だ。 威力こそ多くの魔法は銃に劣るがその正確な攻撃が可能という特徴から遠距離の敵を倒すのに最適だ。 だが今回はその特徴をあえてその本来の弱点があろう場所を外し彼の仮説を証明するために使われた。
そしてそれは確かに証明された。
「よし、これならばどうとでもなろう」
公爵は新たに魔法を使う。 スライムをまとめて吹き飛ばすための魔法だ。
「爆ぜろ」
スライムのいた場所が爆発する。 多数の対象を倒すのに最も簡単な方法だ。 だがこれを使えば周りもダメージを受ける。 今回は被害が大して大きくならない場所であるからこそできた荒業だ。
「用は済んだ。あのスライムを回収して帰るぞ」
公爵らスライムのために作られた檻を魔法で作った布で覆いそれを持つ。
弱点を知ることはできたが、完璧ではない。 貴重なサンプルだ。 持って帰らない手はない。
「爆発がしたから何かと思えば、エレメライトじゃないか。 スライム相手に随分派手にやったな」
ヘルムートと例の二人と偶然遭遇した。
「ヘルムート、随分早いな、もっとかかるかと思ってたぞ。 そこの子は……大きくなったな」
「覚えててくれたんですね。 てっきり忘れてると」
「……どういう関係なんだ?」
エイジはレナに聞く。
「私が小さい時に会ったんですよ。 あの時はまだ公爵も公子でしたけどね」
「何年前だよ……」
「10年ぐらい前、ですかね?」
10歳ほど歳が離れている2人は公爵が公爵となる前に何度も会っていた。 当時のエレメライトにとっては大聖堂に行くのは近所の友人の家に遊びに行く程度の感覚だ。 そこで2人は出会った。 その時のレナにとっては兄のようなものだっただろう。
「それで、お前は何をしに来たんだ」
ヘルムートは二人のことを横目にエレメライトに聞く。
「そこの2人が仕留めたスライムの調査だ。 ちょうどいい、ヘルムート、お前が捕らえていたこのスライムを調べて詳しいことが分かれば教えてくれ」
「元よりそのつもりだ」
ヘルムートは公爵の持っていたものを受け取る。
「この随分と新鮮なスライムもお前がやったのか?」
ヘルムートは公爵の魔法によって死んだスライムの前で屈んで聞く。
「ああ」
ヘルムートは死んだスライムを観察する。
スライムから流れた血の量が多いことに気付くのは難しいことではなかった。
「……大量出血?」
スライムは大量出血で死んでいた。 だが外的損傷は限りなく少ない。 いや、既に潰れて確認できない。
スライムが大量出血で死んだ場合、その損傷は死んでスライムの形が失われた後も確認できるほど多いはずだ。 どれだけ傷が深くともスライムは自分でその傷を塞ぐことができる。 失血死する場合はその深さに関わらず傷が多くなる。 だがこのスライムはそのような傷は見つからず、綺麗なままだ。
「もう見つけたのか? さすがに早いな」
ヘルムートが出した結論はこのタイプのスライムの弱点をエレメライトが見つけたということだった。
「お前はいつもそうだ。 学者泣かせにも程があるぞ」
立ち上がりながらヘルムートはエレメライトに対して言った。
「これも領内の問題を解決するという公爵の仕事のうちだ。 そしてこれ以上はお前の仕事、そうだろう?」
ヘルムートはそうだな、とだけ言い罠が仕掛けられていた巣の方向を向いた。
「……エレメライト、インペラトルがいるようだぞ」
「やはり、か」
公爵にとって、インペラトルがいるのは想定内だ。 スライムがここまで異常発生するのは自然ではありえない。 だがこのようなことをして得をするような外部の人間などいない。 加えて数百年前の記録と状況が一致している。
「インペラトル……聞いたことはあるが、そんな奴が復活したと?」
グスタフはヘルムートに疑問を投げかける。 実際、信じられない話だ。
かつて国を滅ぼしかけたスライム、その存在が事実であったかどうかは怪しい。 危険なスライムはフレストベルタにはいない。 国を滅ぼすことなど不可能だ。
そもそも、滅びかけた国の規模が公国の比ではない、帝国と同程度の規模だ。 それがスライムによって滅びかけたというのは嘘であってもおかしくはない。
「知能を持った存在だが、あまりにもスライムのことを知りすぎている。 本来生きれる状態でないスライムさえいた。 このようなことが魔力なしでできるのはスライム自身しかいない」
「残された時間は少ないようだな……」
このようにインペラトルが本格的な行動を開始したということは、既に十分な程に成長しているということになる。 避けることのできる負け戦は避けるほどの知能がある。
ここで力尽きているのだけで30以上、おそらくはケントリア規模のスライムが畑を襲撃した。 それほど多くのスライムを同時に1つの行動に使うとなれば、インペラトルにとって既に負け戦にはならないということだ。
「……できるだけ早くそいつの研究を進めてくれ」
「言われなくとも」
公爵と騎士は城へ戻った。 だが決断をするには、あまりにも遅すぎた。
しかし、遅くとも代償を払えば、充分な効果を持つものが得られるはずだ。 スライムは病ではない。 薬は必要ではない。
これは公国と、インペラトルの軍団による戦争だ。 必要なのは、強力な力だ。
ゲルトさんの名前被ってたので変更。




