第96話:ちゅんちゅん魔王、お使いに行く。
熟成とかいう意味不明すぎる言い訳でその場を凌いだものの、放課後までにルクレシアが戻ってくる保証なんてどこにもない。
冷や汗で全身ずぶ濡れになりそうな勢いのあたしは、絶望的な予測を立てていた。
(ヤバいっ! ヤバ過ぎる……あたしも、自習をフケて取りに行くべき? でも、あんな爆速で飛び出したモッフルちゃんに追いつけるわけないし、仮に追いついたとして返してくれる? めっちゃ喜んで追いかけて行ったヤツよ?)
しかも、相手は今グラディアスと一緒にマグマで遊んでいる野生児だ、いや、野生児どころではない。
またセリアの様に、力を解放するやり方が解らない……凛愛が交渉しに行ったところで、マグマの飛沫で蒸発するのが関の山である。
あたしは髪の中に隠れている、この窮地の一因を作った元凶にすがるような視線を送った。
「チュンペー……お願い。あたしの代わりに、取り返して来てくんない?」
「な、なんだと? 我に命令するか! このバカ人間が!!」
チュンペーは髪の中で羽を逆立てて怒鳴ったものの、その声にはいつもの鋭さがない。
ルクレシアを追い払うためにネイルチップを投げ捨て、結果として凛愛を爆弾妖精の地雷原に置き去りにしたことには、一応の自覚があるらしい。
「放課後までにブツが揃わなければ、この教室は爆発し、お前は逆さまに埋まり、我の隠れ家も失われる……致し方あるまい」
チュンペーは観念したようにため息をつくと、凛愛の髪からスッと這い出した。
初めて、凛愛から離れての単独行動。
「……よいか、一刻も早く戻る。その間、その不機嫌な羽虫をどうにか繋ぎ止めておけ。二度目はないぞ!」
小さな雀の姿のまま、チュンペーは誰にも気づかれないような速さで窓の隙間から外へと飛び出していった。
元魔王、人生初(?)のお使いの行き先は、また、死にかけた灼熱のマグマ溜まり。
凛愛は遠ざかる小さな背中を見送りながら、祈るような気持ちで手を合わせた。
(頼むよチュンペー! あたしの命、あんたのくちばしにかかってるんだからねっ!!)
熟成ネイルチップとかいう、その場しのぎの嘘に興味津々のティアリスは、小さな腕を組んでふんぞり返った。
「して、そのモノはいつ届くのじゃ? 妾は待たされるのが嫌いじゃ! 使いの者でもおるのか?」
ビクッと心臓が跳ね上がり、ちびりそうになるのを必死で耐える。
「あ、は、はい! いま、使い魔が取りに行って、お、おります……です、はい」
(使い魔っていうか、中身は元魔王の雀なんだけどね!)
そう心の中で補足しつつ、チュンペーが戻るまでの時間を稼がなきゃと、凛愛のゲーム脳が必死に次のコマンドを探す。
「あ、えと……その、ネイルチップの乗りが良くなる、ハ、ハンドマッサージを施しましょう! そうすれば……もっと綺麗になりますよ!」
「ほお、其方、マッサージも心得ておるのか? どれ、はようやってみせよ」
ティアリス様が偉そうに小さな両手を差し出してきた。
だけど、いざその手を前にすると、あたしは固まった。あまりにも小さな手のひらは、マッサージしたくてもやりようがない。
(ちっちゃ……てか、これどう揉めばいいの? 普通に揉んだらあたしの親指だけで包み込んじゃうんだけど……あ、でも、ちっちゃくて可愛い……じゃなくてヤバい、何かしないと爆発する!)
追い詰められたあたしは、自分のネイルの先っちょを使って、ティアリス様の極小の手のひらをチクチクと突きはじめた。
「あ、い、いかがでしょうか……? ツボを刺激しております……です、はい……」
側から見たらただ爪の先で突っついてるだけだけど、あたしはもう真剣そのもの。
脂汗を流しながら、どうかこれでチュンペーが帰るまで時間を稼がせてと、全力で神頼みを始めるのだった。
現在のステータス
・名前: 星凛愛
・状態:
・極限のチクチク師: 妖精のツボ(デタラメ)を刺激しながら、時間稼ぎの限界に挑戦中。
・限界オタク: 凶暴だけど、やっぱり物理的な小ささと可愛さにちょっとだけ癒やされかけている。
・使い魔頼み: 「チュンペー早くして!」と心の中で1秒に3回くらい唱えている。
・相棒:
・超高速お使い中: 「使い魔」扱いされたことに遠くでくしゃみをしつつ、必死で南方のマグマ溜まりへと急行中。
・聖光剣アルスカイゼリオン:
・不満: 「ワシもマッサージしてくれんか? 剣の柄の部分をな、こう優しく……」と、相変わらず気持ち悪い提案をしている。
・周囲の状況:
・ライゼル: チクチクやっている二人を「何をやっているんだあいつらは」という冷ややかな目で見ている。
・ネクロス: 凛愛のチクチク行為すら「新手の呪術か?」と勘違いして、ノートにカリカリとメモを書き加えている。




