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第82話 : ジジイまで乱入!? あたしの放課後が完全に終わったんですけどぉ!?

 夕闇の訓練場に、逃げ場のない緊張が張り詰める。

 凛愛の細い腕を掴んだまま離さないミラは、挑発的に口角を上げた。


「……離せ。そいつをどうするかは、アザエルが決めることだ」


 ライゼルの声は低く、そして驚くほど静かだ。

 しかし、その瞳の奥には制御しきれない黒い激情が渦巻いている。

 言葉遣いこそ丁寧だが、周囲の空気を凍りつかせるほどの殺気が、隠しきれずに溢れ出していた。


(ライゼルさん、怒ってる? アザエルさんの名前出した瞬間に、なんか空気がヤバいくらい冷たくなった気がするんですけどぉ……!)


 足が震え、今にも泣きそうな凛愛を余所に、ミラはさらにライゼルの地雷を踏み抜く。


「あら、七大貴族でもないあなたが、そんなに熱くならないで。実力だけでこのクラスに這い上がってきた執念は認めますけれど、格の違いを弁えたらどうかしら?」


 ライゼルの背後の空間が、ピキピキと音を立てて割れ始める。


 七大貴族という血筋への嫌悪と、己の力のみで辿り着いた矜持。

 彼の内なる怒りが、魔圧となって物理的な破壊を伴い始めた。


「……七大貴族か。血筋に胡坐をかいたお前たちが、その言葉を口にするたびに反吐が出る」


 ライゼルの一歩が地面を砕く。

 まさに一触即発。そんな中、腰の鞘からは二つの相反する声が凛愛の脳内に響く。


「警告! 周囲の魔素密度が臨界点を超えました! 衝突は不可避です、防御姿勢を!」


 メモリエルの冷静な悲鳴に近い警告。一方で、聖光剣アルスカイゼリオンは悦びに震えていた。


「くぅぅ! いいぞライゼル、その暗く淀んだ瞳! 憎悪と執着が入り混じった最高の表情だ! さあ凛愛、このまま男たちの争いの火種となるのだぁぁ!!」


「お前、マジで一回折れてしまえぇぇ!!」


 凛愛が虚空に向かって絶叫したその時、追い打ちをかけるような轟音が訓練場を揺らした。


「グッハッハ! なんだ、おっ始めんのか!? ライゼル、お前のそのクソ真面目なツラが歪むのを見るのは、いつ見ても最高だぜ!」


 砂煙の中から姿を現したのは、拳に溶岩を纏わせたグラディアスだった。

 ライゼルの静かなる激情、ブラドレイン兄妹の冷酷な執着、そしてグラディアスの純粋な暴力。


 地獄の四重奏が凛愛を中心に完成してしまった。


「……人間!こっちへ来い」


 ライゼルの瞳が、一瞬だけ凛愛を捉えた。

 それは救済の光などではなく、目的を遂行せんとする強烈な執念。


「あ、あたし……もう、誰の獲物でもないってばぁぁ!!」


 異様なまでの魔圧が渦巻く訓練場の周囲には、いつの間にか他クラスの生徒たちが鈴なりになっていた。

 魔界の日常でも、これほど上位の個体同士が睨み合う光景は滅多に拝めるものではない。


「おい、見たかよ。あの転入生の人間、初日から七大貴族とライゼルを同時に相手取ってるぞ」


「勇者ってのは、あんなに命知らずなヤツなのか? 完全に喧嘩売ってるじゃねぇか」


 無責任な外野の噂は、風に乗って瞬く間に広まっていく。

 凛愛の本心など露知らず、「初日から上位陣を煽り倒す狂気の勇者」というレッテルが、魔界中に爆速で広まっていく瞬間だった。


(違う……! なんで『魔界の狂犬』みたいな扱いになってんの!?この方達が勝手にぃ〜!!)


 凛愛が心の中で絶叫し、いよいよ誰かの魔弾が放たれようとした、その時。


「――皆様、少々お騒がせしております。失礼いたしますよ」


 喧騒を切り裂くように、場にそぐわないほど穏やかで、それでいて有無を言わさない重厚な声が響き渡った。

 野次馬たちが波を打つように割れ、そこから現れたのは、燕尾服を完璧に着こなした老紳士、セバスチャンデルセンであった。


 彼は一瞥しただけで場の状況――ライゼルの激情も、ブラドレイン兄妹の執着も、グラディアスの殺気も、すべてを掌握し、優雅に一礼した。


「リア様、お迎えにあがりました。アザエル様がお待ちかねでございます……さて、皆様。我が主の賓客にこれ以上の無礼を働くのであれば、この老骨が少々、お相手をいたしましょうか?」


 セバスチャンが眼鏡を軽く押し上げた瞬間、訓練場の空気が物理的な重圧に押し潰された。

 冥王クラスの面々ですら、その威圧感に一瞬、動きを止める。


(セバスさぁぁぁん!! 救世主メシア降臨! 本気で大好き、結婚してほしいレベル!!)


「なっ……アザエルの執事が、なぜこんな所に……」


 ライゼルが忌々しげに顔を歪める中、セバスチャンは流れるような動作で凛愛の傍らに立ち、ミラが掴んでいた彼女の手を優しく、だが断固として解き放った。


「さあ、参りましょうか。夜の魔界は冷えますゆえ、風邪など召されぬよう」


「は、はいぃぃ!! 今すぐ行きます! 一秒でも早くここから連れ出してくださいぃぃ!!」


 凛愛は救出された子犬のようにセバスチャンに縋り付いた。

 チャンデルセンが優雅に凛愛を促し、その場を立ち去ろうとした、その瞬間だった。


 ガツン、と硬質な音が響き、石畳が蜘蛛の巣状に割れる。二人の行く手を阻むように突き立てられたのは、禍々しい装飾が施された一本の杖だった。


「ひいぃっ!? な、何、今度は何ぃいっ!?」


 凛愛が悲鳴を上げると同時に、背後から枯れ木がこすれ合うような笑い声が聞こえてくる。


「ウィッヒッヒッヒ……そう急ぐな、セバスチャンデルセン。若い者たちがせっかく楽しそうに遊戯あそびに興じているのだ。無粋に水を差すもんじゃないよ」


 ゆっくりと歩み寄ってきたのは、モルディーア家当主の老魔術師のネクロスだった。

 その背中を丸めた姿からは想像もつかないほど、周囲の魔素が澱み、死の気配が濃くなっていく。


「モルディーア様……これはアザエル様の命によるお迎えです。お引き取りを」


 セバスチャンデルセンの声から、先ほどまでの余裕が消える。

 眼鏡の奥の瞳が、鋭く研ぎ澄まされた。


「アザエルか……あやつも、この『人間』を随分と囲い込みたいようだが、そうはいかんよ。この娘が宿す『欠片』……それは魔界の理を揺るがす特異点だ。ジジイ同士、枯れ木らしく静かにお茶でもすすりながら、この喧騒さわぎを愉しもうじゃないか!」


 モルディーアが杖を軽く振ると、凛愛とセバスチャンの周囲をどす黒い霧が囲い込み、退路を断つ。


(ちょ、待って! ジジイ同士の馴れ合いに、あたしを巻き込まないでよ! さっきの四人組だけでもキャパオーバーなのに、魔界のラスボス予備軍みたいなジジイまで参戦とか、マジで無理なんですけどぉ!!)


「……困りましたね。予定の時間を過ぎてしまいます」


 チャンデルセンが静かに手袋を直す。

 その瞬間、彼の背後に巨大な魔力の圧力が立ち昇った。


 激情を孕んだライゼル、食欲を隠さない吸血鬼兄妹、暴れたいだけのグラディアス。

 そこへ、老練かつ狡猾なモルディーアの魔術が加わり、訓練場はもはや一触即発を通り越して、全面戦争の様相を呈していた。


『チチッ! バカ人間、目を開けてよく見ろ! これが魔界の『政治』という名の潰し合いだ。お前はただの餌に過ぎんぞ!』


「知ってるよ! 知ってるけど、餌の身にもなってよ! 誰か、このカオスを止めてぇぇ!!」


 訓練場のボルテージは最高潮。

 勇者の転入初日は、魔界の重鎮たちを巻き込んだ、最悪かつド派手な「放課後の居残り授業」へと突入した。


 現在のステータス

 ・名前:星凛愛ホシ・リア

 ・レベル:17

 ・力:4

 ・体力:4

 ・素早さ:18

 ・知力:12

 ・魔力:19

 ・運:10

 ・状態:ジジイたちの対立に板挟み中

 ・状況:セバスチャン:アザエルの命令を遂行するため、モルディーアと対峙。

  モルディーア:凛愛の持つ「何か」に興味を持ち、事態をより混乱させる。

  ライゼル・ブラドレイン兄妹・グラディアス:上位陣の衝突にさらに触発される。

 ・精神状態:なんなの!?ジジイまで遊び感覚かよ!?

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