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その日は思ってたより意外と早く来た。
シスにお使いを頼まれてパン屋さんに行く途中に出くわしたのだ。
「あ」
「あ……あ、あたしアリシアって言うの!」
びっくりして後ろに下がりそうになったけどライアの言葉を思い出して声を掛けてみた。
向こうも1人。あたしと同じくらいの女の子だ。
オレンジに近い明るい茶色の髪を2つ結びのお下げにして結び目には赤いリボンを付けている。
「あ、あたしは……イビーナっていうのみんなイビーって言うの」
「あたしもイビーって呼んでもいい?」
「え、えぇ……」
「あたしはシス、えっと絵描きの」
「絵描きの人は知ってる」
「あら、そうなのね」
シスは前に売れてないみたいなことを言っていたけど、こんな小さい子にも知られてるのならそんなに売れてないこともないんじゃない?
「夏休みや冬休みになるとエペンス通りの子供たちはシス先生に絵を教えてもらうの」
「えっ、そうなの?!」
シスってそんなことまでしてたなんて知らなかった。
というか、そんなことをしてるのならどうしてあたしには教えてくれなかったんだろ? 帰ったら絶対に聞かなくちゃ。
「あたしはシスのところに住んでるの」
気を取り直して伝えるとイビーは少しホッとしたような顔をした。
知り合いの名前を伝えれば安心してくれるっぽかった。
この日は挨拶だけして帰った。
あたしはお使いの途中だったし、イビーも友達の家に行く途中だったから。
また会ったら挨拶だけじゃなくてもうちょっと話も出来るといいな。
イビーの言ってたことは本当だった。
家に帰ってからシスに問いただすと「言ってなかったっけ?」と何ともいい加減な返事が返ってきた。
「聞いてない」
「ごめんごめん。でも、アリシアがそんなこと聞いて来るの珍しいよね。何かあった?」
「今日あたしと同い年ぐらいの子に話し掛けてみたの」
「そうなの? どうだった?」
「挨拶しただけよ。それでシスが絵を教えてるって聞いたの」
そう言うとシスは納得したように頷いた。
「それで聞いてきたのか。アリシアも参加する? 本格的な絵画教室じゃなくて結構まったりとした感じだよ」
今まで絵にそんなに興味はなかったけど、エペンス通りの子たちは習っているって言うし……まあ、友達を作るのにはうってつけかもね。
そう思ったらシスに頷いていた。
◇◇◇◇◇◇
「わぁ……」
「はい、みんな静かに! 今日は僕の姪っ子のアリシアも参加するからよろしくね!」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
集まった子たちはあたしがいつぞや見たあの集団の子が殆どいた。
シスの家でやるのかと思っていたけど、天気のいい日や全員が集まる時は外か場所を借りてするんだそう。
「僕のアトリエに子供たちだけだとは言え全員入るのは無理だからね」と笑うシスに確かにシスだけだけど絵とか画材とか色々と乱雑に置かれたアトリエにはこの人数は無理だと思う。
今日はイビーも居るみたいで軽く手を振ると向こうも小さく手を振ってくれた。
「はい」
イビーの近くに行こうかな? でも、今日は交流が目的だしと悩んでいるとシスが画用紙と画板を渡して来た。
「今日はこれに好きな絵を描いてね。エペンス通りのどこで描いてもいいけど人の邪魔にならないところでね。質問があれば僕はここにいるからいつでもおいで。さあ、みんな好きな場所でお昼に一回戻って来るように」
シスの言葉に集まっていた子供たちはあっという間にバラけてしまった。
イビーもさっさと行ってしまったみたいで残されたのはあたしとシスのみ。
「……」
「アリシアも行かないの?」
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
釈然としない気持ちのままシスの元を離れる。
イビーを探そうか? でも、他の子を探してもいい気がする。
「ねえ、あんた」
「ん? 誰?」
後ろから声を掛けられて振り返るとあたしより少し小さい女の子と同い年ぐらいの男の子の2人いた。
「僕はノア」
ノアと名乗った少年は黒髪の男の子だ。もう1人は赤い髪をポニーテールにしてる女の子だ。
「あたしはカノンよ」
「あたしはアリシア」
この子たちシスに習いに来てる子だったような?
「シス先生と一緒に暮らしてるんだよね」
「そうだけど?」
何でそんなことを聞くんだろ?
「シスに興味があるの?」
「あるに決まってるじゃない!! あの憂いを帯びた瞳。きめ細かい陶器のようなつるすべの肌に美しい顔!!」
「カノン落ちつけ、アリシア引いてる」
「いや……はは」
まだまだ語りたそうなカノンをノアが止めてくれなかったらいつまでも話してただろうから助かった。
「カノンがシス先生のことが大好きなのはおいといて」
「あら、あたしだけじゃないわよ。シス先生のところに通ってる子たちはみんなシス先生が好きなの!」
「……そうなんだ」
ダメだ。熱量が違い過ぎる。
適当に切り上げてどこかで大人しく絵でも描いていよう。
当初の友達を作るという目的をすっかり忘れてこの2人、特にカノンから離れた方がよさそうだとアリシアはじりじりと2人から距離を取ろうとする。
「それでシス先生の普段の様子とか教えて欲しいんだけど」
「カノンそうじゃないでしょ。ごめんね、カノンはかなり変だから気にしちゃダメだよ」
「ちょっと! かなり変って何よ!!」
「カノンはちょっと黙ってて……僕はアリシアに興味があるんだ」
「あたし?」
びっくりして聞き返すとノアは頷いた。
「シス先生って私生活って謎っていうか、あんまり話さない方、まあ、僕たちが子供だから話す必要がないのかもしれないけど」
「ああ、なるほど」
この子たちは大好きなシス先生のところに現れたあたしのことが気に食わないと。
ふうん。シスってばかなりモテるのね。
大体家に居るか出掛けたと思ってもスケッチか買い物ぐらいしかして来なかったからもしかしてあたしがいるせいで恋人を作るチャンスを潰してるんじゃないかって気になってた。
この分じゃ心配する必要なんかなかった。
こっそりライアやトレイトに聞かなくてよかった。
「でも、あたしもここに来てからそんなに経ってないから」
「シス先生のところにいきなり現れたミステリアスな美少女って気にならない?」
「え?」
美少女? というかシスが気になるんじゃないの? あたし?
「ノアが気になっているのはあたしなの?」
「うん。そうだけど」
「もう、回りくどいわね! アリシアと友達になりたいって言えばいいのよ!!」
黙っていたカノンがまどろっこしいと叫んだ。
「ちょ、カノンは黙っててって言ったじゃないか!」
「あんたがまどろっこしいこと言ってるからあたしが変わりに言ってあげただけじゃない。感謝しなさいよ。それともまたシス先生への賛辞聞く? 今なら3日ぐらいは語り尽くせるけど」
「それは遠慮しとくよ……それで、あの、カノンが言っちゃったけど僕たちと友達になってくれない?」
「友達……」
「うん、嫌?」
「ううん、嫌じゃない。でも、あたし今まで友達居たことなかったからどうしていいか」
「あら、大丈夫よ。遊んだり一緒に行動してれば友達なの。ついでにシス先生について教えてくれるならあたしとしては大歓迎だけどね」
「ぷっ」
「フフ」
ウインクしながら言う抜け目のないカノンの姿に思わずノアと一緒に吹き出してしまった。
「ちょっと、2人共なんで笑うの?! 一番大事なことでしょうが!!」
「そ、そうね……」
「ははっ」
変な友達が2人出来た。




