第66話:勇者の出陣、ノーウォーの叫びなんですけど!?
赤狼亭の床やテーブルで、昨夜の狂宴のまま寝落ちしていた勇者ビジネスのメンバーたちは、早朝から響き渡る聞き慣れた怒号によって叩き起こされた。
「起きなさいよォ! 全員シャキッとしなさい! 勇者ショップ前に集合よォーー!!」
マルコの叫び声に、ハルドが頭を押さえながら起き上がり、ミリナが慌ててエプロンを整える。
まだ酒の残る足取りで一同がショップ前まで辿り着くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「な、なんだこれ……!? 昨日の夜は、こんなものなかったぞ!」
ハルドが驚愕の声を上げる。
ショップの前には、一晩で作り上げられたとは思えないほど立派な突貫ステージが鎮座していた。
さらには、まだ夜明け直後だというのに、商業区の住人や冒険者たちが、広場を埋め尽くさんばかりに詰め寄っていたのだ。
マルコは昨晩、打ち上げの裏側で魔導スマホを駆使し、商業区の全ネットワークに呼びかけていた。
勇者の門出を祝う会場を、一晩で、そして総出で作らせる。
それこそが、敏腕商人マルコの仕掛けた「勇者プロデュース」の集大成だった。
「ほら、凛愛様! ぼさっとしてないで、上がりなさいよォ!」
ど緊張で足がすくむ凛愛を、マルコが無理やりステージの上へと押し上げる。
寝起きの頭で状況が掴めないまま、凛愛は聖光剣を抱えた状態で大観衆の前に立たされた。
マルコは拡声の魔導器を手に取り、喉が張り裂けんばかりの勢いで観衆に叫ぶ。
「アンタ達ぃーー! 聞きなさいよォ! 我らが勇者様が、たった一人で魔界にぶっ込みかけようってのよ! こんなに華奢で、守ってあげたくなるような娘っコがよォ〜!!」
広場にどよめきが走る。民衆は、自分たちにスマホという光を与えてくれた少女が、今まさに死地へ向かおうとしていることを知った。
「これまで続いた平和が、さらに続く為に! 勇者様は魔界に行くの! ノーウォーよ! ノーウォー!!」
マルコの叫びに呼応するように、広場から凄まじい歓声が上がった。
「ノーウォー!」
「勇者様、生きて帰ってきてくれ!」
「あんたのおかげで、俺たちの暮らしは変わったんだ!」
凛愛は、目の前の熱狂に圧倒されながらも、マルコの狙いを理解していた。
これは、ただの送り出しではない。
自分を「アヴェントリアの象徴」へと押し上げることで、魔界へ向かう背中を民の祈りで支えようとしているのだ。
「いや……マルコさん、やりすぎだよぉ……」
凛愛は小声でこぼしたが、その瞳は潤んでいた。
ギャルで、ゲーム脳で、ただのオタクだった自分が、今、一国の人々の平和の願いを一身に背負っている。
頭上のチュンペーは、その喧騒を苦々しげに見つめながらも、凛愛の髪の中に深く潜り込んだ。
この熱狂こそが、魔界へ挑む勇者の、最初で最大の防壁となることを彼もまた理解していた。
熱狂する広場に、水を差すような冷ややかな声が響き渡った。
純白の法衣を纏い、威厳を湛えたセラフィナがステージの傍らに現れる。
彼女の視線は、熱狂する民衆ではなく、壇上の凛愛を射抜くように固定されていた。
「勇者の赴く理由がどうあれ、魔族は滅ぼさねばならないもの……それを忘れてはなりません」
セラフィナは静かに、けれど逃れられない重圧を込めて言葉を促す。
「魔族にとっての500年など、大した年月ではないのです。彼らは今も虎視眈々と、この人界を狙っています。いつ起きるか解らない天災と同じ……滅ぼす以外に、我らに安息は続かないのですよ」
その言葉は、大聖堂で何世代にもわたって語り継がれてきた「絶対の正義」だった。
凛愛は、直接魔族に害を与えられたわけではない。500年前の凄惨な争いを見たわけでもない。
そして広場を埋め尽くす民衆も同じだった。
長命なエルフやドワーフとは違い、かつての恐怖を肌で知る者は、この中にほとんどいない。
勇者信仰の教えの上で語られる魔族は、ただの「悪」そのもの。
人々が抱く恐怖は、実体験ではなく、教義によって植え付けられた知識から来るものでしかない。
(……滅ぼすしかない、か)
凛愛は、聖光剣を握る手に力を込めた。
知力12の彼女は、セラフィナの言い分が人界を守るための論理であることは理解できる。
けれど、ゲーム脳の彼女にとって、会ったこともない相手を「設定」だけで悪と決めつけるのは、どうしても納得がいかなかった。
自分の目で観て、判断する以外、真実は解らない。
その直感が、凛愛を魔界へと突き動かしていた。
「アンタらの教えの話は、この際、どーでも良いわ!」
割って入ったのは、マルコだった。
彼はセラフィナの威光に怯むことなく、その派手な身振りを交えて反論する。
「判断は、勇者に任せるしかねェだろ! この娘っコは今、アタシらの分まで背負って一人で行こうってんだ! 黙って見送るのが、アタシらの勤めってもんでしょォ!」
マルコの怒声に近い叫びは、冷え込みかけた広場の熱を再び呼び覚ました。
見守るミリナやフィオは、言葉にならない不安を抱え、グッと手を握りしめて震えている。
「大丈夫よ。リアは底知れない運を持っているわ」
アルメリアが二人を両手で優しく包み込み、安心させるように言葉を紡ぐ。
その暖かな掌が、震える少女たちの心を辛うじて支えていた。
勇者信仰の長であるセラフィナの扇動的な言葉により、広場の空気は急速に混迷を深めていた。
聖堂の教えを忠実に守り育った若者たちは深く頷き、一方で凄惨な争いを知る年長者たちは、平和的な解決を願って不安げに視線を交わす。
戸惑う民衆の反応を見て、セラフィナは自身の権威を確認したかのように薄くほくそ笑む。
それに対してマルコは、血管が浮かぶほど顔を赤くして苛立ちを隠せない。
一触即発の緊張感が広場を支配しようとしたその時、ガシャガシャという重厚な金属音が響き渡った。
王国騎士団を引き連れ、威風堂々と現れたのは、アヴェントリアの統治者、レオニス王その人だった。
「みな、鎮まれ!」
レオニスの腹の底から響くような声が、広場の喧騒を一瞬で沈黙させる。
王は壇上の凛愛を一度見つめ、それから民衆とセラフィナを射抜くような鋭い眼差しを向けた。
「この勇者リアは、人界と魔界を争うことなく収めるために行くのだ!」
その宣言に、どよめきが走る。滅ぼすためではなく、収めるために。
「この五百年の平穏は、かつての争いの果てに先代勇者セリアがもたらしたものだ。その勇者の遺物が認め、王城の結界すら超えたこのリアが成すことを、私はこの目で見届ける!」
レオニスは一歩前に出ると、その重圧をさらに強めた。
「もし、この者が道を違えることがあれば、私がその全責任を負おう……だからセラフィナよ、そなたも私に免じ、今は黙って見届けてくれ。よいな?」
王自らが責任を負うという言葉の重みに、セラフィナの笑みが消えた。
彼女はわずかに目を細め、不満を押し殺したような表情で深く頭を垂れる。
「……王自ら、そうおっしゃるのであれば。仰せのままに、静観いたしましょう」
セラフィナが退いたことで、場の主導権は再び勇者へと戻った。
レオニスは力強く右手を突き上げ、民衆に向かって叫ぶ。
「みな! 聞いた通りだ! 我らが勇者の門出を祝おうではないか!」
その言葉を合図に、広場は先ほどを凌駕する大歓声に包まれた。
「ノーウォー!」の叫びが空を震わせ、花の香りと共に勇者の背中を押し出す。
凛愛は王の覚悟を、そして仲間の想いを受け取り、深々と一度だけ礼をした。
彼女は、もう振り返らない。
人界を騒がせた「勇者ビジネス」の主役は、今、その舞台を魔界という未知の戦場へと移すべく、アヴェントリアの正門へと足を踏み出した。
現在のステータス
• 名前:星凛愛
• レベル:17
• 力:4
• 体力:4
• 素早さ:18
• 知力:12
• 魔力:13
• 運:10
• スキル:魔力感知、逃走の極意
• 状態:魔界への越境開始
• 状況:王レオニスの保証を得て、アヴェントリアを正式に出発。魔界の境界へ向かう。
• 精神状態:これからはガチ勢モード……気合入れないと、即ゲームオーバー?




